2016年08月19日

『リトル・ダンサー』『フラ・ガール』英・日ダンス映画のみた夢比較/あらすじ・感想・解説・ダンス映画紹介

「ダンス」この映画的なモノ




「フラ・ガール」評価:★★★★   4.0点
「リトル・ダンサー」評価:★★★★   4.0点

この2本の映画を見てみれば、本当に似ているのに驚くに違いない。
「フラ・ガール」は 2006年公開で「リトル・ダンサー」は 2000年だからといって、パクったとかパクられたとかを語るのが目的ではない。
両方とも間違いなく良作だったから、有難く鑑賞させて頂いた。

そしてよくよく見れば浮かび上がる、この映画に見られる差異こそが重要であるように思う。
この文章はその差異を語る為に書いている。

リトル・ダンサーあらすじ
1984年イングランド北部の炭坑町は閉山間際で炭鉱夫はストを決行していた。父(ゲアリー・ルイス)と兄トニー(ジェイミー・ドラヴェン)と暮らす主人公ビリー(ジェイミー・ベル)。彼はボクシング教室に通っているが、偶然目にしたバレエ教室に強く惹かれる。そしてバレエ教師ウィルキンソン夫人(ジュリー・ウォルターズ)から、女の子たちに混じってレッスンを受け始める。ウィルキンソン先生はビリーに才能を見出し、熱心に彼を教える。しかし、家族の金をバレエに使っていたため、父は激怒しバレエを止めろと迫る。しかし、ビリーが踊っている姿を見て、息子の真剣な想いに父の気持ちも動かされる。彼はビリーをロンドンの名門、ロイヤル・バレエ学校に入学させる決心をし、炭鉱夫仲間を裏切ってでも入学金を工面しようとするが・・・・・(2000年・イギリス・スティーヴン・ダルドリー監督)



フラ・ガールあらすじ
昭和40年、福島県いわき市の炭鉱町は石炭需要の減少から、不況に喘いでおり閉山が相次いでいる。この危機を救うために炭鉱会社が構想したのが、レジャー施設「常磐ハワイアンセンター」だった。女子高生の早苗(徳永えり)はフラ・ダンサーに応募する事を決め、紀美子(蒼井優)を誘う。紀美子の母・千代(富司純子)も兄・洋二朗(豊川悦司)も、炭鉱で働き、亡父は落盤事故でこの世を去った。千代や町の住人達は、閉山に向けての会社側の陰謀だとして「常磐ハワイアンセンター」を作る話に大反対でいる。しかし会社は
東京からSKD(松竹歌劇団)で踊っていたダンサー平山まどか(松雪泰子)を、フラダンスの教師として招聘する。まどかは母親の借金を背負い、しかたなくこの田舎町にやって来た。しかし紀美子たちの熱意は、平山を本気にさせ、それぞれの家族の心を動かし、ついに「常磐ハワイアンセンター」の初日を迎える。(2006年・日本・李相日監督/第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第1位/第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品)




とはいうものの、こうしてあらすじを見てみれば、改めてこの2本に共通項の多さに気付かざるを得ない。
ざっくり言えば、落ち目の炭鉱町で今後どう生きるかという話であり、そして2本の映画の主人公ともダンスで生きることを志す。
この主人公達の、強い意志に感動する。
そして二人とも、親や家族の反対を押し切ってでも踊り続け、最後には周囲も祝福するという、スポコン物語のカタルシスを間違いなく味あわせてくれる。

この主人公達の、不幸な境遇による鬱屈の描き方が暗くていい。
この負の状態が、見る者の心に沁みて暗く辛いという状況に共感を呼べばこそ、ダンスのシーンにおけるハレが燦然と輝くという図式である。


そんなこの物語の基本構造を可能にしているのが、貧しい労働者に属しているという設定だ。
炭鉱という時代遅れの仕事で低賃金で働いていても、体を張って生きる者の矜持を強く持っている登場人物に感動する。
困窮の度合いに比例して、人はプライドを育むのかとも思う。
その労働者達の誇りを、ダンスに昇華させるからこそ見る者の心を打つのだ。

