原題 The Post 製作国 アメリカ 製作年 2017 上映時間 116分 監督 スティーヴン・スピルバーグ 脚本 リズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー |
評価:★★★★ 4.0点
この映画で、語られるのはニクソン大統領時代に起きた「ペンタゴン・ペーパーズ=国防総省ベトナム戦争極秘書類」を新聞社が報道したという事件です。
この映画でメインで語られる、ワシントンポストだけでではなく、アメリカ政府やニューヨーク・タイムズなど、実際の事件を調べてみましたので、紹介させて頂きます。
そうやって現実の事件を探っていくと、この映画の「ペンタゴン・ペーパーズ事件」は、作中で語られていない部分にもドラマがあるのだと知りました。

<目次> |




映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』予告 |
映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』出演者 |
メリル・ストリープ(キャサリン"ケイ"・グラハム)/トム・ハンクス(ベン・ブラッドリー)/サラ・ポールソン(トニー・ブラッドリー)/ボブ・オデンカーク(ベン・バグディキアン)/トレイシー・レッツ(フリッツ・ビーブ)/ブラッドリー・ウィットフォード(アーサー・パーソンズ)/ブルース・グリーンウッド(ロバート・マクナマラ)/マシュー・リス(ダニエル・エルズバーグ)/アリソン・ブリー(ラリー・グラハム・ウェイマウス)/ジョン・ルー(ジーン・パターソン)/デビッド・クロス(ハワード・サイモンズ)/フィリップ・カズノフ(チャルマーズ・ロバーツ)/リック・ホームズ(ミュリー・マーダー)/パット・ヒーリー(フィル・ジェイリン)/キャリー・クーン(メグ・グリーンフィールド)/ジェシー・プレモンス(ロジャー・クラーク)/ザック・ウッズ(アンソニー・エセー)/ブレント・ラングドン(ポール・イグナシウス)/マイケル・スタールバーグ(エイブ・ローゼンタール)/ジャスティン・スウェイン(ニール・シーハン)
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国防総省「ペンタゴン・ペーパーズ」概要・解説 |
![]() (右:ベトナムのマクナマラ) その研究対象は,第二次世界大戦のトルーマン大統領の時代から,アイゼンハワー,ケネディーの両大統領期を含み,ジョンソン大統領がベトナム軍事介入に制限を設け引退の意向を明らかにし,パリでの和平交渉が開始された1968年5月までの、インドシナ戦争介入、ベトナム戦へと発展し,戦線の行き詰まり,そして和平への模索が試みられる約24年間が対象。 約1年半の研究の末に,1968年12月に『ベトナム政策に関する合衆国の政策決定過程の歴史(History of U.S. Decision-Making Process on Viet Nam Policy, 1945-1968)』と題され,総計47巻の本文と,4000ページを超える付属資料の、合計250万語を有する研究書として完成した。更に『トンキン湾事件の指令と統御に関する研究』と題される別巻があったが、両文章とも「極秘」あるいは「機密」とされた。 その文中には歴代政権が、ベトナム戦不拡大という国民への約束にも関わらず、共産主義を封じ込めるため積極的に、トンキン湾事件という謀略行為によって直接介入を始めたことが記されている。そして、簡単に勝利を収めると思われていた戦争が、長期化するにつれ関与を深め、北ベトナムだけでなくラオスやカンボジアへも爆撃を拡大していく過程が描かれる。それは偶発的に戦線が拡大して行ったという政府説明が虚偽で、歴代の政権が故意に戦争を"泥沼"に引きずり込んでいったという事実が記されていたとされる。 なおこの文章は2011年、それまで未公開だった約34%を含め全7000ページが、米国国立公文書館(NARA)等により公開された。 米国国立公文書館「ペンタゴン・ペーパーズ」英語リンク |
関連レビュー:ベトナム戦争の罪を語らない映画 『プラトーン』 オリバー・ストーンの自伝的物語 ベトナム戦争の敗北の真実 |

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「ペンタゴン・ペーパーズ漏洩事件」年表・概要 |

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エルスバーグが「タイムズ」を選んだ理由 |
客観的事実として、地方紙のワシントンポストと違い、当時ニューヨークタイムズは「ザ・タイムズ」と呼ばれるように飛び抜けた全国紙だった。
ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市に本社を置く、新聞社並びに同社が発行している高級日刊新聞紙。さらに、その政治的傾向も反ベトナム戦争を主張して来た急先鋒で、65年にサイゴン支局に3人の優れた記者を派遣し取材をしていた。アメリカ合衆国内での発行部数はUSAトゥデイ(211万部)、ウォール・ストリート・ジャーナル(208万部)に次いで第3位(103万部)
同紙は1851年にニューヨーク市で発行していた、ニューヨーク・トリビューン紙に対する高級新聞というスタイルをとり、創刊された。当初は、優れた体裁が人気を集め、順調に発行部数を伸ばしたが、南北戦争後に、南部に対する寛大な論調が反感を呼び、一時低迷した時期もある。その後20世紀に入ると、世界各地に取材網を張り巡らせ、ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルと並ぶアメリカを代表する高級紙としての地位を確立した。
アメリカでは、しばしば The Times と略される(wikipediaより)
その1人が、「ペンタゴンペーパー」でエルスバーグが最初に接触した記者ニール・シーハンで、ベトナムの地で2人はすでに面識があった。
つまり、当時のアメリカで最も力があるリベラルな新聞社だと自他ともに認める報道界の雄だったのだ。
またニューヨークタイムズには、「表現の自由」を巡る法廷闘争という事で言えば、1964年にその後の「表現の自由」に影響を与えた「サリバン事件」という先例があった。
この「サリバン事件」裁判で連邦最高裁が下した判決は,表現の白由は「優越的保護」を必要とする「優越的権利」とし,自己検閲の萎縮を回避し自由を守るため,公職者の批判は「公職者=政府側」に「現実的悪意=(表現者側の悪意の存在)」を証明する責任「証明責任」を課すとした。
この「サリバン事件」は「ペンタゴン・ペーパー事件」の裁判の判断に重要な判例として存在し、「国益に反する」という政府側の主張の「証明責任」が不十分だとする裁定へとつながり、「表現の自由」に勝利をもたらした。

