2016年08月06日

映画『招かれざる客』愛は人種差別を乗り越える!/あらすじ・感想・解説・人種差別歴史

若く、ハンサムで、医学博士で、国連の仕事を任されるぐらい有能で、性格も良い。
当然のごとくリッチで、社交力もあるし、そのうえ好きな相手を一生涯愛すると誓う誠実さを持っている。
外国暮らしが長いから日本語以外にも10か国語を完璧に操る。
何せあなたを愛しているのだ、貴方が住みたいところだったら、ロッポンギヒルズだって思いのままだ。
両親の同居、親御さんの介護、彼の答えはノープロブレム、愛は強い。
宝石、世界一周、何でも思いのまま。だって彼は君を愛しているもの
モチロン家事炊事洗濯だって、黙ってたってしちゃうよ。
つまりは、完璧な相手なのだ。

そんな若者が、あなたと真剣に恋に落ちて、ついには"ウイル・ユー・マリー・ミー"のプロポーズ

さ〜あなたは、この求婚を受けるだろうか?
この、プロポーズ成功率は、90%は固いんじゃ無いだろうか?

結婚指輪.jpg

しかし、その相手が黒人だったらどうだろう?
心の中に躊躇するものが無いだろうか?
今日紹介する映画はそんな映画だ。


『招かれざる客』 評価:★★★★   4.0点


招かれざる客あらすじ
サンフランシスコ空港で、黒人青年と白人女性が飛行機から降りてきた。青年はジョン(シドニー・ポワチエ)とう将来を嘱望される世界的な医師。女性の名はジョーイ・ドレイトン(キャサリン・ホートン)。2人はハワイで知り合い、結婚の約束をした。そこでジョーイはジョンを連れ、自分の両親から結婚の許しを得るために帰ってきたのだ。ジョーイの母クリスティ(キャサリン・ヘップバーン)は、娘の相手が黒人であることを知り、驚き狼狽する。
しかし、娘の喜びを見ているうちに、認めてやるのが娘の幸せだと思うようになる。
しかし、父のマット(スペンサー・トレイシー)は新聞社を経営し、進歩的な考えを持っていても、反対した。また、ジョンに会いに来たジョンの両親も驚き反対し、特にジョンの父親が強硬に反対する。
ジョンは、両親の賛成がなければ結婚しないと決めている・・・・ジョンとジョーイは、果たして結婚できるだろうか。


再度冒頭の設問に戻ろう。
理想的な彼氏が、あなたにプロポーズ・・・・しかしその相手は黒人だった。
さ〜私としては、良識有る進歩的な人々が多く住む日本であり日本人だと信じている。
だから、こんな理想的な相手であれば、8割〜9割が「YES」と答えると信じている。
しかし、ここにまた別の社会的な条件が加わるとしたらどうだろう・・・
それは社会全体が、特定の人種に対して偏見を持っているという環境下に有って尚、結婚ができるかという問いである。
この映画は、1967年公開の映画だ。
50年前のアメリカ合衆国が舞台である。
正直言って、私が当時の黒人だとしたら、とても白人女性とは結婚できないと思う。


その点を理解していただく為に、アフリカから奴隷として連れてこられたアフリカ系アメリカ人達の歴史をまとめてみた。(面倒なら読み飛ばして下さい)
Slave.jpg彼らアフリカ系アメリカ人のルーツは、奴隷として始まる。彼らは白人の私有財産として生殺与奪の権を握られ、女奴隷は過酷な労働の他に性的欲望の「はけ口」と、更に奴隷を増やすために犯された。男は死ぬまで過酷な労働を強いられ、少しでも反抗すれば見せしめのために縛り首となった。また、逃亡できないように体に焼き鏝の烙印を押されたり、足の親指を切り取られたりしたと言う。
それは1851年に下されたアメリカの最高裁判所の判決「黒人奴隷ならびにその子孫は所有者の財産であって合衆国の市民ではない。劣等人種であるかれらは白人と同等の権利をもつことはできない」と宣言されたことでも明らかにように、人種に優劣があるという誤った人種論に基づいていた。

“アメリカ独立宣言”の起草者ジェファーソンですら、大奴隷主であり、奴隷増殖のために自ら奴隷との間に子供をつくり、その子供たちを自分の奴隷にしていったし、そんなことの繰り返しによってアメリカに住む黒人はぼ100%に近く白人との混血なのだ。

