| 原題 Memoirs of a Geisha 製作国 アメリカ 製作年 2005 上映時間 146分 監督 ロブ・マーシャル 脚本 ロビン・スウィコード 、ダグ・ライト 原作 アーサー・ゴールデン |
評価:★★★ 3.0点
この映画は、日本の京都、祇園に生きる芸者の物語です。
ハリウッド映画として製作されたこの作品の原作は、著者アーサー・ゴールデンが10年以上の歳月をかけて取材した事実を元にしていると言います。
しかし、映画で現れた日本には違和感があり、それゆえ日本のみならずアメリカや、または主演を含めた中国人女優の母国も含め、さまざまな批判と悪評にさらされることになりました。
以下の文章では、この映画にまつわる、そんな批判や問題点をまとめてみました。
<目次> |
映画『さゆり』予告 |
映画『さゆり』出演者 |
さゆり(チャン・ツィイー)千代(さゆり少女時代:大後寿々花)/岩村会長(渡辺謙)/初桃(コン・リー)/豆葉(ミシェール・ヨー)/延(役所広司)/おかあさん(桃井かおり)/おカボ(工藤夕貴)/男爵(ケリー・ヒロユキ・タガワ)/鳥取少将(ケネス・ツァン)/おばちゃん(ツァイ・チン)/サカモト(マコ岩松)/宮城山(舞の海)/西鳳(出羽嵐)
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映画『さゆり』解説・日本からの批判 |
これに関しては、プロデューサーのルーシーフィッシャーは「日本人女優のためのオーディションを開いており、プロデューサーはその役割を果たした。しかし誰も出てこなかったので、他のアジア人女優を配役する必要が生じた」と語っています。
この決定に強い影響力を持ったのが、日本人女優の英語(アメリカ英語の発音)能力の低さだったという事です。
○日本の描写が不自然。
着物の着方(左前など)、所作(歩き方)、建造物・小道具などに中国的要素が強い、あまりに前衛的な日本舞踊、神社で鐘の音が響く、お座敷遊びが描かれていないなど、が指摘されている。
しかし、製作陣は事前視察に日本を訪れて可能な限り日本を調べ、中国人女優も6週間に渡り芸者の文化・慣わしなどを直接芸者から学んだ上で映画製作にあたったと言います。
つまり、実際の日本と違う描写とは、西洋人から見て(美術的・文化的に)こうあって欲しいという姿なのだと思えます。
映画『さゆり』解説・中国からの批判 |
ネット上では「彼女は1000切りに刻まなければならない。」や「チャンツィーは恥知らずの売春婦だ」「お金のために日本人と寝るとはがっかりだ。彼女はすべての中国人に屈辱を与えた。」など怒りを訴えるブロガーの声が渦巻き、ついには中国政府の監督機関により、ストーリーラインが「あまりにも敏感」であるとして、実質的に中国国内で上映を禁止した。
これには、芸者を売春婦と見なす中国国内の誤解があったにせよ、演技とはいえ中国のトップ女優が日本人男性に恋し、抱かれたがっているというストリーは、確かに過去の歴史問題も含め議論が出るのも分かる気がします。
チャンツィーはインタビューに答えて言います。
(中国人が芸者を演じた事に関し)「監督が関心を持っているのは、役に相応しく人を魅了できるかという事でした。たとえば、私の役は15歳から35歳になる必要がありました。そして彼には、踊れて、演じられて、すべてのことができる人を必要としました。私はまた、日本人か中国人か韓国人の誰であるかに関わらず、すべての者が芸者について学ぶべき必要があったと思います。なぜなら、今日ではほとんどの人がその意味を理解していないからです。映画の日本人俳優達ですら。芸者は実話を意味していません。私は中国の新聞で、すべてを学ぶのに6週間しかかからず、それは文化に対して敬意を示してないと言う批評を読んだ事があります。それは、泥棒を演じるなら、多くの人間から実際に盗まなければならないと言うようなものです。」
(中国で批判を受けた事に対し)「私が思うに、この問題の全ては、中国と日本の間の激しい歴史的問題です。その問題は全てが地雷なのです。中国政府は禁止していましたが海賊版DVDは大ヒットしました。人々が芸者に関して、こんな大騒ぎをした理由の一つは、彼らの怒りを発散する方法を探していたということでしょう。」(引用元:Interview magazine・ Ziyi - July 2006 より)
結局、中国の批判にあるのは、チャンツィーの言うように映画というフィクションに、戦争や侵略の歴史、さらに役者の国籍やナショナリズムという現実を持ち込んだがゆえの混乱だと感じます。
映画『さゆり』解説・アメリカからの批判 |
「芸者の芸は繊細さ、静けさ、優雅さを尊ぶ。なぜこの映画にはないのか?」
「日本語にすべきだった」
「日本を舞台にした映画で、日本人が主人公なのに日本人を使わないのか」
「主人公は日本人でハリウッドデビューを果たした栗山千明や小雪を使うべきだった」
「ロブ・マーシャル監督はゲイシャをミュージカルにした」
など、など。
また、原作者アーサー・ゴールデンもインタビューに答え映画に言及しています。
あいにく映画の中では、日本と花街独特の情緒は描ききれてないね。この映画はパワフルで、魅力的で、美しいけれど、多分日本人が見たら「ちょっと違う」と思うシーンがあるだろう。(中略)さゆり役のチャンは美しい。ただ、一つ気になったのは彼女が日本人ではないということ。やはりボディランゲージが日本人じゃないんだ。中国人と日本人は、手の動かし方、足の動かし方などの些細な行為に違いが出る。もちろん、日本人らしい振舞いを教えることもできるけど、監督(ロブ・マーシャル)にとってはその微妙な違いは重要ではなかった。(中略)ロブは完璧に正しい日本文化を映し出すことよりも、大衆に広く受け入れられる、魅力的な映画を壮大なスケールと美しい映像で撮ることに重点を置いたんだ。だから、彼の手法を尊重するよ。(引用元:bitslounge.com より)
結局、原作者やアメリカ内の意見にもある通り、この映画は日本文化の再現を忠実にしようという作品ではない事は明らかでしょう。
しかし、アカデミー賞の美術部門など6部門にノミネートされ、主要賞は逃したものの美術賞に輝くなど、その映像美は高く評価され、この社会的に虐げられた女性の恋はアメリカを含め世界の人々の心を打ったのも事実です。
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映画『さゆり』解説・原作に対する批判芸者の実話を巡る裁判 |
著者アーサー・ゴールデンはハーバード大学で日本の美術を専門とする美術史学位を取得し、1980年、コロンビア大学で日本史上修士号を取得しました。さらに、中国語を学び北京大学で過ごし、東京で働いた経歴を持つアジアに精通し、日本を愛する人物です。
この原作小説は、日本の花柳界を10年以上の歳月をかけて取材した作品です。
その情報提供者の中に花柳界の実体を伝えた芸者の存在があったのです。
それは1960年代から1970年代の祗園で隆盛を極めた芸者、岩崎峰子さんでした。
岩崎 究香(いわさき みねこ、1949年 - )は、日本の作家で元祇園甲部芸妓。旧名・芸妓名ともに峰子であり、そちらが有名であった。幼名は田中政子(たなか まさこ)。京都府京都市出身。
京都市内に生まれ、両親、兄弟と共に山科区に移住。幼少のころ、実父とともに実姉2人(そのうちの一人である岩崎八重千代(いわさき やえちよ))が、芸妓として勤めている祇園の屋形(置屋)を訪れ、主人の岩崎今(いわさき いま)に見初められ、4歳の時に跡取りとして今の養女であった地方芸妓、岩崎富美千代(いわさき ふみちよ)の養女となり、5歳から祇園に住む。(そのとき、名を峰子と改めるが、これは養母の本名が政子であったからだといわれる)。
6歳で井上流を習い始め、『都をどり』で初舞台を踏み、10歳の時、岩崎の跡取りになり、15歳で舞妓として店出しする。
1971年、襟替えをし芸妓となる。
舞妓の時代から成績優秀で、1966年から1971年まで5年間連続売り上げナンバーワンとして人気を博す。贔屓筋には、本田宗一郎はじめ千宗室 (15代)、佐治敬三、谷川徹三などが名を連ね名実ともに百年に一人の名妓と謳われた。またその間、俳優の勝新太郎との交際があったとも噂され、パルコやサントリーのコマーシャルにも出演している。
その岩崎さんが、小説の日本語版が出版された後に契約違反と名誉毀損があったとして、著者アーサー・ゴールデンを訴えたのです。
