2020年09月24日

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』最も美しいデヴィッド・ボウイの記録/簡単あらすじ・感想・解説

アイドル!!デヴィッド・ボウイ降臨

原題 Just a Gigolo
製作国 西ドイツ
製作年 1978年
上映時間 100分
監督 デイヴィッド・ヘミングス
脚本 ジョシュア・シンクレア


デヴィッド・ボウイ評価:★★★★★  5.0点
       映画評価:★★     2.0点




2017年1月10日、デヴィッド・ボウイが、地球上から姿を消した。

もう、動いている、息をしている、鼓動を打つ、生命体としての彼はいない。

彼は真のアーティストであり、世界一のペテン師であり、最低の娼婦であり、至高の美だった。

そんな万華鏡のような彼の、最も美しい姿を永遠にとどめた映画こそ、この作品であると信じている・・・・・・

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<目次>
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』ネタバレなし簡潔あらすじ
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』予告・出演者
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』感想
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』解説・考察

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映画『ジャスト・ア・ジゴロ』簡単あらすじ

ポール(デイヴィッド・ボウイ)は第一次大戦で負傷し、子豚を抱えて故郷ベルリンに帰って来る。ヒットラーのナチスの力が、敗戦後で混乱するドイツを、覆い出した。母ミュッティ(マリア・シェル)や伯母ヒンダ(ヒルデ・ウェイスナー)が日々働くなか、ポールは所在無く日々を過ごす。幼なじみのシリー(シドニー・ローム)は、場末の踊子からハリウッドの人気女優となった。以前の連隊長ヘルマン・クラフト(デイヴィッド・ヘミングス)は、ポールを自分の政治結社に誘う。しかしポールはベルリンの街をさまよううち、ホスト・クラブ“エデン”の経営者セマリング少佐(M・ディートリッヒ)に出会い、スカウトされ、金持ちの中年女ヘルガ(キム・ノヴァク)のジゴロになった。一方の、シリーはハリウッドから帰国すると年老いた貴族(クルト・ユルゲンス)の妻に迎えられ、ポールとシリーは再び出合った―
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映画『ジャスト・ア・ジゴロ』予告

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』出演者

ポール(デイヴィッド・ボウイ)/シリー(シドニー・ローム)/母ミュッティ(マリア・シェル)/伯母ヒンダ(ヒルデ・ウェイスナー)/ヘルマン・クラフト(デイヴィッド・ヘミングス)/ヘルガ(キム・ノヴァク)/セマリング少佐(マレーネ・ディートリッヒ)/老貴族(クルト・ユルゲンス)

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映画『ジャスト・ア・ジゴロ』感想


デヴィッド・ボウイ、彼はカメレオンのように姿とスタイルを変えながら、時に超然と、時に下卑て、大笑いしたかと思えば怒りだし、悲しんだかと思えば、踊りだす、そんな道化師で、トリックスターで、それでも、いつもエレガントでセクシーだった。

だから彼から、眼を逸らせなかった。

彼は、ロック・スターとして人々の前に、姿を現した。
しかしその表現は、たとえ歌を歌っているときでも、そもそも演技をしていたと感じる。
けっきょく彼自身にとって表現すべきモノがあり、どれは歌だろうと、演技だろうと、同じ事なのだろう

ここには、そんな俳優としてのボウイがいる。
彼の出演作でいえば、最もそのキャラクターに近いのが『地球に落ちてきた男』だったろう。

この映画はエイリアンとしてのデヴィッド・ボウイを描いた、ニコラス・ローグ監督のシュールなSF映像詩とも言うべき作品で、チープさはあるものの、その「異世界」感覚は一見の価値があると思う。

それ以外にも、デヴィッド・リンチ『ツイン・ピークス』や ロック・ミュージカル『ビギナーズ』、 ジム・ヘンソン監督の『ラビリンス/魔王の迷宮』大島渚『戦場のメリークリスマス』、 マーティン・スコセッシ監督の『最後の誘惑』 などが、著名な出演作品として知られているだろう。



しかし、デヴィッド・ボウイの映画として、たぶんこの作品『ジャスト・ア・ジゴロ』に言及される事はまず無いう。

この映画は、俳優でもあった デイヴィッド・ヘミングスが監督を務め、ドイツはベルリンの第一次世界大戦の終わりから第二次世界大戦の混乱期に、ボウイ演ずる主人公がジゴロとして生きる姿を描いたものだ。

