評価:★★★★★ 5.0点
ニューヨークの夜というのは、甘いサキソフォンに彩られながら、こんな魑魅魍魎がうようよいるのだろう。
こんなというのは、ロバート・デ・ニーロ演じるベトナム帰りの主人公、タクシードライバーのトラヴィスの事だ。
最初に見たとき、この男は何のとりえもないくせに、美しい女性を欲しがり、売名行為のためなら手段を選ばず、大統領候補を暗殺する事と、幼い娼婦を助ける事を等価に考える、虚栄心に捕らわれた馬鹿な人間なのだと思った。
しかし、今回久々に見て印象が変わった。
この主人公が体現したのは、大統領選でトランプを支持した白人中間層のフラストレーションではないかと思うようになった。
<タクシードライバーあらすじ>
ニューヨークのタクシー運転手トラビス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)はベトナム帰還兵で、不眠症に悩んでいる。仕事熱心な彼は危険な場所でも運転し、仲間から金に汚いと言われる。そんな、トラビスは大統領候補パランタイン(レナード・ハリス)の選挙事務所に勤めるベッツィ(シビル・シェパード)に一目ぼれし、デートに誘うことに成功したが、トラビスはベッツィをポルノ映画館に連れて行き、怒りを買い去られる。トラヴィスは不眠症の状態で街をタクシーで流しながら、犯罪者や汚れた町を見る。いつしか「この世の中は堕落し、汚れきっている。自分が掃除してやる」と思い始める。そんなトラヴィスはニューヨークのイースト・ビレッジで、ポン引きのスポート(ハーヴェイ・カイテル)と揉めている13歳の売春婦アイリス(ジョディ・フォスター)に出会う。やがて、トラビスは闇のルートで、大量の強力な拳銃を買い射撃の訓練にはげむ。そんなある晩、トラビスは食料品店を襲った黒人の強盗に出くわし、強盗を射殺する。トラビスの胸にある決意が生まれ、大統領候補パランタインの集会に、サングラスとモヒカン刈りの姿で紛れ込んだ・・・・・・・・・・・
(原題 Taxi Driver/製作国アメリカ/製作1976年/114分/監督マーティン・スコセッシ/脚本ポール・シュレイダー)<タクシードライバー受賞歴>
カンヌ国際映画祭・パルム・ドール
英国アカデミー賞・助演女優賞・ジョディ・フォスター
キネマ旬報・外国語映画部門ベスト・テン・1位
アメリカ映画協会・アメリカ映画の名セリフベスト100・「You talkin' to me?」 10位
アメリカ映画協会・アメリカ映画100年・悪役ベスト50・トラヴィス・ビックル・30位
<タクシードライバー感想・解説>
主人公トラヴィスが持つ、彼のフラストレーションは、彼らのベトナムでの戦いが何も成果を生まず、あまつさえ、アメリカ社会でベトナム帰りの兵士が日陰者扱いされていた、当時の状況から導きだされた必然的な苦しみに見えた。
たしかに、彼も自らを日常にフィットさせようと努力する。
しかし多くのベトナム兵達がそうであったように、このトラヴィスも過去に高度な教育を受ける機会は持ち得なかっただろう。
そうであれば、自己を表現する能力が低いのも彼の罪ではないだろう。
つまり、この映画のトラヴィスとは、ベトナム戦争で命をかけてアメリカに尽くして来た、保守的白人層を表すだろう。
その保守的白人層が持つフラストレーションとは、社会的に貢献し、見返りを受けるべき十分な理由があるはずなのに、報いられていないという不満にある。
この映画の白人低所得者保守層トラヴィスが身を粉にして働いたとしても、十分な金銭的収入を得られず、むしろ黒人やラテン系の移民たちに自らの仕事が奪われているという、実情を描いているように思える。
(右のハーベイ・カイテル演じるポン引きとは、端的に移民が富を奪う象徴ではないか)
そんな白人低所得者層こそ、貧富の差が拡大する中で憤懣を募らせ、トランプの「アメリカに雇用を取り戻す」という言葉に敏感に反応した支持者達だった。
そのフラストレーションを抱えた白人低所得者層は、政治によってそのフラストレーションを解消しようと試みる。
それが、女性=「大統領候補運動員ベッツィ」に接点をもとうとする試みのシーンに象徴されている。
このポルノ映画を見ることのベッツイの拒否とは、トラヴィスの欲望が「エスタブリシュ=支配者層=政治指導者」に拒否されたという端的な描写だ。
