評価:★★★★ 4.0点
コレはもォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ォ面白い。
ホントォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぉに面白い。
ゼッタァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぃに面白い。
アクションがスタイリシュで、キャラクターがPOPで、ギャグもてんこもりなので、間違いなくエンターテイメントとして観客を喜ばせる力で満ちている!
ちょっとグロイシーンがあるので、それがイヤじゃなければ、マチガイない!
おススメですm(__)m
『デッド・プール』あらすじ
そのヒーローは全身真っ赤なコスチュームを着て、タクシーに乗り込むと、運転手に“デッドプール”と名乗り、ハイウェイの上へと急がせた。デッドプールはそこで、憎んでも憎み切れない敵への復讐を果たそうとしていた・・・・・。
2年前、特殊部隊の傭兵ウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)は除隊後、悪人を懲らしめ金を稼ぐという、きままな生活を送っていた。そんなウェイドは、娼婦ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)との完璧なメイク・ラブの一夜から、同棲一年を経て結婚を決意する。そんな明るい未来に影が差したのは、ウェイドの体全身にガンが転移している判明したからだった。死を宣告されたウェイドの前に、末期ガンの治療ができるという男が現れ、研究施設へ案内される。しかし、そこで行われていたのは、死を目前にした者達を使った、戦闘マシン改造実験だった。そして、無事成功した戦闘マシンは、高額で売買されていたのだった。その施設はエイジャックス(エド・スクライン)という、自らも戦闘マシーンとなった男によって運営されていた。改造されたウェイドは、超人的な肉体を手に入れ施設を脱走するが、実験で全身の皮膚がただれて、ヴァネッサの元に帰る勇気がなかった。怒りが収まらない彼はエイジャックスとの戦いを決意する・・・・・・・・・
『デッド・プール』予告
(原題:DEADPOOL/製作年2016/上映時間108分/監督ティム・ミラー/脚本レット・リース、ポール・ワーニック)
『デッド・プール』出演者
ウェイド・ウィルソン:デッドプール(ライアン・レイノルズ)/ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)/フランシス・フリーマン:エイジャックス(エド・スクライン)/ウィーゼル(T・J・ミラー)/エンジェル・ダスト(ジーナ・カラーノ)/ブラインド・アル(レスリー・アガムズ)/ネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド(ブリアナ・ヒルデブランド)/コロッサス(声ステファン・カピチッチ)/ドーピンダー(カラン・ソーニ)/リクルーター(ジェド・リース)/ボブ(ロブ・ヘイター)
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『デッド・プール』感想 |
も〜〜〜ストーリーも、感想も、ど〜でもヨロシイ。
面白いんだから見なさい(強制)
ホント面白すぎて、満点入れそうになったぐらいデス。
ということで、感想を終えて、以後長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い、蛇足です。
『デッド・プール』解説『アメコミ・ヒーローと合衆国の正義』 |
昔大阪の人から、東京の人間は「ええかっこしぃ」だと、言われた事があった。
正直言って、良く分からなかったのだが、ある日こういうことかと思ったのは、映画『バットマン』を見たときだ。
そのティム・バートン監督の描いたヒーローは、本当にカッコ良かったのだ。
この決まりすぎのヒーローを見たとき、アメリカ人にとってヒーローとはメチャクチャ「え〜〜〜〜カッコしい」でなければならない存在なのだと感じたものだった。
それは更に戻ってスーパーマンを考えてみれば、コレはもう一種の絶対的な、アメリカの権化のような存在だった。
つまりは、アメリカの正義と真実と美を体現した「英雄=ヒーロー」だったのだ。
それは、アメリカの正義の象徴としてのジョン・ウェインのアメコミ・ヒーロー版だった。
しかし、ジョン・ウェィンがどれほどアメリカの正義を高く掲げようと、冷戦や、ベトナム戦争、を経て、本当にアメリカの行動が正しいのかという疑いがアメリカ国内にすら広がるにつれて、アメリカはヒーローを描かなくなった―――というよりも、むしろ描けなくなったというべきだろう。
その眠っていたアメコミ・ヒーローを復活させた功績を考えれば、ティム・バートンにハリウッドは感謝してもしきれないのではないだろうか。
1989年に生まれたこの「バットマン」が描いたヒーロー像が、スーパーマンのように絶対的な「真・善・美」を代表できないのは、もうすでに東西冷戦も終わり、アメリカが戦う「敵=悪」がいなくなった状況で、戦う必然性を持ち得ないという歴史的状況があったはずだ。
