サイレント映画の必然性
原題 Le Bal 製作国 フランス イタリア アルジェリア 製作年 1983年 上映時間 1時間 52分 監督 エットーレ・スコラ 脚本 ルッジェーロ・マッカリ、ジャン・クロード・パンシュナ、フリオ・スカルペッリ、エットーレ・スコラ |
評価:★★★★★ 5.0点
この映画『ル・バル』を取り上げたのは、実は『アーティスト』という映画を見たからです。
その世評が高い映画を見て、しかし私は心の中から湧き上がる怒りを禁じえなかったのです。
怒りの理由は、レビューを見ていただくのが一番早いのですが、要約すれば「サイレント映画」という技法を、ただ玩具のように弄ぶがの如き製作態度が、映画という文化に対する裏切りとしか思えなかったからです。
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そんな怒りを静めるために、登場していただくのがこの『ル・バル』です。
イタリアの名匠エットーレ・スコラがその実力を遺憾なく発揮した、傑作だと個人的には信じています。
映画『ル・バル』ストーリー
1983年。パリのダンスホール。
土曜日の夜、静かなそのホールに、灯りがともされる。
そして、ドレスアップした男女が一人また一人と入って来る。
そして、彼らは無言のうちに踊り出す。
時は遡り1936年、このホールで踊っているのは、労働者や縫製工場で働く娘たちだった。
第二次世界大戦中の1940年。ナチス占領下の42年。44年にはパリ解放。45年終戦後は、アメリカのジャズの音がホールに流れる。50年代にはラテン・リズムが響く。
60年代、ロカビリー音楽の強烈なビートがホールを満たす。
60年代後半、若者たちはビートルズのメロディに乗って踊った。
そして83年、その夜のホールの灯が消える。
映画『ル・バル』予告
ジュヌヴィエーヴ・レイ=パンシュナ/マルティーヌ・ショーヴァン/レジ・ブーケ/エティエンヌ・ギシャール(他:役名不明)
映画『ル・バル』出演者
第34回ベルリン国際映画祭(1984年):銀熊賞(最優秀監督賞)エットレ・スコーラ
映画『ル・バル』受賞歴
第9回 セザール賞(1984年) 監督賞
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映画『ル・バル』感想 |
この監督エットレ・スコーラは、あまり日本では評価されていないようで、DVDですら探そうと思っても見つけるのが大変です。
しかし、ビスコンティ、フェリーニと並んでイタリアの三大巨匠と言いたいぐらいに、個人的には大好きな監督なんです。
本当に人情話の名人で、芸術家というよりは大衆作家としての力量が優れた人なので、逆に日本では評価されにくいのかとも思いますが・・・・・・・
エットーレ・スコラ(Ettore Scola、1931年5月10日 - 2016年1月19日)は、イタリアの映画監督・脚本家。
1950年代前半、20歳で脚本家としてデビュー、監督デビュー以前に40本以上もの脚本を量産。1964年、『もしお許し願えれば女について話しましょう』で映画監督としてデビューした。
1976年の『醜い奴、汚い奴、悪い奴』で第29回カンヌ国際映画祭監督賞を受賞、1980年の『テラス』で第33回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞、1984年の『ル・バル』で第34回ベルリン国際映画祭銀熊賞 (監督賞)を受賞した。2016年1月19日、ローマ市内の病院で死去。84歳没(wikipediaより)<監督作品>『もしお許し願えれば女について話しましょう』1964)/『ジェラシー』(1970)/『あんなに愛しあったのに』(1974)/『醜い奴、汚い奴、悪い奴』(1976)/『特別な一日』(1977)/『テラス』(1980)/『パッション・ダモーレ』(1981)/『ヴァレンヌの夜』(1982)/『ル・バル』(1984)/『マカロニ』(1985)/『ラ・ファミリア』(1987)/『スプレンドール』(1989)/『BARに灯ともる頃』(1989)/『星降る夜のリストランテ』(1998)/『ローマの人々』(2003)/『フェデリコという不思議な存在』(2013)他
本当に上手い監督で、どの映画も泣けて笑えて、イタリアの山田洋二といったら判り易いでしょうか?