例えば上のように「あらすじ」を要約してみた所で、この映画にとってストーリーは有って無いようなもので、ベルリンの世紀末の雰囲気と、イギリス的なアイロニーやシニカルな笑いを楽しむ映画だと思う。

さらにブッチャケ正直に言えば、映画としての出来は星2つでもサービスしすぎという気がする。
しかし、私がこの映画を見る目的は、デヴィッド・ボウイただ一点だ。

さきにいろいろボウイの出演映画を上げ連ねたが、デヴィッド・ボウイが最も輝いている映画としては、この作品にトドメをさす。

確かに『地球に落ちてきた男』は魅力的だ、しかし映画世界が確立されすぎて、あまりにも「宇宙人ボウイ」のイメージに乗っかりすぎている。

しかしこの『ジャスト・ア・ジゴロ』は人間デヴィッド・ボウイとして、軍服、タキシード、スーツなど、絢爛豪華なコスチューム・プレーを繰り広げ、さらに魅力的なのは、人間ボウイが日常の等身大に近い姿で動いているのが映画全編を通して見られることなのだ。

やはり、この作品以外の、俳優ボウイとして役になりきっている彼は、映画の中のパーツでしかないと感じる。
それは、映画としての完成度として、彼の出た『戦場のメリークリスマス』の方がずっと完成度が高い。
関連レビュー:俳優ボウイの証明
映画『戦場のメリークリスマス』
第二次世界大戦の東西文明の相克
大島渚監督、デヴィッド・ボウイ, 坂本龍一, ビートたけし出演

しかし、そこにいるデヴィッド・ボウイは、他の役者でも充分代替が可能だ。

つまり、この映画以外のデヴィッド・ボウイは映画に奉仕する存在として、使役されている。

しかしこの『ジャスト・ア・ジゴロ』は、デヴィッド・ボウイに映画が奉仕してる。デヴィッド・ボウイのために映画がひれ伏しているのだと言いたい。

なにせ、映画界の伝説マレーネ・ディトリッヒすら、背景程度の盛り上げ役なのだ―
<マレーネ・ディトリッヒの歌う『ジャスト・ア・ジゴロ』>

あ!今、気が着いたが、これはアイドルのプロモーションビデオと同じ撮り方ではないか。
いってみれば、アイドルがいろいろ服着て、食事したり、町をブラついて見たりという、アイドルの魅力を唯一の表現目的とする、映像と同じ作りではないか。

だから、この映画のボウイはファンにとってベスト作品なのである。
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映画『ジャスト・ア・ジゴロ』解説・考察


あくまで想像だが、この監督はデヴィッド・ボウイの妖しい魅力に憑りつかれた一人だと、疑っている。

デヴィッド・ボウイの名誉の為に言っておくが、デヴィッド・ボウイは男とか女とかにはこだわらない博愛主義者だ。
若くして、アンジーという女性と結婚していたが、ある日そのアンジーが帰ってくると、ベッドにボウイともう一人の男がいた。
その男とはザ・ローリング・ストーンズのボーカル「ミック・ジャガー」だったという。
更に奇奇怪怪なのはストーンズ・ナンバーとして珠玉の名曲、「アンジー」とはこのボウイの妻に対する愛を謳ったものなのである。
つまりこの人達は、ナンデモアリナノダ・・・・

さすがに芸術家、細かいモラルにコダワらないのである。

つまりこの監督もデヴィッド・ボウイ愛ゆえに、デヴィッド・ボウイが最も映えるシチュエーションで、気が済むまで着せ替え遊びをしたのかもしれない。

決して冗談ではない。
イタリアの巨匠ルキノ・ビスコンティーの映画などは、自分の好きな「お稚児さん」のために、撮ったと言っても過言ではない。
関連レビュー:巨匠の愛する男達
『地獄に堕ちた勇者ども』
名匠ルキノ・ヴィスコンティ監督のドイツ三部作
ナチスが覇権を握り出したドイツの男爵家の運命

また、オードリー・ヘップバーンの代表作として挙げられる『ティファニーで朝食を』などは、実は原作者のトールマン・カポティーがマリリン・モンロー演じさせたかった作品だったりする。
アメリカ映画:1961年
『ティファニーで朝食を』
オードリー・ヘップバーンを代表する名作
実はマリリン・モンローの演じる役だった!?