1857年にはリンカーンによる奴隷解放宣言が成され、この映画の1967年当時までには一世紀以上の時を経ている。しかし奴隷解放宣言からが、黒人達の更なる地獄が始まったのだ。
それまでは、白人も黒人も共通認識として、白人が優れていて黒人は劣った存在だと考えており、その常識下では黒人が白人に黙って従っていさえすれば波風は立たなかったのである。
ところが、黒人も白人と同じ人間だと言われた時に、アメリカ特に南部の白人の心に、黒人に対する差別が生まれたのだ。
つまり、奴隷制の元では支配と従属が制度として揺るがなかった。ところが奴隷制が無くなれば、今までの支配と従属を別の形で具体化せねば白人達が許せなかったのである。
それは、「黒人と言う劣等人種と自分達が同列にあることを認めない」という、白人側の優位性の確認作業だったろう。

kukluxklanそのため人種差別の法制化である「ジム・クロウ法」によって、交通機関、トイレ、学校や図書館などの公共機関、さらにホテルやレストラン、バーやスケート場でも、白人が有色人種すべてを分離することが合法となり、更に州によっては黒人と白人の結婚認めない法律があったり、黒人の投票権を制限したり、住宅を制限する法律もあった。

また法によらない支配として、クー・クラックス・クラン(KKK)などの白人至上主義団体が黒人に対してリンチ行為をしたり、黒人の営む商店や店舗、住居への放火があり、これらの犯罪は地元警察による不当逮捕や裁判所などによる冤罪判決などによって、白人達の黒人支配を助長したのだ。
こんな不当な扱いに対して、黒人達も、命懸けで自分達の権利を主張するようになる(公民権運動)。1955年のアラバマ州モントゴメリーで、黒人女性がバスの「白人専用及び優先座席」に座った事件から始まり、それは黒人立ち入り禁止の場所で座り込む「シット・イン」と言う形で広まった。sit in.jpg
この運動の中で多くの黒人が傷つき、州兵やアメリカ陸軍が投入されるなど社会的混乱も生じたが、その運動は人種差別や人種隔離の撤廃を求める20万人以上の参加者を集めた1963年の「ワシントン大行進」につながる。

そして、ついに1964年の公民権法制定により、法律上平等な地位を獲得する・・・・・


お疲れ様でした。
読んでる皆さんも疲れたろうが、書いてるこちらもくたびれた。

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で、ようやく、この映画の時点に追いついたわけだが1964年「公民権法制定」の3年後がどういう状況だったかと言えば、公民権法制定後の1965年3月7日には、アラバマ州で「血の日曜日事件」と呼ばれる白人警官による黒人公民権運動家への流血事件が発生し、クー・クラックス・クランの黒人に対するリンチや暴行、放火などが更に激化した。
一方、黒人側もそんな白人の暴力に対して、1968年4月4日の黒人公民権運動家キング牧師の暗殺により、それまでの非暴力主義から、暴力を含む非合法的な手段も辞さないマルコムXなどの過激な運動へと変化していく。

つまり、この1967年当時とは、黒人と白人の間で内戦が始まるのではないかとさえ、言われていた不穏な時期なのだ。

これで、私が当時の黒人だとしたら、とても白人女性とは結婚できないと思うという意味が、分かっていただけるだろうか。

guesswhoscomingtodinner88sss.jpgつまりに関わるのである。
自分だけではなく、愛する妻、また自分達の家族、下手をすれば友人ですら襲われるかもしれない。
そんな危険を犯せるだろうか。


この映画は、実はファンタジーなのだ。
公民権に対する理想を謳った作品だと感じる。
しかも、ここで語られているのはリベラル(進歩的)な白人側から見た、差別問題でしかない。
この映画を、当時の黒人側から描いたとすれば、それこそ白人の妻を持つ黒人と言うだけで、リンチにおびえ、命を喪う恐怖におびえることになる。
それでも白人女性を愛せざるを得ない苦悩の物語か、あえて差別と戦う血まみれの作品となるだろう。
更に言えば、この映画で「二人の子供の時代には社会は変わっている」と語っているが、逆に言えばこの社会情勢で黒人と白人の間に生まれた子供の苦労を考えれば、簡単に整理が付く問題ではないだろう・・・・

ho-ton.jpgつまり、この映画でこの黒人青年と白人娘とが恋に堕ちる事自体が相当非現実的な状況であり、更に言えばこの娘の好きだから結婚する何が悪いの?という単純さは、あまりにも世間知らずで、周りで日々報道されている黒人と白人との戦いをまるで関知していないというのは、むしろ嘘を通り越して驚きだ。

