評価:★★★★ 4.0点
この映画は、新たな時代劇の形、もっと言えば新たな劇空間の地平を切り開いた、ある種のパイオニア作品として、映画史に残すべきとすら思います。
<武士の家計簿・あらすじ>
代々加賀藩の財政の御用を勤めてきた御算用侍(経理・会計係)の猪山家。江戸末期になり、八代目の直之(堺雅人)は、ただひたすらそろばんを弾き、数字の帳尻を合わせて毎日を暮らしている。彼は、町同心・西永与三八(西村雅彦)の娘お駒(仲間由紀恵)と結婚し家庭を持った。しかし直之が御蔵米の勘定役となった時、帳簿上の齟齬を見つけ、米の横流しがある事に気付く。藩内で横領をしていた一派が断罪され、直之は異例の昇進を果たす。武家社会は身分が上がれば出費が増え、猪山家の財政は逼迫していく。父・信行(中村雅俊)は江戸で膨大な借金がすでにあり、母・お松(松坂慶子)は着道楽だった。直之は猪山家の“家計改善計画”を断行。売れるものは全て売り、お家を潰す恥を回避すべく、家族は一丸となって借金返済のため、直之の指導の下倹約生活が家計簿に記される。直之は息子・直吉も御算用者として、4歳にして家計簿をつけるよう命じ、そろばんで子の額を割るほどスパルタで鍛えていく。しかし、時は幕末に移り直吉(伊藤祐輝)は、御算用侍が激動の時代に意味があるのかと父と反抗しつつも、時代の中心地・京都の加賀藩邸に向かうのだった・・・・・
(日本/2010年/129分/監督・森田芳光/脚本・柏田道夫/原作・磯田道史)
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武士の家計簿・感想
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武士の家計簿・感想
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時代劇の新しい地平と言えば、大げさに聞こえるかもしれませんが、それくらいユニークな物語になっていると思いました。
逆に言えば、過去の時代劇の「見せ場・快感」を期待して見ると、肩透かしを食らうかもしれません。
この映画は日本史歴史学者、磯田 道史著の『武士の家計簿〜 「加賀藩御算用者」の幕末維新』という歴史教養書を脚色しています。
内容は"猪山家に残された約37年間の家計簿を元に仔細に書き残された収入、支出の項目から武士の暮らし、習俗、とくに武士身分であることによって生じる祝儀交際費などの「身分費用」に関する項目や、江戸末期の藩の統治システムが実証的、具体的に描かれている。"(Wikipediaより)ということです。
そんな原作だけに、歴史的事実の研究事例を組み合わせてドラマとしたこの映画は、元が加賀藩の会計担当者の日常を描いたものだけに、刀を抜いての戦いや、劇的な苦悩や、封建社会の矛盾などという、激しい対立や対決を持った映画ではありません。
映画の終わり30分程は、幕末の時代の変転に対して語られますが、戦闘シーンは一切でてきません。
ここで描かれたのは歴史の激動ではなく、
家庭の不協和音の原因としての時代の変化
でしかありません。
むしろ今までの「時代劇」が描いてきた、激しいドラマを否定するかのように、日常の平安な生活感に満ち満ちており、まるでぬるま湯に漬かってうたた寝をしているような映画です。
しかし、この日々の淡々として積み重なる日々の集積こそが、歴史というものを築いてきたのだという、至極当たり前のことを教えてくれる物語です。
なるほど、今も昔も平凡で変わり映えのしない日々こそが、人が生きる時間というものの本質だと気づかせてくれます。
そして、静かな日々の中に職場や家庭で大小のイザコザや衝突が生じて、泣いたり怒ったりするのも、その大小の波がまた元の静けさに帰っていくのも、現代と変わらぬ人の営みでしょう。
考えてみれば人々は何時の世も、平和な日を、平穏無事を、家内安全を願って、生きるのです。
だとすれば、過去の時代劇で描かれた激しいドラマは、有り得ないほどの異常事態を描いてきたのだとも言えるでしょう。
歴史の中を圧倒的に占めて来たであろう時間が、どちらの時間であったかは明確だろうと思うのです。
そういう意味で、この映画には「歴史の真実の時」が定着されています。
蛇足ながら、この映画を撮った森田芳光監督は、この歴史の平凡こそが「歴史劇=時代劇」の本質であると語る、理由があったのでは無いかと個人的に邪推しています。
森田監督が初めて撮った時代劇は「椿三十郎」で、黒沢監督のリメイクでしたが、評価的にも興行的にも失敗と見なされるものでした。
その作品は、まるで「クロサワ映画」のイミテーションで、そこに森田監督の個性や主張を見出せないものでした。
このことは、アクションを描いた作品がない森田監督の資質という問題も有るでしょうが、それ以上に監督自身が活劇を描く必然を、現代に見出せなかった事に原因があったのでは無いかと思うのです。
何故なら過去の森田作品では、原作の世界を現代社会にあわせて大胆に改変しています。
大胆な解釈の変更が見られる例「失楽園」
当ブログのレビュー:
『失楽園』過激ベッドシーンの不倫映画のワケを解説してみる
そう考えた時、森田芳光監督は黒澤監督の戦後の荒々しい時代に生まれた「椿三十郎」の激しい殺陣の必然を、現代社会の中に見出せず、途方に暮れたのではないかと想像するのです。
その必然を求めて、時代劇に再度対峙したとき生まれた作品こそ、この映画だったように思います。
平和な日常を描いた時代劇こそ、この平成で求められるドラマだという森田監督の答えではないでしょうか。
つまりは、禄を得るために親から伝えられた家職を淡々とこなすのが江戸期の武士であり、それは今のサラリーマンと同じように将来の安定を第一に考えた実直な人生だったのです。
つまりは、現代サラリーマン、特に経理畑の方ならなおさら、とても共感できる日々の常態が描かれたこの作品こそ、平和な時代の時代劇として価値が有るように思います。
またこの映画のあと『武士の献立』や『利息でござる』などの、「平和な時代劇」というべきジャンルが成立し、時代劇の可能性を広げる一本となったと思います。
作家という人々は自らの個性に向き合えば、どんなジャンルにおいても、その個性を反映した作品を作り出しえるのだという証明となる一本だろうと思います。
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以降「ネタバレ」と「ラスト」を含みますので、ご注意下さい。
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父に反抗した息子・直吉も、父祖代々の家職である加賀藩御算用者としての技能を持って、加賀藩の京都出兵に参加します。
そして大政奉還後の鳥羽伏見以後の戦いで、その高い計算能力は時の官軍を率いた大村益次郎をして、君の能力は兵隊1万人に匹敵すると言わしめます。
大村 益次郎(おおむら ますじろう、 文政8年5月3日(1824年5月30日) - 明治2年11月5日(1869年12月7日)は、幕末期の長州藩の医師、西洋学者、兵学者である。維新の十傑の一人に数えられる。長州征討と戊辰戦争で長州藩兵を指揮し、勝利の立役者となった。太政官制において軍務を統括した兵部省における初代の大輔(次官)を務め、事実上の日本陸軍の創始者、あるいは陸軍建設の祖と見なされることも多い。(wikipediaより)
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武士の家計簿・ラストシーン
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武士の家計簿・ラストシーン
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この映画の最後は、明治の世になり海軍の主計官として立身出生した息子が、父を背負って歩む姿がえがかれます。
ここには、一時親子の間に断絶があったとしても、実際子供が社会に出て行ったときに、父の苦労や仕事の価値を理解し、相互理解が生まれる姿が描かれているように思います・・・・・
そして、直吉の息子達も父と同様海軍に入ったという後日談が語られます。
こんな風に親から子に、何かが引き継がれることを伝統と言うのでしょう・・・・
こんな平凡な家庭が幾千、幾万集まって、泣いたり笑ったりしながら歴史を織り成して来たのだと、しみじみと思う、そんなラストです・・・・・・
因みに明治の代で直吉、長じて猪山成之は、兵部省会計少佑海軍掛を経て大日本帝国海軍の主計官となり、海軍主計大監(大佐相当官)まで昇進して、呉鎮守府会計監督部長を最後に、1893年(明治26年)に予備役となっている。1920年(大正9年)没。
尚、東京・九段の靖国神社に立つ「大村益次郎」像の建立に力があったのは、加賀前田家の「猪山成之(しげゆき)」だった。(原作本より/右写真:猪山成之)
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ありがとうございます(^^)地味ながら、武士の日常が現代に通じるものがあるとわかる映画ですm(__)m
ありがとうございます(^^)勤め人、子を持つ親であれば、相当気持ちが揺り動かされるかと思います、よろしければ・・・・m(__)m