そんな、個人的な偏愛が込められた作品は、しばしば妖しい光を放つものだ―

いずれにしても、そう考えればこの映画が、デビッド・ボウイのための映画として成立している理由も判りやすい・・・・・

ま〜そんなこんなで、確かにこの映画はデヴィッド・ボウイ以外見るべきものもない凡作だといわざるを得ない。
しかし、たとえ、ダレが、何と言おうと、私はこのアイドル映画を愛する。

最も美しい『アイドル』ボウイがこの映画で永遠に息づいているからだ。

ま〜ど〜でもイインですけど、この映画のほかの出演者を書いときましょうか。

キム・ノヴァク、マリア・シェル、クルト・ユルゲンス、マルレーネ・ディートリッヒ、デイヴィッド・ヘミングスという何気にスゴイ人たちでしたが、たぶんちょっとしか出ていないと思う、あんまり覚えてないから。



posted by ヒラヒ・S at 17:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月25日

バンパイア伝説の起源と映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』の真実とは?/解説・考察・評価・解釈・実話・簡単あらすじ

バンパイア伝説と映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』


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エドワルド・ムンク『吸血鬼(愛と痛み)』1895

以下の文章では、バンパイアの民間伝承がいかなるものだったか、そして映画で始めて描かれたバンパイア『吸血鬼ノスフェラトゥ』の意味を探ってみました。

すると意外なことに、バンパイアとは2020年現在の恐怖と密接に関わった存在だったのです。
実は「バンパイア=吸血鬼」とは、人間の持つ無意識の恐怖心が形を求めて、顕在化した姿なのだと思えます。
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<目次>
『吸血鬼=バンパイア』の民間伝承
『吸血鬼=バンパイア』の実話
『吸血鬼=バンパイア』の科学的探究
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』紹介/簡単あらすじ
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』予告・出演者
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』解説

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『吸血鬼=バンパイア』の民間伝承


他者の血を吸う怪物の存在は、数千年に渡り、世界各国で伝承されて来た。
sekhmet_vamp.jpgメソポタミア文明、エジプト(写真:エジプトの吸血鬼王女セクメット肖像)、ヘブライ人、古代ギリシャ人、古代インド、古代ローマ人は現代吸血鬼の原型となる物語を持っていた。
「バンパイア」という呼称は、紀元10世紀のバルカン半島で使われ始め、ギリシャ正教とバルカン地域の異教の信仰の宗教対立から、ヴァンパイアという言葉は異教徒の信念と伝統を保持した人々を指す用語という説や、また、スラブ語で死からよみがえる人を意味するバンピルや、トルコ語の魔女を表すウピルがその語源とする説もある。

因みに日本の「吸血鬼」という言葉は、中国で古来より血を吸う悪霊・亡者を指す「吸血鬼」を、日本民族学の祖・南方熊楠が「Vampire(バンパイア)」の訳語として使用し日本に定着したという。

古代の吸血鬼から引き継がれた現代の吸血鬼伝説は、東ヨーロッパの各民族の民族伝承として引き継がれ欧州に広まった。

その伝承では吸血鬼は幽霊であり、邪悪な人間や、自殺者、魔女などの邪悪な霊が吸血鬼になると信じられ、夜に徘徊し人や家畜を襲いその血を吸い、死を広めるとされていた。
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<バンパイア事件が発生したとされる地域>

死者が吸血鬼と化す原因は多く、元の民間伝承は多様な形を持つ。スラブと中国では、動物、特に犬や猫、によって飛び越えられた死体は、不死になると恐れられていた。

また、熱湯で加療されてない創傷のある身体も危険とされた。ロシアの伝説では、吸血鬼は、ロシア正教会に反旗を翻した魔女や人々だと言われた。

吸血鬼であると考えられた場合には、疑いのある墓が開かれ、死体の顔に血が流れ、往々にして太っている場合に吸血鬼と見なしたと伝わっている。

吸血鬼が活動する証拠として、牛、羊、親類または、その隣人の死の発生が証拠とされた。民間伝承としての吸血鬼は、屋根に石を投げつけるや、家具の移動などのポルターガイスト現象が起きるとされた。

