2017年01月29日

映画『ミリオンダラーベイビー』命の尊厳を問う/感想・ラスト・あらすじ・ネタバレ・解説・批判

完璧な作品だが、評価できない



評価:★★    2.0点

映画を構成する諸要素が、テーマを除いて、完璧な作品。
女性ボクサーと老トレーナーの紐帯や、お互いが必要不可欠であることの描写、女性ボクサーの栄光とその転落の明暗の見事さ、彼女が己の人生に対し出した結論の不可避であることの説明、そして老トレーナーが行う行為が彼女にとって救いであり、他に道はないと見る者を完全に納得させる。

その結果、このボクサーとトレーナーの運命に対して、否応なく憐憫を感じざるを得ない・・・・・・・・・・・・・

しかし私はこの映画を認める事はできない。

ミリオンダラー・ベイビーあらすじ

31歳のマギー(ヒラリー・スワンク)はトレーラー育ちの、不幸な人生から抜け出そうと、ボクサーを目指す。彼女は、名トレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)のジムを訪ね、弟子入りを志願する。しかし女性ボクサーは取らないとフランキーに拒否される。だがこれが最後のチャンスだと知るマギーは、ウェイトレスの仕事をしながら、激しい練習に打ち込んでいる。そんな彼女の真剣さに打たれ、雑用係のスクラップ(モーガン・フリーマン)らの勧めもあって、ついにトレーナーを引き受けるフランキー。彼の指導で、マギーは試合で連勝を重ね、チャンピオンの座を狙うまでに成長する。同時に、同じアイルランド系の血を引くフランキーとマギーの間には、師弟関係を超えた深い絆も芽生えていく。そして百万ドルのファイトマネーを賭けたタイトル・マッチの試合を向かえた。対戦相手は、反則も辞さないドイツ人ボクサーの”青い熊“ビリー(ルシア・ライカー)だった。その試合でマギーはチャンピオンになるかと思われたのだが・・・・

(原題 Million Dollar Baby/製作国アメリカ/製作年2004/133分/監督クリント・イーストウッド/脚本ポール・ハギス/原作F・X・トゥール)

ミリオンダラー・ベイビー出演者
フランキー・ダン(クリント・イーストウッド)/マギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)/エディ・“スクラップ・アイアン”・デュプリス(モーガン・フリーマン)/デンジャー(ジェイ・バルチェル)/ビッグ・ウィリー(マイク・コルター)/ビリー(ルシア・ライカ)/ホーヴァク神父(ブライアン・オバーン)/ショーレル・ベリー(アンソニー・マッキー)/アーリーン・フィッツジェラルド(マーゴ・マーティンデイル)/マーデル・フィッツジェラルド(リキ・リンドホーム)/オマー(マイケル・ペーニャ)/ビリーのマネージャー(ベニート・マルティネス)/ミッキー・マック(ブルース・マックヴィッティ)

ミリオンダラー・ベイビー受賞歴
2005年・第77回アカデミー賞・・・・・作品賞/監督賞/主演女優賞/助演男優賞
第62回ゴールデン・グローブ賞・・・・・監督賞/女優賞



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ミリオンダラー・ベイビー感想
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この映画は、2005年・第77回アカデミー賞で4冠(作品賞・監督賞・主演女優賞・助演男優賞)を獲得したほど高い評価を受けた作品だ。

異論があるかもしれないが、個人的には、映画の専門家や俳優・監督の映画インサイダーによって構成されるアメリカ映画アカデミー協会が与える賞とその評価には価値があると思っている。
つまり、この映画は映画の専門家から見て、映画技術が優れていると認められた作品だと言えるだろう。
クリント・イーストウッドの監督賞受賞スピーチ

【スピーチ大意】
ありがとう。本当にありがとう。妻に感謝したい、今下にいるけど、最高の仲間だ。そして母、彼女は1993年(「許されざるもの」アカデミー賞式)にもいた。そのとき84歳だった。しかし私と一緒に今晩また来てる。それで、彼女は96歳だ。私は彼女に感謝する、彼女の遺伝子をくれたから。
映画は素晴らしい冒険だった。よく使い込まれた機械のように37日間で映画を撮影した。もちろん高性能機械とはスタッフとキャストの事だ(スタッフの名前を列挙)今全てを思い出せないけど。
今、ボケはじめてる。でも、ウォーレン(・ビーティ)君は正しかった。夕方早くの君の信頼に感謝するよ。(たぶんウォーレン・ビーティがイーストウッドが受賞すると伝えていた?)私がここにいられるのは幸運。今もまだ働き続けていられることが幸運だ。外でシドニー・ルメットを見たが、彼は80歳。私の年齢なんて、子供にすぎない。だから・・・私はまだやるべきことが多くある。(階上の席にシドニー・ルメット。笑って拍手)皆さん本当にありがとう。感謝する。

更に、モーガン・フリーマンのいぶし銀の演技が、作品に重みと迫力を生んでいると感じる。
モーガン・フリーマンの助演男優賞受賞スピーチ
モーガン・フリーマン『N.Y.ストリート スマート』(1987年)、『ドライビング Miss デイジー』(1989年)、『ショーシャンクの空に』(1994年)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたが、いずれも逃しており『ミリオンダラー・ベイビー』で初のウィナー。実力派の受賞にスタンディングオベーションが起きた。プレゼンターはレネー・ゼルウィガー。

【スピーチ大意】
「良い時間をありがとう。(拍手が続く)この映画の作成に関わったすべての人々に感謝する。特に、一緒に仕事させてくれて、ヒラリー・スワンクと働く機会をくれた、クリント・イーストウッドに感謝したい。そしてアカデミー協会に感謝する。(天を見て)私は感謝している。とても。」


