2021年01月13日

古典映画『M』1931年の殺人鬼の正体とその実話とは?/解説・考察・実話・ネタバレなし簡単あらすじ

映画『M』あらすじ・ネタバレ 編

原題 M
製作国 ドイツ
製作年 1931
上映時間 117分
監督 フリッツ・ラング
脚本 テア・フォン・ハルボウ、フリッツ・ラング


評価:★★★★  4.0



この1931年製作のドイツ映画はサスペンス映画の古典です。

サイレント映画の時代から、ドイツで革新的映画を発表して来た名匠フリッツ・ラングが作った、サスペンス映画です。

この映画の殺人鬼の恐怖とは、当時のドイツの状況を反映し、ゴシック・ホラーの伝統に新たな要素を加えたものだと思えます。

この映画は、ハリウッドで一時代を築いた「フィルム・ノワール」の元祖と言われる古典作品ですが、実話を基にした「実録犯罪映画」でもあったのです。
film1-Blu-sita.jpg

<目次>
映画『M』簡単あらすじ
映画『M』予告・出演者
映画『M』考察
映画『M』解説・実話

film1-Blu-sita.jpg

映画『M』簡単あらすじ


ベルリンの街は少女連続殺人の発生で、世間は不安をが高まっていた。そんな中、少女エルシー(インゲ・エステート)に近づいた犯人ハンス・ベッケルト(ピーター・ローレ)は、その命を奪うと犯行声明を新聞社に送った。世論は逮捕できない警察を非難し、捜査指揮を執るカール・ローマン警視正(オットー・ベルニッケ)は、なりふり構わぬ大規模な捜査を行い、その影響で暗黒街の商売が出来なくなり、顔役シュレンジャー(グスタフ・グランジェンズ)は暗黒街のネットワークを駆使し犯人を追う指令を発した。そしてついに、犯人ベッケルトは追い詰められたが・・・・・・
film1-Blu-sita.jpg

映画『M』予告

映画『M』出演者

ピーター・ローレ(ハンス・ベッケルト) /オットー・ベルニッケ(カール・ローマン警視正)/インゲ・エステート(エルシー・ベックマン)/エレン・ウィドマン(エルシーの母)/グスタフ・グランジェンズ(シュレンカー:ボス)/フリードリヒ・グナス(フランツ:泥棒)
フリッツ・オデマール(イカサマ師)/ポール・ケンプ(スリ)/エルンスト・シュタール・ナハバウアー(警察署長)/フランツ・スタイン(大臣)/ゲオルク・ジョン(盲目の風船売り)/ルドルフ・ブリュムナー(弁護人)/カール・プラテン(ガードマン)

Film2-GrenBar.png

スポンサーリンク


film1-Blu-sita.jpg

映画『M』考察

殺人鬼の正体とは?

この映画『M』を始めてみた時、ドラマとしての集中力に欠けていると思い、高い評価を付けられないと感じました。
なぜなら、主人公が誰で、ドラマの中心がどこか、不明瞭だったからです。
M_pos1.jpg
普通に考えれば、このピーターローレ演じる殺人鬼こそ主役かと思えますが、彼自身が顔を見せるのは劇の半ばです。
更にいえば、映画の描写は、犯人を追う警察、暗黒街、殺人鬼、その3者が等分に描かれ、どれを軸に見れば良いのか分からず、その散漫な印象に輪をかけます。

それゆえ、現代のサスペンスやスリラーを見慣れた眼からすると、禍々しい映像の空気感に打たれるものの、その中心を求めて右往左往する気持ちになりました。
しかし、その私の、ドラマを一直線に見ようとする鑑賞意識は、現代の整理されドラマ性を高めるために、映画表現を集約している作品を見すぎているからではないかと反省し、再度視聴を試みました。

すると、この映画が真に描いた、禍々しさ、歪み、狂気、陰鬱さの実体が見えたように思います。

実は、この映画の殺人鬼とは、それまでドイツ映画が描いてきた恐怖映画の「新顔=ニューフェイス」だったのです。

例えば、『吸血鬼ノスフェラトゥス』の「吸血鬼」、『カリガリ博士』の「眠り男」と同様、この映画の連続殺人鬼とはゴシックホラーの伝統に則った恐怖の形の変奏曲だったと思えます。
関連レビュー:ゴシックホラーの古典
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』
映画史に残る、ホラー映画の名作!!
バンパイア伝説の起源

関連映画:ゴシックホラーの古典
映画『カリガリ博士』
ホラー映画の歴史に名を刻む古典
ドイツ表現主義の代表作

それゆえ、恐怖の対象は極力見せないと言うゴシックホラーの伝統に則り、殺人鬼はなかなか姿を見せず、恐怖に襲われる側のパニックと混乱を描くことに注力していたのではないでしょうか。