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ワシントンポストの挑戦 |
しかし、歴代政権との強いコネを持ち続けてきた同紙は、その主張が政府寄りであり、そのためベトナム戦争に関してもポスト紙は批判記事を載せていなかった。
<政治家とポストの関係>下は、「ペンタゴン・ペーパー」が入手できるとなって、それを記事にする許可を社主キャサリン・グラハムに求める、編集長ベン・ブラッドリーとの会話の一部。
【意訳】ベン:それで仮定の質問をしても良いか?/キャサリン:あらまあ、仮定の質問なんて嫌いよ。/ベン:現実の質問よりあなたが好むかと思ってね。/キャサリン:文章を手に入れたの?/ベン:今はまだだ。/キャサリン:そう、あなたは書類を手に入れる立場にあって、仮定なんて言葉は・・・/ベン:ああ、分かってる。彼ら(政治家)が困ろうが、俺たちはバッジ(政府より報道)を替えなければならないことも分かってる。おれはかつて、唯一あるカップル(ケネディー大統領夫妻)と一緒にステーキを食べる中だった。ケネディーとジョンソンの2人が、あなたとご主人の社交の場にいたがったのも知ってる。それで、あなたが、この文章のようにした(ベトナムの悪化)政治家と親しいのも知っている。政治家と記者はお互い信頼があって、それで彼らは夕食パーティーやカクテルを飲む場に同席し、ベトナムで戦争が激化してるのに冗談を言っている。俺たちが話す−/キャサリン:何を言ってるの。私はちっともかばったりしない。/ベン:いいや前国防長官ロバート・マクナマラに警告した。あの人物はこの研究文書の関係者だ。彼は何回もパーティーに来ている。/キャサリン:私は彼も誰も守ったりしない。守るのは新聞よ。
そんなこともあって1971年時点では「ニューヨークタイムズ」と較べれば、同紙の一般的認識は1地方紙に過ぎなかった。
そこで映画でも描かれているように、更なる拡大を求めて、株式公開もし、より大衆に受け入れられる記事の模索をしている時期だった。
そして、「ペンタゴン・ペーパー」の掲載という決断は、それまでの「政治家との蜜月関係」から「対立関係」になった事を示していた。
<社主キャサリン・グラハムと前国防長官ロバート・マクナマラの会話>
それは裏を返せば「ペンタゴン・ペーパー」掲載によって、同紙はそれまでの「政治家よりの古い新聞」から脱却したと、明瞭に世間に示すことに成功したのだと思える。
そして、1970年代後半には「ポトマック河畔のプラウダ(ソ連共産党新聞)」と呼ばれるほど、左翼的傾向を強くすることになる。
関連レビュー 「ワシントンポストの実在モデル紹介」 実在モデル、ポスト主幹「ベン・ブラッドレー」 実在モデル、ポスト社主「キャサリン・グラハム」 |
その権力の不正に立ち向かう姿勢は、「ペンタゴン・ペーパー事件」で因縁の、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」へと引き継がれる。
関連レビュー:ウォーターゲート事件を描いた映画 『大統領の陰謀』 アカデミー賞4部門で受賞の問題作 ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンの共演 |

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英語原題『The Post』の意味 |
実際、この「ペンタゴンペーパー漏洩事件」の本来の主体が、告発者エルバーグとニューヨーク・タイムズに有ったのは、事件の経緯から見ても明らかだ。
それにもかかわらず、あえて「ワシントンポスト」を主体とした物語を世に問おうとした点に、「報道の自由」というテーマに対する強い思いを感じる。
なぜなら、上の文章でも書いたように、ニューヨーク・タイムズとはその性格として、「権力の監視者」として「報道の自由」を権力と戦いながらも護持してきた伝統がある。
だからこそ、数あるタイムズという名がついた新聞社の中でも、ニューヨーク・タイムズだけは別格として「The Times」と敬意を込めて呼ばれてきたのだ。
しかし、物語として見れば、そのタイムズが「報道の自由」を目指し戦うのは、むしろ当然の姿で驚きが無いとも言える。
しかし、一方のワシントンポストはそうではない。

この「ペンタゴンペーパー漏洩事件」以前のポストとは、ワシントンの政治家と濃密な交流を持つ保守色の強い新聞だった。
それは、民主主義の基礎としての「表現の自由」を担保するために、政治権力と抗っても真実を伝えるという「報道社」としての役割からすれば、誠実だとは言えない。
そんなポストが、従来の政治家との関係を断ち切って「表現の自由」のために、権力と対峙した姿を鮮烈に描いたのが今作だ。
ポストという時の政権と癒着してきたような新聞社が、倒産の危機も顧みず、政府と戦うからこそドラマとして強い力を発するのだと感じる。
つまりはこの映画は、それまで「報道社」としての尊厳を持たなかったワシントンポストが、「表現の自由=民主主義の盾」としての新聞社に生まれ変わる瞬間を描いていると信じている。
だからこそ、この映画のタイトルは「The Post」なのだ。それは、「The Times」同様に、自由を守る新聞社へ生まれ変わった、ワシントン・ポストへの尊敬が含まれているに違いない。
また同時に、トランプの「フェイク・ニュース(嘘報道)」という恫喝に直面している、報道各社に対し警鐘を鳴らし、覚悟を促そうとする映画だと感じた。
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