死人が不死の幽霊になるのを防ぐための風習が生まれ、死体を逆さに埋葬し、また地表に鎌を置き悪魔を死体に入れない呪いとした。
また、欧州で一般的に行われている他の習慣では、膝の腱を切断したり、ケシの種子、キビ、砂を吸血鬼と目される墓地の周囲に置き対策とした。吸血鬼がそれらの散布物を数え、夜通し動けなくすることを意図した風習である。

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『吸血鬼=バンパイア』の実話


これらの民間伝承は、18世紀には「吸血鬼論争」として、ヨーロッパ社会に衝撃とパニックを引き起こした。

nos_Vam-Kill.jpg当時、東ヨーロッパで猛威を振るう吸血鬼が目撃され、潜在的な吸血鬼を未然に防ぐために、頻繁に杭打ちや、墓掘りやが行われた。(写真:バンパイア処刑キット)
政府の役人でさえ吸血鬼の探索と、処刑に従事していた。


そのような論争は、1718年のパッサロヴィッツ条約に続き、バルカン半島の大部分が、オスマン帝国よりハプスブルク帝国に割譲された時、西ヨーロッパで引き起こされた。

バルカン半島と東ヨーロッパでは、従来より吸血鬼の伝説が時として強まり、大規模なヒステリーを呼び起こし、魔女裁判のように吸血鬼の公開処刑が執行され、死体を杭で突き刺したり、吸血鬼の罪で告発されるという騒動が起きていた。

このパニックは、1721年の東プロイセンで発生したペタル・ブラゴエビッチの吸血鬼騒動が元で始まった。
ペタル・ブラゴエビッチはセルビアの農民で、彼の死後、吸血鬼になり、村人9人を殺したと信じられた。事件は、吸血鬼パニックの、最も初期の、最もセンセーショナルな、最もよく記録された事件の1例だった。それは、オーストリア将校の報告書に詳細に記載されていた。

1732年1月ハプスブルク帝国の端セルビアのメドヴェーアに、軍司令部によって派遣された軍医ヨハネス・フルキンガー博士が、バンパイアの調査をした。

墓地で出土した40人の村人の死体のうち、合計13人が吸血鬼と確認された。彼らの口、鼻、または杭が打ち付けられた胸の傷から血が染み出ており、それは墓地を抜け出し生き血を吸った証拠だとされた。nos_Vampire_1.jpg

さらにフルキンガー博士の報告には、スタナという20歳の農家の娘を解剖し、死後2ヶ月経過したにもかかわらず、彼女の血液は凝固しておらず、肺、肝臓、など臓器が新鮮であると記載されており、その唯一の解釈は、吸血鬼と化した彼女が墓からさ迷い生血を飲んだためだと思われた。

フルキンガー博士は彼の公式報告書に記し、「吸血鬼の頭は地元のジプシーによって切り取られ、それから死体と一緒に焼かれ、そして灰はモラヴァ川に投げ込まれた」と報告した。

またフルキンガーは、セルビアの村人の聞き取りから、アルノド・パオレという名の吸血鬼の事例を報告している。
パオレは村娘と結婚し、予期せぬ死により埋葬されたが、村人はパオレが夕暮れ後に村をさまよっているのを見たと言い始めた。パオレが死んだ直後、村内で20人以上が次々と数か月以内に亡くなった。「パオレは人々を攻撃しただけでなく、牛も攻撃し、彼らの血を吸い出した」と報じた。