しかし、この映画をゴシックホラーとして見た時、明らかにユニークなのは、その恐怖の対象が「弱々しい中年男」だという点です。

つまり、ここには超自然的な恐怖の対象は存在せず、現実的な人間が生む恐怖を描いている点で、ゴシックホラーの系譜として、真に画期的だと言うべきでしょう。

それは、人間存在をモンスターとして規定した「ゾンビ」同様、悪魔的存在としての人間を描いた近代的な発想であったように思います。
関連レビュー:怪物の人間宣言!!
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』
ジョージ・A・ロメロ監督作品の古典的ホラー
ゾンビの誕生と近代文明と神の喪失

再び言いますが、この映画が語るのは「普通の人間」が生む恐怖であり、それを巡り警察など国家権力や、暗黒街や非合法社会の犯罪者達が、大混乱をする姿が描かれています。

映画が製作された当時ドイツは1人の男、アドルフ・ヒットラーというナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)の党首によって大きな変革を迎えていました。
ドイツで1929年の世界恐慌以後、国民の社会不安を背景に支持を拡大したナチス党は、1930年9月の選挙で第二党に躍進し、彼の過激な主張は一般大衆の心を掴み更にその勢力を伸長することが予想されました。
ヒットラーの主張とは、それまでのエスタブリッシュ(社会上流階級)や、犯罪に手を染めている反社会勢力、そしてマイノリティー達を切り捨て「健全」で「清潔」なゲルマン民族の国家を作ることだったと言います。

それは、国民の絶対多数を構成する中間層、最も普通の市井の人々が求める、モラルであり社会規範でした。
それは、普通の人々が困窮の中求める欲求が、世論として叫ばれる中、狂気に変じる姿だったのであり、普通の男が狂気を秘めているとする、この映画の恐怖と通じるものだと感じます。

この映画の、1人の男の狂気に社会が振り回され、大いなる災厄の予感を漂わせるドラマの背後に、ヒットラーが政権を掌握した際のユダヤ人排斥に怯える、1人のユダヤ人フリッツ・ラングの心理を見ないわけには行きません。
フリードリヒ・クリスティアン・アントーン・"フリッツ"・ラング(Friedrich Christian Anton "Fritz" Lang, 1890年12月5日 - 1976年8月2日 )は、オーストリア出身の映画監督。父母ともにカトリックだが、母(旧姓シュレージンガー)はユダヤ教からの改宗者だった。トレードマークの片眼鏡でも知られる。
『Halbblut』(1919年)で監督デビュー。1920年の『カリガリ博士』はラングが監督を担当するはずだったが、脚本の改稿だけを担当することになる。
以後、大長編の犯罪映画『ドクトル・マブゼ』(1922年)、SF映画の古典的大作『メトロポリス』(1927年)、トーキー初期のサスペンス映画『M』(1931年)など、脚本家である夫人テア・フォン・ハルボウとのコンビで、サイレントからトーキー初期のドイツ映画を代表する作品を手がけた。
アドルフ・ヒトラーの政権が成立すると、ユダヤ人であるラングの立場は危険なものになった。だが、ナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスはラングの才能を評価し、甘言を弄して亡命を阻止しようとした。そんな中、間一髪で1934年にフランスへ亡命し、さらにアメリカ合衆国に渡った。
(wikipedia より)

Film2-GrenBar.png

スポンサーリンク


film1-Blu-sita.jpg

映画『M』解説

殺人鬼の実話

この映画の殺人鬼は、1930年当時ドイツを騒がせた連続殺人犯をモデルにしており、実録犯罪映画の一面も持っています。

殺人鬼@ペーター・キュルテン(デュッセルドルフの吸血鬼)

ペーター・キュルテン(Peter Kürten, 1883年5月26日−1932年7月2日)はドイツの連続殺人犯。デュッセルドルフの吸血鬼 (ドイツ語: Der Vampir von Düsseldorf) という異名を持つ。強姦、暴行、殺人を行い、1929年1月から11月までのデュッセルドルフの凶行で有名。名前を英語読みし、ピーター・キュルテン(ピーター・カーテン)とも言われる。近代シリアルキラーの原点の一つとして語られる。M_kuruten.jpg
キュルテンは約80件の犯罪を自白。9件の殺人と7件の殺人未遂の罪で起訴される。1931年4月から裁判が行われた。当初彼は無罪を主張したものの、数週間後答弁は変化を見せた。結果、死刑の判決を受け、1932年7月2日早朝ケルンにてギロチンを用いた死刑が執行された。(wikipediaより)

