2016年07月28日

映画『グラン・トリノ』アメリカ移民と西部劇の魂/感想・あらすじ・解説・意味

反人種差別




評価:★★★★★  5.0点
「フーリッシュ・ポーリッシュ=馬鹿なポーランド人」という言葉を聞いたのは、古い映画『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』の中でだった。
その映画のミッキー・ローク演じる主人公、ニューヨーク市警の警官がポーランド系で『オレは馬鹿なポーランド人(フーリッシュ・ポーリッシュ)なんだ』と言うせりふが印象的だったのだ。
この映画のクリント・イーストウッド演じる主人公もウォルト・コワルスキーというポーランド系である。
しかし実は、クリント・イーストウッドはアイルランド系のアメリカ人で、『ミリオン・ダラー・ベイビー』も『ダーティハリー』のキャラハンもアイルランド系である。
イーストウッド自身、アイルランド系であることに「こだわり」を持っていると語っていたのを読んだ覚えも有る。
それでは、なぜこの映画でポーランド系アメリカ人を演じたのだろうか。

『グラン・トリノ』あらすじ


妻の葬儀に立つウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)。彼は、列席した二人の息子や孫にも親愛の情も見せない、頑固で偏屈な老人だった。朝鮮戦争に従軍し勲章まで得た経歴を持つが、戦場の記憶は彼を苛むものだった。そんな孤立した彼を案じた、神父ヤノビッチ(クリストファー・カーレイ)の教会への誘いにも、応じようとはしなかった。そんな彼の誇りはガレージで眠る72年型のグラン・トリノだった。フォード自動車の工場に勤めた彼が、かつて自分が組み立てていた名車だった。そんなウォルトの隣家に越してきたのは、アジア系のモン族の一家だった。ウォルトは、最近増えてきたアジア系の住民に苦々しい思いを持っていた。そして、ある日隣戸の息子タオ(ビー・バン)は従兄たちの不良グループに脅され、グラン・トリノを盗もうとしてウォルトと出会う。タオの姉スー(アーニー・ハー)も、物おじせずウォルトに語りかけて来た。そして、いつしか、ウォルトの生活に変化が生まれ、タオに対して父性的な感情を感じ始めた頃、事件が起きる・・・・・・・

『グラン・トリノ』予告

(原題:GRAN TORINO/製作国:アメリカ/製作年:2008/上映時間:117分/監督:クリント・イーストウッド/脚本:ニック・シェンク/原案:デイブ・ジョハンソン、ニック・シェンク)

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『グラン・トリノ』感想・解説



この作品はクリント・イーストウッドが監督・主演を務めた人間ドラマだ。
この主人公は朝鮮戦争従軍経験を持ち、アメリカの労働者階級(フォード・デトロイト工場に勤務)としてアメリカを支えてきたと言う自負を持っている。そんな彼の燐戸に引っ越してきた、アジア系少数民族(モン族)の移民一家とも、イザコザが耐えない。
主人公は彼らを嫌うが、少しずつお互いに交流が生まれ、徐々にお互いを認め受け入れ始める。
そんな交流の果てに、ついには主人公は事件に巻き込まれた隣の家族、特に父親代わりのように接した少年タオの為に、自ら戦いの場に立つ姿が感動的である。

実は、この映画の基本的な構造は、平和な町の保安官が町にやって来たならず者と対決する、西部劇と同じのフォーマットであると感じる。
しかし、この主人公がポーランド系に設定されているのは、西部劇設定のためとは思われない。
むしろ西部劇であれば、アイルランド系である方が自然なのだ。

ではなぜ、ポーランド系なのか・・・・・・・・・・いろいろ考えるうちに、それはアメリカ移民の歴史に関係しているのではないかと思い始めた。

移民の歴史を紐解けば、最初に渡ってきたのはイギリス系で、次いでキリスト教のプロテスタント教徒が移住しオランダ人、スウェーデン人、ドイツ人、フランス人が続く。
更に19世紀に入り、アイルランド人の移民が増え、20世紀になりイタリア人、ポーランド人(19世紀の移民者もいるが主体は20世紀初頭)・ロシア人、そしてユダヤ人が続いて移民する。

つまりこの映画の主人公は、アメリカの移民史の中で言えばポーランド系という最後の移民者であり、たぶんこの主人公の父親が移民し、彼がその2世であるか、それとも子供の頃直接アメリカに渡ってきた可能性もあるだろう。


ここに、この物語の鍵が有るのではないだろうか。

アメリカ社会の新参者としてポーランド系のこの主人公は、それこそ子供の頃から「フーリッシュ・ポーリッシュ」と呼ばれてきたはずだ。
そんな彼が、「朝鮮戦争」で勲章を得たり、「フォード」の自動車工にプライドを持つのは、結局、自らを「アメリカ人」として認めさせたいという、強い意志のなせる業ではなかったか。
さらには、自ら「アメリカ人」になろうと努力してきた彼にとってみれば、息子が日本車に乗っていることや、住居の周りにアジア系が増えてくるのは、自らの努力を馬鹿にされたと感じても無理はないだろう。