それは、大統領候補パランタインとトラヴィスの会話で、町をキレイにしたいという訴えに対して、大統領候補がまともに取り合わないことでも明らかだろう。
大統領候補パランタインとトラヴィスの会話
【意訳】
トラヴィス:チャールズ・パランタイン候補ですか?/パランタイン:そうだが/トラヴィス:応援しています。あなたに投票するよう、皆に頼んでますよ。/パランタイン:ありがたいね・・・トラヴィス。/先生の勝利は確実です。みんなあなたに入れますよ。あなたのステッカーを貼りたいけど、ポリシーに反するとか言って、会社が貼らせないんです。イヤな奴らですよ/パランタイン:君に言っておくが、私はリムジンじゃなくてタクシーの中で、アメリカという国を学んできたんだ。/トラヴィス:ほんとに? /パランタイン:本当だとも・・・・聞きたい事があるんだが?/トラヴィス:どうぞ/パランタイン:今この国で一番の問題はナンだと思う?/トラヴィス:すみません、政治の事はよく分からないんです。/パランタイン:何かあるだろう/トラヴィス:まあ...いずれにしても街の浄化をして欲しいですね。閉じない下水のような、汚物とカスだらけの街。本当に時々耐えがたいです。次の大統領にはぜひキレイにしてもらいたい。分かります?外は臭いし頭痛もするし最悪です・・・・アイツらは絶対消えやしない。でしょう?大統領ならきっと、便所でクソを流すみたいにキレイにしてくれるって分かってますから。/パランタイン:たしかに、言いたい事はわかるよ。トラヴィス。だが、簡単にはいかないな。まず根本的な改革が必要だ。/トラヴィス:その通り/パランタイン:釣りはいらないよトラヴィス話ができて良かった。/トラヴィス:こちらこそ、先生。あなたはいい人だから
勝てますよ/パランタイン:ありがとう
つまり上の会話で言っているのは、彼等白人低所得者層のフラストレーションは既成政治家・政党では、解消されないという事実だ。
なぜなら、彼らが求めるのは徹底的な「浄化=移民排斥」であり、それはナチスのユダヤ排斥同様、平時の法規に則って行使し得ない超法規的な手段が必要になるからだ。
そして、ポン引きのスポートや13歳の売春婦アイリスが表わすのは、移民者やマイノリティーが「アイリス=白人少女」を犯し陵辱すると言う現実、白人の利益を簒奪しているという描写であろう。
ここで、明確にトラヴィスのフラストレーションは、本来守られるべき権利を既成政治が守ってくれず、更に簒奪が続きそれは止めようが無いと告げられたに等しいだろう。
そして、彼の最後に残されたフラストレーション解消の道は、かつて彼トラヴィスがいた軍隊の兵士に戻る事しかなくなってしまう。
(右/兵士トラヴィスが闘いのシュミレーションをするシーン「俺に言ってるのか?」)
彼はそのため武器を調達し、兵士としての戦いを始める。
トラヴィスは本来受けるべき正当な利益を、自ら戦かって勝ち取ろうと行動したのだ・・・・
それゆえ、彼は自らの権利を守ってくれない政治家に対しテロルを仕掛け、大統領候補の議員の命を狙う。
そして更には、自らの利益を奪う移民者やマイノリティーを、直接標的として動き出す。
つまりこの映画のトラヴィス、貧しい白人保守労働者層こそが、ファシズムの担い手なのだ。
この自らの利益を不当に奪われているというフラストレーションは、己が正当で国家を支えてきたという強い自負ゆえに、更に深く強く怒りを増幅していく。
そして、その思いが最も強くなるのが経済的な不況時なのである。
世界に分配されるべき富が少なくなるとき、支配層は自らの富を溜め込み、産業資本は経済原理により「労働賃金の低い所=低賃金労働者」に流れ込む。
結果的に最もその社会に多く存在する、中間層がフラストレーションを溜め込む事になるのである。
そんな白人保守労働者層のトラヴィスが、この映画では既成政治家を非合法に抹殺しようとしたり、低賃金労働者を実力で排斥しようとする姿とは、まさにファシズムが立ち上がる姿なのである。
そして、この既成政党の否定と移民・低賃金労働者の排斥を訴えて大統領になった男こそ、ドナルド・トランプに他ならない。
更に間違いなく、結局この非合法活動家トラヴィスの主張を、吸い上げ肥大化した者こそアドルフ・ヒットラーだったのだ・・・・・・・・・
いったい、この映画のトラヴィスは、社会からどう評価されたか?
このトラヴィスに対して、既成政治=「大統領候補運動員ベッツィ」がどういう行動を取ったか?
この映画で確かめて欲しい・・・・・・・トラヴィスは明らかに暴力によって既成政治を従属させ、ファシズムに生きる姿を見せるはずだ。
このトラビスの持つ心理的な傾向、「貧しい白人」の追い詰められた心境の行方が、2016年のトランプ支持の高まりにあると思うとき、この映画はファシズムの誕生を描いた現代世界の物語だと思われてならない。
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以降
「タクシードライバー・ネタバレ」
を含みますので、ご注意下さい。========================================================
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トラビスは大統領候補を暗殺しようと接近するが、シークレット・サービスに阻まれ逃げる。
次にトラビスはダウンタウンに現れ、ポン引きスポートのアパートを襲い、銃撃戦を繰り広げる。
重傷を負いながらもスポートをはじめ、用心棒、アイリスの客を射殺した。
アイリスは救われ、新聞はトラビスを英雄扱いにした。
新聞記事:タクシー運転手、ギャングスターと銃撃戦/異様な銃撃戦で殺される/両親は衝撃と感謝を口にする/タクシー運転手の英雄回復に
【手紙大意】
快方に向かって家内とともに喜んでいる。病院に行ったが昏睡状態だった。アイリスを取り戻してくれて感謝している。我が家にとってあなたは英雄だ。アイリスは学校に戻り学業している。また家出などしないようにしっかりと見守る。
トラヴィスは暴力的な直接行動により「アイリス=白人の利益」を守ったのだ・・・・・・・・
========================================================タクシードライバー・ラストシーン
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大統領候補運動員ベッツィはトラヴィスが英雄としてもてはやされた時、トラヴィスに擦り寄る。
ベッツィ:こんばんは、トラヴィス。/トラヴィス:こんばんは。・・・・・・パランタイン(大統領候補)が候補者指名を受けたそうだね。/ベッツィ:ええ。もう長く待たなくても。あと17日。/トラヴィス:彼が勝つことを願っているよ。/ベッツィ:新聞であなたの事を読んだわ。大丈夫?/トラヴィス:全然たいした事なかったんだ。俺はもうすっかり回復したよ。新聞は大げさに書き立てるから。ホンのちょっとの怪我でもね。/ベッツィ:トラヴィス...私は−(車を下りる)いくらかしら?/トラヴィス:ではまた(So long)
トラヴィスのファシズム運動は始まったばかりだが、「ベッツィ=既成政治家=エスタブリッシュメント」はすでにその力に屈しようとしている。
しかしトラヴィスは、そんなベッツイを優越感を含んで、突き放すように別れを告げる・・・・・・・・
このトラヴィスが言う別れの英語、”So Long”とは、再び会うことを予期している別れ言葉だと言う。
トラヴィスは知ってしまったのだ、暴力によって世界を支配できると・・・・
世間にはそれを賞賛する者がいて、その勢力の支持を得られれば「既成政治家=エスタブリッシュメント」など、黙っていてもまた擦り寄ってくると・・・・・・
トラヴィスは最後にバックミラーを覗く。
それは、暴力を社会変革の道具とした己に魅せらせた、信奉者の姿を確認する視線だった。
彼は、走り去る自分から目を離せないベッツィの姿に、自らの方法論の正しさを確信したはずだ。
世界にフラストレーションが溜まり、経済的な不況下に向かう時、トラヴィスは世界中に姿を表すはずだ。
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ありがとうございます(^^)昔はベトナム帰還兵の狂気の物語かと思っていたんですが、見直したらこんな解釈になりましたm(__)m
ありがとうございます(^^)イッチャッってるデニーロ鬼気迫るものがありますね〜
なんでトランプの話になる?
コメントありがとうございます(^^)
個人的にはこういう解釈になりました。
トランプの話になったのは、トランプ支持者がこのトラビスのような性向を持っているように感じたからですm(__)m