殺人鬼Aフリッツ・ハールマン(ハノーファーの屠殺人)

フリードリヒ・"フリッツ"・ハインリヒ・カール・ハールマン(Friedrich "Fritz" Heinrich Karl Haarmann、1879年10月25日 - 1925年4月15日)はドイツ・ハノーファー出身の著名な連続殺人犯。1919年から1924年にかけて、ハールマンは少なくとも24人を殺害している。M_Haarmann.jpgハールマンの犠牲者はハノーファー中央駅をうろついている若い男性浮浪者や男娼だった。ハールマンは彼らを自分のアパートに誘い、男色行為中に犠牲者の喉を噛み破って殺害した。噂ではハールマンが犠牲者の肉を闇市場で缶詰の豚肉として売り歩いたとされているが、これを裏付ける証拠は無い。
裁判記録にある犠牲者数は28人である。但しハールマン自身は少なくとも48人は殺したと豪語していた。
ハールマンは1924年12月19日に有罪判決を受け、1925年4月15日早朝にハノーファー地方裁判所の刑務所でギロチンによる斬首刑に処された。(wikipediaより)

殺人鬼Bカール・デンケ(パパ・デンケ)

カール・デンケ(Karl Denke, 1870年8月12日 - 1924年12月22日)は、ドイツの連続殺人犯。ミュンスターベルクの地主であったデンケは大きな屋敷を構え、農地を持ち、毎週日曜には近所の教会でオルガンを弾いており、人々から「パパ・デンケ」の愛称で尊敬されていた。M_denke.jpg
街を流浪するホームレスたちを、自ら経営する下宿屋に無料で宿泊させており、その慈善業もまた人々から称賛されていた。
1924年12月21日、デンケの自室から悲鳴が上がり、別室の住人が駆けつけると、そこではデンケが下宿人の頭を斧で叩き割ろうとしていた。駆けつけた警察はデンケの部屋から、塩漬けの人肉の桶2つ、人間の骨や脂肪の入った瓶詰を発見し、それら30人以上もの人肉と見られた。さらに押収されたノートには、ホームレスたちの名前、体重、死亡年月日が几帳面に書き記されていた。デンケは罪を認め、1921年から人肉しか口にしていなかったと語った。これによりデンケは3年間、ホームレスたちを人肉として食べる目的で宿泊させていたことが明らかとなった。
逮捕後まもなくデンケは、前述のような信心深さから良心の呵責に耐えられなかったか、拘置所内で首を吊って自殺した。(wikipediaより)

殺人鬼Cカール・グロスマン

カール・フリードリッヒ・ウィルヘルム・グロスマン(1863年12月13日– 1922年7月5日)は、ドイツの連続殺人犯、性的暴行者、そして犠牲者の人肉を口にした食人嗜好者だった。彼は全てを自白することなく本裁判の結審を待つ間に自殺し、彼の犯罪と動機の真実はほとんど知られていない。M_Großmann.jpg
彼はサディスティックな性的嗜好を持ち、幼児性的虐待でいくつかの有罪判決を受けていた。若年期には、彼は10歳の少女を悪戯し、4歳の少女(判決の直後に死亡した)を残酷にレイプしたことで15年の懲役刑に服した。
第一次世界大戦中、グロスマンは闇市場で肉を販売し、自宅近くの駅でホットドッグ屋台を開いていた。彼が骨と他の非食用部位を川に捨てたた、肉が彼の犠牲者の死骸を含んでいたと信じる者もいた。行方不明の女性の部位がアンドレアス広場近くのルイセンシュタット運河で、毎日のように見つかり、100人の女性や少女殺害の容疑者として捜査官をグロスマンに導いた。グロスマンは、主な裁判が終わる前に独房に首を吊ったため、殺人罪で有罪判決を受けなかった。(英語版wikipediaより)


また、映画で犯人を追い詰めるカール・ローマン警視正のモデルは、当時有名なベルリン警察の刑事局長であるエルンスト・ゲンナがモデルでした。

エルンスト・ゲンナ

エルンスト・アウグスト・フェルディナンド・ゲンナ(1880年1月1日– 1939年8月20日)はベルリン刑事警察の局長だった。M_ernest.jpg彼は、ドイツ帝国で最も才能があり成功した犯罪学者の1人として、30年のキャリア中、3つの政治システムの下で働いた。特に、彼はフリッツ・ハールマンとペーター・キュルテンの事件に取り組んだ。
ゲンナは殺人捜査の大部分を再構築した。彼は、今日プロファイリングとして知られているスキームのほとんどを開発した。
彼の業績は、1930年のペーター・キュルテンに関する公的な論文「ダイデュッセルドルフ性犯罪」で用いられ命名された「連続殺人(シリアルキラー)」のように文章化された。
第三帝国時代、彼はナチ党から距離を置いていたが、仕事を継続した。彼の業績に基づいて、彼は1934年に部長に昇進し、1935年にベルリン警察の副所長に昇進した。