その後、吸血鬼はメドヴェワ全体に広まり、直接噛まれて死んだ人々と、咬まれた牛の肉を食べ、感染し吸血鬼にもなった。

噛まれた吸血鬼は野生の獣に支配されているかのように、獣のような形態をとったり、行動し、動物を介して無防備な人々を吸血鬼と変えることもできた。

パオレの恐怖を終わらせるため、メドヴェーアの村人たちは「慣習に従って、(墓を暴き)彼の心臓に杭を打ち込んだ。彼はうめき声をあげると、大量に出血した」と報告した。

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『吸血鬼=バンパイア』の科学的探究


その村に死が連続し、不審な現象が生じたとき、それを吸血鬼の仕業と疑い、人々の吸血鬼探しが始まる。

墓が掘り返され、死体の状態を見聞し、肉体の腐敗が見られず、または口や鼻に血液が見られたとき、吸血鬼の証拠とされた。

しかしそれらの吸血的な証拠に対し、現代では以下の科学的説明が成されている。

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人々は、死者を掘り起こし腐敗が進行していないとき吸血鬼的特長とされたが、分解速度は温度や土壌の組成によって異なり、東欧などの寒冷地であれば地表の5〜6倍遅れても不思議はない。しかし、人々は死体がまったく分解されなかったと結論付けた。
また腐敗が進行してる過程では、死体内に腐敗ガスが溜まり、その圧力が高まると、鼻や口から血液が滲む原因となる。これらの外見により、体は「むくみ」、「十分な栄養」、「血色が良い」ようにすら見えた。その変化をして、死体が吸血鬼であると見なされた。
また蓄積したガスが体から排出されると様々な現象を引き起こす。声帯を通過したときにうめき声のような音を出し、体がぜん動を生じる可能性がある。

<早すぎる埋葬>
吸血鬼と見なされたケースには、仮死状態で埋葬された者が発する音を誤認した場合も考えられる。後に掘り起こされた棺には、逃げようとした爪の跡が内側に発見され、頭、鼻、顔を棺に衝突させ、その頭部の状況は吸血鬼の「吸血」の証拠に見えた。

<伝染病>
吸血鬼と見なされた証拠は、家族または密接なコミュニティー内の、伝染性の病気による一連の死に起因している場合も想定される。結核の集団発生や肺ペストの場合、唇に血液が現れる原因となった。

<ポルフィリン症>
ポルフィリン症(porphyrie)は血液のヘモグロビンを合成するヘムの機能異常により、日光にあたると赤血球が壊れ、皮膚を萎縮させ、血尿を排泄するなど様々な症状を引き起こす遺伝病。犬歯の変形や顔面蒼白などの症状を伴い、ニンニクの成分が痛みを呼ぶと言われる。
血液の瀉血(血を抜く)が古来より治療法とされ、罹患者が不足した血液を求めて、人間や動物の血を求めて吸血鬼的事件を起こした可能性も指摘されている。特に吸血鬼の故郷カルパチア地方で発生率が高いという報告もある。

<狂犬病>
吸血鬼伝承の、ニンニクと光に対する過敏反応は、狂犬病の特徴的な症状。この疾患は、正常な睡眠パターンの障害(したがって夜行性になる)や性欲亢進を司る脳の一部に影響を与えるという。
オオカミ(犬)とコウモリは狂犬病の伝染媒介をし、それが吸血鬼の伝説と結びつけられたとする。またこの病気は、他人を噛む衝動や、口から血の泡を生じる可能性があり、それも吸血鬼の証拠と見なされた可能性もある。
1721年から1728年に吸血鬼の物語が東ヨーロッパから現れた時期に、犬、狼、その他の野生動物における狂犬病の流行が同地で記録されているという。
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世界初のバンパイア映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』紹介


原題 Nosferatu-Eine Symphonie des Grauens
製作国 ドイツ
製作年1922年
上映時間 94分
監督 F・W・ムルナウ
脚本 ヘンリック・ガレーン(英語版)
原作 ブラム・ストーカー

評価:★★★  3.0点

映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』簡潔あらすじ
1838年ドイツの町ウィスボー。トーマス・フッターは妻エレンと別れ、仕事でトランシルバニアのオーロック伯爵の城を訪ねた。その地では吸血鬼伝説が伝えられ、フッターはオーロックこそがその吸血鬼だと確信する。オーロックは、フッターの妻に関心を示し、旅立っていった。妻の身を案じ、急いで家路についたフッターだったが、すでにオーロックは町に到着しており、人々に死が蔓延し始めていた。そして、ある晩フッタ―の妻に魔の手が迫った―
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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』予告

映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』出演者

トーマス・フッター(グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム)/オルロック伯爵(マックス・シュレック)/ノック(アレクサンダー・グラナック)/ハーディング(ゲオルク・H・シュネル)/アンネ(ルース・ランドスホーフ)/ブルワー教授( ヨハン・ゴットウト)/ジーファース博士(グスタフ・ボーツ)

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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』解説

