『リリイ・シュシュのすべて』(感想・解説 編)
英語題 all about lily chou chou 製作国 日本 製作年 2001 上映時間 146分 監督 岩井俊二 脚本 岩井俊二 音楽 小林武史 |
評価:★★★★ 4.0点
現代という時代を最も反映する世代とは10代、さらに言えば思春期の、いわゆる「中二病」の少年少女達に特徴的に表れるのではないだろうか。
そんな鋭敏な感性を持った中学生の、震えるような、過敏な、剥き出しの、研ぎ澄まされた神経に刺さった「今」が、痛々しくも、美しい輝きとなって、この映画に定着されていると思う。
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『リリイ・シュシュのすべて』予告 |
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『リリイ・シュシュのすべて』感想監督岩井俊二 |
この映画で語られる物語は、中学2年生の男女生徒たちの悲劇だ。
見終わっても爽快感も幸福感も感じられない、暗く辛いドラマだ。
イジメられた経験を持っている人間は、見るのが耐え難いだろうと思われるので、お勧めできない。

しかし、そんな救われないストーリーを見続けさせる力が、この映画の監督・岩井俊二(右:写真)の映像美にはあると、個人的には感じる。
岩井俊二の映画を見るとき、その映像の透明感、空気感の鮮烈さに打たれる。
その映像詩とでも呼ぶべき、ヴィジュアルの美しさが彼の映画の基調にあると思う。
そんな映像詩的な特徴が、最も端的に表れた作品として『四月物語』がある。
この愛らしい短編作品を見れば、この作家のスタイルが自分の嗜好に合うものか、見極め易いのではないだろうか。
関連レビュー:岩井俊二監督作品 『四月物語』 北海道から上京した女子大生の春 松たか子主演の映像抒情詩 |
しかし美しい映像を撮る作家は、ややもすればビジュアルを優先し、物語ることが不明瞭になる傾向があるだろうし、それは岩井作品にも共通する特徴だと感じる。

そしてまた、この映画は他の岩井作品と較べて、明確なメッセージとストーリー性がある映画でもある。
それゆえこの映画を見ると、ストーリーの説明の省略や、映像に説明を仮託しすぎていたりし、その結果として物語が不明確で、作品時間が長くなっているとの印象を持った。
ややもすると、この映画のビジュアルに美を感じない観客や、「ハリウッド的」なストーリー展開を中心にした映画を求める観客には、この表現スタイルに違和感や不充足を感じるかもしれない。
しかし、この映像の持つ美しさに心打たれ観客にとっては、間違いなく大事な作品として胸に刻まれる一本となると思う。
個人的な意見を言わせて頂ければ、岩井作品の中ではこの『リリイ・シュシュのすべて』が、今現在、最も愛する映画である。
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『リリイ・シュシュのすべて』解説思春期「中二病」 |
この映画を見て、14歳・中学二年という年代の危うさを思った。

子を自立させるため、育て始めてから一定の期間が経過すると、親が子に憎悪を覚えるようにプログラムされてるらしい。
人間においては、親から子が独立し大人になる時、自分なりの価値観を構築するのがが14歳前後の思春期であり、その時期は親の価値観を検証し、自らの価値観を構築する時期としてある。
そして、人間の場合は動物と違い「子が親」を憎む「反抗期」という形で、精神的自立を勝ち取らなければならない。
この時期の主要な目的は、親の価値観からの離脱、ひいては社会規範からの離脱によって、子が自主的な判断を下せるよう「自己の価値観の確立」をすることにある。
従って、思春期における反抗期とは基本的には人の精神的成長過程の表れとしてあったのであり、それは現代において「中二病」と名は変えても共通してある過程のはずだ。
従って、この映画の「14歳の苦悩」という事象は、人間という生物の成長過程に必然として、過去も存在し、そしてたぶん未来にも存在するだろう。

例えば、1970年代の中学生は対教師暴力が多く、生徒間暴力が少ないという。
それは権力者に対し反抗するという形で自己確立を目指したと推測する。
これが、1980年代に入ると、対教師暴力と生徒間暴力の両方が増え、殺人が起こり、いじめが多くなり、家庭内暴力が事件となるなど、その内容が変化する。
勝手に解釈すれば高度成長期を経て、社会矛盾が解消されるにつれ、その反抗の対象が曖昧になり拡散していいくような印象がある。
そしてこの1980年代を通じて、校内暴力が吹き荒れ、窓ガラスが割られ、教室が破壊され、遂には警察が学校に介入する事態にまで至る。
その対抗策として文部省は「生活指導の強化」を打ち出し、生活指導の場に体育会系教師の強権的な取締まりが多くなり、従わない生徒に対しては体罰も辞さず、教師が閉めた学校の門扉に挟まれ生徒が死亡する事件まで起きる。
そして、この校内暴力に対抗した強引な「管理強化」は、校内暴力を鎮静化させはしたものの、イジメの増加と不登校を生み、遂には自殺者を出す事態に至る。