監督のフリッツ・ラングはドイツの精神病院で8日間過ごし、数人の連続殺人鬼と面会し、彼等を基に映画の殺人鬼を造形したと言われます。

またフリッツ・ラングは映画のエキストラとして数人の本物の犯罪者を使用し、最終的に25人のメンバーが映画の撮影中に逮捕されたという、嘘のような本当の話がありました。

そんな、徹底した取材と、現実の要素を取り込んだこの映画だからこそ、ドラマを越えたリアリティーが生まれたと思います。



posted by ヒラヒ・S at 17:00| Comment(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月05日

古典映画『M』(1931年)世界初の連続殺人鬼映画!再現ストーリー/詳しいあらすじ・感想・ネタバレ・ラスト

映画『M』あらすじ・ネタバレ 編

原題 M
製作国 ドイツ
製作年 1931
上映時間 117分
監督 フリッツ・ラング
脚本 テア・フォン・ハルボウ、フリッツ・ラング


評価:★★★★  4.0



タイトル『M』とはドイツ語のメルダー「殺人者」の頭文字です。

このドイツ映画は、名匠フリッツ・ラングの1931年の映画ですが、ヒッチコック監督のサスペンスを思わせる迫力があります。

実を言えば、第二次世界大戦前のドイツ映画とは、ハリウッド以上の映画先進国だったのです。

この映画は、そんなドイツ映画界の底力を示した作品だと思います。
film1-Blu-sita.jpg

<目次>
映画『M』詳しいあらすじ
映画『M』予告・出演者
映画『M』感想
映画『M』ネタバレ
映画『M』結末

film1-Blu-sita.jpg

映画『M』詳しいあらすじ


ベルリンのアパート。子供たちは街で起きている、幼児連続殺人犯の歌を歌い遊んでいる。歌が終わった時指さされた子供に、鬼が首を切るジェスチャーをする。
M_1.png
それを見た、学校帰りの子供を心配する母親(エレン・ウィドマン)が子供たちをしかった。
M_2.png
その娘、学校帰りの少女エルシー(インゲ・エステート)は学校の帰り、エドヴァルド・グリーグの「山の王の殿堂で」の口笛を吹く男が近づき、巧みに話しかける。
M_3.png
盲目の風船売りの老人()から、風船を買いあたえると2人は立ち去った。
M_balon.png
そして、少女は死体で発見され、その頭上で風船が風に揺れていた。
M_line.png

犯人は犯行声明を新聞社に送り、その記事が掲載されると、さらに市民の間で不安が高まった。
M_letter.png
ただ子供と話しているだけで殺人犯と疑われる始末だった。
M_check.png
世論は逮捕に至らない警察への風当たりが強くなる。警察も総力を上げて事件にあたり、指紋と筆跡の分析や、手がかりを求めて24時間体制で働いている。
M_police.png
捜査指揮を執るカール・ローマン警視正(オットー・ベルニッケ)は、幼児犯罪の前科者や、精神病患者の記録を追った。
警察の大規模な捜査で、あらゆる場所で立入り検査が行われ、暗黒街の商売も困難を極めた。
M_stepin.png

暗黒街の顔役は会合を開き、その1人シュレンジャー(グスタフ・グランジェンズ)は暗黒街のネットワークを駆使して、自分達の手で犯人を捕まえることを決めた。
M_gang.png
彼らは、乞食や露天商など配下に探索の命令を下した。その中には、犯人に接触した盲目の風船売りの老人もいた。

その頃、警察もリストを片っぱしから当たり、ベッケルトという人物が浮かび上がる。
m_room.png
そのアパートを捜査すると、彼が新聞社に手紙を書いた証拠も見つけた。

犯人ハンス・ベッケルト(ピーター・ローレ)は街で次の犠牲者を物色していた。
M_man.png
彼は女の子と言葉を交わすと歩き出し、あの口笛「山の王の殿堂で」を吹く。
その近くにいた盲目の風船売りの老人が気づき、待機していた仲間に伝えた。
M_know.png
ベッケルトはしっかり暗黒街の男達にマークされ、その背中に「M」(メルダー、ドイツ語で「殺人者」の頭文字)のマークを印された。
M_sign.png
それにベッケルトが連れたた少女が気づく。
ベッケルトはハッとして、周囲を見回すと監視されている事に気づき、少女を置いて逃げ出した。
M_M.png

