2018年08月15日

映画『サヨナラ/SAYONARA』(1957年)ホワイトウォッシングという愛!/感想・解説・日本の戦争花嫁

サヨナラ(感想・解説 編)


原題 Sayonara
製作国 アメリカ
製作年 1957
上映時間 147分
監督 ジョシュア・ローガン
脚本 ポール・オスボーン
原作 ジェームズ・A・ミッチェナー


評価:★★★   3.0点



この1957年に作られた映画は、美しいけれども陳腐なメロドラマのように思えるかもしれません。
しかも映画の中では、ヘンテコな日本と白人の演じる歌舞伎役者が登場したりして、なかなか日本人として複雑なものがありました。

しかし、この映画は名優マーロン・ブランドが出演し、アカデミー賞の10部門にノミネートされ、助演男優賞にレッド・バトンズ、助演女優賞に日本人役者として2018年現在でも唯一のオスカー保持者、ナンシー・梅木が輝くなど、高い評価をアメリカで受けた作品です。
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関連レビュー:ナンシー・梅木のオスカー受賞式動画
『1958年開催・第30回アカデミー賞』
栄光のアカデミー賞:各賞受賞風景・受賞者コメントを紹介
授賞式の動画と作品解説のリンクがあります。
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そんなこの映画は、ハリウッド的な理想を高らかに謳った作品であり、さらに言えばヘンテコな日本にも「大きな愛」が隠されていたと信じています・・・・・
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<目次>
『サヨナラ』感想「変な日本」
『サヨナラ』解説「占領下の米兵と日本女性の恋」
再び感想「愛のホワイトウォッシング」

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『サヨナラ』予告

『サヨナラ』出演者

ロイド・グルーバー少佐(マーロン・ブランド)/ハナオギ(高美似子)/アイリーン(パトリシア・オウエンス)/ナカムラ(リカルド・モンタルバン)/ジョージ・ケリー(レッド・バトンズ)/カツミ(ナンシー梅木)/マイク・バレー大尉(ジェームズ・ガーナー)/ウエブスター将軍(ケント・スミス)/ウエブスター夫人(マーサ・スコット)/フミコ(久場礼子)/クラフォード大尉(ダグラス・ワトソン)
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『サヨナラ』感想

奇妙な日本と『ホワイトウォッシング』


正直に言えば、この映画には日本人から見れば奇妙な日本が、間違いなく描かれています。
sayo_hanaogi.jpgいろいろと不思議な日本を見せつけられるのですが・・・・・・
中でも、この映画のヒロイン"ハナオギ"という名前からして不思議な存在が、奇妙なことをしてくれます・・・・・・・

このハナオギは、マツバヤシ歌劇団のトップスターなのですが、そのハナオギが歌劇団の宿舎に帰る帰途がファンタスティックです。
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日本庭園の橋の周囲に、なぜか稚児さん風の女の子が並び、わらべ歌を歌ったり・・・・・・・

さらにはハナオギが腕の上に、尻尾の長い鶏「尾長鳥」をとまらせたり・・・・・・・・・
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実はこのマツバヤシ歌劇団は、松竹歌劇団(SKD)の舞台シーンを流用し、ヒロインのハナオギをはめ込んだようです。
松竹歌劇団(しょうちくかげきだん)は、1928年から1996年まで日本に存在したレビューおよびミュージカル劇団。
出演者が女性で占められる「少女歌劇」の系譜に属する。松竹を母体として東京・浅草に本拠を置き、1930年代には東京一のレビュー劇団として、兵庫県宝塚市を本拠とする宝塚少女歌劇(宝塚歌劇団)と人気を競った。太平洋戦争を経て、戦後は本拠地・国際劇場の大舞台を活かした「グランド・レビュー」を売りに人気を保ったが、1960年代ごろより徐々に低迷、1990年代にはミュージカル劇団へ転向するも定着せず、1996年をもって解散した。「Shouchiku Kageki Dan」の頭文字をとったSKDの通称でも知られた。大阪府に現存するOSK日本歌劇団(旧・大阪松竹歌劇団)は姉妹劇団である。(wikipediaより)
2017年OSK日本歌劇団【新橋演舞場】レビュー夏のおどり 告知映像

