2021年01月05日

古典映画『M』(1931年)世界初の連続殺人鬼映画!再現ストーリー/詳しいあらすじ・感想・ネタバレ・ラスト

映画『M』あらすじ・ネタバレ 編

原題 M
製作国 ドイツ
製作年 1931
上映時間 117分
監督 フリッツ・ラング
脚本 テア・フォン・ハルボウ、フリッツ・ラング


評価:★★★★  4.0



タイトル『M』とはドイツ語のメルダー「殺人者」の頭文字です。

このドイツ映画は、名匠フリッツ・ラングの1931年の映画ですが、ヒッチコック監督のサスペンスを思わせる迫力があります。

実を言えば、第二次世界大戦前のドイツ映画とは、ハリウッド以上の映画先進国だったのです。

この映画は、そんなドイツ映画界の底力を示した作品だと思います。
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<目次>
映画『M』詳しいあらすじ
映画『M』予告・出演者
映画『M』感想
映画『M』ネタバレ
映画『M』結末

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映画『M』詳しいあらすじ


ベルリンのアパート。子供たちは街で起きている、幼児連続殺人犯の歌を歌い遊んでいる。歌が終わった時指さされた子供に、鬼が首を切るジェスチャーをする。
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それを見た、学校帰りの子供を心配する母親(エレン・ウィドマン)が子供たちをしかった。
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その娘、学校帰りの少女エルシー(インゲ・エステート)は学校の帰り、エドヴァルド・グリーグの「山の王の殿堂で」の口笛を吹く男が近づき、巧みに話しかける。
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盲目の風船売りの老人()から、風船を買いあたえると2人は立ち去った。
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そして、少女は死体で発見され、その頭上で風船が風に揺れていた。
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犯人は犯行声明を新聞社に送り、その記事が掲載されると、さらに市民の間で不安が高まった。
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ただ子供と話しているだけで殺人犯と疑われる始末だった。
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世論は逮捕に至らない警察への風当たりが強くなる。警察も総力を上げて事件にあたり、指紋と筆跡の分析や、手がかりを求めて24時間体制で働いている。
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捜査指揮を執るカール・ローマン警視正(オットー・ベルニッケ)は、幼児犯罪の前科者や、精神病患者の記録を追った。
警察の大規模な捜査で、あらゆる場所で立入り検査が行われ、暗黒街の商売も困難を極めた。
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暗黒街の顔役は会合を開き、その1人シュレンジャー(グスタフ・グランジェンズ)は暗黒街のネットワークを駆使して、自分達の手で犯人を捕まえることを決めた。
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彼らは、乞食や露天商など配下に探索の命令を下した。その中には、犯人に接触した盲目の風船売りの老人もいた。

その頃、警察もリストを片っぱしから当たり、ベッケルトという人物が浮かび上がる。
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そのアパートを捜査すると、彼が新聞社に手紙を書いた証拠も見つけた。

犯人ハンス・ベッケルト(ピーター・ローレ)は街で次の犠牲者を物色していた。
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彼は女の子と言葉を交わすと歩き出し、あの口笛「山の王の殿堂で」を吹く。
その近くにいた盲目の風船売りの老人が気づき、待機していた仲間に伝えた。
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ベッケルトはしっかり暗黒街の男達にマークされ、その背中に「M」(メルダー、ドイツ語で「殺人者」の頭文字)のマークを印された。
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それにベッケルトが連れたた少女が気づく。
ベッケルトはハッとして、周囲を見回すと監視されている事に気づき、少女を置いて逃げ出した。
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追跡者は増え、逃げられないと知ったベッケルトは、オフィスビルにとっさに逃げ込む。
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追う男達は、夕刻ビルから吐き出される人々を注視し、ベッケルトがまだビル内に潜んでいる事を確信した。
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連絡を受けた暗黒街の顔役シュレンカーは、ガードマンだけが残ったビルに、男たちを呼び寄せ押し入った。
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彼らはガードマンを拷問しビル内の状況を知ると、ガードマンを襲い拘束し、ビルの全ての階を鍵をこじ開け、ドリルで床に穴を開け、徹底的に捜索した。
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そんな中、警備員の一人が警察への通報ベルを鳴らし警察がビルに急行した。
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しかし、屋根裏部屋でベッケルトを見つけた暗黒街の男達は、間一髪、警官が到着する前にベッケルトと共にビルを後にした。
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しかし犯罪者のメンバー、フランツ(フリードリヒ・グナス)は警察に捕らえられ、ベッケルトを捕えたことと、どこに連れ去ったか白状した。
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ベッケルトが頭の覆いを取り去られた時、大勢の男女が彼を冷ややかな沈黙で迎えた。
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そこは放棄された蒸留所で、ベッケルトを断罪する私設裁判が開かれようとしていた。
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映画『M』予告

映画『M』出演者

ピーター・ローレ(ハンス・ベッケルト) /オットー・ベルニッケ(カール・ローマン警視正)/インゲ・エステート(エルシー・ベックマン)/エレン・ウィドマン(エルシーの母)/グスタフ・グランジェンズ(シュレンカー:ボス)/フリードリヒ・グナス(フランツ:泥棒)
フリッツ・オデマール(イカサマ師)/ポール・ケンプ(スリ)/エルンスト・シュタール・ナハバウアー(警察署長)/フランツ・スタイン(大臣)/ゲオルク・ジョン(盲目の風船売り)/ルドルフ・ブリュムナー(弁護人)/カール・プラテン(ガードマン)

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映画『M』感想


この1930年の映画は、2020年の今から見れば、ほぼ一世紀を経てなお、見るものに強いインパクトを与えると思う。
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特に、ラストで殺人鬼を演じるピーターローレの憑かれたような告白は、鬼気迫るものがあり慄然とする。

しかし、正直に言えば、やや冗長なシーンがあるのは否めない。
例えば、警察の捜査のシーンも長いと感じるし、犯人を追い詰める過程はもう少し整理できるようにも思う。

しかし、そんな欠点を越えて、作品全体の持つ「ダークな世界観」に引き込まれる。
それは監督フリッツ・ラングの、モノクロ・サイレント時代に映像だけで映画を作り上げてきた、ビジュアル表現の強さが功を奏していると思う。

無言の内に、状況を語るだけでなく、映像それ自体に「情念」を埋め込む表現力に満ちている。
それは、言葉に頼らない映画を製作してきた、サイレント映画出身の監督に共通の映像表現力だったと感じる。

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そんなモノクロ・サイレント映画の表現で、最も高い完成度を見せたのが「ドイツ映画」であり、その「暗く歪んだ映像」は「フィルム・ノワール」の源流を成すものだ。

ドイツの1920年作品『カリガリ博士』や、1922年の『吸血鬼ノスフェラトゥス』を見れば、暗い底なし沼のようなオドロオドロしさを湛えている。

その時代のドイツ映画は、第一次世界大戦の敗戦から続く社会的混乱が生んだ時代の歪みが、作品に憑依したかのように見える。

その歪みを芸術表現として昇華したのが「ドイツ表現主義」の本質であったろう。
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この映画も、その「ドイツ表現主義」の系譜に連なる。

自分ではコントロールできない殺人に駆り立てられる、この映画の殺人鬼の姿とは、破滅に向かい走り出したドイツ国家の軋みに満ちた姿とシンクロして感じられる。

ちなみに本作の製作年1930年にはドイツ国会選挙で、ナチスが改選前12議席から107議席へと大躍進し、社民党に次ぐ第2党になった。

世界中が大恐慌の苦難に喘いでいる中、ドイツ社会はすでに地獄の釜を開けてしまった。

この映画の子供を喪った母が最後に言う「死んだ子供たちを取り戻すことは出来ない。子供たちを注意深く見守るべきだ。」との言葉は、若者達がナチスの強引な政策に魅せられている事に対する警告とも思えるのだ・・・・・・

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以下の文章には

映画『M』ネタバレ

があります。
(あらすじから)
ベッケルトには「弁護士」が与えられたが、居並ぶ「人々=陪審員」を前に、その説得を最初から諦めていた。
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ベッケルトはそんな人々を前に、自分の内部に巣食う悪魔を語り出す。

【ベッケルトの告白意訳】
ベッケルト:どうしようもない!どうすればいい!どうにもできない、無理だ/観衆:古臭い手だ!この裁判では役に立たねえぞ!/ベッケルト:あんたは何を知ってるんだ?いったい、あんたは何者だ?誰なんだ?犯罪者でしょ?自分を誇りに思ってるんですか?金庫を破れるから、カードのイカサマが上手いから誇らしい?あなた達はそんな事から足を洗えるでしょ。もし、真っ当なことを学んだなら、もし仕事をすれば、そんな事をせずに済む。もし、あなた達が、怠け者のロクデナシでなければ。でも私・・・・私は自分を救えない。私はこれを押さえられない。この私の中の邪悪、業火、この声、この苦痛!/シュレンカー:お前が言うのは、殺人をさせられてるというのか?

ベッケルト:いつでもそこにいて、私を道へとうろつかせる。私をつけ回し、物音を立てないが、そこにいるのが私には分かる。それは自分だ。自分自身が影なんだ。私は逃げる。私は自分のから逃がれたい!でも無理だ。逃れられない。従わされる。私は走らされる・・・・・道をどこまでも。私は逃げたい。外に出て、そして幽霊と共に追い求める。母親達と子供等の幽霊となって・・・それは決して離れない。そこにいる。いつでもそこに、いつでも。私がそれをする時を除いて。その時だけ・・・・その時、私は何をしたか何も覚えていない。それで、私はポスターを見て、私が何をしたか悟る。それを私がしたのか?でも私は何も覚えていない。でも誰が私を信じる?私のような人間を誰が理解できる?どうやって私の行いが強制されたか、どうやらされたか、やれ・・・・やりたくない!やれ!やりたくない!でも、やらされた!そしてその時・・・・声が叫ぶ!その声を聞くのは耐えられない!耐えられない!/シュレンカー:被告は言った。自分を救えないと。それは、殺人を止められないという事だ。それはこの事件の死刑宣告を自分で下したものだ。誰かの、強制的な殺人を認めたとしても、そんな奴はろうそくの火のように消されなければならない!この男は消し去られ、抹殺すべきだ!/聴衆:そうだ!それが良い!


激怒し暴徒と化した傍聴者が、ベッケルトを殺そうと近づく。
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しかし、警察がその場に踏み込みベッケルトと人々は動きを止めた。
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映画『M』結末

裁判官が席につき、評決が下されようとしている。
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彼の犠牲者の3人の母親は傍聴席で泣いている。母親は、「死んだ子供たちを取り戻すことは出来ない。子供たちを注意深く見守るべきだ。」と語る。画面は暗転し「全ての者が」と母親の言葉だけが残る。
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posted by ヒラヒ・S at 18:00| Comment(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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