追跡者は増え、逃げられないと知ったベッケルトは、オフィスビルにとっさに逃げ込む。
M_chce.png
追う男達は、夕刻ビルから吐き出される人々を注視し、ベッケルトがまだビル内に潜んでいる事を確信した。
M_out.png
連絡を受けた暗黒街の顔役シュレンカーは、ガードマンだけが残ったビルに、男たちを呼び寄せ押し入った。
M_gardman.png
彼らはガードマンを拷問しビル内の状況を知ると、ガードマンを襲い拘束し、ビルの全ての階を鍵をこじ開け、ドリルで床に穴を開け、徹底的に捜索した。
M_step.png
そんな中、警備員の一人が警察への通報ベルを鳴らし警察がビルに急行した。
M_alart.png
しかし、屋根裏部屋でベッケルトを見つけた暗黒街の男達は、間一髪、警官が到着する前にベッケルトと共にビルを後にした。
M_find.png
しかし犯罪者のメンバー、フランツ(フリードリヒ・グナス)は警察に捕らえられ、ベッケルトを捕えたことと、どこに連れ去ったか白状した。
M_tiefe.png

ベッケルトが頭の覆いを取り去られた時、大勢の男女が彼を冷ややかな沈黙で迎えた。
M_dropin.png
そこは放棄された蒸留所で、ベッケルトを断罪する私設裁判が開かれようとしていた。
M_.png
film1-Blu-sita.jpg

映画『M』予告

映画『M』出演者

ピーター・ローレ(ハンス・ベッケルト) /オットー・ベルニッケ(カール・ローマン警視正)/インゲ・エステート(エルシー・ベックマン)/エレン・ウィドマン(エルシーの母)/グスタフ・グランジェンズ(シュレンカー:ボス)/フリードリヒ・グナス(フランツ:泥棒)
フリッツ・オデマール(イカサマ師)/ポール・ケンプ(スリ)/エルンスト・シュタール・ナハバウアー(警察署長)/フランツ・スタイン(大臣)/ゲオルク・ジョン(盲目の風船売り)/ルドルフ・ブリュムナー(弁護人)/カール・プラテン(ガードマン)

Film2-GrenBar.png

スポンサーリンク


film1-Blu-sita.jpg

映画『M』感想


この1930年の映画は、2020年の今から見れば、ほぼ一世紀を経てなお、見るものに強いインパクトを与えると思う。
Film.jpg
特に、ラストで殺人鬼を演じるピーターローレの憑かれたような告白は、鬼気迫るものがあり慄然とする。

しかし、正直に言えば、やや冗長なシーンがあるのは否めない。
例えば、警察の捜査のシーンも長いと感じるし、犯人を追い詰める過程はもう少し整理できるようにも思う。

しかし、そんな欠点を越えて、作品全体の持つ「ダークな世界観」に引き込まれる。
それは監督フリッツ・ラングの、モノクロ・サイレント時代に映像だけで映画を作り上げてきた、ビジュアル表現の強さが功を奏していると思う。

無言の内に、状況を語るだけでなく、映像それ自体に「情念」を埋め込む表現力に満ちている。
それは、言葉に頼らない映画を製作してきた、サイレント映画出身の監督に共通の映像表現力だったと感じる。

関連レビュー:サイレント出身監督の映画
ヒッチコック『サイコ』
巨匠ヒッチコック監督の驚愕の傑作!!
サイコ・ホラーの地平を切り開いたパイオニア

関連レビュー:サイレント出身監督の映画
ジョン・フォード『怒りの葡萄』
大恐慌時代のアメリカ庶民の困窮と闘い!!
ジョン・フォード監督の神話的映画表現とは?

関連レビュー:サイレント出身監督の映画
『東京物語』
世界的にも高く評価される小津監督の名作
日本的な世界観、美意識が映像として定着

そんなモノクロ・サイレント映画の表現で、最も高い完成度を見せたのが「ドイツ映画」であり、その「暗く歪んだ映像」は「フィルム・ノワール」の源流を成すものだ。

ドイツの1920年作品『カリガリ博士』や、1922年の『吸血鬼ノスフェラトゥス』を見れば、暗い底なし沼のようなオドロオドロしさを湛えている。

その時代のドイツ映画は、第一次世界大戦の敗戦から続く社会的混乱が生んだ時代の歪みが、作品に憑依したかのように見える。

その歪みを芸術表現として昇華したのが「ドイツ表現主義」の本質であったろう。
関連レビュー:ドイツ表現主義の映画
映画『カリガリ博士』
ホラー映画の歴史に名を刻む古典
ドイツ表現主義の代表作