<岩崎さんの主張> ○ゴールデンは彼女を匿名とすることに同意していたにもかかわらず、実名を公表した。○実名公表により、彼女は口外無用の花街の流儀に反したと花柳界から批難され、命の危険すら含む脅迫を受けた。 ○小説の主人公のモデルが、自分であるかのように世間で捉えられている点にも怒りを感じる。 ○小説の内容も、秘密と約束した情報を使用し、実際の事実を歪曲させ、その描写に裏切られた。 ○自分は身売りをされてはいないし、小説は芸者の人生の正確な描写ではない。 ○特に怒りを覚えるのは、芸者が売春婦であるかのように描かれている点であり、さらに「水揚げ」がオークションにかけられたような描写に関し、これは決して彼女に起こらなかっただけでなく、祇園にそのような習慣が存在しなかった。 ○小説で置屋の同輩からいじめを受けたとされるが、岩崎の周辺の人と類推される描写が成されており、なおかつ現実の人々は岩崎と良好な関係を築いていたにもかかわらず、悪い人物として造形されていて、現実の人間関係を損なったと非難しています。 |
最終的には、その訴えを受けてアーサー・ゴールデン側は2001年示談を提示し、岩崎さんも応じました。
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映画『さゆり』オリエンタリズムからの批判 |
つまるところ、ここにあるのは「西洋文化」から見て、こう在って欲しいと望む「東洋文化」への刷り込みがあるように思います。
| 関連レビュー:西洋文明と「オリエンタリズム」解説 サイードの「オリエンタリズム」 西洋から見た「劣った東洋」の視点 「オリエンタリスト」としての日本人 |
この映画や原作は、身売りする少女や、芸者として処女をオークションにかける描写、さらには妾になる存在として、芸者を描き出します。
さらにはそれら芸者の苦難を生む日本の社会を、芸者にとっての苦界として描いているように見えます。
この苦難にありながらも幸福になるという、甘いラブストーリーの形を取ることによって、最終的には(事実と違う)日本文化の中で苦悩する芸者という哀しい存在を承認し受容するよう、見る者に訴えます。
ここにある、日本文化に対する視線には、明らかに「西洋文明」から見た「東洋蔑視の視線」と、そこを生きる芸者に対する憐憫が潜んでいます。
その「オリエンタルの劣った社会」に生きる、芸者という「不幸な女性ジェンダーが幸福を掴む」事で、見る者にカタルシスを生む構造になっています。
たとえ、日本を研究し、映像としての日本美が間違いなく定着していたとしても、それらの表現が「他国文化を貶め」そこに生きる「人々を哀れむ」ことで、その文化と関係を持たない観客に優越感と快感を生むために奉仕しているのであれば、認めがたいモノがあると言わざるを得ません。やはりこの映画には、現実の日本社会や本来の芸者とは違う、ある種の歪みを持った表現が潜んでおり、それは西洋の優越を無意識のうちに感じ快感を生む「オリエンタリズム=西洋優越価値体系」に則った映画になっていると、個人的には感じます。
映画『さゆり』解説現実を超えて語られるモノ |
しかし、世界的に言えばこの映画は、それなりに観客に受け入れられたと見るべきかと思われます。
その証拠に、この映画の公開年2005年の全世界興行収入は$162,242,962で、それは28位の成績でした。
その内北米市場は45位$57,490,508、日本市場では洋画部門14位$14,100,000という事で、日本とアメリカを含めても4割強の数字です。
それ以外の$90,652,453の収益は世界各国で上げています。
つまりこの映画は、世界中の一定数の人々を魅了する力を保持していたと、その数字が示しているように思います。
それが意味するのは、人種問題や、文化的な盗用という点にこだわらずに見れば、世界的に汎用性のある魅力を持った作品だということでしょう。
けっきょくは、日本文化を映画にしたと見るから「本当の日本と違う」ように感じ、腹が立つのだと思います。
つまるところ、「ファンタジー物語の原型」として「貴種流離譚(きしゅりゅりたん)」という、本来優れた存在が過酷な状況下で苦しむという形があり、その反映として戦前の日本社会と芸者を当てはめたと思えば、この映画はどれほど現実に近かろうとファンタジーとして見るべきだと考えます。
本当は、日本じゃないんですって・・・・・・
この映画は「SF」で「ゲイシャ星」で起きた出来事を描いているんです。
ですから、現実から見ての批判は全て的外れなんです・・・・・・
| 関連レビュー:日本を描いたハリウッド映画 『ロストイントランスレーション』 アカデミー賞脚本賞受賞作品 日本を舞台にした、異邦人達のアイディンティ・クライシス |
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