2021年05月04日

映画『ラ・ラ・ランド』チャゼル監督の語るラストの秘密とは?再現ストーリー/詳しいあらすじ・ネタバレ・ラスト・楽曲動画・解説・考察

映画『ラ・ラ・ランド』詳しいあらすじ・ネタバレ 編

原題 La La Land
製作国 アメリカ合衆国
製作年 2016年
上映時間 128分
監督 デミアン・チャゼル
脚本 デミアン・チャゼル


評価:★★★★  4.0点



この映画は旧き良き時代の「ミュージカル讃歌」の映画だと信じています。

そんな古典的映画に対する愛情は、アカデミー協会の会員の心を捕え監督賞、主演女優賞、撮影賞、作曲賞 、歌曲賞、美術賞の6部門受賞という快挙を成し遂げました。

しかしこの映画は、ストーリーを追ってみると、決してノスタルジーだけではない新たな希望が込められていると思いました。
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<目次>
映画『ラ・ラ・ランド』ストーリー
映画『ラ・ラ・ランド』予告・出演者
映画『ラ・ラ・ランド』解説/受賞歴
映画『ラ・ラ・ランド』ネタバレ
映画『ラ・ラ・ランド』結末
映画『ラ・ラ・ランド』ラスト考察
映画『ラ・ラ・ランド』解説/チャゼル監督の語るラストの秘密

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映画『ラ・ラ・ランド』あらすじ

<プロローグ・冬>
アメリカ・ロサンゼルスの冬の朝。ハイウェイは渋滞でクラクションが鳴り響き、いつしか車から人が外に出て踊りだし、ハイウェーで人々の踊りが繰り広げられた。
その中に女優を目指すミア(エマ・ストーン)とジャズピアニストを目指すセバスチャン(ライアン・ゴズリング)がいた。ミアが動かないのにイラついたセバスチャンはクラクションを鳴らしながら追い越すのに対し、ミアは中指を立てて応えた。
そんなミアは、映画スタジオのカフェで働きながらオーディションを受け、落ち続けている。そんなある晩ルームメイトに誘われパーティーに出かける。
ミアはパーティーの帰路夜の街をさまよい、ピアノの音に誘われナイトクラブに入る。そこにはセバスチャンがピアノを弾いており、ミアはその演奏に心動かされた。
しかし、その夜セバスチャンは演奏しているうちに、クラブのオーナーのビル(J・K・シモンズ)に禁じられていたジャズを演奏し、首を言い渡される。そんなタイミングでミアは、セバスチャンに感動を伝えようとするが、黙殺され呆然とした。

<春>
相変わらず、オーディションに落ち続けるミア。ある日、プールを囲んだパーティーに参加したミアは、そこで演奏するセバスチャンと再会した。
【意訳】セバスチャン:OK、君を思い出した。あの晩そっけなくして悪かった。/ミア:そっけない?/セバスチャン: Ok、おれはクソ野郎だった。それは認める/ミア:Ok。/セバスチャン:でも、真剣な音楽家に”I Run”をリクエストするなんて。それはあんまりだ。/ミア:あらまあ。あなたは自分をホントにシ真剣な音楽家だと言うの?/セバスチャン:そうは思わない。/ミア:あなたが来ている服借りても良い?/セバスチャン:何で?/ミア:だって、来週オーディションが有るんだけど、それが真剣な消防士役なの。/セバスチャン:それじゃあ、女優なんだ。なるほどね。何で君を見れる?/ミア:ええっと、ワーナーブラザースのコーヒーショップでいつでも。それは名作よ。/セバスチャン:ああ、君はバリスタなんだ。そう、それで分かった、君がいつも僕を上から見下している理由が。/バンドマスター:セバスチャン、次の演奏だぞ。/セバスチャン:彼は俺にどうすべきか言わない。/ミア:かれは正にどうすべきか言ったわ。/セバスチャン:彼はほっとこう。君の名前は?/ミア:ミア。/セバスチャン:ミア。君を映画で見るかもね。