ですから、この映画のレビューシーンも当時日本で繰り広げられていたモノには違いありませんが・・・・・
多少「エキゾチズム=日本情緒」を追加しているのではないかと感じます。
もっとも当時の実際の舞台を見ていないので何とも言えませんが・・・・・・・・

何にせよ、アメリカ人から見て印象的な、日本的な異国情緒がこの作品のそこかしこに埋め込まれ、その点が日本人からすると違和感となっていると思います・・・・・・

Nakamura.jpgそれを象徴するのが、歌舞伎役者のナカムラです。
なんと主人公が日本に来た冒頭に登場する、この歌舞伎役者を白人のリカルド・モンタルバン演じているのです。

そして、おかしな日本語で話す姿にビックリします。
これはまさしく、ホワイトウォッシング、「白人化(漂白)表現」に間違いないと思い、あ〜また変な日本を見せつけられるのかとゲンナリしたのでした・・・・・・

映画におけるホワイトウォッシング(えいがにおけるホワイトウォッシング、英語: Whitewashing)は、アメリカ合衆国の映画業界で白人以外の役柄に白人俳優が配役されること。映画黎明期より度々白人俳優が白人以外の役に配役されてきており、映画の歴史と共にある。日系アメリカ人活動家のガイ・アオキは「アフリカ系アメリカ人がホワイトウォッシングの対象であるのと同様にアジア系民族も経験している」と語った。ネイティヴ・アメリカンにも同様のことがいえる。(wikipediaより)


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『サヨナラ』解説

占領下の米兵と日本女性の恋

この映画は、上で書いたようにホワイトウォッシングと日本風景の違和感を正直感じます。

さらに、その題材も日本におけるアメリカ軍将校と日本女性の恋という事で、実は1957年の朝鮮戦争当時においても、日本人にとっては微妙なストーリーではあります。

sayonara_mac.jpg1945年日本の敗戦を受け始まった、マッカーサー(右写真) を最高司令官とするGHQによる占領は1952年まで続きました。
1945年の占領直後は米兵による日本女性暴行などが相次ぎ、日本当局が「特殊慰安所」という米兵向けの売春施設を設置しました。
アメリカ軍が日本に進駐したわずか最初の10日間に、神奈川県下で1336件の強姦事件が発生した。沖縄戦でも目を覆うような強姦事件が繰り返されており、日本政府はそれらの被害報告を受け、アメリカ兵の強姦対策として銀座に慰安施設を設け、特殊慰安婦を集めた。同年9月28日、今度は連合国軍医総監から東京都衛生局に対し、慰安施設の増設を指示された。9月の同じ時期、千葉県と神奈川県でもアメリカ軍司令部から慰安所を設けるように要請を受けた。東京都や神奈川県の慰安所では、開業前日にアメリカ兵が大挙して押し寄せ、無差別に強姦を行った。(wikipediaより)


終戦当時の日本女性にとって、実際の事件や周囲の日本人の言動から、米兵とは恐怖の対象として考えられていたようです。
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そんな混乱の中でも、米兵と恋に落ちる日本の娘たちが存在し、そして「戦争花嫁」と呼ばれる、米国に嫁いだ4万人以上の日本女性がいたのです。

戦後の混乱期、貧しい日本に在って、米軍関係の施設や飲食店で働くことが高給を得る道であり、多くの日本女性も家族を扶養するなどの理由から職を得ました。
そして、日本の一般的な若い女性が、アメリカ兵と接点を持つ中で、ある者は恋のため、ある者は貧困のため、ある者は好奇心から、様々な動機で米兵と結婚しアメリカに移住する道を選んだのでした。

しかし当時の日本社会やマスコミは、こうした戦争花嫁に対し「洋パン=米兵向け売春婦」などと否定的なイメージで語り白眼視したのは、アメリカ兵に親兄弟を殺された戦争直後の日本であれば、理解できなくもありません。