すると1991年、文部省は偏差値制度の廃止と「新しい学力観」と銘打ち、生徒の全人格を学校が評価する仕組みを作る。
この「新しい学力観」によって、日ごろの授業態度や、道徳観、生活習慣が、教師の価値観を元に点数化され、その点が高校進学の際の評価に関わる以上、生徒は学校の顔色を見て「いい子」にしている事を強いられる。こう見てくればこの映画に出てくる、現代の生徒間暴力、いじめ、不登校、殺人、自殺の、陰惨で悲劇的な事件が発生するようになった原因は、1980年代から始まった管理強化の強さに比例して増えたと見たくなる。
単純に言えることではないだろうが、個人的な印象では、本来14歳は「親・教師」という権威に反抗し、自己を証明すべきであるのに、その「新しい学力観=全人格的評価」によって、学校に対する反抗の道を奪われストレスを募らせていった結果ではないかと思えてならない。

いずれにしても、この映画の少年少女達の悲劇は、彼らの罪ではなく大人達の責任であったろう。
この映画に登場する14歳は、加害者にしても被害者にしても、結局ある種相似形の犠牲者として存在しているように思えるのだ。
そういえば、この映画を傑作だと書いている小説を思い出した。
その小説は朝井リョウ著『桐島、部活やめるってよ』であり、作中で映画部の前田涼也が『リリイ・シュシュのすべて』を絶賛するのである。
これは想像だが、この映画が描きだした14歳のリアリティーは、高校生達のスクール・カーストを必死に生きる、朝井リョウの小説の原型として存在しているように思う。
関連レビュー:高校生のリアル 『桐島、部活やめるってよ』 現代の青春を描いた小説・映画 スークールカーストの生存圏 |
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『リリイ・シュシュのすべて』解説仮想と現実 |
この映画の救いの無い14歳の姿が、上で述べた大人達の所業の結果だとすれば、それは子供たちが解決する筋合いのものではない。
彼らを救う責任は大人にある。

つまり、この映画の14歳がどうしようもなく悲劇的なのは、彼らの苦悩を救う大人が不在だからだ。
この映画は、そんな大人たちが救わない結果として、14歳の現状がどうなったかを世間に知らしめるために、安易に彼らが希望を見出す描写を拒絶し、物語を漂うような絶望のうちに終わらせている。
またここでは、現実世界の苦悩を、仮想世界で解消しようという試みが語られる。
主人公の雄一は打つ『リリイ・シュシュだけがリアル』と、そしてそれに呼応するネット上の声が交錯する。
しかし結果的に、ネット世界で彼は救われなかった。
さらに言えば仮想世界と一体となった、歌手リリイ・シュシュに求めた救いも破綻する。
この「リリイ・シュシュ=アート=創作物」が無力だという描写に、個人的には強い衝撃を受けた。
しかし、映画の冒頭「彼女が生まれたのは1980年12月8日、ジョン・レノンが射殺された日と同じ。この偶然の一致に意味はない。僕にとって意味があるのは、彼女が誕生したという事だけ。」と語られる。

つまり、リリイ・シュシュというアーティストは、かつて世界を歌で変革したジョン・レノンのように、現実に関与する力を持ち得ていない存在だと、宣言されているように思える。
このアーティストが現実を救い得ないという表白は、現代を生きる作家・岩井俊二にとっても苦い刃となって自らに返ってくるだろう。
だが間違いなく、映画を見る限りこの美しく透徹したリリイシュシュの歌声も、彼ら中学生を救い得なかった。
仮想世界でつながり、作品世界で輝いた存在は14歳の彼らに生きる力を与えなかった。
この表現が示すのは、やはり仮想世界と現代アートの限界を語ったものだったろう。

彼ら14歳が、自らの罪に因らず苦しみと絶望の果てに命まで投げ捨てるとき、その魂に捧げられた美しい献花のように、この映画は静謐な輝きを放っていると感じる・・・・・
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