2020年08月22日

古典映画『自転車泥棒』イタリア・ネオ・リアリズモの代表作!再現ストーリー/詳しいあらすじ・感想・解説・ネタバレ・ラスト

映画『自転車泥棒』の悲劇は時代を超えるか?


原題: Ladri di Biciclette
英題: The Bicycle thieves
製作国 イタリア
製作年 1948
上映時間 84分
監督 ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本 チェザーレ・ザヴァッティーニ

評価:★★★☆  3.5



この作品は、本当に胸が痛くなるような、みじめさ、切なさ、悲哀を感じさせる1本だ。
今見れば、困窮していた社会背景や、当時の追い詰められた庶民の心理は、想像するしかなく、そのためどこか人事のようで共感し難い部分を個人的な感想としては持った。

しかし第二次世界大戦前後のイタリアで生まれた、ネオレアリズモを代表する映画として古典的評価を勝ち得ている。
この映画が持つ、静かなしかし深い怒りは、その時代を反映した一種のドキュメンタリーとして記憶されるべきだと思う。
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<目次>
映画『自転車泥棒』ストーリー
映画『自転車泥棒』予告・出演者
映画『自転車泥棒』感想・解説
映画『自転車泥棒』ネタバレ
映画『自転車泥棒』結末

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映画『自転車泥棒』ストーリー


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第二次世界大戦のローマのヴァルメラナイナ地区、バスが走り去ると、大勢の男達が職業安定所の前に押し寄せた。
アントニオリッチ(ランベルトマッジョーラニ)も、妻のマリア(リアネッラカレル)、息子のブルーノ(エンツォシュタイオラ)、そして小さな赤ん坊を扶養するために仕事を切望する一人だった。
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彼は幸運にも2年ぶりとなる仕事を得たが、その市の広告貼りには自転車が必要だった。
しかし生活に困って、自転車は質屋に入れてしまっていた。

妻のマリアに、それを伝えると彼女は花嫁道具に持参したシーツをベッドからはぎ取った。
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それを質屋に持って行き、代わりにアントニオの質屋の自転車を請け出した。

早速、市役所に行って見ると、無事制服を貸与され翌朝出社するよう告げられた。
役所の外で待つ妻のマリアも安心した顔を見せた。
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マリアは家に帰る前に寄りたいと、一軒の家に入って行った。アントニオが覗いて見ると、そこは聖母と呼ばれる占い師の部屋だった。
アントニオは、お礼を言いたいと言うマリアを叱り、共に家に帰った。
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翌朝、アントニオは自転車に乗り、途中息子ブルーノを靴磨きの場所に下ろすと、職場に向かい多くのボスターを積み、町へと出た。
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そこで最初のボスターを貼って見たが上手くいかない。

ポスター貼りに集中したその時、若い男(ヴィットリオアントヌッチ)が自転車をひったくって逃げた。
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アントニオは追跡をするが、泥棒の仲間によって追跡を邪魔され見失ってしまう。

呆然としたアントニオは、警察に盗難届けは出したものの、担当者は盗難自転車が出てくる可能性はほとんどないと投げやりな対応だった。
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アントニオは友人に自転車が盗まれたと相談に行くと、盗難品がしばしばヴィットーリオ広場に浮かぶことを知らされ、翌日数人の友人や息子ブルーノと一緒に探しに行く。
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アントニオは自分の自転車と似たフレームを見つけ、警官を呼んだが、調べるとシリアル番号が一致せず引き下がるしかなかった。
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アントニオとブルーノはもう1つの広場、ポルタ・ポルテーゼの市場に向かい、そこでアントニオは泥棒らしき若者を発見する。
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追いかけたが、見失い、戻って若者と言葉を交わしていた老人を追った。老人は、知らない関係ないと答えなかったが、教会の貧窮者ミサまでついてくる、しつこさにアントニオの隙を見てに逃げ出した。
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アントニオは困り果てて、妻が頼った占い師の元に行き、なりふり構わず割り込んで、自転車の行方を訪ねた。
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聖母と呼ばれる占い師の答は、見つかるならすぐ見つかるし、そうでなければ永遠に見つからないと言うものだつた。

アントニオは外に出ると、そこで泥棒が被っていた帽子の若者を見かけた。
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アントニオは、彼を追いかけ、胸ぐらを掴み自転車を返せと迫った。
その騒ぎに周囲から住人が集まり、隣人の青年の味方をしだす。
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その場が騒然となる中、若者は突然硬直しテンカンの発作を見せ、2階から若者の母親の悲鳴が聞こえる。
アントニオは非難の声に押され、もみくちゃにされる。

その時ブルーノが警官を連れてきて、警官は青年のアパートを捜索したが証拠は出なかった。
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警官は証拠か証人がいなけれは、事件にはならないと告げた。