ノスフェラトゥの意味するものとは

上で見てきたように、現代の科学的検証を元にすれば、吸血鬼の実体は遺伝的異常や伝染病などの病気により説明できます。

その上で、この1922年の作品を見ると、この吸血鬼の意味するものが浮かび上がって来ました。

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映画内で語られる吸血鬼は、その乗船する船の船員を全て殺し、上陸した街でも死をもたらします。

その死を検分した医師はこれはペストだと言うのです。
つまり、この映画のバンパイアの正体とは、感染病、伝染病が擬人化されたキャラクターだと感じました。

そう思ってみれば、この映画の吸血鬼の顔が「ネズミ」に近いのも、ペストを媒介し恐れられていたのがネズミだったことに起因しているのでしょう。
更に1922年と言えば、第一次世界大戦が終わり、この映画の制作国ドイツは敗戦国として不況に押し潰されそうになっている時でした。

しかし、同時に第一次世界大戦の戦死者1,000万人を超える被害を出した、もう1つの恐怖が世界を覆っていたのです。
1918年に始まった「スペインかぜ(スペインインフルエンザ)」のパンデミックは、1920年12月までに世界中で5億人が感染したと言います。

当時の世界人口の4分の1が罹患し、死者数は1,700万人〜5,000万人とするのが定説です。
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<アメリカのスペインかぜ特設療養所>

しかし一説には病死者1億人という専門家もおり、その恐怖は新型コロナウイルスに慄く現代人以上に、切実に、深刻に、身に迫る死として人々の心を占拠していた事でしょう。

そんな人類史上に残る最悪の感染症の恐怖がまだ生々しい時期に、この映画は撮影されました。

その感染症に対する、人々の無意識下の恐怖が顕在化した姿として『吸血鬼ノスフェラトゥ』は、誕生しているのだと確信しています。

つまり民間伝承の吸血鬼が、現代科学の見識に拠れば、遺伝的疾患や伝染病がその原型にあったのと同様、1922年のこの映画の吸血鬼もスペイン風邪という感染症の恐怖が生み出した「キャラクター」だったと思うのです。

そんな事実は、ノスフェラトゥという名前にも込められていると思います。/

ノスフェラトゥの語源は古代スロヴァキアの言葉ですが、ノスフェラトゥという言葉自体はギリシャ語で「病気を含んでいる」という意味合いの言葉であるそうです。

いずれにしても、そんな「バンパイア」のキャラクターは、映画内で不朽の存在として、今でもさまざまなスタイルで継承されています。
スウェーデン映画:2008年
映画『ぼくのエリ200歳の少女』

世界中の映画祭で60以上受賞の名作!
少年・オスカーとエリという少女の淡い恋

さらに、その恐怖像は「ゾンビ」のキャラクター属性にも引き継がれていると、個人的には感じます。
関連レビュー:ゾンビの意味する恐怖とは?
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』
ジョージ・A・ロメロ監督作品の古典的ホラー
ゾンビの誕生と近代文明と神の喪失

そんな、映画史上で未来永劫生きつづけるであろう「ヴィラン=悪役」を生み出したこの映画は、古典としての力を有しているのは疑いようもありません。





posted by ヒラヒ・S at 17:00| Comment(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月17日

古典映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』1922年-バンパイア映画の元祖!完全再現ストーリー/詳しいあらすじ・ネタバレ・ラスト・感想・評価

映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』(あらすじ・ネタバレ 編)

原題 Nosferatu-Eine Symphonie des Grauens
製作国 ドイツ
製作年1922年
上映時間 94分
監督 F・W・ムルナウ
脚本 ヘンリック・ガレーン(英語版)
原作 ブラム・ストーカー


評価:★★★  3.0点



今から100年以上前の、ドイツ表現主義のモノクロ、サイレント映画です。

この1922年の映画は、実に「吸血鬼」映画の元祖でもあります。

恐怖映画の元祖として言及されることもある映画です。
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<目次>
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』ストーリー
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』予告・出演者
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』感想・評価
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』ネタバレ
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』結末

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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』詳しいあらすじ