そこでティム・バートンは、戦う理由を作るために、中世ゴシック世界の騎士物語をアメリカン・ヒーローの性格を付与したと感じる。
この騎士物語をアメコミ・ヒーローに適用したのは、ヒーロー像のキャラクターの幅を、圧倒的に広げる事を可能にした点で大きな意味があったと思う。
それは、ドン・キ・ホーテではないが、騎士とは自らの正義に殉ずる存在であり、そのためには世界中を敵に回しても戦う理由を持つ者だ。
つまりは、人類を救うとかアメリカの大義という絶対的価値を掲げずにすみ、さらには敵の有無にかかわらず、自らの思う正義や信念のために戦えることを意味するだろう。
これ以後に生まれた『ダーク・ナイト』にしても『スパイダー・マン』も、このティム・バートン判『バットマン』の「騎士英雄=ナイト」の変奏曲でしかないのではないか。
そしてこの「騎士像」は、アメリカが湾岸戦争に突き進む中で、すでに世界中から賛成や同意を得られなくとも、自分達の望む方向に突き進むという政治状況にも合致するものだ。
そして、次に表れたヒーロー像の革新こそが『キック・アス』だったろう。
このヒット・ガールという少女が、大人を相手に暴れまくり殺しまくる映画は、その激しくグロテスクなアクションシーンと相まって、大ヒットした。
この映画が、ユニークだったのは、実はこの映画の二人のヒーロー「キック・アス」と「ヒット・ガール」の二人とも、自分の利益のために戦うという「わがまま」キャラクターを持つ点にある。
これはもう「ヒーロー=英雄」がもつ二つの属性、「正義のために戦う」そして「誰かのために戦う=自己犠牲」という本来必須だった要素を、キレイさっぱり捨て去ってしまった。
これを、ヒーローと呼ぶ事すらイカガナモノかと、考えざるを得ないほどのものだ。
この映画における、このヒーロー像はもう冒頭の「ええかっこしぃ」である事を、完全に止めてしまったといえる。
つまり、ここでアメリカ映画史上初めて、ヒーローが「正義」や「義務」から自由になってしまった。
これが意味するのは、自分が「やりたいからやる」というワガママな、殺人者の姿だ。
この犯罪者スレスレのヒーロー像を描くために必要だったのは、ワガママをしても許されるヒーローの姿であり、それゆえ小学生の女の子にヒーロー(ヒロイン)を担わせる必要が有ったのである。
それは見事に世間に受け入れられ、ここにおいてヒーローは完全に「ええかっこしぃ」を脱却し、新たな「ワガママなヒーロー」を生み出す事に成功したと思うのである。
そして、このヒーローもまた、アメリカの社会情勢を見事に反映していると思えてならない。
それは、9.11テロの後で正邪を考慮する事もなく「ナンデモアリ」の復讐者に成り果てた、アメリカ合衆国の姿そのままではないか。
さ〜〜皆さんお付き合いありがとうございました。
その『キック・アス』の「ワガママ=恣意的なヒーロー像」を、さらに追求したヒーローこそがこの映画のヒーロー、『デッド・プール』というわけです。
も〜やりたい放題、し放題、ギャグに紛らわせているものの、ホントにこれはもうヒーローっていっちゃダメでしょうというぐらい、イッチャッテマス。
けっきょく、アクション映画のアクションというものが「暴力」であり「殺人行為」だという単純な真理を、今更ながら、そアメリカ社会も気づかざるを得ない情勢になったという事だろう。
それはアメリカが主張する正義や大義が世界から認められず、アメリカの戦闘行為が犯罪行為にすぎないという事実を突きつけられたがゆえに、「じゃ〜いいもんね〜やりたいように、やるもんね〜〜」というアメリカ社会の開き直りを産んだようにも思えるのである。
そのことは「ベトナム戦争」「湾岸戦争」「アルカイダ掃討作戦」「対テロ作戦」を続ける中で、結局アメリカ合衆国の戦闘行為から「正義・大義」が喪われて、「ワガママな暴君」と化していく事と比例して、ヒーローから「真・善・美」が喪われ、その代わりにカワイイやギャグの姿をまとうようになったと思うのである。
実を言えば、日本マンガのヒーローは早くから「カワイイ」と「ギャグ性」を持ってきた。
それは、たぶん、日本が第二次世界大戦の敗北によって、暴力に対し「正義・大義」を語ることの空しさを知っていたからだろうと信じる。
けっきょく、ヒーローの振るう暴力であっても「正義・大義」 を付与することはできないという真実に、ハリウッド映画もたどり着いたのだろう。
逆に、日本やアメリカのヒーローが再び正義や大義を口にし、「ええかっこしぃ」を演じだしたら世界は危険な方向に向かっていると思うべきだろう。
そ〜いえば!
この映画の続編が決定したという!!!
その続編が「ええかっこしぃ」 でないことを、ホント〜に心から望む。
そのほうが笑えるしね・・・・・
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ありがとうございます。ホントです。ケンカは悪ですよね。
俺たちは正しいでヤられると、変な方向に行きそうで・・・・・
この様なヒーロー像はけっこうハズレの可能性もあると思っていたのですが、大ヒットでビックリ
観に行けばよかった(-_-;)
ありがとうございます。キックアスを、お笑い方向にシフトした感じで・・・・アクションがカッコイイんです( ☆∀☆)