しかしこの2本の映画の差異は、この労働者の描き方にこそ見出せると思った。

「リトルダンサー」の労働者達は、基本的には欧州階級社会の反映として、先祖代々未来永劫において労働者だといっていい。実際「労働者階級」というその階級を、飛び越える事は基本的には難しいのが現実だ。Billy Elliot.png

それゆえ、この映画における親達の反対というのは「労働者階級」の男が、チャラチャラ踊るなんてありえないという怒りだ。
労働者階級の男達は汗水たらして労働する事が運命なのだから、それ以外の無駄な夢を見るなという親心でもある。
しかし、主人公の少年は「夢」を見たのだ。
そして「階級」を飛び越える可能性に賭けた。
それが「バレエ」なのである。
それゆえ、この少年の「バレエ」とは、自分を育んだ場所を離脱する象徴である。
だからこの少年は「バレエ」の選択が、そのまま家族との離別を同時に意味することとなる。
いずれにしても、英国労働者階級という引力圏を脱するには、「労働者階級の少年とバレエ」という組み合わせほどに、異常な力や場を必要とするということかもしれない。
そう思えば奇跡のダンスであったかもしれない。

対する「フラガール」の労働者とは階級というよりは、日本社会の反映であったろう。Furagirl.pngこの映画のような肉体労働従事者は戦後すぐには7〜8割にも上った。
しかし徐々に産業構造が変化していく中で、その比率は年々下がっていく。
第二次世界大戦前に在った階級制度が消滅した日本人は、戦後は共通の夢をもち全国民が同じ方向に進んだのだ。

つまりは、この映画における労働者達とは、そのまま戦後日本人の肖像なのである。

当時の日本人が、高度成長期の中で未来に向かって進む姿を、この映画はフラ・ダンスに仮託したものだったろう。この主人公の母親が、汗水たらさない労働があってもいいという時、それは当時の日本人全体の意識を象徴する言葉として響く。
つらい農作業、肉体労働など止められるものなら止めて、楽しくて華やかな世界を目指そうという意思表明である。

そういう意味でこのダンスは、敗戦の廃墟から立ち上がり、さらに飛び立とうとする「日本人の夢」であったろう。

そう考えたとき、同じダンスを描きながら個人の自立を目標とする「リトルダンサー」と、共同体の夢を描いた「フラガール」が似て非なるもので有ることが判る。

さらに言えば、西洋文明における幸福とは、個としての自己実現であり、日本における幸福が共同幻想の中に有ることを示しているのかとも思うのである。

ま〜それはそれとして「ダンス」って映画的な素材だな〜っと思いました。


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posted by ヒラヒ・S at 18:08| Comment(4) | TrackBack(0) | イギリス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おお!ダンスダンスダンスですな〜( ̄▽ ̄)かなり前ですけど皆観てます(良かった💦)打ち震える感動ものですよね!フットルースも観てます♪ただただトラボルタさんの変化が何とも💦時って残酷です。
好きな事するのが一番だと。
Posted by ともちん at 2016年08月19日 19:11
>ともちんさん
ありがとうございます。(⌒‐⌒)
個人的にはクリストファー・ウォーケンのまったり感が、好きです(///∇///)
Posted by ヒラヒ・S at 2016年08月19日 20:25
おおっ!またまたブログ改造しましたね!
日々進化して凄いです。こっちは快速化に挑戦していますが・・
難しい・・(-_-;)

ダンス映画も色々ありますね。
Posted by いごっそ612 at 2016年08月20日 16:41
>いごっそ612さん
ど〜もありがとうございます。
進歩なんでしょうか・・・見づらくしているんじゃないかと、心配ですm(__)mいごっそうさん目指して、少しずつ・・・ヨロシクお願い致します(^^)
Posted by ヒラヒ・S at 2016年08月20日 21:09
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