2016年06月25日

映画『陽炎座』松田優作と鈴木清純の耽美/感想・解説・あらすじ・作家性・意味

鈴木清純の耽美世界、あるいは作家性に関する一考察



評価:★★★★★  5.0点

「どうしようもない私が歩いている」

・・・・・これを聞いてどう思うだろうか。

何人かの知人に聞いたところ、圧倒的に「ナンだそれ?」だった。
この映画を初めてみれば、この「ナンだそれ?」の疑問で飽和状態に陥るかもしれない・・・・・・

『陽炎座』あらすじ


大正末年で昭和元年の1926年の東京。新派の劇作家、松崎春狐(松田優作)は謎の女、品子(大楠道代)と出会う。何度も重なった夢幻のような出会いを、松崎は友人で支援者でもある玉脇(中村嘉葎雄)に打ち明けた。しかし、玉脇の館の一室には、松碕が品子と会った部屋があった。品子は玉協の妻だったのかと松崎は混乱する。数日後、松崎は品子が身に着けていた振袖を着たイネ(楠田枝里子)と出会う。イネは「玉脇の家内です」と言ったが、実はイネは、松崎と出会う直前に息を引きとっていた・・・・・・・

『陽炎座』予告

(製作国・日本/製作年・1981/上映時間・139分/監督・鈴木清順/監督協力・葛生雅美、音羽菊七/脚本・田中陽造/原作・泉鏡花)

『陽炎座』出演者


松田優作(松崎春孤)/大楠道代(品子)/加賀まりこ(みお)/楠田枝里子(イネ)/大友柳太朗(師匠)/東恵美子( 老婆)/麿赤児(乞食)/沖山秀子(派手な着物の女)/玉川伊佐男(番頭)/佐野浅夫(院長)/伊藤弘子(女中)/佐藤B作(駅員)/原田芳雄(和田)/中村嘉葎雄(玉脇)


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『陽炎座』感想・解説



実は冒頭の文は、昭和の放浪の俳人種田山頭火の句である。
しかしそこに「美」を、感じられるか、感じられないかは、個人の感性に還元されるべき問いなのだろう。
詩を感じる語感を持つか否かは、鋭敏な味覚を持つとか、優れた耳を持ち合わせるというような、一種の先天的感覚のようなモノかもしれない。
それは、学習や訓練によって、ある程度は受容力、許容値を上げる事は可能ではあるだろう。
しかし、最終的には、ある対象に対し五感がどう感応し震えたかが、芸術に対する個人の資質の本質であるに違いない。

そしてこの映画も同様に、この映像美に震える感性を持つか否かで評価が分かれる映画だ。

この映画に対し、整合性の取れたストーリーを見出そうとするのも、もちろん個人の自由ではある。
しかし、たぶんこの映画の中に「劇」を求めれば、混乱し、困惑し、戸惑い、ついにはドラマを追い求めて「さまよう」ことになるだろう。
通常の映画やドラマの文法とは、違う文法で語られているのだと覚悟し、ひとまずは言葉も映像も全て意味を白紙に戻し、物理的な音や光、色に還元し、その刺激を己の開いた感覚器官に響かせて行くとき、新たな美の世界が自らの内に広がっていくのだとを信じて欲しい。



ストーリーを求めてはいけない。
それは所詮説明に過ぎない。


意味を求めてはいけない。
美しい花はただ美しい。


この映画は鈴木清純監督の培ってきた、美意識の様式を披露する、グラビア雑誌のようなものだ。
たまたま私の感覚は、この映画の映像に反応し、美しいと感じたという事だ。
この鈴木清純監督の圧倒的な映像イメージの奔流。
前の映像が次の映像を呼び、映像から映像のシークエンスの結びつきこそが、この映画の全てだと個人的には思う。

純粋に目の前の色と形の変容だけに、己の感性を開きさえすれば、一定数の人々は間違いなく新たな映像体験を得られるはずだし、新たな美の世界に眼を開くはずだ。

具象の映像を写しながら、抽象的な美世界を描き出すという、天才の様式美を知ったならば、それは新しい感覚世界に足を踏み入れた事を意味するだろう。

但し山頭火の俳句と同様 、何人かに試して見たが、万人が受け入れられる世界でないことは間違いない。
ストーリーから自由になれない者、美術的に見てグロを強く感じ入り込めない者、途中で刺激に飽和し放り投げる者、総じてこの映画世界を受け入れ感動できる比率の方が低いというべきだろう。

