評価:★★★ 3.0点
この映画は、幕末の新撰組を舞台にした、下級武士の悲劇の物語だ。
この映画は今も昔も変わらない、貧困は人をこうも苦労させるのだと語られているのだが・・・・・・
<壬生義士伝あらすじ>
東京の明治三十二年冬の晩、大野医院に元新撰組隊士、今は老人となった斎藤一(佐藤浩一)が、孫の診察のため訪れる。病院に新選組の隊士・吉村貫一郎の写真を発見する。南部藩下級武士出身の貫一郎(中井喜一)は、朴訥な人柄ながら剣の達人だったが、反面、命を惜しみ、金銭に汚かった。故郷南部に赤貧に喘ぐ家族を養うため、脱藩し新選組に入隊したからだ。斎藤はそんな貫一郎を嫌ったが、新撰組の反乱騒ぎの際「義」を通す姿を見て一目置くところもあった。時代は大政奉還を迎え、賊軍となった新選組は官軍に追われる。貫一郎は新撰組として最後まで戦うが、傷つき南部藩、大阪蔵屋敷に逃げ込む。そこには幼なじみの家老・大野次郎右衛門(三宅裕二)が居り、藩を守るため貫一郎に非情な言葉を掛けるのだった・・・・・
(日本/2002年/137分/監督・滝田洋二郎/脚本・中島丈博/原作・浅田次郎:『壬生義士伝』)
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壬生義士伝感想
この映画は『2004年・第27回日本アカデミー賞』最優秀作品賞など数々の高い評価を受けた作品です**但し、以下の文章には個人的な印象に基ずく、この作品に対する良くない評価が書かれています。ご注意ください。**
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実はハリウッドの映画界というのは、ほぼ完璧な分業制で、それぞれの役割分担が契約書で明確に規定されるという。
しかも、映画のビッグビジネス化を背景にコケたときの保障を保険会社が担うことになり、今やハリウッド映画を支配しているのは、保険会社だという。
保険会社が、資金に見合う収益を上げられないと判断すれば、監督、脚本は言うに及ばず、ビッグスターですら更迭する権限を持つというから驚く。
こんな話をしたのは、そんなハリウッドの異常さを言いたいからではなく、実はその制度によって必然的に客観的な眼が映画作品に対して注がれることの利点を語りたいと思ったからだ。
つまりは、保険会社を筆頭に、徹底したマーケッティングにより、それこそシーンごとに観客にどちらがいいかとお伺いを立てる位の徹底振りだという。
その結果、映画としての基礎的なクオリティーを、ハリウッド映画は確保するのだ。
そんなハリウッドの映画製作は、作る方には不自由極まりないだろうが、反面、観客に対してはサービス精神に満ちているとは思うのだ。
さて、この映画って「壬生義士伝」の話ですが・・・
実は、そんな客観的な基礎確認を行うべき部門が、日本映画のシステムとして保持しえているのかと問いたいというのが、この文章の目的なのでした。
この映画、個人的には、最後の中井の一人芝居が長〜〜〜〜〜〜〜いと感じた。
映画的な構造としてみても、ここまで(時間にして35分)延々と泣かせようとするシーンを描くのは、映画全体のバランスを崩すと言わざるを得ない。
この映画前半を反映しての、クライマックスとしては不均衡な表現であるがゆえに、一定数の観客は同様の感慨を抱くはずであり、それは映画として勿体無いと感じる。
そもそも作り手とは、しばしば作品をよくしようとして「情緒過多」になるものだ。
その代表が「ディレクターズ・カット」の映画であり、「オリジナルカット」よりツマラなくなってしまうのは、映画ドラマの持つエモーションを、監督が主観的に裁断するがゆえに客観的に判断できていないからだろう。
この映画に在る過剰さも、作り手側の情感=「主観」が観客の求める情感=「客観」以上に、表出された結果だと感じる。
それであればこそ、ハリウッド的な客観化の過程を経ることは、決して無駄な事だと思わない。
特に日本の映画制作費は比較的安価だ。たとえば、日本映画の一本の平均制作費6億は、アメリカのTVドラマ一本分の最低金額だという。
それは映画専門家ではないシロートであっても安易に映画を作れる状況を作り出し、それこそ映画と呼べないような映画が粗製乱造される傾向を生んでいまいか。
お笑い芸人で映画を作ろうと言う、あなた!あなたの事です!!
だからこそ業界を守る意味でも、ぜひとも映画産業界としてチェックしてもらいたいものだと思う。
と言うのが映画製作作業上のナンクセです。
スタートから迫力ある剣戟で、期待は高まる。人情話も上手くできているのだが・・・・
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これ以降
壬生義士伝ネタバレ
壬生義士伝ラスト
を書いています。ご注意下さい========================================================
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ま〜〜〜〜〜だ終わらない。
さて、ここからは物語に対するイチャモンだ。
この映画の最後で、主人公の貫一郎は官軍に引き渡されることなく、南部藩の温情により故郷を想いながら切腹させて貰う。
当時の武士であれば、この賊軍として刑死(斬首)されてしかるべき状況で、旧友の
家老の仕置きとは、真に情愛に満ちた処置
だと感得されたはずである。
なぜなら当時の切腹とは、武士にとっては罰ではないのである。
それは、往々にして強制であるにしても、基本は自らを自発的に裁く結果、死を持って社会に対して償うべきだと自ら判断し、実行される行為であったのだ。
だからこそ、自ら死を選ぶその精神力に対し、その心映え潔さを賞賛し、名誉の死と捉えられたのである。
その配慮に対して、感謝し潔く腹を切るのが武士であり、その死に対して延々と泣き言を披瀝する姿は武士にあるまじき行為であると感じられてならない。
因みに言えば、新撰組総長・近藤勇の最後は斬首であった。
その死を切腹とするか斬首とするかで土佐藩と薩摩藩でもめたというのも、上の事情を反映したものだ。
薩摩藩は一軍の将を斬首するのは武士として忍びないとしたのに対し、土佐藩の谷干城は近藤は賊であり斬首以外無いと主張し押し通した。一説には土佐の坂本竜馬と中岡慎太郎を暗殺したのが新撰組だと、谷および土佐藩は信じていたための意趣返しだと言う。
つまり当時の武士にとって、この映画で描かれた切腹の前の命惜しみは、過剰な心情の吐露であり、脆弱に過ぎると思わざるを得ない。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」というように、いつでも死を迎える準備を常日頃の鍛錬によって培う者こそ武士だったはずだ。
その違和感は、幕末という動乱を生きていた他の武士を想起したとき、更に深まる。
そういう意味では、この映画に描かれた中井貴一演ずる貫一郎は、武士にあるまじき人格であると個人的には感じた。
更に言えば、この映画に描かれた主人公が、本当に義士なのかという疑問である。
自分の家族を食わせる為に、新撰組と言う政治結社の色を持つ戦闘組織に身を投じる事が、「義」であり得るのかと問いたい。
新撰組の「義」とは、幕府という当時の政治権力を強化し、徳川中心の近代国家として、諸外国の圧力に対抗しようという主張に則っている。
それは明治維新を成した「薩摩・長州」の、国を崩壊させかねない荒療治に較べて、ずって混乱が少ない方法だったろう。
そんな新撰組の、日本幕末期の社会治安維持という「義」を、この主人公は真実持っていただろうか。
その「義=公」があってこその、殺人であり、暴力の行使であるのは、現代社会の警察官や軍人にも共通の公倫理であるはずだ。
これを「不義」と表現せず、なんと呼べば良いだろうか。
総じてこの映画の主人公の描写は、当時の幕末志士、武士達の姿を、現代的な小市民に矮小化しすぎているように感じる。
それゆえ個人的には、この「不義士」の最後に対して同情を持ち得なかった。
結局この映画は、制作上は最後の一人芝居に表現された、作り手側の情感という「私」が観客が要求する「公」以上に表出されたことで映画のバランスを崩し、更にドラマとしては武士という「公」を生きた者達を、平成的な「私」の姿を基準に描いたがゆえに、さらに不均衡な歪みを生じたと感じる。
つまりはこの映画で表されたのは、「私」というものが優先されれば、「公」の意識は比例して希薄になるということだったように思う。
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ありがとうございます(^^)見なくてもヨロシイかと・・・・
ちょっと、遣り過ぎ感がありますm(__)m
ありがとうございます(^^)ほんとに、最後の40分以外は、良いカンジですが・・・・・う〜ん、ちょっと泣かせようとしすぎかと思いますm(__)m
当時の忠・孝・義は根本にありつつも家族を守る為に自分を恥じながら自信の義を通そうとする。
ただ、自己中心的なだけなら最後の鳥羽・伏見の戦いで逃げるはずなんですよね。
歴史を語る映画ではなく、吉村の生き方と自身の中での「義」について苦悩する心情を語るに最後の40分はやはりあってよかったでしょう
コメントありがとうございます。m(_ _)m
40分でも持ちました?
もしかすると、TVで見ていたので映画館だと違うかもしれません・・・・・