2019年05月28日

映画『愛する人』女性と命-「聖母」を巡る一考察/感想・意味・解説・批判

映画『愛する人』(感想・解説・批判 編)

原題 MOTHER AND CHILD
製作国 アメリカ、スペイン
製作年 2009
上映時間 125分
監督・脚本 ロドリゴ・ガルシア
製作総指揮 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ


評価:★★★★  4.0



知人に10年ほど前に離婚したという男性がいる。
その男性は10年間子供に会っていないと云う。
会いたくないか?とおそるおそる聞いてしまった。

答は「男にとって子供は、他人だ」というものだった。

その言葉に、いまひとつ納得できなかったのだが・・・・
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<目次>
映画『愛する人』感想
映画『愛する人』解説
映画『愛する人』批判

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映画『愛する人』予告

映画『愛する人』出演者

ナオミ・ワッツ(エリザベス)/アネット・ベニング(カレン)/アイリーン・ライアン(ノラ)/ケリー・ワシントン(ルーシー)/デヴィッド・ラムゼイ(ジョゼフ) /ジミー・スミッツ(パコ)/サミュエル・L・ジャクソン(ポール)/デヴィッド・モース(トム)

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映画『愛する人』感想



この映画の女たち・・・・・

女にとっての子供・・・・・なるほど、納得せざるを得ない。

子は母親のものだ。

母と子、命を分けあった、命を共有する、唯一無二の関係性を持った二人・・・

それはそういうことなのだ。

人が命を紡いできた最初から、それは紛うことなき真実なのだ。

女性にとって、命を産み育てる行いは、かけがえがなく、人生に組み込まれた必然なのだろう。

命を産む選択、命を産まない選択、命を手放す選択、そして命を産めない肉体。

女と命をめぐる物語は、対立であり、衝突であり、苦悩であり、恐怖であり、時としてありえないほど残酷だ・・・・・

しかし、それにもまして「感動的」だ。

なぜなら新しい命、新しい希望によってしか、過去の痛みを癒す術はないのだから。

そんな母と子の相克は、劇的なドラマの戦いとして在るのではない。

ただ日常の中に淡々と・・・・・命がある限り、世代を重ねるたびに、永遠に打ち寄せる波のように。

静かに重なる一分一秒・・・・・それは今この瞬間も更新し続けている、「母と子」の奇跡。
静かに過ぎ去る一分一秒・・・・・それは今この瞬間に積み重なっていく、「母と子」の軌跡。

たしかに女性という存在は否応無く「愛する人」たらざるを得ない。

2009年のロドリゴ・ガルシア監督作品。
女と命の残酷さと希望を、静かに動く秒針のように、揺れず、跳ばず、描写して・・・・
映画で語られた時間が、そのまま自分の人生の時間と同調する、そんな映画です。

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映画『愛する人』解説


この映画で描かれた、アメリカにおける養子縁組は、日本にいるとなかなか理解しがたいものがある。
アメリカの場合、子供のない夫婦が養子を取るのは選択肢として、ごく普通に存在し、それは弱者を助けるボランティア精神と、税制的に優遇されるという経済的な面もあるようだ。

だから、ハリウッド俳優のように稼ぎが多く税金も多いというようなセレブは、養子を取る例がまま見られる。
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上:グーグル検索画像=ハリウッドスターと養子

そんな養子を巡る騒動を描いた映画に『ジュノ』があり、その映画を見るとアメリカにおける養子という制度の実情がよく分かる。
関連レビュー:アメリカ養子大騒動!
映画『ジュノ/JUNO』
アカデミー賞脚本賞受賞!
エレン・ペイジ主演の女子高生と命の物語

いずれにしても、この映画が描きだした女性達と命の関係性は、女性がその体内で自らの命を分け与え、命を育む存在であるがゆえに、男達よりも深く真摯に子どもに向き合わなければならないという運命を描いていると思う。

