2017年04月04日

『鑑定士と顔のない依頼人』最初で最後の驚愕の恋/感想・解説・意味・名画紹介

鑑定士と顔のない依頼人(感想・解説 編)


原題 La migliore offerta
英語題 The Best Offer
製作国イタリア
製作年2013/131分
監督・脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽 エンニオ・モリコーネ


評価:★★★★  4.0点

この映画は、とりあえず、今すぐ、何も知らないうちに、一回ご覧になられることをお勧めします。
予備知識ゼロで、この映画を見ることこそ、この映画が提示できる「ベスト・オファー(最高の価値)」だと思いますし、見る価値は十分あると思います・・・・・・



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『鑑定士と顔のない依頼人』感想・解説

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この映画は、真作を模した贋作や、人間を真似たオートマタ、オークションで詐欺など、多くの「ニセモノ」で満ちている。
そんな中で主人公の老人は、真実の愛を手にしたと信じた。
それは、女性との間に積み上げられた実感が、彼にそう告げたのだ。

BestOff-pos.jpg実を言えば、この主人公に起きた「愛の事件」の本質は、彼が鑑定士だった事から生じたのではなかったろうか。
つまりは、彼は何物かを生む芸術家ではなく、他者の作った「モノ」を批評する者として存在する。

それは、無から有を生み出すために苦労する芸術家の姿が、現実世界と格闘する実生活者だとすれば、主人公の鑑定士は自ら汗水を垂らさず、他者の刻苦の末の作品を眺めて価値を決める、上流階級セレブの傲慢さを感じる。
それはまるで、富裕な資本家層が、貧しい労働者を過重な労働に駆り立て、自ら手を汚さないまま利潤を得る社会の現実をも想起させる。

bestoff-res.gif

この主人公は、それゆえ常に手を手袋で覆い、他者との接触を嫌うのであろう。
そして、そんな現実離れした生活の象徴が、隠し部屋の名画たちだ。
best-off-gala.jpg
それは美しい人工世界に耽溺し、醜い現実を遮断して、快楽を我が物とし貪る姿として映る。


それは、この鑑定士以外の主要登場人物が、贋作家であり、修理工であり、作家であるとき、彼ら実作者の成果を労せず手に入れたこの主人公の狡猾さが、浮き彫りになるだろう。
img_3.jpg

この映画で「贋作の中にも真実がある」と言う時、それは贋作といえども創造行為であって、高みに立って批評する者よりも「真実=現実」に近いのだという主張だったと感じられてならない。

besof-pos.jpg
そして、その「贋作の中にも真実がある」という事実を、この主人公は実体験として「愛の事件」により感得しただろう。

即ち、この主人公の感じた恋の歓喜、痛み、苦しみ、は間違いなく、鑑定人の「美術品=人工世界」に勝る「真実=現実」であったと語られていると解釈した。

やはりこの鑑定人の日常は、ただ眺め批判をするだけの非生産的行為であり、それは現実と格闘する者から、その労苦の果ての果実をただ簒奪する行為にすぎまい。


それゆえ、彼は現実に復讐されたのである。

best-kuru.png
結局ここで描かれた、「愛の事件」の本質は、現実を生きない上流セレブ達に対する、現実世界の反撃の姿だったように思えてならない。

つまりは地上の愛を求めるならば、高みより降りて、傷つき、のたうち回って、汚濁の中で、苦闘しなければならないのである。
本来であればそんな、現実を真に生きていない主人公が、理不尽で不合理な世界で汚辱にまみれることに、観客は喜び喝采をするはずだった・・・・・・・・・・


しかしこの映画の情報はスッキリその勧善懲悪には向かっておらず、十分なカタルシスを感じさせない。

惜しむらくは、この映画のジェフリー・ラッシュの演技力によって、この主人公を観客が憎み得なかったのではないかと危惧する。
この鑑定人の天上で遊ぶかのような生活に、心底反感を持ちえなければ、これまで語った「現実の反撃」というテーマは十分見るものには伝わらないだろう。

そして同時に、この「恋の事件」の衝撃が、観客が鑑定人に感情移入をする事でより増大する構造になっている点も、物語の方向を曖昧にした要因だったかもしれない。

Bestof-bath.png
この両者を考えれば、つまるところストーリーの構造と、テーマの選択との組み合わせが、真にこれが正しかったのかと問わざるを得ない。


さらに言えば、ラテン系のイタリア人にとって、現実の恋こそ至上の価値であろうが、イギリス系の主人公とイギリス的なミステリーをベースとして語られるべきだったかどうか・・・・・・・・

どこか、イギリス人は色より金という匂いもあり、この主人公に生じた痛み、もしくは喜びが、真実、愛によるものなのかとの疑問を生じるようにも思える。

たとえば、昔ならマルチェロ・マストロヤンニ、今ならロベルト・ベニーニあたりがシリアスに演じたら、どうだったかと思ったりもする。
やはり映画の「中心命題=テーマ」が持つ価値を、最大限発揮できる物語構造、キャストで表現することこそ、その映画が観客に提示できる最高の表現力なのだと思えるのだ。


bestof-automata.jpg…と偉そうな事を書いてきて、
後ろで歯車の軋む音がした。

そして、オートマタが語り始める。

この映画を見ているお前も、この鑑定士同様の傲慢な傍観者だ。
そんなお前らに、決して全ては語らない。
何重にも重ねられた虚と実をはがし続けるがいい。
そして、お前は語らねばならない。
お前が提示できる、この映画に対する「ベストオファー(最高評価)」を。
薄っぺらい過去のドラマツルギーではなく・・・・・この映画だけが語るそのメッセージを。
それ以外にお前が、真に映画を生きる術は無いのだよ・・・・・・・