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1838年ドイツの町ウィスボーの朝、トーマス・フッターは妻エレンと仲良く朝の一時を過ごす。
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不動産業者のハーノックに雇われているフッターが事務所に出ると、ウィスボルグで家を購入すると連絡の有ったトランシルバニアのオーロック伯爵の元を訪問するように言われた。
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フッターは旅に出る前に、彼の妻エレンを彼の親友であるハーディングとハーディングの妹アニーに託した。
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目的地も近いカルパティア山脈の近くで、フッターは夕食を取るために旅館に立ち寄った。フッターがオルロックの名前を口にすると、地元の人々は怯え、夜に城に行くのを必死に止めた。
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そこでフッターはそこで一夜を過ごした。その部屋には、本があり吸血鬼について記されていたが、フッターは笑ってその本を放り投げた。
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翌朝、フッターは高山峠に馬車で向かうが、馭者は途中で進むことを拒否したため、フッターが諦めて歩き始めた時、伯爵の迎えの馬車が現れた。
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城の門内で長身で痩せたオーロック伯爵が、入り口で待ち構えていた。
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フッターはディナーの席で誤って指を切ると、伯爵はその血を吸い取ろうと近づくが、フッターはとっさに身を遠ざけた。
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しかし翌朝フッターが城で目覚めた時、首に傷があることに気づく。
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その夜、オルロック伯爵は不動産契約書に署名し、ウィスボーにあるフッターの自宅の真向いの邸宅を購入した。
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その時オルロックは、フッターの妻の写真を見て、きれいな喉だと呟く。
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その頃フッターはその地の伝説の書にある吸血鬼が、オルロックだと疑い始めた。真夜中が近づくとドアが開き、オルロックが入って来た。
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その頃遠く離れた地で、彼の妻は夢遊病の症状を見せ、世話をするハーディング驚かせた。
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彼女はフッターがオルロック伯爵に襲われている姿を夢で見たのだった。
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翌日、重い寝覚めを迎えたフッターが城を探ると、その地下室オルロックが眠っている棺桶を見つけた。
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フッターは恐怖を覚え、窓から城を脱出しようとして転落した。
フッターが目覚めた時には病院のベッドで看護を受けていたが、急いで妻の待つ家へと向かう。
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一方のオルロック伯爵は棺に眠ったまま船に運ばれ、購入したフッターの家の前の屋敷へと向かう。船には棺からのネズミがあふれ出し、船員は病気になり、死が蔓延した。
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ついに船長と一等航海士を除いて船員全てが死んだ。一等航海士は棺桶が元凶だとして破壊に向かうが、目覚めたオルロックに直面する。
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一等航海士は恐怖のあまり海に身を投げ、船長1人が残されたが港に舟が着いた時には、彼も絶命していた。
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船が到着すると、オルロック伯爵は1人棺桶を携え、彼が購入した家に移動した。
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翌朝、船の検査によりペストによる船長の死が確認された。その知らせに町はパニックに襲われ、人々は屋内にとどまるよう警告された。
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人々が家の中で息を潜める中、疫病のせいで町には死者の棺が列をなし運び出された。
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エレンはフッターが持ち帰った吸血鬼の書を読んで、「心に汚れのない女性が生き血を与え、朝日が昇るまで吸血鬼を逃がさないようにすれば倒せる」と記されているのを知った。
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エレンは向かいの家から自分を見る、オルロックが吸血鬼と知り、恐怖に怯え夫の胸に顔を埋めた。
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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』予告

映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』出演者

トーマス・フッター(グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム)/オルロック伯爵(マックス・シュレック)/ノック(アレクサンダー・グラナック)/ハーディング(ゲオルク・H・シュネル)/アンネ(ルース・ランドスホーフ)/ブルワー教授( ヨハン・ゴットウト)/ジーファース博士(グスタフ・ボーツ)

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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』感想・評価

サイレント映画の評価

この映画は過度の恐怖のためにスウェーデンで上映中止され、1972年にようやく禁止令が解除されました。
本作で吸血鬼ノスフェラトゥが映画に実際登場するのは、わずか9分弱ですが、1922年当時の観客にとっては、血も凍るような恐怖だったのです。
さぞ、ヴァンパイアも血をすうのに骨が折れるのではないかと心配になりますが・・・・