クラブの夜を忘れていなかった二人はトゲトゲしかったが、パーティー終わりにミアが嫌う客から逃れるため、セバスチャンに声をかけ共に帰った。
車を探す二人は、ロサンゼルスを見渡せる丘の上に至り、二人は歌い踊り、その夜は別れる。
次の日にはセバスチャンはミアの働くコーヒー店を訪ね、仕事が終わったミアと帰りながらお互いの事を語る。自分の夢がジャズクラブを開くことだというセバスチャンにミアはジャズは嫌いだと語る。それを聞いたセバスチャンがミアをジャズクラブに誘い、ジャズの魅力を熱く語る。

そのクラブでミアに、TVショーのオーディションの連絡が入る。『理由なき反抗』に関係する内容なのだが映画を見ていないというミアに、セバスチャンは数日後に映画館で一緒に見ようと約束する。デートが決まり、セバスチャンは嬉しそうに埠頭で歌い踊った。
しかし、その晩はミアが現在付き合っている男性と先約があった。ミアはセバスチャンを気にしつつ彼氏と過ごしていたが、ついに中座し映画館へと走る。映画館で二人は手を握り、気持ちを確かめ合う。
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映画のあとで『理由なき反抗』のロケ地である、ロサンゼルスのプラネタリウムに行った。
二人はそこで、歌い踊りキスをした。

<夏>
セバスチャンの勧めで舞台劇の脚本を書き出したミア。二人はロサンゼルスの町で日々デートを重ね、ついにミアとセバスチャンは一緒に暮らすようになる。
ミアは、セバスチャンの夢ジャズクラブの名前を、チャーリー・"バード"・パーカーに因んだ「チキン・オン・スティック」という店名にしたいと言うのに反対し、「セブ(セバスチャン)の店」が良いと勧めるが、「チキン・オン・スティック」にジャズの伝統を込めたセバスチャンは応じない。
そんなある日、ミアが母と「彼は定職につくか」と電話しているのを聞き、セバスチャンは安定収入を得るために音楽観が違う旧友キース(ジョン・レジェンド)のツアーに参加した。

バンドは成功し、セバスチャンはアメリカ中を演奏旅行する忙しさだった。しかし、ツアーで忙しいセバスチャンとミアは、すれ違うようになる。しかし、そのライブを見たミアは違和感を禁じえなかった。

<秋>
突然家に戻ったセバスチャンは、ミアと水入らずのディナーをとる。
セバスチャンはツアーについて来て欲しいとミアに言う。ミアは一人芝居の舞台があり無理だと断り、セバスチャンに自身のジャズクラブの夢から離れていないかと問う。それを聞いたセバスチャンは、自分の成功をミアが臨んでいないと言い放つ。二人の溝は広がり、ミアは家を出て行ってしまう。
そして、ミアの一人芝居の日が来るが、セバスチャンはその日バンドの写真撮影と重なってしまい、駆けつけたときには終演していた。ミアは謝るセバスチャンに、数人しか入らない失敗した舞台だと言う。
失敗に絶望したミアはもう終わりだと告げ、そして彼女は実家に帰ってしまう。
果たして、二人の運命は・・・・・・・
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映画『ラ・ラ・ランド』予告

映画『ラ・ラ・ランド』出演者

セバスチャン(セブ)・ワイルダー (ライアン・ゴズリング)/ミア・ドーラン(エマ・ストーン)/キース(ジョン・レジェンド)/ローラ(ローズマリー・デウィット)/トレイシー (キャリー・ヘルナンデス)/アレクシス(ジェシカ・ローテ)/ケイトリン(ソノヤ・ミズノ)/ビル( J・K・シモンズ)/グレッグ(フィン・ウィットロック)/デヴィッド(トム・エヴェレット・スコット)/ミアの母親(ミーガン・フェイ)/ハリー(デイモン・ガプトン)/カルロ(ジェイソン・フュークス)/ジョシュ(ジョシュ・ペンス)/ヴァレット(トレヴァー・リサウアー)/アリステア(マイルズ・アンダーソン)/デヴィッド(トム・エヴェレット・スコット)

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映画『ラ・ラ・ランド』解説/受賞歴


第74回ゴールデングローブ賞
作品賞(ミュージカル・コメディ部門)/主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)ライアン・ゴズリング/主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)エマ・ストーン/監督賞デミアン・チャゼル/脚本賞デミアン・チャゼル/主題歌賞"City of Stars"ジャスティン・ハーウィッツ

第70回英国アカデミー賞
作品賞/監督賞デミアン・チャゼル/撮影賞ライナス・サンドグレン/作曲賞ジャスティン・ハーウィッツ/主演女優賞エマ・ストーン

第73回ヴェネツィア国際映画祭
女優賞エマ・ストーン


第89回アカデミー賞
監督賞デミアン・チャゼル/主演女優賞エマ・ストーン/撮影賞ライナス・サンドグレン/作曲賞ジャスティン・ハーウィッツ/歌曲賞"City of Stars"

第89回アカデミー賞・監督賞スピーチ


プレゼンターはハル・ベリー。
監督に必要なのは揺るぎないビジョンではないかと語りノミネート者を紹介。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ(メッセージ)/メル・ギブソン(ハクソー・リッジ 命の戦場)/デミアン・チャゼル(ラ・ラ・ランド)/ケネス・ロナーガン(マンチェスター・バイ・ザ・シー)/バリー・ジェンキンズ(ムーンライト)
受賞者はデミアン・チャゼル。
ナレーション:アカデミー賞史上最年少の32歳で獲得。

【デミアン・チャゼル受賞スピーチ・意訳】
大変感謝してます。ホントに名誉です。最初に共にノミネートされた方々に感謝します。私は本当に今年このバリー、ケネス、メル、ドゥニのような一員になれた事が名誉です。皆がここにいるべきだと知っています。あなた方がいかに驚くべき映画制作者か、日々あなた方の映画で私が触発されている事に感謝したい。この映画を製作する手助けをしてくれた人々に感謝します。私のクルー、私のチーム、Lionsgateの全ての人に。命を映画に入れた、ライアンとエマ。ジョンに、彼と一緒に働けたからこのステージにいます。ありがとうジョン。ジャステインに感謝したい、17、18の頃から知っているが、共に進み、同じ夢に向かって諦めずにいてくれた。ありがとう。観客の中にいる、家族にありがとう。妹のアンにいつも信じてくれて有難う。そして最後に、そこに座る、愛しきオリビアに感謝します。これは愛の映画だった。これを作っている間に深く恋に落ちたのは幸運でした。その世界が意味するものを、共にここで分かち合いたいと思います。有難う。深く感謝します。

第89回アカデミー賞・主演女優賞スピーチ


プレゼンターはレオナルド・デカプリオ。
候補者の役の内容に言及し、ノミネート者を紹介。
イザベル・ユペール(エル(Elle))/ルース・ネッガ(ラビング 愛という名前のふたり)/ナタリー・ポートマン(ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命)/エマ・ストーン(ラ・ラ・ランド)/メリル・ストリープ(マダム・フローレンス! 夢見るふたり)
受賞者はエマ・ストーン。

【エマ・ストーン受賞スピーチ・意訳】
アカデミー協会に感謝します。この賞の、ナタリー、イザベル、メリル、ルース、あなた達は素晴らしかった。私はあなた方を見上げ、言葉にできないほど憧れたんです。あなた方と共に、並んで立てたことは最高の名誉です。これは本当に最高の名誉です。母と父、兄弟のスペンサーと魂の妹クリッシー、家族全てに。私は深く愛しています。皆さんに感謝します。(以下関係者に感謝)そして、人生に一度の特別な企画に参加する機会をくれた、デミアン・チャゼルに感謝します。この映画に関われたことに、私は感謝します。あなたの信念と忍耐と素晴らしい経験に、感謝します。そして、ライアン・ゴズリング、笑わせてくれてありがとう。そしていつでも表現を高めてくれた。この凄い冒険の最高の相棒でした。全てのクルーに。彼らはこの映画に魂と心を込めました。全員を見つけて個人的にお礼を言いたいです。私の友達に、愛しています。あなたが私に元気をくれたみたいに、思いっきりハグしたいです。私はまだまだ成長し学び訓練することがいっぱいありますが、この旅を続けるにあたり、この人(オスカー像)は本当に美しいシンボルで、頂けて感謝します。どうもありがとうございます。感謝します。

蛇足ながら、この『ラ・ラ・ランド』がアカデミー賞を席巻した2017年開催の第89回アカデミー賞の最後を飾る作品賞で椿事が起こりました。

受賞作品は最初『ラ・ラ・ランド』と誤って発表されるという前代未聞の事件が起こったのです。

第89回アカデミー賞・作品賞スピーチ


プレゼンターはウォーレン・ベィテイとフェイ・ダナウェイ。
ウォーレン・ベィテイ:アカデミー賞、ベストピクチャーは…(封筒を見て困惑)
フェィ・ダナウェイ:ラ・ラ・ランド
ラ・ラ・ランド、プロデューサーのジョーダン・ホロヴィッツ、マークプラット、フレッド・バーガーが感謝の挨拶。その背後でアカデミー関係者が事態収拾に走り騒ぎが大きくなる。

(2分50秒〜)ジョーダン・ホロヴィッツ:みんな、みんな、すまない、違う、これは間違いだ。『ムーンライト』、君たちが作品賞だ。/マーク・プラット:『ムーンライト』が受賞した。/ジョーダン・ホロヴィッツ:冗談じゃない。上ってこいよ。冗談じゃない。間違って読み上げたんだ。これは冗談じゃない、『ムーンライト』が最優秀作品賞だ。『ムーンライト』最優秀作品賞(カードをかざす)/司会ジミー・キンメル:どっちにしても、持ってたらいいさ。これは不幸な出来事だ。個人的には、スティーブ・ハーベイに文句言いたい。何でもいいから、このオスカーを持ってなよ。なんでこんな混乱状態になっちまったんだ。/ジョーダン・ホロヴィッツ:私は本当に『ムーンライト』の友人に、オスカーを渡せるのを誇りに思う。/ジミー・キンメル:君は素晴らしい、本当に素晴らしい。/ウォーレン・ベィテイ:ど〜も、お〜い。私は…/ジミー・キンメル:ウォーレン何やってんだ?!/ウォーレン・ベィテイ:何が起こったか説明する。封筒を開けたら、エマ・ストーン『ラ・ラ・ランド』と書いてあった。それで長い間フェイや皆を見ていたんだ。おかしいと思ったけど。/ジミー・キンメル:そう君はおかしい。/ウォーレン・ベィテイ:どうもありがとう。『ムーンライト』最優秀作品賞
受賞作品は『ムーンライト』
アデル・ロマンスキー:感謝します。
バリー・ジェンキンス:絶対に、絶対に、叶いそうもないと思った夢。でも夢を見続けて、それは現実になった。神様。
アデル・ロマンスキー:感謝します。感謝します。
バリー・ジェンキンス:これが本当だ、ニセモノじゃない。彼らと長く歩いてきたが感謝したい。寛大な彼らに。『ラ・ラ・ランド』に私の愛を、皆に私の愛を。みんな。
アデル・ロマンスキー:アカデミーに感謝します。何て言えばいいのか。これはホントに…嘘みたいで…これが本当とまだ思えない。でもアカデミーに感謝します。寛容な「ララ」のクルーがまだいればいいが、いない、分かった、彼らは去った。でも、とても寛容にここに立っていました。
私が望むのは、受賞はこれ以上の価値があり、家で見ている軽視された、小さな黒い少年や、茶色の少女や、他の民族をを触発する事です。そして、この驚くべき才能、壇上に立って栄誉を受ける、友バリー・ジェンキンスが舵をとる芸術家のグループを見て、少しでも触発を受けることです。ありがとう。

バリー・ジェンキンス:私は、この映画に答えが出せなく、他の方法が見つからないで、この映画が不可能だと思った時があった。そんな時舞台の後ろの皆が「ダメだそんなの認められない」と言ってくれたんです。だから壇上の私の後ろの皆に感謝します。誰も映画から離れようとしなかった。なぜなら我々がやったんじゃなく、君たちが我々を選んだんです。選んでくれてありがとう。感謝します。多くの愛を。
ジェレミー・クライナー:よい夜を。ありがとうございました。

ジミー・キンメル:え〜っと、何が起こったのかよく分からない。自分自身を責めている。思い出してみよう、これは授与式だったよね。つまり、皆を失望させたのはイヤだけど、素晴らしいスピーチを聞けたという良いニュースもあった。素晴らしい映画もあったし。俺がこの賞を引っかき回したのは知ってる、そうした。見てくれてありがとう。明日の夜はいつものショウに戻ります。もう二度とやらないって、約束します。お休みなさい。
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『ムーンライト』
ブラック・ムービーの歴史的オスカー受賞!
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関連レビュー:アメリカ映画界の歴史アカデミー賞紹介
『アカデミー賞・歴代受賞年表』
栄光のアカデミー賞:作品賞・監督賞・男優賞・女優賞
授賞式の動画と作品解説のリンクがあります。
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これ以降

映画『ラ・ラ・ランド』ネタバレ

があります。ご注意ください。
(あらすじから)
ミアが去ったセバスチャンの部屋に映画関係者からミア宛に電話が入った。
舞台を見て、彼女に興味を持ったのでぜひオーディションに来て欲しいというものだった。
セバスチャンはミアの実家を訪ね、彼女をLAに呼び戻し、オーディションに連れて行く

オーディションシーンでミアは自分の夢を歌った。
【歌詞さび部分】
Here’s to the ones who dream(夢追い人に乾杯)
Foolish as they may seem(彼等を愚かと感じたとしても)
Here’s to the hearts that ache(心痛める者に乾杯)
Here’s to the mess we make(右往左往する私達に乾杯)

オーデションが終わり、セバスチャンはミアに言う。
もし役を掴んだならば、たとえ二人が離れ離れになっても、全てを犠牲にしても夢にかけるべきだと。
そして、ミアは言います「私はいつでもあなたを愛している」と・・・・・・
セバスチャンも応えた「僕もいつだって君をあいしているよ」
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映画『ラ・ラ・ランド』ラスト・シーン


<エピローグ・5年後の冬>
そして5年後、ミアは大女優になり夫デヴィッド(トム・エヴェレット・スコット)との間に子供も生まれ、幸福な生活を送っていた。
そんなある晩、夫と町に出かけハイ・ウェイの渋滞にはまり、町に降りて一軒の店に入った。
その店には"Seb's"(セブの店)と看板が掛かかり、店主セバスチャンが登場しミアに気づいた。
セバスチャンはピアノの前に座り、思い出の曲"シティー・オブ・スター"を弾く。
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その脳裏に、もう一つの有り得べき、セバスチャンとミアの物語が駆け巡った。

現実に戻ったセバスチャンは、立ち去るミアを見つめ、微笑む。

ミアも微笑を返し、店を後にした。
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映画『ラ・ラ・ランド』ラスト考察


この映画は、ラブストーリーだと見れば、哀しく切なく、観客の期待を裏切るエンディングに見えるでしょう。


しかし実は、この同じエンディングを持つミュージカル映画があったのです。

それが、フランス映画の『シェルブールの雨傘』(1963)で、その監督ジャック・ドゥミから最もインスパイアを受けたと、デミアン・チャゼル監督本人が語っています。
<『シェルブールの雨傘』紹介動画>

その映画では、フランスの恋愛至上主義を反映し、恋が人生に与える全ての要素を描きつくそうとするように、そのラストでは恋の苦さ、切なさまで描いていました。

しかし、この『ラ・ラ・ランド』で描かれたラストは、同じエンディングのようで、まるで別の意味を持っていると感じます。

それはラストで描かれた、もう一つの人生「二人が結婚し幸福な家庭を築く幻想」でも、セバスチャンにとっての夢は実現できないという事実が描かれています。

そんな結婚生活であれば、どちらかが夢を諦めて共に人生を歩んで行ったところで、その夢を諦めた方に人生の悔いが残るのは明らかです。

つまりこの二人が、お互いの夢を実現するためには、一緒にいてはいけない二人だったのです。

そういう意味で、この映画のラストとは「夢の実現=自己実現」のためには、恋をあきらめてでも前に進まなければならないと語られているのです。

それを二人とも納得しているからこその微笑みであり、お互いに同志として人生を戦い続けることの、確認の挨拶だったと感じました。
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映画『ラ・ラ・ランド』ラスト解説

デミアン・チャゼル監督の語るラスト

この映画のラストに関しては、チャゼル監督自身もインタビューで語っています。

それによれば、この映画のラストは1927年のモノクロ・サイレント時代の恋愛映画『第七天国』のラストからも触発されたと言うのです。

以下の文章と下のレビューで、『第七天国』のネタバレとラストが含まれますので、知りたくない方はお読みになられないほうが良いかと思います。
関連レビュー:第1回アカデミー賞・監督賞
『第七天国』
サイレント映画時代のボーイ・ミーツ・ガール!!
フランク・ボーゼイジ監督のオスカー受賞作

それでは監督の言葉を、アメリカのサブカルチャーサイト『Vulture』から紹介します。

まずチャゼル監督は『第七天国』のラストから語り始めます。
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「それは、チャールズ・ファレルとジャネット・ゲイナーが演じる、男性と女性についての恋愛劇です。」と彼は説明する。「チャールズ・ファレルは戦争に出て死にます。ジャネット・ゲイナーは彼の死を知らされても、彼が死んでいないという不合理な希望を持ち続けています。彼女の友人、彼女の家族 は、彼女が夢を見ていると、夢を見るず、現実的になって、自分の人生を続けろと言います。彼女は彼が戻ってくると主張する。」 そして、映画がその暗くて憂鬱な状況でラストに近づくとき、「戦場に突然のカットバックがあります。チャールズファレルは突然、不可解に生きて、 家に帰るのです。最後のシーン、彼は家に帰り、彼らはキスをし、音楽は高まり、暗転します。」

チャゼル監督は、この「魔術的復活」の理由を考え、いくつかの可能性を思いついたと言います。
1つは、「映画会社が監督をないがしろ」にし、意味が通じなくても映画をハッピーエンドにした。
または、もっとシニカルに、ヒロインが実際に彼女の幸せな結末を想像し、観客が見ているのは彼女の狂気の想像だとするもの。

しかし、チャゼル監督は3番目の解釈を選んだと言います。
それは、男性キャラクターは実際に死んで、そして同時に彼は結末では生きているということです。

その、矛盾する事実が共存し得る可能性を、チャゼル監督は説明します。
「これらの2つのことが共存できる理由は、この女性が彼をどれほど深く愛しているかによるのです」そう チャゼルは言う。
「この感情は非常に深く深いので、時と現実の法則と物理学は、存在を停止したんです。」2つの相反する現実が実際共存可能だとする、この観念は、チャゼルがミュージカルに取り組む挑戦の準備に役立った。「それは 映画が何が成せるかを語る、感情が全てを超越することができるという観念です」彼は言う「その観念はこれまでに作られたすべてのミュージカルに真直ぐつながる。君が深く心打たれると、突然、90人編成のオーケストラが天から降って来て、それで歌が始まる。それはとてもばかげてばかげているが、少なくとも私には、時としてとても正しいと感じる。映画とは夢のような振る舞いを許された場所なのです。」【原文⇒https://www.vulture.com/2017/01/movie-that-inspired-la-la-lands-ending.html

この監督の、映画の場における「夢の許容」との言葉に対し『Vulture』の記事は、こう続けます。

ラ・ラ・ランドの エンディングで、ミアとセバスチャンは実際に恋愛が成就し、彼らは一緒に生きる魔法の関係を持った、そして、恋愛関係に現実が侵入し、彼らは別々の生活を送ることになった。夢の街で、両方が共存できる。


つまり、映画と言う「魔法の場」によって、恋愛と自己実現の両者が達成されたと言う解釈です。

しかし、映画の描写を見れば、それは『第七天国』が死者を現実に蘇らせ、恋を成就させた魔術性に較べれば、『ラ・ラ・ランド』は明らかに「恋の成就」は空想の世界で儚げに輝くだけです。

そこから考えれば、やはり「恋の力」の輝きよりも、「自己実現」という現実の選択を選んだ姿が選ばれていると思います。

チャゼル監督の言葉にも関わらず、やはり1927年の『第七天国』に較べれば、「恋の魔力」が弱くなっているのが現代なのかとも思えるのです・・・・・・



posted by ヒラヒ・S at 17:00| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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