そんな実力派監督が撮ったこの映画が、なぜ『アーティスト』の引き合いに出されたかというと、この『ル・バル』という映画がセリフが一切ないサイレント映画だからです。
パリのダンス・ホールを舞台に、台詞を一切排し流行の音楽とダンス・スタイルの変転だけで、戦前からの時の流れと人々の人生を描いた映画作品です。
もともとは、本作品にも出演しているJ=C・パンシュナの劇団、フランスの「テアトル・デュ・カンパニョール」の舞台の映画化で、そのオリジナル・キャストがそのまま出演もしているそうです。
そんな舞台を忠実に映画に写したような、この『ル・バル』は第二次世界大戦をはさんだ、戦前と戦後の時代の世相と人生を描きます。
その舞台となるのが「バル=ダンスホール兼酒場」です。
カメラはこの酒場から外に出ません。
そして、この酒場を訪れる人々の描写によってドラマが生じます。
しかし、この人たちは一言も喋りません。
流れる音楽の旋律が高まり、見詰め合う男と女の視線が交錯するとき、若者たちの人生が生まれるのだと教えてくれます。
そして、若い男女が人生を生きる姿が、ダンスとなって熱いパッションとともに繰り広げられます。
そんな、個々の愛おしい人生が、大きな時代のうねり=運命によって、蹂躙され、踏みつけられ、寸断される様子が「バル」から一歩も出ずに、一言の言葉もなく、完璧に表現されます。
映画『ル・バル』解説テーマと表現様式の合致 |
実を言えば、この映画を見てスコラ監督に心酔してしまったのです。
それは、「サイレント映画」で「一場もの舞台」という、非映画的な規制を自らに課して「あざとさ」や「無理」が微塵も感じられない。
例えば、ヒッチコックですら『ロープ』という実験作では、どこかムリヤリな感じがしたものですが、見ていてそんな不自然さを感じないのです。
なぜ、こんな無理な「スタイル=様式」を選択しても、不自然に思わないのかよ〜く考えてみました。
そこで気がついたのは、この映画で取られた「スタイル」は、この作品の語るテーマの必然として、あったのではないかという事です。
つまりこの作品は、半世紀にもわたる時代の流れ、その時代を生きた人たちの軌跡ををどう表現しようかと考えたときに、必然的に「酒場という閉ざされた場」と「台詞なし」が必要だったと思うのです。
この無言で繰り広げられる、踊ったり、泣いたり、愛し合ったり、傷つけあったり、喜んだり、悲しんだりという人々の姿。
そんな人生の騒動を見ていると、いつかこの「バル」という舞台で発生する全てのことが、本当に愛おしく感じられてきます。
それは言葉が介在しないがゆえに、生物、ひいては生命が有るということの本質が、抽出されてくるのではないかと思うのです。
また同時にこの無言劇は、大きな運命の前では一個人の言葉や訴えが無力で、ただ黙って耐えるしかないのだという、人生における忍従を悲しくも痛切に、教えてくれるように思います。
ここにはフランス映画『愛と哀しみのボレロ』で描かれた、最後のバレエと同様、人生が凝縮したようなダンスで見る者の心を打ちます。
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そんな「踊ること=生きること」には、言葉=「知性、社会、ルールなど人工的な知見」を超えた、運命や力が働くものだと訴えていると思えるのです。
私は、この映画の中に、全人類が近代に受けた過酷な災禍に、黙って耐え、命を燃やした、そんな姿を見たようで感動したのです・・・・・・
この「人智を超えた運命」を映像として伝えるために、言葉の不在と、「バル」という小宇宙の存在が、必然として求められたでしょう。
そう考えれば、つまりは、「物語」が必然的に要求する様式であれば、観客は不自然さを感じないのだと、この映画の「非映画的な様式=不自然なスタイル」が証明しているに違いありません。
今更ながら映画「アーティスト」に戻りますが、その映画は「サイレント映画という様式」である物語的必然性があるでしょうか?
結局「アーティスト」は、その映画によって何を表現したいのか、観客に何を届けたいかのかという、根本的な姿勢から間違っているのだろうと言わざるを得ません。
そんなわけで、「アーティスト」で各映画賞を総なめにできるぐらい高い評価を受けられるなら、この映画はノーベル賞を与えるべきだと思うわけです。
しかし、この作品、レンタルビデオやさんでも、インターネット通販だって手に入らないなんてあんまりです。
この監督は本当にかわいそうで、例えば『マカロニ』なんていう作品も、本当に傑作なのに中古ですら手に入るかどうか・・・・・
そんなスコラ監督復権キャンペーンの一環でもあります。
All Movies Need Love!!
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映画『ル・バル』解説劇中のダンス音楽紹介 |
<1930年代>『ミュゼットのワルツ』
第二次世界大戦前、パリのバルで演奏されたダンスミュージック。
イタリア人のアコーディオンと、オーベルニュ人たちのキャブレット(別名ミュゼット:一種のバグパイプ)が特徴的なワルツで、この曲でパリジャン達が踊っていた。
『マリウ愛の言葉』
1932年のイタリア映画「Gli Uomini...che Mascalzoni!」(殿方は嘘つき!)の主題歌<1940年代>『リリー・マルレーン』
1938年に作曲され、第二次世界大戦中に流行したドイツの歌謡曲。
女優マレーネ・ディートリッヒの歌唱が有名。
『パリの花』
ナチスドイツからパリが解放された時の喜びの歌。この動画はモーリス・シュバリエの歌。
『イン・ザ・ムード』
ヨーロッパに進駐したアメリカ軍によって広まった、ビッグバンドジャズ。グレンミラーオーケストラの演奏で。<1950年代>1950年代後半にはラテン音楽がダンス・ミュージックとして流行しました。
『Amour, Castagnettes Et Tango(愛とカスタネットのタンゴ)』
この動画は映画『ルバル』から。
『ブラジル』
サンバの名曲も。下の演奏はギターの名手ジャンゴ・ラインハルト<1960年代>若者達のダンスはロックンロールに席巻されます。
『トゥティ・フルッティ』(リトル・リチャード)
『オンリー・ユー』(プラターズ)
『ミッシェル』(ビートルズ)<1980年代>『T'es OK』(オタワン)
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