アントニオには目撃者がなく、近隣住民が若者のアリバイを証言することは確実で、アントニオはそれ以上の追及を諦めざるを得なかった。近隣住民の罵声と恫喝の声を聞きながら、アントニオとブルーノはその町を後にした。
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映画『自転車泥棒』予告

映画『自転車泥棒』出演者

ランベルト・マッジォラーニ(アントニオ・リッチ)/エンツォ・スタヨーラ(ブルーノ・リッチ)/リアネーラ・カレル(マリア・リッチ)/ジーノ・サルタマレンダ(バイオッコ)/ビットリオ・アントノーチ(泥棒)

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映画『自転車泥棒』感想・解説


この映画を今見ると、映画的な表現技術が飛びぬけて高いとも感じなかった。
脚本は凡庸であり、映像もオーソドックスで、演技者はネオリアリズモのルールに則り、素人俳優を起用している。

それでも、この主人公とその息子の悲劇には、心揺さぶられる。

すでに一世紀近くを経過してなお、この映画は生活苦にあえぐ、追い詰められた庶民の困窮を描いて力があると感じる。

それはあたかも、旧ソヴィエト連邦でソ連市民を動員して撮った『戦艦ポチョムキン』が、一種のドキュメンタリーとして強い力を発揮していたのと同様の表現だと感じた。
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つまり、この映画は、イタリアの当時の経済的混乱、インフレの高騰や、高い失業率による社会不安を受け、労働者階級と労働者の苦悩を表す一種のドキュメンタリーとしてその姿を現しているだろう。

たとえば、当時敗戦国として、イタリア以上に混乱の極にあった日本においても、この映画は切実に人々の共感を呼び、主人公の悲劇に同情し、そんな困窮を生む政治や社会のありように憤りを生んだのである。
そして日本でも、傾向映画という、労働者の権利拡大を求める社会主義的主張を持つ映画が撮られたのであった。
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結局、この作品が示したのは、現実的問題を「映画=フィクション」によって象徴的に抽出し、現実の矛盾と「映画=フィクション」を対峙させることにより、現実社会の変革を目指すものだったろう。

そんな社会変革を目指す叫びとは、社会的な混乱期や経済的不況時に困窮する庶民の声を代弁して、変革期の時代に強いメッセージを発する芸術作品を生み出した。
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それらの作品は、しばしば旧来の表現形式を飛び越え、革新的な表現を生み出したのは、保守的な現状を打破するには新たな枠組みを必要としたからに違いない。
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いずれにしてもこの作品は、従来宗教や学問や哲学が担っていた「社会変革」の顕示・主張を、大衆芸術である「映画」を用い、民衆運動の武器として世に問うたという点で、映画史上に永遠に刻まれる作品であるだろう。

しかし社会問題を問うことで力を発する映画であれば、その問題が解消に向かうにつれ、その映画的訴求力も減少していく運命にある。

それゆえ、現代社会を生きる者が本作を見た時に、どれほどこの映画に心動かされるかは、判断がつきかねている。

それゆえ、歴史的な価値は認めつつも、評価は3.5点にとどめた。
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以下の文章には

映画『自転車泥棒』ネタバレ

があります。
(あらすじから)
失意の中家に帰る途中、スタディオナツィオナーレサッカースタジアムの近くを通る。
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疲れた二人は、道に座り込んだ。
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アントニオは、スタジアム出口に駐輪された、おびただしい自転車に視線を向けた。
そして背後にある、一台だけ置かれた自転車を見る。
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アントニオは落ち着きを失い、立ち上がると周囲を見る。
ブルーノに顔を向けると、トラムの近くで待てと、その場を去らせた。
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映画『自転車泥棒』結末

そして、アントニオは置かれた自転車に近づくと、飛び乗った。

【意訳】持ち主:助けてくれ!ヤツが俺の自転車を捕った!泥棒だ!止めてくれ!/群衆:ヤツを捕まえろ!/群衆:よし!自転車を盗んだらどうなるかお前に教えてやる!/ブルーノ:パパ、パパ/群衆:犯罪者め!悪党!/群衆:どこの警察に連れてく?フラミ二オだ。/群衆:俺たちが連れてこうか/持ち主:待ってくれ。離してやってくれ。/群衆:なんで?/持ち主:もういいんだ。皆さんありがとう。/群衆:息子の前で恥ずかしくないのか?俺なら警察に突き出してやる。せっかくの親切だ。とっとと家に帰るんだな。神に感謝するがいい。
父子は人ごみの中その背中を小さくしていった。
FINE






posted by ヒラヒ at 17:00| Comment(0) | イタリア映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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