この戦争花嫁に対する売春婦的な世間の見方は、海を越えアメリカの日系人社会にも影響を与えていたため、戦争花嫁は1970年代ころまで、日本でも、移住したアメリカでも、偏見に悩まされたようです。
<映画『七転び八起き - アメリカへ渡った戦争花嫁物語』予告編>

つまりこの映画で語られた、米兵と日本娘の恋は「戦争花嫁」を描いたものであり、それゆえ当時の日本にあっては決して喜ばしい題材ではなかったのです。
むしろ敗戦・占領を経てアメリカに蹂躙されたと感じる日本人にとって、この映画の恋は「屈辱的な事実」にすら感じられたのではないかと思ったりします。

そんな事を反映して、1957 年の『キネマ旬報』のベスト・テンでは得点を投じる日本の評論家は誰一人いなかったのでした。

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再び『サヨナラ』感想

愛のホワイトウォッシング

この映画『サヨナラ』は先に述べたように、ホワイトウォッシングもあれば、ハリウッド的な日本風景の典型も描かれ、日本人的な目線に立てば奇妙な日本が展開されています。

さらに言えば、日本人にとってはタブーのような「戦争花嫁」が題材でもあります。

sayo-nakamura.jpgしかし私は、ホワイトウォッシングの張本人、歌舞伎役者ナカムラを演じるリカルド・モンタルバンの歌舞伎を見たときに、その堂々とした踊りに驚きました。

腰の座った日本舞踊に、その修練は決して簡単なことではなかったろうと、個人的には感動したのです。

そして、映画の中には「能」も出れば「文楽」も出てきます。
そして文楽で描かれた心中劇が、映画の中でしっかり消化されているのも、日本文化に対する敬意と感じます。
ここには多少ピントがずれていたとしても間違いなく、日本に対する敬意があり、大げさに言えば「他文化」に対する愛が根底に有ると感じられてなりません。

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じっさい、この映画の監督ジョシュア・ローガン(右写真) は自伝で「日本に完全に魅了された」と書いています。

彼は1951年二代目市川猿之助の『天下茶屋聚』を観て、その照明効果や絢爛たる舞台演出に感心し、その魅力をアメリカに紹介しようとして、さまざま努力するものの行き詰ります。
それでもこの『サヨナラ』の原作に出会い「歌舞伎」を紹介するためにこの映画を撮ったというほど、日本文化に強い思い入れがあったのです。
それゆえ、最初ローガンはナカムラ役に日本人歌舞伎役者を登場させたかったのですが、アメリカ人に日本の魅力の説明をする役として「英語が十分上手に話せる」ことが必須だと思い、メキシコ生まれのリカルド・モンタルバンを選んだというのです。

つまりホワイトウォッシングは、日本の魅力を広く発信するための苦肉の策だったのでした。

そう思えば、間違いなくこの映画には「日本讃美」があり、その想いゆえに日本を広くアッピールしたいという熱情が形になったものこそ―
愛の"ホワイトウォッシング"
だったのです!!!!!!!!!

そう思えば・・・・・・・・・
この映画『サヨナラ』で語られたのは、かつての敵であっても―
どれほど文化が違おうとも―
尊敬と愛があれば共に生きて行けるのだという「理想」だと思うのです。
その美しく、気高い「理想」を高らかに謳いあげた見事さを思えば、尾長鳥のミョウチクリンさや、白人の歌舞伎役者の珍奇さをあげつらうのは、島国根性的な矮小な精神を示していると我が身を反省したのでした・・・・・・・・・

本音を言えばホワイトウォッシングにも愛があるなら、この映画のヒロインが白人であっても、個人的には全然問題ありません。
実をいえば、この映画のハナオギ役のオファーは、当初オードリー・ヘップバーンに出されたそうです。

見たくないですか?
オードリー・ヘップバーン演じる日本歌劇団のトップスター。

非国民と言われようとも、私は見たかった!!!!



posted by ヒラヒ at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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