2020年08月25日

バンパイア伝説の起源と映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』の真実とは?/解説・考察・評価・解釈・実話・簡単あらすじ

バンパイア伝説と映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』


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エドワルド・ムンク『吸血鬼(愛と痛み)』1895

以下の文章では、バンパイアの民間伝承がいかなるものだったか、そして映画で始めて描かれたバンパイア『吸血鬼ノスフェラトゥ』の意味を探ってみました。

すると意外なことに、バンパイアとは2020年現在の恐怖と密接に関わった存在だったのです。
実は「バンパイア=吸血鬼」とは、人間の持つ無意識の恐怖心が形を求めて、顕在化した姿なのだと思えます。
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<目次>
『吸血鬼=バンパイア』の民間伝承
『吸血鬼=バンパイア』の実話
『吸血鬼=バンパイア』の科学的探究
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』紹介/簡単あらすじ
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』予告・出演者
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』解説

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『吸血鬼=バンパイア』の民間伝承


他者の血を吸う怪物の存在は、数千年に渡り、世界各国で伝承されて来た。
sekhmet_vamp.jpgメソポタミア文明、エジプト(写真:エジプトの吸血鬼王女セクメット肖像)、ヘブライ人、古代ギリシャ人、古代インド、古代ローマ人は現代吸血鬼の原型となる物語を持っていた。
「バンパイア」という呼称は、紀元10世紀のバルカン半島で使われ始め、ギリシャ正教とバルカン地域の異教の信仰の宗教対立から、ヴァンパイアという言葉は異教徒の信念と伝統を保持した人々を指す用語という説や、また、スラブ語で死からよみがえる人を意味するバンピルや、トルコ語の魔女を表すウピルがその語源とする説もある。

因みに日本の「吸血鬼」という言葉は、中国で古来より血を吸う悪霊・亡者を指す「吸血鬼」を、日本民族学の祖・南方熊楠が「Vampire(バンパイア)」の訳語として使用し日本に定着したという。

古代の吸血鬼から引き継がれた現代の吸血鬼伝説は、東ヨーロッパの各民族の民族伝承として引き継がれ欧州に広まった。

その伝承では吸血鬼は幽霊であり、邪悪な人間や、自殺者、魔女などの邪悪な霊が吸血鬼になると信じられ、夜に徘徊し人や家畜を襲いその血を吸い、死を広めるとされていた。
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<バンパイア事件が発生したとされる地域>

死者が吸血鬼と化す原因は多く、元の民間伝承は多様な形を持つ。スラブと中国では、動物、特に犬や猫、によって飛び越えられた死体は、不死になると恐れられていた。

また、熱湯で加療されてない創傷のある身体も危険とされた。ロシアの伝説では、吸血鬼は、ロシア正教会に反旗を翻した魔女や人々だと言われた。

吸血鬼であると考えられた場合には、疑いのある墓が開かれ、死体の顔に血が流れ、往々にして太っている場合に吸血鬼と見なしたと伝わっている。

吸血鬼が活動する証拠として、牛、羊、親類または、その隣人の死の発生が証拠とされた。民間伝承としての吸血鬼は、屋根に石を投げつけるや、家具の移動などのポルターガイスト現象が起きるとされた。

死人が不死の幽霊になるのを防ぐための風習が生まれ、死体を逆さに埋葬し、また地表に鎌を置き悪魔を死体に入れない呪いとした。
また、欧州で一般的に行われている他の習慣では、膝の腱を切断したり、ケシの種子、キビ、砂を吸血鬼と目される墓地の周囲に置き対策とした。吸血鬼がそれらの散布物を数え、夜通し動けなくすることを意図した風習である。

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『吸血鬼=バンパイア』の実話


これらの民間伝承は、18世紀には「吸血鬼論争」として、ヨーロッパ社会に衝撃とパニックを引き起こした。

nos_Vam-Kill.jpg当時、東ヨーロッパで猛威を振るう吸血鬼が目撃され、潜在的な吸血鬼を未然に防ぐために、頻繁に杭打ちや、墓掘りやが行われた。(写真:バンパイア処刑キット)
政府の役人でさえ吸血鬼の探索と、処刑に従事していた。


そのような論争は、1718年のパッサロヴィッツ条約に続き、バルカン半島の大部分が、オスマン帝国よりハプスブルク帝国に割譲された時、西ヨーロッパで引き起こされた。

バルカン半島と東ヨーロッパでは、従来より吸血鬼の伝説が時として強まり、大規模なヒステリーを呼び起こし、魔女裁判のように吸血鬼の公開処刑が執行され、死体を杭で突き刺したり、吸血鬼の罪で告発されるという騒動が起きていた。

このパニックは、1721年の東プロイセンで発生したペタル・ブラゴエビッチの吸血鬼騒動が元で始まった。
ペタル・ブラゴエビッチはセルビアの農民で、彼の死後、吸血鬼になり、村人9人を殺したと信じられた。事件は、吸血鬼パニックの、最も初期の、最もセンセーショナルな、最もよく記録された事件の1例だった。それは、オーストリア将校の報告書に詳細に記載されていた。

1732年1月ハプスブルク帝国の端セルビアのメドヴェーアに、軍司令部によって派遣された軍医ヨハネス・フルキンガー博士が、バンパイアの調査をした。

墓地で出土した40人の村人の死体のうち、合計13人が吸血鬼と確認された。彼らの口、鼻、または杭が打ち付けられた胸の傷から血が染み出ており、それは墓地を抜け出し生き血を吸った証拠だとされた。nos_Vampire_1.jpg

さらにフルキンガー博士の報告には、スタナという20歳の農家の娘を解剖し、死後2ヶ月経過したにもかかわらず、彼女の血液は凝固しておらず、肺、肝臓、など臓器が新鮮であると記載されており、その唯一の解釈は、吸血鬼と化した彼女が墓からさ迷い生血を飲んだためだと思われた。

フルキンガー博士は彼の公式報告書に記し、「吸血鬼の頭は地元のジプシーによって切り取られ、それから死体と一緒に焼かれ、そして灰はモラヴァ川に投げ込まれた」と報告した。

またフルキンガーは、セルビアの村人の聞き取りから、アルノド・パオレという名の吸血鬼の事例を報告している。
パオレは村娘と結婚し、予期せぬ死により埋葬されたが、村人はパオレが夕暮れ後に村をさまよっているのを見たと言い始めた。パオレが死んだ直後、村内で20人以上が次々と数か月以内に亡くなった。「パオレは人々を攻撃しただけでなく、牛も攻撃し、彼らの血を吸い出した」と報じた。

その後、吸血鬼はメドヴェワ全体に広まり、直接噛まれて死んだ人々と、咬まれた牛の肉を食べ、感染し吸血鬼にもなった。

噛まれた吸血鬼は野生の獣に支配されているかのように、獣のような形態をとったり、行動し、動物を介して無防備な人々を吸血鬼と変えることもできた。

パオレの恐怖を終わらせるため、メドヴェーアの村人たちは「慣習に従って、(墓を暴き)彼の心臓に杭を打ち込んだ。彼はうめき声をあげると、大量に出血した」と報告した。

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『吸血鬼=バンパイア』の科学的探究


その村に死が連続し、不審な現象が生じたとき、それを吸血鬼の仕業と疑い、人々の吸血鬼探しが始まる。

墓が掘り返され、死体の状態を見聞し、肉体の腐敗が見られず、または口や鼻に血液が見られたとき、吸血鬼の証拠とされた。

しかしそれらの吸血的な証拠に対し、現代では以下の科学的説明が成されている。

nos_dna.jpg<肉体腐敗>
人々は、死者を掘り起こし腐敗が進行していないとき吸血鬼的特長とされたが、分解速度は温度や土壌の組成によって異なり、東欧などの寒冷地であれば地表の5〜6倍遅れても不思議はない。しかし、人々は死体がまったく分解されなかったと結論付けた。
また腐敗が進行してる過程では、死体内に腐敗ガスが溜まり、その圧力が高まると、鼻や口から血液が滲む原因となる。これらの外見により、体は「むくみ」、「十分な栄養」、「血色が良い」ようにすら見えた。その変化をして、死体が吸血鬼であると見なされた。
また蓄積したガスが体から排出されると様々な現象を引き起こす。声帯を通過したときにうめき声のような音を出し、体がぜん動を生じる可能性がある。

<早すぎる埋葬>
吸血鬼と見なされたケースには、仮死状態で埋葬された者が発する音を誤認した場合も考えられる。後に掘り起こされた棺には、逃げようとした爪の跡が内側に発見され、頭、鼻、顔を棺に衝突させ、その頭部の状況は吸血鬼の「吸血」の証拠に見えた。

<伝染病>
吸血鬼と見なされた証拠は、家族または密接なコミュニティー内の、伝染性の病気による一連の死に起因している場合も想定される。結核の集団発生や肺ペストの場合、唇に血液が現れる原因となった。

<ポルフィリン症>
ポルフィリン症(porphyrie)は血液のヘモグロビンを合成するヘムの機能異常により、日光にあたると赤血球が壊れ、皮膚を萎縮させ、血尿を排泄するなど様々な症状を引き起こす遺伝病。犬歯の変形や顔面蒼白などの症状を伴い、ニンニクの成分が痛みを呼ぶと言われる。
血液の瀉血(血を抜く)が古来より治療法とされ、罹患者が不足した血液を求めて、人間や動物の血を求めて吸血鬼的事件を起こした可能性も指摘されている。特に吸血鬼の故郷カルパチア地方で発生率が高いという報告もある。