この映画は、映画表現技術として完璧に近いと思う。

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以降の文章には
ミリオンダラー・ベイビー」ネタバレ
ミリオンダラー・ベイビー」ラストシーン
を含みます。
また以下の文章に、この映画に対する悪評が含まれます。ご注意下さい。
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本当に完璧なのだ。
この物語の語りに耳を傾け、物語に身を委ねれば、必然的にただどうしようもない運命に泣くしか、観客に選択肢はない。
しかし、問いたい。

本当に、この物語の結末は安楽死以外の方法が無かったのであろうか。
ラスト・シーン

フランキー:俺は首のパイプを抜いて、空気を切って眠らせる。いいな。/フランキー:そして、注射する・・・・お前はずっと眠ったままだ。/フランキー:”モ・クシュラ”その意味は”我が愛しき者、我が血”
(スクラップ・モノローグ)彼は彼女に一本の注射を打った。注射は数回殺せるだけの量のアドレナリンだった。彼はまた彼女に同じ事をさせたくなかったのだ。そのあと彼は歩み去った。私は彼が帰ると思っていた。

死によってしか救い得ない苦悩はあるかもしれない・・・・・・・・
million doller-pos.jpgもう末期の病状にあって、激痛以外は感じない状態であれば致し方ないとも思う・・・・

しかし、この女ボクサーの状態がそれに値するだろうか?


この作品の結論、尊厳死を巡って議論が巻き起こったというのも当然だろう。

しかし、また『海を飛ぶ夢』というスペイン映画でも、この映画同様に、全身不随の患者が安楽死を選ぶ物語があるところを見ると、ある種の不完全さに対する忌避感が、西洋文明の中には根本的に存在しているのかとも思う。
 
しかし、問いたい。
この女性ボクサーとそのトレーナーが、頑固で一徹なアイルランド人であったとしても、全身が動かなくなって心の底から死を望み自ら舌を噛み切り自殺を図ったとしても、それでも、安楽死以外の方法がありはしまいか?
 
もし、それが無いとすれば全身不随となりながらも、人類最高の英知として存在する「ホーキング博士」はいない事になってしまう。
 
million-gif.gif
やはり、命がありさえすれば無限の可能性が存在するのだと、私は思いたい。


人は生きれるならば生きるべきで、そのために努力をし続けるべきなのは、生物の基本命題であるからだ。

命があるならば、無限の可能性があるはずなのだ。

映画という不特定多数に対して発信するメディアは、人々に希望を与えるべきだと主張したい。

それゆえ、この映画を認めることは断じてできない。
 
Million Dollar Baby-ail .jpgこれは、個人的には、間違った結論を最高の映画的技術を使い、広めようとしているとみなさざるを得ない。

この結論を導き出したクリント・イーストウッドに、かってのアクションスターだった己の肉体が、衰え動かなくなる事に対する恐怖を見るとは、言いすぎだろうか?


評価としては☆5つを映画を伝える技術の高さに、そこからマイナス☆3は、間違った答えを伝播しようとするクリント・イーストウッドに対して贈らせて頂きます。


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posted by ヒラヒ・S at 18:27| Comment(5) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!観てないのですね〜💦観なければと思ってます(笑)( ̄▽ ̄)ヒラリーさんとモーガンさんですからね。ヒラリーさんはこういうの上手い女優さんだと思います。
Posted by ともちん at 2017年01月29日 19:16
>ともちんさん
ありがとうございます(^^)映画としては完璧な表現技術ではないでしょうか?難癖つけてますけど・・・・・・(^_^;)モーガンフリーマンこれが初受賞って、おかしいですよね〜でもいいスピーチで感動しました。
Posted by ヒラヒ・S at 2017年01月29日 19:50
今回は評価が別れますね〜。
レビュアンさんもおっしゃることも分かります。
なかなか難しい問題ですよね、身体が一生動かなくなり家族からも疎まれる・・生きていたくなくなる気持ちも分かります。
そこから立ち直れたら良いのでしょうけど。

病院で働いていたら特に思います。四肢麻痺で目だけ動いているコミュが取れないから家族はめったに来ない。
介護職員にオムツを代えられ、褥瘡もでき、足も壊死・・
楽しみも全くない状態で生きていたいのだろうかと?

もちろんこの映画の主人公はそこまでの状況では無いですが。
自分は尊厳死という難しい問題を臆することなく描いたこの作品を評価してしまいます。

評価が分かれる作品は面白いですね。
Posted by いごっそう612 at 2017年01月29日 20:09
>いごっそう612さん
ありがとうございます(^^)私の言葉は、多分非現実的なんだろうとも思います。多分現場で実際に苦しんでいる人を見れば、この映画の方がリアルだし、敢えて問題定義をしているのだろうとも思うのです。(^^)
私はまんまと乗せられて熱くなってるという事ですが、助けて欲しかったんです・・・・・次の目標を与えてやって欲しかった、この命はまだ可能性が有ったのに・・・・・そう思ったんですm(__)m
多分個人的な経験もあり、過剰に反応していると思うのですが・・・・
別の問題定義の書き方もできたと思えてなりません・・・・

>評価が分かれる作品は面白いですね。
お互いに信頼があれば、とことん違う意見を語り合うことこそ、至福の楽しみですね(^^)

また、よろしくお願い致しますm(__)m
Posted by ヒラヒ・S at 2017年01月29日 20:34
ありがとうございます。
また語らいましょう〜(´∀`)
Posted by いごっそう612 at 2017年01月30日 07:19
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