しかし現代を生きる者は、この映画に過度の期待は持たないで頂きたい。

この映画を今見れば、ただのネズミ男にしか見えませんし、恐怖を感じることすら難しい。

たとえば、この映画の恐怖を、『リング』や『シャイニング』に較べたら、失笑しか出てこないでしょう。
関連レビュー:スタンリー・キューブリック監督の恐怖
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まあ〜、その〜、ブッチャケ、お叱りを受けるかもしれませんが、しょせんはサイレント(無声)映画です。
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現代映画、セリフが聞こえ、高度な映像的リアリティは、そもそも望むべくもなく、根本から映画の文法がま〜るで違うのです。

言葉の不在もそうですが、表現技術に制約が多すぎて、その制約の中でよく頑張っているな〜という印象です。
たとえば、スマートフォンの時代に、モールス信号で話をするくらい、映画撮影技術の差が大きすぎるのです。

更に言えば、この先バーチャルリアリティーが発展し、観客が360度映画世界に取り込まれ、映画世界に観客自身が放り込まれるようになったとしたら、2020年の映画はその価値を減ずるに違いありません。
基本的に、表現する者にとっての理想は、自身の脳内イメージをダイレクトに直接、観客の脳に転移させることこそ最も誤差が少ない方法であり、その技術がないからこそ、仕方なく現在の技術を使わざるを得ないというのが実情なはずです。

それゆえ何の必然性もないスタイルだけの技術的な退化を元にした表現を、たとえばアカデミー賞を取った現代のサイレント映画『アーティスト』や、デザインだけのモノクロ撮影などの懐古趣味は、個人的には評価しません。
関連レビュー:現代映画のサイレントの意味は?
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いずれにしても、今の観客が、現代映画よりも明らかに劣る表現技術しか持たない、サイレント映画を見て現代の映画より面白いと感じる可能性は非情に低いはずです。

1927年トーキー(音声入り)映画『ジャズ・シンガー』の登場以降、サイレント映画の時代は急速に終焉を迎えます。

そんな中、本作の監督F・W・ムルナウの1927年の『サンライズ』や、1931年のチャップリンの『街の灯』は、時代に逆行してまで作り上げただけあって、 サイレント映画表現の集大成として素晴らしい完成度を見せています。
関連レビュー:サイレント映画の完成形
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しかし個人的には高く評価した上の2作品も、映画的な要素、脚本や演技などの技術要素を評価し、歴史的な文脈の中で評価としている部分もあり、正直言えば、面白いからというよりは、功労賞的な意味合いが強いようにも思います。

そこでこの映画を評価した時、脚本やビジュアル、そして恐怖表現に関しても強く訴えるものはなく、個人的には「バンパイア」というキャラクターを、映画的に生み出したことが唯一の価値だと感じました。

本作はドイツ表現主義を代表する1本と言われますが、同時期の『カリガリ博士』と較べてみれば表現主義的なデザインの斬新さでは『カリガリ博士』の方が優れていると思います。
関連レビュー:サイレントのホラー
映画『カリガリ博士』
ホラー映画の歴史に名を刻む古典
ドイツ表現主義の代表作

そんなこんで、私のこの映画の評価★3は「バンパイアのキャラクター創出」と、少々の「表現主義的ビジュアルデザイン評価」と、「1922年当時の観客の恐怖」に敬意を込めて付けさせて頂きました。Film2-GrenBar.png
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以下の文章には

映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』ネタバレ

があります。
(あらすじから)
そしてその夜、エレンは向かいから凝視するオルロックに気づき失神した。
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妻の異常にフッターが駆け寄ると、意識を取り戻した妻は、医師を連れて来て欲しいと彼を送り出した。
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そのエレンが一人残る家に黒い影が差したー
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オルロック伯爵は部屋に入り、恐怖で目を見開いたエレンの首に牙を立てた。
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オルロックはエレンの血を吸い続けていたが、その顔をふぃに上げた。
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オンドリが鳴き、朝の光が町に差し込んだ。
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立ち上がったオルロックは数歩足を進めるが、窓から刺した陽光を浴び一片の煙となって消えて行った。
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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』結末

エレンは、駆けつけた夫フッターの腕の中で息絶えた。
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”その時から、まるで奇跡にのように、疫病がもたらす死が止まり、吸血鬼の重苦しい影は、朝の太陽により消え去った。”と文献には記されている。
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後には、オルロック伯爵の廃墟となった城が残った。
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posted by ヒラヒ・S at 00:00| Comment(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする