2021年05月17日

古典解説『サンライズ』サイレント映画とトーキー映画のはざま/感想・考察・映画カメラの変化・ネタバレなし簡単あらすじ

映画『サンライズ』感想・解説 編

原題 Sunrise
製作年 1927年
製作国 アメリカ
監督 F・W・ムルナウ
脚色 カール・マイヤー
原作 ヘルマン・ズーデルマン
撮影 チャールズ・ロシャー、カール・ストラッス


評価:★★★★  4.0



1927年に製作された、ドイツ人監督による、モノクロ・サイレントのハリウッド映画です。

ハリウッド映画界から請われて、海を渡ったF・W・ムルナウが遠慮なく制作費を注ぎ込んで撮ったこの映画は、当時最先端だったドイツ表現主義の顔を見せています。

この映画は、モノクロ・サイレントの作品ながら、2020年代でもまだ高い評価を受け続けています。
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<目次>
映画『サンライズ』簡単あらすじ
映画『サンライズ』予告・出演者
映画『サンライズ』解説/世界初のトーキー映画
映画『サンライズ』考察/サイレント映画の残照
映画『サンライズ』感想

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映画『サンライズ』簡潔あらすじ


テロップ「この映画は男とその妻の物語、特定の場所は無く、あらゆる所の物語。どこでも、いつでも、聞くことが出来る。」
夏、都会から汽船に乗り、湖畔の農村に来た都会の女と、恋に落ちた男。彼は、女にそそのかされ妻を殺し農園を売って、都会で暮らすことを夢見た。そして、妻を遊びに行くと連れ出し、都会に向かうボートの上、妻を湖に落とそうと試みるが、果たせなかった。悲嘆にくれる妻に、何度も謝り、心からの悔悟を見せた夫に、妻も赦しを与え、夫婦はかつてのような無邪気な笑いを取り戻した。その日、一日街で遊んで、お互いの愛を取り戻した夫婦は、湖をボートで戻る。しかし、その帰路、突然の嵐に見舞われボートは転覆し、男が気がついた時には妻の姿はなかった―
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映画『サンライズ』予告

映画『サンライズ』出演者

男(ジョージ・オブライエン)/妻(ジャネット・ゲイナー)/街の女(マーガレット・リビングストン)/メイド(ボジル・ロージング)/写真家(J.ファレル・マクドナルド)/理髪師(ラルフ・ジッパー)/マニキュアガール(ジェーン・ウィントン)/邪魔な紳士(アーサー・ヒュースマン)/義務的な紳士(エディ・ボーランド)
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映画『サンライズ』解説

初トーキー映画?

この映画はフォックス社のムービートーンというトーキーシステム(映像と音声の同期システム)の、長編第一作とされています。
ムービートーンの仕組みは、フィルム撮影の時に画像を焼き付けると同時に、音の記録もフィルムに刻む形で同期性を担保したもの。その同調性を確実にするため、サイレント時代のカメラは一秒間16コマを手回しで撮影していたが、一秒間24コマの安定した撮影スピードが無ければ音が歪みトーキーとして成立しなかった。フォックス社はこのムービートンの特許を使い、世界各地のニュースや事物をムービートーン・ニュースと名づけ1928年から1963年にかけてニュース映画として配信した。
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<ムービートーンによるニュース・1929年の日本>
実は世界初のトーキー作品として歴史に残る『ジャズシンガー』は1927年10月6日公開ですが、この映画は1927年9月23日公開であり、本来世界初のトーキー作品の名誉はこの『サンライズ』であるべきでしょう。

ただし『ジャズ・シンガー』は、当時人気の歌手アル・ジョンスンが主演で歌声が入り、人がしゃべるという点で人気となり、効果音とBGMのみを録音した『サンライズ』がかすんでしまったようです。

話は変わりますが、当時のトーキーのカメラは、マイクが付く関係でカメラの回転音を防音するため大きく重くなり、サイレント映画時代のカメラより、自由度が低くなったのです。

更に言えば、トーキー化によって、撮影が不自由になった例としては、雑音や環境音を遮断するために、ロケ撮影が困難になり遮音の約束されたスタジオ内で製作せざるを得なくなります。

例えば、車の運転シーンをスタジオ内で撮り、ロケ撮影部分を車窓と合成する手法に、それらの時代の名残を見ることができます。
<1976年ヒッチコック『ファミリープロット』のシーン>


また、トーキーは上で説明した通り、コマ送りのスピードが一秒24コマに固定されていますが、それまでのサイレント映画は14コマで、その上、手で回して撮影していたため、スピードに緩急をつけることが可能でした。

それらの、特性を有効に活用したのがサイレント時代の「ドタバタ喜劇(スラップスティック・コメディー)」です。
例えば、チャップリンの生み出した「放浪紳士チャーリー」は、その面白さを14コマのゼンマイ仕掛けのような動きや、早まわしなどの自由さによって作り出していました。
<チャップリン『サーカス』より>


そして、24コマの安定的速度でカメラが回る時代となった時、チャップリンは彼の築き上げた「チャーリー」というキャラクターのスクリーン上の動きに満足いかず、捨てざるを得なかったのです・・・・・・
関連レビュー:チャーリーの引退宣言!
『モダン・タイムス』
チャップリンの資本主義批判!?
放浪紳士チャーリーの最後の登場作品
上で述べた通りこの映画『サンライズ』は、フォックス社のトーキー(ムービートーン)導入期の作品です。
それゆえトーキーカメラの特性から、映像的に不自由度が増したのかと想像したのですが、実は真逆のカメラの機動性を見せて、現在でも高く評価されているのです。

その矛盾を下で考察してみたいと思います。
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映画『サンライズ』考察

サイレント・カメラの機動性

この映画は、トーキー作品として作られていますので、本来上で見たようにカメラ撮影は不自由であるべきです。

しかし、当時も今も、カメラの機動性を最大限活かした、サイレント時代最高のカメラワークと批評家から評価されています。
当時革新的な映画撮影(カメラマンCharles RosherとKarl Strussによる)は、特にトラッキングショット(カメラが被写体を追跡する)で賞賛を受けています。

その矛盾を探るべく調べて見ました。

すると、当時手回しだったカメラを、カメラマンのカール・ストラウスがモーター付きのカメラにしたことで可能になったとの情報があります。

『サンライズ』のDVD付録で撮影監督ジョン・ベイリー(『普通の人々』『恋はデジャ・ヴ』『恋愛小説家』を撮影)の語る所によればカール・シュトラスが天井から吊るされたドリーに乗って、モーターで動くベル・ハウエルで撮影したと語っています。

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ベル・ハウエルはサイレント時代の代表的撮影カメラです。

つまり、この映画の滑るようなトラッキングショットは、やはりムービートーン用のカメラでは無理で、カメラを使い分けたのだと思われます。

更に調べて見ると、アメリカ映画カメラマン協会(American Cinematographer)の雑誌で、カメラマンのネストール・アルメンドロス(『天国の日々』、『クレイマー・クレイマー』の撮影監督)が語る説明がありました。

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【意訳】「この映画は並外れた作品です。カメラの動きと特殊効果は、当時としては信じられないほど完璧です。」「プレーヤーの頭上に吊り下げられたカメラドリーを発明しました。どうやら、彼らはレストランのシーンのように、(床ではなく)天井のレールに線路を置いたようです。サンライズを初めて見たときはクレーン台車を使っていたと思っていたのですが、昔の映画雑誌の記事を読んでみると、実はスタジオの天井の線路に吊るされたカメラだとわかりました。」
「サンライズのカメラの機動性。サイレント映画は、1925年から1929年まで、音が出る前の最後の数年間に作られたこの映画や他の映画でピークに達しました。サイレント映画は非常に洗練されていました。特にカメラの動きの分野では、それら自体が完璧でした。カメラは当時非常に自由でした、そしてこの映画はその最も良い例の1つです。」
「トーキーになると、カメラの機械音を消すため音を遮断するケースを必要とし、重く大きくなり、カメラは固定され、その技術は融通の効かない、スタジオ向けになりました。」(記事より抜粋:原文⇒ https://theasc.com/magazine/june03/sub/page2.html)

やはり、サイレント時代のカメラでなければ、この映画の自由なカメラワークは困難です。sunrise_fox-movietone-camera.png
カール・シュトラスがモーター付きのサイレント用カメラを持ち込んだというのも、毎秒24コマの安定したコマ送りであれば、アフレコで音を追加できたのではないでしょうか。ムービートーン(同時録音)用カメラ(写真)の代用としてサイレント用カメラを使えたのではないかと想像しています。

実をいえば、この『サンライズ』を製作したフォックス社は、1927年に『第七天国』という第一回アカデミー賞の作品賞に輝いた作品も作っています。

そして、その映画でも.後からオーケストラの音を入れたと言いますから、後から音を入れることも可能だったのではないでしょうか?
アメリカ映画:1927年
『第七天国 』
ボーイミーツガールの恋愛天国!!
『ラ・ラ・ランド』監督もラストを参考にした古典!

いずれにしても、その自由に動き回るカメラは、明らかに映像表現の説明力を増すことに通じていると感じます。

それは、この時代のサイレント映画に共通する特徴でもあり、例えば1927年の『つばさ』を見ても、自由な映像表現を見せています。
関連レビュー:サイレント時代のカメラの自由
『つばさ 』
第1回アカデミー作品賞!第一次世界大戦のパイロット達の闘い!
戦争映画の古典!サイレント映画最高のアクションシーン!!

更にこの映画で使われた、オーバーラップする映像シーンも、その説得力と、物語の象徴性に寄与しています。

その象徴性とファンタジックなトーンは、強制遠近法の大胆な使用によってももたらされています。
その効果は、通常のサイズの人々とセットが前景にあり、背景に小さなセットの都市を配したショットで顕著です。

このセットを歪ませる映像表現は、ドイツ表現主義の古典『カリガリ博士』でも見ることが出来ますが、この映画の変形はセットのミニチュア感を感じさせ、どこか詩的なメルヘンチックな味わいを生んでいます。
関連レビュー:ドイツ映画の象徴性
映画『カリガリ博士』
ホラー映画の歴史に名を刻む古典
ドイツ表現主義の代表作

それは、カメラの動線誘導の効果と相まって、この映画の象徴性を高めることに寄与しているでしょう。
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映画『サンライズ』感想

「サイレント=無名性」の無限性

この映画の童話的「おとぎ話」的なストーリーは、具体性を敢えて捨て去ることで、普遍性と象徴性を生むことに成功していると思います。

この具体性、個別性を捨てる事とは、実はサイレント映画の伝統的な手法であり、例えばチャップリンのサイレント映画などでも最低限の名前しか付与していません。

そこにあるのは、言葉の説明を省くという、現実的な目的があったと思います。
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しかし、その結果、名前を持たず、喋らないない、サイレント映画の登場人物は、全ての人々の象徴と成り、あらゆる人々の感情移入を可能とするように見えます。

それは、おとぎ話の登場人物、おじいさん、おばあさんなどの「無名性」に通じるものでもあります。
そのサイレントの、無名性と象徴性を、この『サンライズ』ほど明示的に、意識的に活用した例を他には知りません。
これは、「トーキー=言葉」が、名前を生み、名前が「個の確立」「独自性の成立」を規定する物語とはまるで異なる世界です。

たぶん、監督のムルナウは、トーキーがもたらす「個の成立」に敢えて逆行したのだと信じています。
それでなければ、サイレント映画の無名性を更に高める役名を使い、冒頭に「無名の地の無名の夫婦」とことさら示し、おとぎ話的ストーリーの中で、幻想的なセットを作り、物語を語る必然性がありません。

そんな敢えて無名性を選んだ理由を考えてみましょう。
物に名前が付けられたとき、そこに限定された意味が生じるという説が有ります。

そういう認識論からすれば、物に名前を付与しない事は、即ちその物が無限の可能性を持ち、存在し続ける事を可能にするのだと言えるでしょう。
この映画の言葉の無さも同様です。

この『サンライズ』の無名性、ドラマとしてのシンプルさは、意味を限定することなく、人々の想像力、観客の感性に、その作品の解釈を委ねます。

それゆえ、見る者の心の中に呼応する主題が、無意識の中から知らず知らずのうちに選択され、見た人間の数だけ『サンライズ』という、新たな物語が生まれる事になるでしょう。

そういう点で、この映画は見た人が自らの心と対話し、映画と共に物語を作る作品であり、そこに生まれた意味とは自分だけの小宇宙だと言えるでしょう。

そんな事で、これから先は、私が思い浮かんだこの映画の解釈を書かせて頂きます・・・・・・
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個人的に思い浮かんだのは、実は近代とは「個別性=個の成立」が基礎に成立しているという論です。

個を成立することによって、人々を生来の共同体から切り離す事で、産業革命後の工業化の人的資源として動員可能になったというのです。
つまり「名前の付与=個の確立=近代」という図式になる時、この映画が語るのは「近代」がもたらす人間存在に対する歪みであったと思えます。

この映画の「無名の村」の「無名の夫婦」とは前近代の、原初的共同体で平和な営みを持っています。
そこに現れた「都会の女」とは、そのまま「近代資本主義」の象徴でしょう。
彼女は「女房を殺し=原初共同体を断ち切り」、「農場を売って=資本を持って」「都会に行こう=工業社会に参画しよう」と囁きます。
そして、夫もその言葉に乗せられ妻を殺そうとしますが、悔悟し妻とのよりを戻します。

それは人の幸福は生まれ育った共同体の中で生きることだと語っているように思えます。
こう解釈してくれば、この映画は1927年当時、近代化による資本家と労働者の軋轢が高まる中唱えられた、マルクス・エンゲルスの「共産主義」的論調を持ったものだと考えられます。

それは、当時における危険思想であり、例えばチャップリンは大恐慌当時の1932年「モダンタイムス」で、近代工業社会の批判を試みていますが、その結果第二次世界大戦後になってアメリカを追放になったほどです。
そんな危険な主張を秘めたこの映画は、実はドイツ系監督がハリウッドに持ち込んだ『フィルム・ノワール』の原初的姿とも思えます。

個人的にハリウッドの1950年代の『フィルム・ノワール』は、ドイツ系監督の亡国の悲しみが形になったものだと思ったりしたのですが、この映画を見ると近代が人間を押しつぶすストレスがその根源にあるのかとも考えるようになりました。
いずれにしても、これは私の強引な解釈で、公開当時の批評にも、今目にする批評にも社会主義的近代批判だと指摘した文章は眼にしませんでした。

こんな風に、ある作品に言葉をつけ、解釈し、名前を付ける時には、いつもその作品の持つ豊饒さを損なってしまうのではないかと、我が身を振り返るのですが・・・・・

この作品は、特に「無限の可能性」を持つだけに、自らの至らなさを痛感します。

「沈黙(サイレント)は金」という諺を、噛み締めつつ終わらせていただきます。



posted by ヒラヒ at 00:00| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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