映画の原題「MOTHER AND CHILD=母と子」が意味するのは、親子関係とは「母と子」がその基調であるという生物学的事実を指し示しているようにも感じられた。

その事は、この映画が様々な女性を通して、「母と子」の関係が如何に多様に成立し得るかを、丹念に作品中で描いていることでも明らかだろう。

見る者は、この映画内で描かれた女達の姿を見るうち、「女=母性」の輝きと、ついには神聖ささえ感得するに違いない。

そしてそこには、監督ロドリゴ・ガルシア のラテン的な女性像「聖母像」が反映されていると思える。
関連レビュー:母を描いたスペイン映画
『オール・アバウト・マイ・マザー』
スペインの女達と命の物語
監督ペドロ・アルモドバルの誠実な映画

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以下の文章には当作品に対する批判があります。

映画『愛する人』批判


しかしこう書いて来て、女達にとって「聖母像」こそ「女達の存在意義=女性の価値」であると、あまりに人類の歴史の中で強調されすぎてはいまいかと感じ出した。

この映画は、子供の全霊が母という存在につながり、母が子を産み育てるという紐帯に、その強い関係性に「美と敬意」を見出した者が描いた作品だと感じる。

それでは「母と子」に価値を見出している者、「母と子」に過剰に意義を付与する者とは誰か?

それは、この映画に影の薄い「男=父」であるように思える。

つまり、男性側が父としての役割以上に、母という親性を重く見て、命の生産者、育児の主体であると見ないしているからこそ「聖母」が生まれるに違いない。
関連レビュー:アニメにおける「聖母像」
映画『おおかみこどもの雨と雪』
監督 細田守の描く母の姿
アニメとファンタジーの関係を追求

そこには、男達にとって永遠の「憧憬=ノスタルジー」である母に、全ての女性を変化させたいという無意識の欲求が潜んでいるとも思える。

しかし、女達にとってはどうであろうか?
確かにしばしば社会制度は、その構成員にそのルールを遵法するよう仕向けるがゆえに、女性自身も妻となり母となる事を女性の幸福として捉える傾向にあることは間違いない。

しかし、その女性ジェンダーに刷り込まれた価値観ゆえに傷つき苦しむ者が存在し、それは古い家制度が消滅しようとしている状況では、更に不協和音を募らせていかざるを得ない。
関連レビュー:女性ジェンダーと男性社会
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レクター博士とFBI捜査官クラリスの危険な関係
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それゆえ、女達にとっても、そのジェンダーを「命の生産者」「命の養育者」という、男達に都合の良い存在として生きることに、日増しに拒否の声を募らせている。

この映画の「聖母像」をそのまま無批判に、自らの価値観にしてしまえば、あまりにも女性にとって加重で、男達にとって身勝手な社会が存続しつづけるだろう。
関連レビュー:50年代女性達の喪失感
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1950年代のフェミニズムとアメリカンドリームの行方
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それゆえ問いたい。

「命を生めない女=聖母になれない存在」に価値はないのか?

「生まれた子供を捨て、痛痒を感じない女」がいてはならないのか?

そもそも「命を紡ぎ、育てることに無関心な女」は「女」ではないのか?

上の設問の「女」の部分を「男」に書き換えてみればよい。
「男」であれば、全て看過される問いかけであるだろう。

つまりは「聖母像=女性ジェンダー」という価値観が、どれほど「男」にとって都合良く、女性にとって不公平に成立しているかを物語っているのである。
関連レビュー:「聖母像」から逃れられない悲恋
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クリント・イーストウッド、メリル・ストリープ共演
切ない純愛不倫物語

それゆえ個人的には、良質で、誠実で、感動的な映画だと思うものの、女性から見たこの映画が「女性ジェンダー」に対する「呵責」を感じさせはしまいかと恐れる。

そうなってしまえば「女性性」の素晴らしさを謳ったこの映画は、たちまち自己撞着を生じざるを得ず、その危惧から★ひとつ評価を下げることとした。



posted by ヒラヒ・S at 15:00| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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