そんな主人公が物語の始め、頑固で「人種差別」的キャラクターなのは、彼がポーランド系アメリカ人として「差別」されてきたことがベースに有ると感じる。

結局、他人を差別する者は、かつて自分が差別された経験を持っていないだろうか?
弱い者が、さらに弱い者を虐げるという、虐待の心理をここに感じる。
実は、ナチスドイツにしても、社会的底辺の労働者階級が更に弱いユダヤ人を傷つけずにいられなかったように、その社会の底辺にいるものほど他者を差別するのだというファシズムの心理が、この主人公にも働いているように感じられてならない。

しかし、この映画はそんな他人を虐げる「差別の心理」を描いて見せて、しかし後半にその「差別」を乗り越える姿を描いてみせる。

普通であれば、この主人公は「差別」から開放されはしないはずだ。
なぜなら、彼は自ら人生を賭けて社会に貢献して、アメリカ人になったのだ。
その彼の血と涙で獲得した成果を、なぜアジアから来てアメリカ社会に何の貢献もしていない彼らに脅かされなければならないのか?
俺は悪くないと考えるのが普通であったろう。

しかし、相互に交流が始まり、この主人公が隣家の娘をギャングから助けることで、状況が変化し始める。
それは主人公の胸に、「差別意識」を超えて「義侠心」が生まれた瞬間だったのではないだろうか。
つまり、憎む相手であっても、困っているものは助けるという「義理と侠気」こそ、この主人公を突き動かしたものだったと感じる。

そして、この「義侠心=ヒロイズム」こそ、西部劇が描いてきたヒーローそのものではなかったか。

これで、この映画が語らんとすることが明確になったと思う。

アメリカという国においては、この映画の主人公で特徴的なように、多民族国家ゆえの「人種差別」という問題が常にある。
そして、その問題を解決する術は、西部劇のヒーローが体現してきた「ヒロイズム」によって乗り越えられるはずだというメッセージだったと感じた。


名車グラン・トリノは名馬を、美しい工具は銃やライフルだと考えてとき、西部劇から引継いできたアメリカン・スピリッツの継承を語った物語だと感じる。
更に言えば、この映画の主人公がポーランド系移民から努力の果てにアメリカ市民になりえたように、このアジア系の移民達も努力を続ける事でアメリカ市民となり得るのだという、理想を謳っていると思う。

この映画の最後に、かつて西部劇のヒーローだったクリント・イーストウッドが、暴力ではない形でこの少年を助ける姿に、クリント・イーストウッドの誇りを見るような気がする。
それは、西部劇のヒーローを演じて来たイーストウッドが最後に到達したヒーロー像だったろう。
義侠心=アメリカン・スピリッツ」さえあれば、誰でも「非暴力のヒーロー」となれるというメッセージだと信じる。


この映画は、そんな人種間に存在する差別の感情を、いかにして乗り越え得るかを語った傑作だと思う。
この映画は、人と人がどうやって結びつくかを語った、傑作だと感じる。
この映画は、人の尊厳とは何かを語った、傑作だと信じる。
この映画は、アメリカン・スピリッツを表現した、傑作だと主張したい。


クリント・イーストウッドの監督作品には、個人的には承服し難い作品もあるのだが、この作品をこの世に問うただけで、生意気なようだが私は彼を赦したいと思った。


クリント・イーストウッドの監督作品:『アメリカン・スナイパー』/『マディソン郡の橋』/『スペース・カウボーイ』/『ミリオンダラー・ベイビー』






posted by ヒラヒ at 22:59| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!差別系だけどヒューマン映画ですね( ̄▽ ̄)ああこれ観たいと思ってました。予告を覚えてます♪
Posted by ともちん at 2016年07月28日 22:54
>ともちんさん
静かな、イーストウッド風の語り口ですけど、良かったです。
なんか『プライド』のようなものを感じました。
Posted by ヒラヒ・S at 2016年07月28日 22:56
クリント・イーストウッド映画はハズレが無いですね!
地味で長いんだけど、飽きずに観えます。
なかなか気合の入った記事ですね!凄いです!
何時間ぐらいかかりましたか?
Posted by いごっそ612 at 2016年07月29日 19:45
>いごっそ612さん

これh名作ですね〜(^^)
これは、前に書いてあった文章に絵を足したり、写真入れたり、少しでも読みやすくと字をいじったり・・・・一からやったら3時間ぐらいかかるんじゃないでしょうか・・・・
前イに教えていただいたように、今までの映画名だけのタイトルは本当にダメという事も分かってきました。

ありがとうございますm(__)m
Posted by ヒラヒ・S at 2016年07月29日 21:05
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