2020年11月08日

古典映画『モダンタイムス』これはチャップリンの引退宣言!?/解説・感想・考察・サイレント映画の終焉・簡単あらすじ

映画『モダンタイムス』(解説・ネタバレ 編)

原題 Modern Times
製作国 アメリカ
製作年 1936年
上映時間 72分
監督 チャールズ・チャップリン
原作 チャールズ・チャップリン


評価:★★★★  4.0点



チャップリンの「放浪紳士チャーリー(英語ではリトル・トランプと呼ばれる)」というキャラクターは、映画の代名詞となるほど世界中で愛された存在でした。

チャップリンは、チャーリーの笑いの表現はサイレントでなければ無理だと、その無言にこだわっていましたが、この映画を最後にスクリーンから姿を消します。

この作品は、サイレント映画の限界を知ったチャップリンが、放浪紳士チャーリーの引退興行として、花道を飾らせるために作り上げた一本だと、個人的には感じました。
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<目次>
映画『モダンタイムス』ネタバレなし・簡潔あらすじ
映画『モダンタイムス』予告・出演者
映画『モダンタイムス』解説
映画『モダンタイムス』感想
映画『モダンタイムス』ネタバレ
映画『モダンタイムス』結末

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映画『モダンタイムス』簡単あらすじ

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工場に吸い込まれる人々の群れ。その中にチャリー(チャールズ・チャップリン)の姿もあった。ラインに入った彼は遅れ気味で、怒られつつ働く。そんな彼は、社長の意向で自動食事機械のテストをさせられ、ひどい目にあい、更には機械の中に落ち、ついに精神的に異常を来し、仕事を失う。そんな時、町で親を無くした少女(ポーレット・ゴダード)と出会い、デパートの警備の仕事を得るが、デパートで遊びまくり警察に逮捕された。チャーリーが釈放されると、外には少女が待っており、掘っ立て小屋ながら共に暮らせる家を準備していた。そんな時、工場が再開されると知り、行員として雇われた。そこでも失敗を繰り返すが、工場は仕事どころではなく、ストライキを叫ぶ人々に警官隊が突入し、チャーリーは再び逮捕された。警察署を出たチャーリーを再び少女が出迎えたが、驚くことに彼女は酒場のダンサーとして人気者になっており、チャ―リ―もそこで雇われた。チャーリーの出番となったが、歌詞カードを無くしピンチを迎える。とっさにデタラメの歌と踊りを繰り広げると、観客から大喝采を得た。喜ぶチャーリーと少女だったが、そこにまたも悲劇が起こる・・・・・・・・
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映画『モダンタイムス』予告

映画『モダンタイムス』出演者

チャーリー(チャールズ・チャップリン)/少女(ポーレット・ゴダード)/酒場の主人(ヘンリー・バーグマン)/工場の技師(チェスター・コンクリン)/製鉄会社社長(アラン・ガルシア)/ビッグ・ビル(スタンレー・サンドフォード)/強盗(ハンク・マン、ルイ・ナトー)/少女の父(スタンリー・ブリストーン)/独房の服役囚(リチャード・アレクサンダー)/牧師(セシル・レイノルズ)/牧師夫人(マイラ・マッキニー)/カフェの給仕(フレッド・マラテスタ)/タービンの交換手(サミー・スタイン)/流れ作業の工員(チャールズ・コンクリン)/流れ作業の職長(ウォルター・ジェームズ)/工員(ボビー・ワーカー、C・ハミルトン、ジャック・ロン)/囚人(フランク・モラン)/少女の妹(グロリア・デ・ヘイヴン)/造船会社の労働者(フランク・ハグニイ)/警官(パット・ハーモン)/医師(エドワード・キンボール)/デパートの売り場主任(J・C・ニュージェント)/ウエイター(ジョン・ランド)

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映画『モダンタイムス』感想


この映画は、チャップリにとって放浪紳士チャーリー(別名リトル・トランプ=小さな放浪者)というキャラクターを演じる最後の作品となりました。
時代は、すでにトーキー映画(音声入り映画)全盛の時代となっており、チャップリン自身サイレント映画が今まで同様、観客の心を掴めるか不安を持っていたと言います。

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この映画も、1934年の最初の企画では「トーキー」として映画の準備を始め、台本もセリフを入れた物を準備し、いくつかのシーンを実験することもしたようです。

その実験は、「放浪紳士チャーリー」のキャラクターの魅力が話すことで失われるという、チャップリンの信念が確認される結果になりました。
それゆえチャップリンは、本作品を申し訳程度の効果音と、わずかなセリフを入れた、サイレント形式で撮影しました。

確かに、チャーリーの持つパントマイム的大げさな動きの面白さは、トーキーになれば過剰になるでしょう。
さらに、当時の機材にも制約があり、サイレント映画のスクリーン映写速度は18フレーム/秒だったのに対し、トーキー映画の映写は24フレーム/秒の速度だったため、そのスピードでスクリーンに映る、ドタバタギャグ(スラップスティック・ギャグ)はその動きが更に過剰な表現になったようです。
撮影は、1934年10月11日から1935年8月30日までの、長期に渡り、最後に「チャーリー」が踊るシーンでは、チャップリンの完璧主義を反映して、多くのテイクを重ねたと言います。

しかし、この映画に関しては、映画的完成度で言えば『街の灯』に較べて、少々整理が不十分という印象を、個人的には感じました。
例えば『街の灯』は、自己犠牲・無私の奉仕というテーマに向かい、全ての映画技術、作品要素が有機的・効果的に機能していました。

関連レビュー:チャップリンの代表作
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その『街の灯』に比べると、正直この映画の各エピソードやギャグが、たくさん詰まっているものの、どこか材料を詰め込み過ぎで、ごった煮の印象を拭えないのです。

それは、言うなれば、バレエの「ガラ・コンサート」と、どこか類似しているようにも思います。

と書いて来て、今思いついたのは、この映画は「放浪紳士チャーリー」の引退興行だったのではないでしょうか?

そう思ってみれば、この映画のギャグやエピソードは「放浪紳士チャーリー」というキャラクターで演じられた、作品の集大成、過去の映画のオムニバスのようにも見えるのです。

関連レビュー:チャップリンの涙と笑いの秀作
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チャップリンのサイレント喜劇の革命!!
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そして、この映画は「放浪紳士チャーリー」のキャラクターの最後の作品になったのですから、あながち引退公演だというのも間違ってないと思えます。

前にも書いた通り、時は既にトーキー全盛の時代となり、サイレント映画はどれほど頑張って上質な作品を作っても、もう観客のニーズに合わなくなっている事は、チャップリンも十分理解していたのです。

それでも、『街の灯』ではサイレントで勝負し、成功を収めたものの、すでに自身も「チャーリー」の余命が長くない事は悟っていたでしょう・・・・・・

そういう意味では、この映画の中に、近代文明の矛盾と共に、技術革新の波に飲み込まれ、消え去る者の哀しみを見るのは、私だけでしょうか?

そして、個人的な想像ですが、チャーリーを舞台から去らせようとチャップリンに思わせた、サイレント作品の限界を明確に悟った契機があったのではないかと想像します。

その点を以下の文で解説させていただこうと思います・・・・・
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映画『モダンタイムス』解説

放浪紳士チャーリーを葬った者

チャップリンをして、チャーリーをこの世から消し去らせる決断をさせたのは、何だったのでしょう?

私はその理由が、この映画で過去のチャーリーが見せなかった、唯一のシーンに表現されてると思うのです。

その過去の「放浪紳士チャーリー」が決して見せなかったシーンとは、映画史に残る名シーンとして語り継がれる、歌いながら踊るダンスシーンです。

このシーンとは、トーキー映画の時代に登場し、大恐慌時代に庶民に夢と希望を届けた、映画の新たなジャンル「ミュージカル映画」を表現したものだと信じています。
関連レビュー:大恐慌時代に夢を与えたミュージカル!
『トップ・ハット』
フレッド・アステアとジンジャ・ロジャースの古典
ミュージカル映画と

自らの禁を破ってまで、チャーリーは初めて作品内で、「歌=発声」を披露し、1人でステップを踏んで見せました。

そのシーンを見て、サイレント映画では決して描けない「ミュージカル」の表現力に、チャップリンといえども限界を感じたのではないかと、私は推測したのです。

同時代に人気を博した、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの、ミュージカル映画の華麗さ華やかさ。
<1934年『コンチネンタル』よりナイト&デイ>

それを喜ぶ観客の姿に、チャップリンは「放浪紳士チャーリー」という稀代の人気者の終焉を悟り、その花道をトーキー時代のスターに明け渡たすという意思が、そのチャーリーのダンスに込められているのではないかと夢想しています。

そのミュージカルシーンの撮影に膨大な時間を費やし、しかも言葉ではない歌を歌うというサイレントへの義理立てに、サイレント映画界の大スターとしての矜持を感じ胸打たれます。

それは、サイレントでもここまで出来るという証明であり、同時にこれが限界なのだという諦念も漂います。

何れにしても「放浪紳士チャリー」のキャラクターとして出来る、精一杯の歌とダンスの素晴らしい完成度を見て「老兵は死なずただ消え去るのみ」という言葉を思い出します。

その言葉通り、「放浪紳士チャーリー」は、笑顔で踊りながら舞台から姿を消して行きました。

そして、蛇足を言えば、この映画のヒロインを演じたポーレット・ゴダードは、フレッド・アステアとミュージカル映画『セカンド・コーラス』で共演しています。

それは、まるでチャップリンが彼女をミュージカルに嫁がせたような気分になりました・・・・・
<映画『セカンド・コーラス』から "I Ain't Hep To That Step But I'll Dig It" >