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『鑑定士と顔のない依頼人』肖像画コレクション

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この映画は美術品に満ちていて、たとえば肖像画の間のコレクションの価値を合計すれば、何兆円になるか分かりません。


コレクション肖像画:
ラファエル (La Fornarina)「若い女性(La Fornarina)の肖像」(およそ1519)「若い女性(La Muta)の肖像」(1507)/ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「ヴィオランテ」(およそ1515)「ラ・ベッラ」(1536) 「エレオノーラ・ゴンザーガの肖像」 (およそ1538) /ブロンズィーノ「エレオノーラ・ディ・トレドと息子の肖像」 (1545)「ルクレツィア・パンチャティキの肖像」 (1541) /クレディー「カテリーナ・スフォルツァの肖像」 (およそ1490) /ボッカチオ・ボッカチーノ「Zingarella」(1505)/「ルクレチア・ボルジアの肖像」(およそ1510)バルトロメオ・ベネチアーノ/「ルーキーナブレンバティーの肖像」(1518)L・ロット、「ペトラルカの韻の本をもつ女性」(およそ1528)アンドレア・デル・サルト/「ビアンカカペーロの肖像」(およそ1572)アレッサンドロ・アッローリ/L・ロット「ルーキーナ・ブランバチの肖像」(1518)/ アンドレア・デル・サルト「ペトラルカの韻の本をもつ女性」(およそ1528)/ アレッサンドロ・アッローリ「ビアンカカペーロの肖像」(およそ1572)/ アルブレヒトデューラー「エルスベート・トゥッヒャーの肖像」(1499)/ L・クラーナハ「サロメ」(1510)/ソフォニスバ・アングイッソラ「ミネルバ・アングイッソラの肖像」(およそ1570)/ マリエッタ・ロブスティー「自画像」(1580)/ゴットフリート・スカルッケン「燃えているロウソクをもつ少女」(およそ1706)/G・レニによる「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」(1599)と「母の肖像」(およそ1620)/R・カリエラによる「自画像」と「年をとった婦人の肖像」/ローズ・アデレイド・ダクルーによる「ハープによる自画像」(1750)/ アングル「デルフィーヌ・アングル-ラメールの肖像」(1859)と「エイモン夫人の肖像」(1806)/ ゲブリエル・ロセッティ「ジョリークール」(1867)「ウインドウの女性」/ピエール・オーギュスト・ルノアールによる「襟ぐりの深いドレス(La Reverie)を着たジーン・サマリ」(1877)/他 ルーベンス、ゴヤ、ブラン、モジリアニ、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン、モーガンウエストリング(Morgan Weistling)の作品もあります。


また、ジャック・ド・ヴォーカンソンのオートマタも重要な役割を担い出てきます。
ジャック・ド・ヴォーカンソン(Jacques de Vaucanson, 1709年2月24日 - 1782年11月21日)は、フランスの発明家。オートマタの製作と自動織機の製作で知られている。
bestof-vokanso.jpg18歳のとき、ヴォーカンソンは貴族からリヨンに自身の工房を与えられ、機械の組み立てを許された。1737年、ヴォーカンソンは「笛吹き人形」を作った。等身大の人形であり、笛と太鼓を演奏でき、12曲のレパートリーがあったという。その指は笛を正しく演奏できるほど柔軟ではなかったため、ヴォーカンソンはその手に革の手袋をはめた。翌1738年、彼は製作したオートマタを科学アカデミーで披露した。
1738年後半には、「タンバリンを叩く人形」と「消化するアヒル」を製作した。特にアヒルはヴォーカンソンの最高傑作とされている。アヒルは400点の可動部品で構成され、羽ばたくことができ、水を飲み、穀物をついばんで消化し、排泄することができる。
ジャック・ド・ヴォーカンソンのアヒルのオートマタ


この映画『鑑定士と顔のない依頼人』のオートマタを作ったのはロブ・ヒッグッス


ロブ・ヒッグスの作る機械はスチーム・パンク・アートとして、とても魅力的。

この映画は現実と芸術を際どく往来する、「アーティスティック=技巧的」な一本だと思います。
当ブログ関連レビュー:
『ニューシネマパラダイス』
ジュゼッペ・トルナトーレ監督の名作
映画ファンなら涙する感動作


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posted by ヒラヒ at 17:26| Comment(5) | TrackBack(0) | イタリア映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは( ̄▽ ̄;)?あらすじ・ストーリーが椿三十郎に飛ぶような💦オートマタって初めてしみじみと見ました(笑)借りようと思ったら場所が変わってるのか( ゚Д゚)!見つかりません・・・
Posted by ともちん at 2017年04月04日 17:58
>ともちんさん
ありがとうございます(^^;)?スミマセンあらすじ・ストーリー飛びました💦イロイロな所に飛びそうな(笑)見つかるまで、ネタバレもユックリ準備中です・・・・・
Posted by ヒラヒ・S at 2017年04月04日 18:44
ども♪
Posted by ともちん at 2017年04月04日 18:47
凄いっすね、芸術にもくわしいのですか?
色々と勉強になります。
この映画はレビュアンさんとか詳しい人にに観てほしい映画でしょうね〜。
Posted by いごっそう612 at 2017年04月05日 00:39
>いごっそう612さん
ありがとうございます(^^)
肖像画の名前を調べてみたら、たまたま有りました(*^^*)
正直言って、この映画は失敗作と言いたい気持ちもあるんですが、そう言いきれない映画で・・・・・何か読みきれてないもどかしさがありますね(^^;
Posted by ヒラヒ・S at 2017年04月05日 18:25
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