関連レビュー:バンパイア伝説とポルフィリン症の関係
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』
映画史に残る、ホラー映画の名作!!
バンパイア伝説の起源

この映画も、その「ドイツ表現主義」の系譜に連なる。

自分ではコントロールできない殺人に駆り立てられる、この映画の殺人鬼の姿とは、破滅に向かい走り出したドイツ国家の軋みに満ちた姿とシンクロして感じられる。

ちなみに本作の製作年1930年にはドイツ国会選挙で、ナチスが改選前12議席から107議席へと大躍進し、社民党に次ぐ第2党になった。

世界中が大恐慌の苦難に喘いでいる中、ドイツ社会はすでに地獄の釜を開けてしまった。

この映画の子供を喪った母が最後に言う「死んだ子供たちを取り戻すことは出来ない。子供たちを注意深く見守るべきだ。」との言葉は、若者達がナチスの強引な政策に魅せられている事に対する警告とも思えるのだ・・・・・・

Film2-GrenBar.png
スポンサーリンク


film1-Blu-sita.jpg
以下の文章には

映画『M』ネタバレ

があります。
(あらすじから)
ベッケルトには「弁護士」が与えられたが、居並ぶ「人々=陪審員」を前に、その説得を最初から諦めていた。
M_nothelp.png
ベッケルトはそんな人々を前に、自分の内部に巣食う悪魔を語り出す。

【ベッケルトの告白意訳】
ベッケルト:どうしようもない!どうすればいい!どうにもできない、無理だ/観衆:古臭い手だ!この裁判では役に立たねえぞ!/ベッケルト:あんたは何を知ってるんだ?いったい、あんたは何者だ?誰なんだ?犯罪者でしょ?自分を誇りに思ってるんですか?金庫を破れるから、カードのイカサマが上手いから誇らしい?あなた達はそんな事から足を洗えるでしょ。もし、真っ当なことを学んだなら、もし仕事をすれば、そんな事をせずに済む。もし、あなた達が、怠け者のロクデナシでなければ。でも私・・・・私は自分を救えない。私はこれを押さえられない。この私の中の邪悪、業火、この声、この苦痛!/シュレンカー:お前が言うのは、殺人をさせられてるというのか?

ベッケルト:いつでもそこにいて、私を道へとうろつかせる。私をつけ回し、物音を立てないが、そこにいるのが私には分かる。それは自分だ。自分自身が影なんだ。私は逃げる。私は自分のから逃がれたい!でも無理だ。逃れられない。従わされる。私は走らされる・・・・・道をどこまでも。私は逃げたい。外に出て、そして幽霊と共に追い求める。母親達と子供等の幽霊となって・・・それは決して離れない。そこにいる。いつでもそこに、いつでも。私がそれをする時を除いて。その時だけ・・・・その時、私は何をしたか何も覚えていない。それで、私はポスターを見て、私が何をしたか悟る。それを私がしたのか?でも私は何も覚えていない。でも誰が私を信じる?私のような人間を誰が理解できる?どうやって私の行いが強制されたか、どうやらされたか、やれ・・・・やりたくない!やれ!やりたくない!でも、やらされた!そしてその時・・・・声が叫ぶ!その声を聞くのは耐えられない!耐えられない!/シュレンカー:被告は言った。自分を救えないと。それは、殺人を止められないという事だ。それはこの事件の死刑宣告を自分で下したものだ。誰かの、強制的な殺人を認めたとしても、そんな奴はろうそくの火のように消されなければならない!この男は消し去られ、抹殺すべきだ!/聴衆:そうだ!それが良い!


激怒し暴徒と化した傍聴者が、ベッケルトを殺そうと近づく。
M_riot.png
しかし、警察がその場に踏み込みベッケルトと人々は動きを止めた。
M_handsup.png
film1-Blu-sita.jpg

映画『M』結末

裁判官が席につき、評決が下されようとしている。
M_court.png
彼の犠牲者の3人の母親は傍聴席で泣いている。母親は、「死んだ子供たちを取り戻すことは出来ない。子供たちを注意深く見守るべきだ。」と語る。画面は暗転し「全ての者が」と母親の言葉だけが残る。

M_end.png


posted by ヒラヒ・S at 18:00| Comment(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月24日

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』最も美しいデヴィッド・ボウイの記録/簡単あらすじ・感想・解説