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映画『モダンタイムス』考察

チャップリンが語りはじめた理由

「放浪紳士チャーリー」がスクリーンから去って行ったのは、チャップリン自身に芽生えた意識の変化という、もう一つの理由があったと想像してます。

チャップリンは、世界で始めて地球規模で有名になった映画スターでした。

そんな彼は『街の灯』の後、長期に渡り世界旅行に時を費やし、行く先々で大歓迎を受け各界の著名人と交流します。
チャップリンの世界旅行
1931年、トーキー隆盛の中、サイレントの孤塁を守って3年がかりで撮った『街の灯』が興行的な成功をおさめ、人気のピークを迎えていたチャップリンは、一年半に及ぶ世界旅行へと出立。10年ぶりに訪れたロンドンではチャーチルや劇作家のバーナード・ショーと、ベルリンでは『街の灯』のプレミアに招聘したアインシュタインやマレーネ・ディートリヒと再会を果たす。
1932年、イギリスの植民地であるシンガポールにジャワ島、バリ島を経て兄シドニーとともに日本へ。
神戸や東京を訪問するものの、訪日中にたまたま発生した国粋主義的な士官によるクーデター未遂事件である五・一五事件の巻添えになりかける。「日本に退廃文化を流した元凶」として、首謀者たちの間でチャップリンの暗殺が画策されていた。
(wikipediaより)mod_Sumo_wrestlers.jpg(写真:力士と写真に納まる、左・兄シドニー・チャップリンと右:チャールズ・チャップリン)

その一年半に渡る世界漫遊の旅は、各国で様々な価値観や世界情勢を知ることで、彼の意識は大きく変わったようです。

そしてこの映画に関しては、インドでマハトマ・ガンジーと会った時は、機械文明と労働者の現状について話し合ったと言われます。
さらに、世界各地を旅する中、貧しい人々が溢れている実体を目の当たりにして、チャップリンはその世界の現実に衝撃を受けました。
そんな近代社会の問題点の根源が、人間性を犠牲にして利潤を追求する、工業大量生産社会と資本主義にあると結論づけたといいます。

そこで、チャップリンは、この映画を撮る前に、大量生産方式を生んだフォードの自動車工場を見学しに行き、その流れ作業に追われる労働者の姿を観察しています。
mod_Ford-Chaplin.jpg(写真:フォード自動車工場で写真に納まる中央・チャップリン右・ヘンリー・フォード)

そしてチャップリンは、世界旅行で得た「資本主義社会の矛盾」を、この「フォード工場のモデル」を舞台に表現し、『モダンタイムス』に埋め込みます。

その証拠に、工場の社長の服装やメイクを、ヘンリー・フォードに似せており、それを見たフォードが激怒したという話が伝わっています。
mod_time.jpg(左:ヘンリー・フォード、右:映画の社長アラン・ガルシア)

アメリカ資本主義によって労働者の搾取が行われ、労働者達が困窮しているという当時の状況を、この映画で風刺しているのです。

しかしチャップリンは、世界の現状を知って、今まで黙って労働者の身代わりとして、苦しみを笑いに変えてきた「放浪紳士チャーリー」のキャラクターでは、人々を救済することに限界を感じたのではないかと推測するのです。

そして、言葉が持ったチャップリンが闘いに選んだ相手は、世界に破壊をもたらそうとしていた「アドルフ・ヒットラー」であり、その作品が『独裁者』だったのです。
その作品の最後、チャップリンの演説はヒューマニティー溢れる感動的な言葉に満ちています。
関連レビュー:ヒットラーとチャップリンの闘い!
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この作品『独裁者』も、世界旅行の最中に日本で五・一五事件に出くわした体験が、反ファシズムという主張に結実したのではないかと思えます。

そんなチャップリンの主張の根底には、貧困のどん底にあった少年時代の経験から、貧しさや、孤児、病人、家を失った流浪者など、社会的な弱者に対する無限のシンパシーを持っていたためだと思えます。

それゆえ大恐慌から世界が戦争に向かう時代にあって、自由と平等、全ての人間が均しく尊厳を持って生きられる世界を求め、声を発せざるを得なくなったのでしょう。

しかし、残念なことに、世界的スターの影響力を持ってしても、自由への叫びはかき消され圧殺される時代に入って言ったのです・・・・・・




posted by ヒラヒ・S at 17:00| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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