<狂犬病>
吸血鬼伝承の、ニンニクと光に対する過敏反応は、狂犬病の特徴的な症状。この疾患は、正常な睡眠パターンの障害(したがって夜行性になる)や性欲亢進を司る脳の一部に影響を与えるという。
オオカミ(犬)とコウモリは狂犬病の伝染媒介をし、それが吸血鬼の伝説と結びつけられたとする。またこの病気は、他人を噛む衝動や、口から血の泡を生じる可能性があり、それも吸血鬼の証拠と見なされた可能性もある。
1721年から1728年に吸血鬼の物語が東ヨーロッパから現れた時期に、犬、狼、その他の野生動物における狂犬病の流行が同地で記録されているという。
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世界初のバンパイア映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』紹介


原題 Nosferatu-Eine Symphonie des Grauens
製作国 ドイツ
製作年1922年
上映時間 94分
監督 F・W・ムルナウ
脚本 ヘンリック・ガレーン(英語版)
原作 ブラム・ストーカー

評価:★★★  3.0点

映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』簡潔あらすじ
1838年ドイツの町ウィスボー。トーマス・フッターは妻エレンと別れ、仕事でトランシルバニアのオーロック伯爵の城を訪ねた。その地では吸血鬼伝説が伝えられ、フッターはオーロックこそがその吸血鬼だと確信する。オーロックは、フッターの妻に関心を示し、旅立っていった。妻の身を案じ、急いで家路についたフッターだったが、すでにオーロックは町に到着しており、人々に死が蔓延し始めていた。そして、ある晩フッタ―の妻に魔の手が迫った―
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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』予告

映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』出演者

トーマス・フッター(グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム)/オルロック伯爵(マックス・シュレック)/ノック(アレクサンダー・グラナック)/ハーディング(ゲオルク・H・シュネル)/アンネ(ルース・ランドスホーフ)/ブルワー教授( ヨハン・ゴットウト)/ジーファース博士(グスタフ・ボーツ)

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映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』解説

ノスフェラトゥの意味するものとは

上で見てきたように、現代の科学的検証を元にすれば、吸血鬼の実体は遺伝的異常や伝染病などの病気により説明できます。

その上で、この1922年の作品を見ると、この吸血鬼の意味するものが浮かび上がって来ました。

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映画内で語られる吸血鬼は、その乗船する船の船員を全て殺し、上陸した街でも死をもたらします。

その死を検分した医師はこれはペストだと言うのです。
つまり、この映画のバンパイアの正体とは、感染病、伝染病が擬人化されたキャラクターだと感じました。

そう思ってみれば、この映画の吸血鬼の顔が「ネズミ」に近いのも、ペストを媒介し恐れられていたのがネズミだったことに起因しているのでしょう。
更に1922年と言えば、第一次世界大戦が終わり、この映画の制作国ドイツは敗戦国として不況に押し潰されそうになっている時でした。

しかし、同時に第一次世界大戦の戦死者1,000万人を超える被害を出した、もう1つの恐怖が世界を覆っていたのです。
1918年に始まった「スペインかぜ(スペインインフルエンザ)」のパンデミックは、1920年12月までに世界中で5億人が感染したと言います。

当時の世界人口の4分の1が罹患し、死者数は1,700万人〜5,000万人とするのが定説です。
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<アメリカのスペインかぜ特設療養所>

しかし一説には病死者1億人という専門家もおり、その恐怖は新型コロナウイルスに慄く現代人以上に、切実に、深刻に、身に迫る死として人々の心を占拠していた事でしょう。

そんな人類史上に残る最悪の感染症の恐怖がまだ生々しい時期に、この映画は撮影されました。

その感染症に対する、人々の無意識下の恐怖が顕在化した姿として『吸血鬼ノスフェラトゥ』は、誕生しているのだと確信しています。

つまり民間伝承の吸血鬼が、現代科学の見識に拠れば、遺伝的疾患や伝染病がその原型にあったのと同様、1922年のこの映画の吸血鬼もスペイン風邪という感染症の恐怖が生み出した「キャラクター」だったと思うのです。

そんな事実は、ノスフェラトゥという名前にも込められていると思います。/

ノスフェラトゥの語源は古代スロヴァキアの言葉ですが、ノスフェラトゥという言葉自体はギリシャ語で「病気を含んでいる」という意味合いの言葉であるそうです。

いずれにしても、そんな「バンパイア」のキャラクターは、映画内で不朽の存在として、今でもさまざまなスタイルで継承されています。
スウェーデン映画:2008年
映画『ぼくのエリ200歳の少女』

世界中の映画祭で60以上受賞の名作!
少年・オスカーとエリという少女の淡い恋

さらに、その恐怖像は「ゾンビ」のキャラクター属性にも引き継がれていると、個人的には感じます。
関連レビュー:ゾンビの意味する恐怖とは?
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』
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ゾンビの誕生と近代文明と神の喪失

そんな、映画史上で未来永劫生きつづけるであろう「ヴィラン=悪役」を生み出したこの映画は、古典としての力を有しているのは疑いようもありません。





posted by ヒラヒ at 17:00| Comment(0) | ドイツ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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