つまり、この白人娘の有り得ない「人種差別問題に関する無関心」を導入しなければ、この物語が成立しなかったと言う事実こそ、いかに不可能な理想であったかを証明しているのだろう。


しかし、その「理想」の非現実性を、シドニー・ポワチエキャサリン・ヘップバーンスペンサー・トレイシーの演技によってリアリティーを生んでいるのが、この映画の素晴らしいところだ。

guesswhoscomingtodinner85sss.jpg特に、キャサリン・ヘップバーンには圧倒される。
娘の結婚相手が黒人だと悟ってから、ず〜っと眼が潤んでいるのだ。
彼女は、明らかに娘の運命の過酷さ、そして更には黒人に対する白人としての無意識の忌避感を、その潤んだ眼で語っていたはずだ。

それでも尚、二人の結婚を祝福する姿に、アメリカのリベラルな白人の、感情的な矛盾を理性で乗り越える崇高な姿を見る。

彼女の演技によって、始めてこの映画は、綿アメのような甘い理想ではなく、苦い現実を知りつつ理想を目指すと言う、リアリティーと説得力を得ることが出来たのだと信じる。

guesswhoscomingtodinner98ss (1).jpg更に言えば、キャサリン・ヘップバーンとスペンサー・トレイシーは実質夫婦だった。
この映画がスペンサー・トレイシーの遺作となったが、彼はカトリック教徒であり、カトリックは離婚を認めていないので最後まで妻と離婚しなかった。
そんな古風な倫理観を持つ父親というイメージが、この作品のテーマとマッチしていると感じた。
また、そんな夫を説得する妻の姿にも、現実世界が映り込み説得力を増していると思った。

さあ、しつこいようだが再度尋ねよう。
ほぼ理想的な男性から、結婚を申し込まれた。
その男性は黒人だった。
貴方がいる社会で、黒人は差別され、もし結婚したとしたら命の危険すらないかもしれない。
さあ、その障害を越えてでも、あなたは愛する相手と生涯を共に出来るだろうか・・・・・・


もしできるならば、私は心の底からあなたを尊敬する。
ことほどさように、差別問題とは困難な戦いを強いられる、持久戦なのだ。
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さらに、もし、私に子供がいて黒人の男性と結婚したいと言ったなら、私はどうするだろう?
少なくとも2日間は日本において黒人と結婚したときの問題点や、子供が学校や社会でどう差別されるかを必死に説明し、本当に覚悟があるかを確認するだろう。

それでも気持ちが変わらないのであれば、私はその結婚を祝福し彼等夫婦とその生まれてくる孫のために、できうる限り擁護し続けるだろう。

そんな彼らの勇気と決意によって、世界の強固な差別の壁が崩されてきたのだ!




posted by ヒラヒ・S at 23:10| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!アカデミー賞でも黒人の受賞でハル・ベリーさんが話題になりましたよね。黒人の女優が勝つのは珍しい事自体おかしいはずですね。黒人と日本人が結婚する場合今の時代けっこうハードルも低いかな?どうなんでしょうね。肌の色って何なんでしょうか。
Posted by ともちん at 2016年08月06日 23:42
>ともちんさん
ありがとうございます。長くてスミマセン。
黒人と日本人が結婚には(日本の外人は圧倒的に少数なので表面化していませんが)実は相当差別されることは間違いないだろうと思います。
たとえば、黒人のハーフの子が企業の営業職に就職できるでしょうか?
そんな社会の不公平な現実を認識した上で、外人さんと結婚するのであれば、賞賛し応援したいと思います。(マジメか)
Posted by ヒラヒ・S at 2016年08月07日 00:43
今また白人警官の黒人射殺が多くなっていて、緊張高まっていますね。差別はまだまだあるようですね・・差別のない世の中になって欲しいものです。

しかし、レビュアンさんの知識半端ないな〜凄い!
Posted by いごっそ612 at 2016年08月07日 14:11
>いごっそ612さん
ありがとうございます。
人種問題は奥が深いですね・・・・・
しかし、記事内容はコピペばっかりです( ̄0 ̄;
知ったかぶりしすぎないよう、映画から脱線しないよう、戒めている積もりでも、読む人には邪魔な文章があるのではないかと気になります(>_<)
Posted by ヒラヒ・S at 2016年08月07日 14:48
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