アイドル!!デヴィッド・ボウイ降臨

原題 Just a Gigolo
製作国 西ドイツ
製作年 1978年
上映時間 100分
監督 デイヴィッド・ヘミングス
脚本 ジョシュア・シンクレア


デヴィッド・ボウイ評価:★★★★★  5.0点
       映画評価:★★     2.0点




2017年1月10日、デヴィッド・ボウイが、地球上から姿を消した。

もう、動いている、息をしている、鼓動を打つ、生命体としての彼はいない。

彼は真のアーティストであり、世界一のペテン師であり、最低の娼婦であり、至高の美だった。

そんな万華鏡のような彼の、最も美しい姿を永遠にとどめた映画こそ、この作品であると信じている・・・・・・

film1-Blu-sita.jpg

<目次>
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』ネタバレなし簡潔あらすじ
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』予告・出演者
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』感想
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』解説・考察

film1-Blu-sita.jpg

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』簡単あらすじ

ポール(デイヴィッド・ボウイ)は第一次大戦で負傷し、子豚を抱えて故郷ベルリンに帰って来る。ヒットラーのナチスの力が、敗戦後で混乱するドイツを、覆い出した。母ミュッティ(マリア・シェル)や伯母ヒンダ(ヒルデ・ウェイスナー)が日々働くなか、ポールは所在無く日々を過ごす。幼なじみのシリー(シドニー・ローム)は、場末の踊子からハリウッドの人気女優となった。以前の連隊長ヘルマン・クラフト(デイヴィッド・ヘミングス)は、ポールを自分の政治結社に誘う。しかしポールはベルリンの街をさまよううち、ホスト・クラブ“エデン”の経営者セマリング少佐(M・ディートリッヒ)に出会い、スカウトされ、金持ちの中年女ヘルガ(キム・ノヴァク)のジゴロになった。一方の、シリーはハリウッドから帰国すると年老いた貴族(クルト・ユルゲンス)の妻に迎えられ、ポールとシリーは再び出合った―
film1-Blu-sita.jpg

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』予告

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』出演者

ポール(デイヴィッド・ボウイ)/シリー(シドニー・ローム)/母ミュッティ(マリア・シェル)/伯母ヒンダ(ヒルデ・ウェイスナー)/ヘルマン・クラフト(デイヴィッド・ヘミングス)/ヘルガ(キム・ノヴァク)/セマリング少佐(マレーネ・ディートリッヒ)/老貴族(クルト・ユルゲンス)

Film2-GrenBar.png
スポンサーリンク


film1-Blu-sita.jpg

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』感想


デヴィッド・ボウイ、彼はカメレオンのように姿とスタイルを変えながら、時に超然と、時に下卑て、大笑いしたかと思えば怒りだし、悲しんだかと思えば、踊りだす、そんな道化師で、トリックスターで、それでも、いつもエレガントでセクシーだった。

だから彼から、眼を逸らせなかった。

彼は、ロック・スターとして人々の前に、姿を現した。
しかしその表現は、たとえ歌を歌っているときでも、そもそも演技をしていたと感じる。
けっきょく彼自身にとって表現すべきモノがあり、どれは歌だろうと、演技だろうと、同じ事なのだろう

ここには、そんな俳優としてのボウイがいる。
彼の出演作でいえば、最もそのキャラクターに近いのが『地球に落ちてきた男』だったろう。

この映画はエイリアンとしてのデヴィッド・ボウイを描いた、ニコラス・ローグ監督のシュールなSF映像詩とも言うべき作品で、チープさはあるものの、その「異世界」感覚は一見の価値があると思う。

それ以外にも、デヴィッド・リンチ『ツイン・ピークス』や ロック・ミュージカル『ビギナーズ』、 ジム・ヘンソン監督の『ラビリンス/魔王の迷宮』大島渚『戦場のメリークリスマス』、 マーティン・スコセッシ監督の『最後の誘惑』 などが、著名な出演作品として知られているだろう。



しかし、デヴィッド・ボウイの映画として、たぶんこの作品『ジャスト・ア・ジゴロ』に言及される事はまず無いう。

この映画は、俳優でもあった デイヴィッド・ヘミングスが監督を務め、ドイツはベルリンの第一次世界大戦の終わりから第二次世界大戦の混乱期に、ボウイ演ずる主人公がジゴロとして生きる姿を描いたものだ。

例えば上のように「あらすじ」を要約してみた所で、この映画にとってストーリーは有って無いようなもので、ベルリンの世紀末の雰囲気と、イギリス的なアイロニーやシニカルな笑いを楽しむ映画だと思う。

さらにブッチャケ正直に言えば、映画としての出来は星2つでもサービスしすぎという気がする。
しかし、私がこの映画を見る目的は、デヴィッド・ボウイただ一点だ。

さきにいろいろボウイの出演映画を上げ連ねたが、デヴィッド・ボウイが最も輝いている映画としては、この作品にトドメをさす。

確かに『地球に落ちてきた男』は魅力的だ、しかし映画世界が確立されすぎて、あまりにも「宇宙人ボウイ」のイメージに乗っかりすぎている。

しかしこの『ジャスト・ア・ジゴロ』は人間デヴィッド・ボウイとして、軍服、タキシード、スーツなど、絢爛豪華なコスチューム・プレーを繰り広げ、さらに魅力的なのは、人間ボウイが日常の等身大に近い姿で動いているのが映画全編を通して見られることなのだ。

やはり、この作品以外の、俳優ボウイとして役になりきっている彼は、映画の中のパーツでしかないと感じる。
それは、映画としての完成度として、彼の出た『戦場のメリークリスマス』の方がずっと完成度が高い。
関連レビュー:俳優ボウイの証明
映画『戦場のメリークリスマス』
第二次世界大戦の東西文明の相克
大島渚監督、デヴィッド・ボウイ, 坂本龍一, ビートたけし出演

しかし、そこにいるデヴィッド・ボウイは、他の役者でも充分代替が可能だ。

つまり、この映画以外のデヴィッド・ボウイは映画に奉仕する存在として、使役されている。

しかしこの『ジャスト・ア・ジゴロ』は、デヴィッド・ボウイに映画が奉仕してる。デヴィッド・ボウイのために映画がひれ伏しているのだと言いたい。

なにせ、映画界の伝説マレーネ・ディトリッヒすら、背景程度の盛り上げ役なのだ―
<マレーネ・ディトリッヒの歌う『ジャスト・ア・ジゴロ』>

あ!今、気が着いたが、これはアイドルのプロモーションビデオと同じ撮り方ではないか。
いってみれば、アイドルがいろいろ服着て、食事したり、町をブラついて見たりという、アイドルの魅力を唯一の表現目的とする、映像と同じ作りではないか。

だから、この映画のボウイはファンにとってベスト作品なのである。
Film2-GrenBar.png
スポンサーリンク


film1-Blu-sita.jpg

映画『ジャスト・ア・ジゴロ』解説・考察


あくまで想像だが、この監督はデヴィッド・ボウイの妖しい魅力に憑りつかれた一人だと、疑っている。

デヴィッド・ボウイの名誉の為に言っておくが、デヴィッド・ボウイは男とか女とかにはこだわらない博愛主義者だ。
若くして、アンジーという女性と結婚していたが、ある日そのアンジーが帰ってくると、ベッドにボウイともう一人の男がいた。
その男とはザ・ローリング・ストーンズのボーカル「ミック・ジャガー」だったという。
更に奇奇怪怪なのはストーンズ・ナンバーとして珠玉の名曲、「アンジー」とはこのボウイの妻に対する愛を謳ったものなのである。
つまりこの人達は、ナンデモアリナノダ・・・・

さすがに芸術家、細かいモラルにコダワらないのである。

つまりこの監督もデヴィッド・ボウイ愛ゆえに、デヴィッド・ボウイが最も映えるシチュエーションで、気が済むまで着せ替え遊びをしたのかもしれない。

決して冗談ではない。
イタリアの巨匠ルキノ・ビスコンティーの映画などは、自分の好きな「お稚児さん」のために、撮ったと言っても過言ではない。
関連レビュー:巨匠の愛する男達
『地獄に堕ちた勇者ども』
名匠ルキノ・ヴィスコンティ監督のドイツ三部作
ナチスが覇権を握り出したドイツの男爵家の運命

また、オードリー・ヘップバーンの代表作として挙げられる『ティファニーで朝食を』などは、実は原作者のトールマン・カポティーがマリリン・モンロー演じさせたかった作品だったりする。
アメリカ映画:1961年
『ティファニーで朝食を』
オードリー・ヘップバーンを代表する名作
実はマリリン・モンローの演じる役だった!?


そんな、個人的な偏愛が込められた作品は、しばしば妖しい光を放つものだ―

いずれにしても、そう考えればこの映画が、デビッド・ボウイのための映画として成立している理由も判りやすい・・・・・

ま〜そんなこんなで、確かにこの映画はデヴィッド・ボウイ以外見るべきものもない凡作だといわざるを得ない。
しかし、たとえ、ダレが、何と言おうと、私はこのアイドル映画を愛する。

最も美しい『アイドル』ボウイがこの映画で永遠に息づいているからだ。

ま〜ど〜でもイインですけど、この映画のほかの出演者を書いときましょうか。

キム・ノヴァク、マリア・シェル、クルト・ユルゲンス、マルレーネ・ディートリッヒ、デイヴィッド・ヘミングスという何気にスゴイ人たちでしたが、たぶんちょっとしか出ていないと思う、あんまり覚えてないから。



posted by ヒラヒ・S at 17:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする