2019年07月29日

古典映画『市民ケーン』が傑作と呼ばれるワケとは?/感想・解説・映画の革新・解釈

映画『市民ケーン』(感想・解説 編)

原題 Citizen Kane
製作国 アメリカ
製作年 1941年
上映時間 119分
脚本 オーソン・ウェルズ 、ハーマン・J・マンキーウィッツ
撮影 グレッグ・トーランド

評価:★★★☆  3.5



古典作品として評価の高い『市民ケーン』。
現代人の眼から見ると「つまらない」というブーイングがあちらこちらから聞こえてまいります・・・・・・・

しかしここには、それ以前の映画の歴史になかった、画期的な表現に満ちていたのです。

当時の観客の感動を想像してみましょう。
それはたぶん、あなたが今までみたことのない、まるで新しい映像体験をしたときの驚き、物語体験をした時の興奮、その感覚を何倍にも増幅したものに違いありません。

この映画は、間違いなく当時の人々にとって、未知の映画体験として驚きを持って迎えられたはずです。
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<目次>
映画『市民ケーン』感想
映画『市民ケーン』解説/脚本の革新
映画『市民ケーン』解説/カメラ撮影の革新
映画『市民ケーン』解説/特殊メイクの革新
映画『市民ケーン』解説/特殊撮影の革新
映画『市民ケーン』解説/実話スキャンダル映画の誕生
映画『市民ケーン』考察/革新とオーソン・ウェルズ

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映画『市民ケーン』予告

映画『市民ケーン』出演者

チャールズ・フォスター・ケーン(オーソン・ウェルズ)/ジェデッドアイア・リーランド(ジョゼフ・コットン)/スーザン・アレクサンダー(ドロシー・カミンゴア)/バーンステイン(エヴェレット・スローン)/ジェームズ・W・ゲティス(レイ・コリンズ)/ウォルター・サッチャー(ジョージ・クールリス)/メアリー・ケーン(アグネス・ムーアヘッド)/レイモンド(ポール・スチュアート)/エミリー・ノートン(ルース・ウォリック)/ハーバート・カーター(アースキン・サンフォード)/トンプソン(ウィリアム・アランド)/ジム・ケーン(ハリー・シャノン)/ロールストン(フィリップ・ヴァン・ツァント)/新聞記者1(アラン・ラッド)新聞記者2(アーサー・オコンネル)
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映画『市民ケーン』感想


冒頭で書いた、新たな刺激、ユニークな表現が、どれほど人に強い衝撃を与えるか確認しておきましょう。
例えば、映画の始祖ルミエール兄弟の映画『ラ・シオタ駅への列車の到着』では、列車に轢かれると思った観客が映画館から逃げ出しました。
『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895年)


また初期のサイレント映画、『大列車強盗』でも、ラストシーンに観客に向けて銃を発砲する場面があり、観客が逃げ惑ったと言います。
『大列車強盗』(1895年)ラスト・シーン

つまりは、今見れば牧歌的な上の2作品ですら、当時の人々に強いインパクトを与えました。

そしてこの映画、『市民ケーン』も上の作品同様に、ユニークな表現に満ちていたのです。
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この作品によって生まれ、それ以後映画のスタンダード表現として定着した技法が目白押しなのです。
その作品以前になく、それ以後に踏襲される表現の元祖作品を古典というなら、間違いなくこの作品こそそれでしょう。

こんな古典作品を見るにつけ、願わくば当時の観客のように「まっさらな気持ち」で、向き合えたらと思うのですが・・・・・・
おびただしい刺激と、過激な表現に慣れた現代の眼には、古典作品が平板に見えるというのが正直なところです。

しかし以下の文章では、この映画が映画史に書き加えた新たな要素を紹介し、せめて、当時の人々の新鮮な驚きと感動に、思い巡らせてみようという試みです。
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映画『市民ケーン』解説

脚本技法の革新「フラッシュバック」

映画における脚本には、いくつかの革新がありました。
たとえば、1933年のハリウッド映画『グランド・ホテル』では、初めて「群像劇」を描き「グランドホテル様式」と呼ばれました。
関連レビュー:グランドホテル様式脚本の元祖
『グランドホテル』

グレタ・ガルボ、ジョーン・クロフォード共演
史上初のオールスター映画


また、1934年の『或る夜の出来事』では、複雑な事情を手際よく説明し、ラブコメの元祖と言うべき優れた脚本だと個人的には思います。
関連レビュー:ロマンチックコメディーの元祖
映画『或る夜の出来事』解説

クラーク・ゲーブル、クローデット・コルベール共演
史上初のロードゴーイング映画

この1930年代とは、実はサイレント映画とトーキー映画の移行期で、映画館に音響設備が十分備わってなかった関係で、サイレントとトーキーの2パターンの映画を供給していた時期でした。
つまり、トーキー映画によって「映画脚本の複雑化」が促進されたのだと言うべきでしょう。

そしてこの1941年の『市民ケーン』に至って、映画脚本の複層化、脚本機能の進化が更に推し進められます。

その核を成しているのは、フラッシュバックです。
フラッシュバック(Flashback)は、物語の進行中に過去の場面を組み入れるモンタージュ手法。オーソン・ウェルズの『市民ケーン』で使われたのが有名であり、黒澤明の『生きる』の死んだ主人公のお通夜の場面などでも用いられている。 反対に、未来の出来事を物語の進行中に組み入れて現出させるモンタージュ手法をフラッシュフォワード(FlashForward)とよぶ。 (wikipediaより)

小説ではすでに確立した手法でしたが、映画でのフラッシュバック技法は、1901 年のフランスでフェルディナンド・ゼッカ監督によるサイレント映画『ある犯罪の物語』でした。
トーキー(音声入り)映画のフラッシュバックは1931年のハリウッド映画ルーベン・マムーリアンの映画 『市街』で初めて使われたといいます。
1939年にも、フランスの巨匠マルセル・カルネ監督の映画『陽は昇る』で、ほぼ全編フラッシュバックで語られています。
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上で述べたように、フラッシュバック技法自体は、『市民ケーン』がパイオニアというわけではありません。

しかし、その使い方が、従来の「ストーリー説明」のための用法から、フラッシュバック技法自体が映画のテーマと密接につながっている点が、あまりに見事で斬新だと個人的には思います。
ここで描かれたのは、フラッシュバックの技法により「時制=時間経過」を大胆に巻き戻し、更にそれを複数の人物の回想として表現する事によって、1人の人生が見る者によっていかに変化し、謎に満ちているかという「人間の真実」を炙り出した脚本だと思います。

つまり、映画の「脚本表現技法」自体がテーマの骨格を成している点が革新的だと考えます。

このフラッシュバック技法自体が「テーマ」を構成する方法論は、黒澤明の1950年の『羅生門』で、踏襲されています。
『羅生門』では、複数の矛盾した犯罪の証言をフラッシュバックとして提示する事によって、いったい「真実」とは何か、人を「裁く」事が可能なのかという、哲学的な命題にまで昇華されています。
関連レビュー:黒澤明の代表作
『羅生門』
真実を巡る裁判劇
戦後日本の混迷を問う

再度まとめれば、この『市民ケーン』は脚本の「フラッシュバック技法」により、この映画の主題「1個の人間の真実を捉えられるか」という設問を、そのまま構成として置き換えている点で画期的だと感じます。
この映画以前は、脚本は物語を説明するための装置でした。
しかし、この『市民ケーン』以後には、脚本技法が「哲学性=テーマ性」を表現し得るという「脚本機能の拡大」が成されていると思います。
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映画『市民ケーン』解説

撮影技法の革新
この映画では、それまでハリウッドでは見られなかった画期的なカメラ撮影技法が使われました。
そこには、舞台が本業だったオーソン・ウェルズが、映画の素人だからこそ先入観なしに、自分のイメージをカメラマンに伝えた結果だったと言います。

つまり、映画業界に居れば最初から不可能とアキラメてしまう映像を、大胆にオーソン・ウェールズは要求したのです。
その言葉に応えて、画期的な映像を生み出した名カメラマン、グレッグ・トーランドの苦心と、達成した偉大な才能が忍ばれます。
citi-Gregg-Toland.jpgグレッグ・トーランド(Gregg Toland, 1904年5月29日 - 1948年9月26日)は、アメリカ合衆国イリノイ州出身の映画撮影監督。
若い頃から頭角を現し、ジョン・フォード、ハワード・ホークス、オーソン・ウェルズ、キング・ヴィダー、ウィリアム・ワイラーなど著名な監督の作品に参加。1939年の『嵐ケ丘』でアカデミー撮影賞を受賞。
1948年、冠状動脈血栓症のため死去した。44歳没。(wikipediaより)
以下、その革新的な表現を説明します。

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超クローズアップ



映画の冒頭、主人公が囁く「ローズバッド」という言葉は、なぜこんな大きな口を見せつけられるのかと困惑するぐらい、超クローズアップです。
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しかし、その異様なほどの大写しによって、否が応でも「ローズバッド」という言葉を観客の脳裏に焼き付ける効果を生んでいると思います。

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クレーンショット


この映画以前にもクレーン撮影はありましたが、この映画の大胆に空間を移動する撮影は、見る者を驚かせる大胆さです。
<『市民ケーン』のクレーンショット>
バーの看板から上昇し、ネオン看板をすり抜け、天窓へと移動する。
たとえば上の例では、CGの無い時代の事、ネオン看板を上下に切っておいてカメラが通り抜ける瞬間持ち上げるという荒業で実現したそうです。

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パンフォーカス


強い光を当てカメラの絞りを絞り、被写界深度を深くして、画面全てに焦点を合わせる撮影技法パンフォーカス。
カメラマンのグレッグ・トーランドは1939年の『嵐が丘』で試み、この『市民ケーン』で完成させたといいます。
<『市民ケーン』のパンフォーカス>citi-boy.gif
部屋の中の近景と、遠く窓の外の子供までにフォーカスが当たっている。
このパンフォーカスは、後年のヒッチコックや黒澤明の映画的特徴ともなっています。

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ローアングル


ローアングルとは、低い視点から仰角気味に撮影するカメラの撮影技法。
フリッツラング監督の『M』(1931)でも取りいれられていますが、この『市民ケーン』での使用法がインパクトが強く、後世に影響を与えたと言われます。
上では撮影対象の人物の心理が、ローアングルによって強調されているように感じます。
後の ローアングルの巨匠としては、日本の小津安二郎監督も有名です。
関連レビュー:小津安二郎の代表作
『晩春』
父と娘の永遠の契り
日本映画の世界的傑作

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ハイ・コントラスト


この映画前のハリウッドで主流だったのは、ハイキ―・ソフトフォーカスの映像でした。
これは、ハリウッドスターを輝かせる伝統的な撮影方法であり、人気俳優が年齢を重ねてもシワを隠し、若く見せるという効果がありました。
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若い頃のケーンを見せるシーンは、伝統的なハイキーの照明とソフトフォーカスで撮影され、若きケーンの理想と野望を輝かせています。
対して老人ケーンを描く時は、はるかに暗くコントラストが強く撮影されています。
このローキー、ハイ・コントラストの絵作りこそ、この映画のもう一つの映像革新です。
この映像が時のハリウッドで喜ばれなかったのは、上の写真でも分かるように「老いの残酷さ」を強調し、スターの輝きよりも現実的な影を浮き彫りにしてしまうからです。
この撮影方法を快く思わない、ハリウッドスター達によって、オスカー受賞を果たせなかったという噂すらあります。
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映画『市民ケーン』解説

「特殊メイク」の革新

この映画撮影時のオーソン・ウェルズは25歳。
その彼が作品中で70代の老人の役を演じ、何ら違和感を感じさせません。
オーソン・ウェルズの演技力も光りますが、CGによらない特殊メイクの技術に驚きます。
映画にクレジットはされていませんが、この映画の「老け顔」特殊メイクを担当したのは、モーリス・シーダーマン(Maurice Seiderman:写真『市民ケーン』メイクアップ風景)という方のようです。
citi_oldmake.jpgシーダーマンはロシアで1907年に生まれ、『Madmen of Mandoras』(1963年)、『Shake Hands with Murder』(1944年)、および『The Monster Maker』(1944年)などの作品を手がけRKOスタジオのメイク部門のトップになり、1989年7月18日に米ワシントン州ポートエンジェルスで亡くなったそうです。
彼は多くの映画でオーソン・ウェルズの個人的なメーキャップアーティストだったため、通常はスタッフとしてのクレジットがありませんでした。ウェルズは、シーダマンの『市民ケーン』での素晴らしい革新的な業績を賞賛するために、業界紙の全ページ広告を自費で掲載し、しばしば「世界で最も優れた化粧職人」と称賛しました。(IMDBより)

そもそも特殊メイクの歴史をひも解けば、サイレントの『月世界旅行』『フランケンシュタイン』などSF的な映画に見られ、更にトーキー時代に入ってから名作と言われる『オズの魔法使い』(1939年)などもファンタジー作品です。
<『オズの魔法使い』予告>

しかし、この『市民ケーン』で凄いのは、現実的なドラマ上で、アップで細密に撮影されてすら耐え得る、その老け顔メイクのリアリティーです。
このリアルさを手にした時、映画表現の幅が広がったと思います。

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映画『市民ケーン』解説

「特殊撮影」の革新

この映画で驚くのが、ヒットラーと一緒に映像に収まるケーンの姿です。
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1941年の映画だと思えば、本当にドイツで撮ったのかとすら疑いたくなります。
たぶんソックリさんを使っているのか、多重露光だろうと推定されますが、その撮影方法の真実は突き止められませんでした。
さらに言えば、この『市民ケーン』で初めて取られた手法であるのかも自信がありません・・・・・・・・

しかし後年、この歴史上の人物とフィクションの人物を一緒の映像に取り込み、高い効果を上げたヒット映画があります。
関連レビュー:トム・ハンクスのアメリカ現代史
『フォレスト・ガンプ/一期一会』
アメリカ現代史を疾走する男
アカデミー主演男優賞、監督賞、作品賞の3冠受賞
『フォレスト・ガンプ/一期一会』では主人公が、ジョンレノンやケネディーと共に映像に収まり、CG技術の高さに驚きます。

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映画『市民ケーン』解説

映画ジャンルの革新「実話スキャンダル」

正直言えば、実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしたこの作品が、スキャンダラスな内容を描く映画の元祖かどうか確信が持てていません。
1940年10月のチャップリン『独裁者』が、ヒットラーを使っている点で「実在モデル映画」としては早いのは間違いありません。
しかし当時の新聞王のプライベートを暴き、モデルを激怒させた『市民ケーン』のスキャンダル性は『独裁者』に比べても圧倒的に高いものです。
関連レビュー:ヒットラーをおちょくるチャップリン映画
映画『独裁者』
ヒットラーVSチャップリン
ラスト感動のスピーチは映画史に残る名シーン!!
これ以降、著名人の裏の顔を描くようなスキャンダルな作品は、「実話もの」として1つのジャンルを確立したと思います。

しかし、往々にしてそれら「実話スキャンダル映画」が、そのモデル達から批判されるのも『市民ケーン』と同様です。

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映画『市民ケーン』考察

オーソン・ウェルズの革新性

以上見てきたように、この映画は新しい表現に満ち満ちた作品であり、古典として将来に渡って語り継がれる作品であるでしょう。
しかし、この新しい表現デザインの根底にあるのは何だったでしょう・・・・・・
私は、この映画の革新表現の根本にあるのは、若きオーソン・ウェルズの野心であったと思えるのです。
この映画には、オーソン・ウェルズの騒動を起こしてでも、人々を驚かせてやろうという山師的な性癖が表れていると思います。
彼は後に『オーソン・ウェルズのフェイク』という映画を発表しますが、自身も手品師として人を騙すことに生涯情熱を持っていたといいます。
たぶんオーソン・ウェルズは、人を驚かせ、騙すことを楽しむ人だったのでしょう。
その良い例が、ラジオ番組「宇宙戦争」です。
『宇宙戦争』(うちゅうせんそう、The War of the Worlds)は、オーソン・ウェルズが、H.G.ウェルズのSF小説『宇宙戦争』をラジオ番組化したものである。
1938年10月30日にハロウィン特別番組として、アメリカのラジオ番組『マーキュリー放送劇場(英語: The Mercury Theatre on the Air)』で放送された。番組は、音楽中継の途中に突如として臨時ニュースとして火星人の侵略が報じられるという体裁になっており、物語の舞台は番組が放送されたアメリカ合衆国に実在する地名に改変されていた。この生放送は多くの聴取者を恐怖させ、実際の火星人侵略が進行中であると信じさせた。(wikipediaより)
関連レビュー:スピルバーグの古典への敬意
映画『宇宙戦争』
スピルバーグ監督の本格SF
トム・クルーズ主演の宇宙人との壮絶な戦い!

このラジオ放送の成功によって、ハリウッドの映画界から声がかかったウェルズにしてみれば、同じようにセンセーショナルな題材を探し、実話スキャンダルを選び、更に盛りだくさんの新たな表現をこの『市民ケーン』に詰め込んだのではないでしょうか?

オーソン・ウェルズ山師説を、主張したいと思います。





posted by ヒラヒ at 18:14| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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