しかし、嫌なら途中で止めれば良いだけのことで、そもそも己の感性に合わない作品で時間を浪費することはない。
例えば、私はノーベル賞を取ろうが、世界最高の作品だと言われようとも、申し訳ないが『村上春樹』作品を読めない。
『村上春樹』作品の持つ文体が、私の生理感覚と折り合わないからだ。

毎回新刊が出るたびに買ってはみるものの、その文体の韻律に接するうちに、必ず体の上をタンポポの綿毛で刷かれたような痒みを生じて、途中で放り投げることになるので、やはり感性として私と交じり合わない作家なのだろうと諦めている。

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作家性について


実際、作家主義的な作品というのは、その作家固有の表現スタイルが全編に染み込んでいるので、どうしても好悪が出てくる。
それはつまるところ、作家が己の追及する芸術表現に忠実であろうとすれば、ついに万人には届き得ないということなのかも知れない。

以下に、芸術表現という言葉をもうすこし具体的に示したい。
絵画にしても詩文にしても、そして映画世界であっても、技術に還元される世界と、技術化され得ない世界があると思う。
それは言葉を例に取れば、言葉は「音節」という技術が正確に発せられれば、誰でも表現できるものだ。
しかし、その言葉は「音節」という技術以外に、発せられた声のトーンや籠められた感情により「美しさ」や「感動」という、千差万別の表現を産む。

そういう表現に関する諸相を考えたとき、技術的な要件を満たすことが人にモノを伝えるときの基本であるのは間違いない。
その自分の思った事を、正確に伝えられ誤差が少ないことが、伝達技術の巧拙だという点をまずは押さえたい。

これを映画として考えた場合、ドラマやドラマに籠められたテーマを、作者の思う形で正確に観客に伝えるのが、映画的技術である。
この映画技術を確立して、その最も優れた技術的な実例がハリウッド映画であるのは、商業作品として万人に伝える事が必須であるためだろう。

しかし、この普遍的な映画の技術を越えた、その作家のみの持つ「表現の様式」があると思うのだ。

それは、この映画の鈴木清順のビジュアルの奔流だったり、タルコフスキーの恐ろしいほどの映像シークエンスだったり、小津安二郎の秘められた日本的な様式だったり、ビスコンティーの貴族的な美だったり、是枝監督の静謐なリアリズムだったり、タランティーノの暴力映画のコラージュだったり、デヴィッド・リンチの迷宮感だったりする。


つまりは、「映画的伝達技術」の上に「作家特有の表現」が加わるとき、伝達技術を越えた、その作家のみの持つ美意識が画面に怪しく輝き、より豊穣な映画世界を構築するはずだ。

しかし、たいていの場合この「強い作家性=芸術性」を持った作家達は、伝達技術の部分は最小限にとどめ、自らの様式を深化させる方向に進むので、ハリウッド作品のように万人に届く作品を作るというよりは、その作家の「映画様式」を愛するものにだけ届けばいいという映画になりがちだ。

その作家性が進めば、それはピカソの抽象画のように、絵画的な訓練を積んだ者か、絵画的感性が優れたもののみに理解される領域に至るだろう。
確かに、ピカソの例のごとく、作家的な映画作品は万人向けではなく、不親切で、解釈に困難を伴うかと思う。

しかし、その作家の固有の「様式美」は、明らかに映画的な表現に新たな美と様式を付与する。
それは、しばしば過去の表現法則から逸脱し、新たな映像的な地平を開くものではなかったか。
つまるところ芸術とは、今だこの世に存在した事のない、新たな価値を生み出す事を指しはしまいか?

そういう意味では、鈴木清純も間違いなく芸術的な力を持つ作家であるがゆえに、このまま世の中から消えて行くには余りにも惜しいという思いから、長文ながら書かせていただいた。

そして、その、この唯一絶対無二の『美の様式』に共鳴する感性を持っている人間が、この映画を見さえすれば得られるはずのその『耽美体験』『芸術的感動』 を、一度も試みずに、みすみす失うことを惜しむのである。

嫌だったら途中で止めれば良い、一度この映画を確かめてみてはいかがだろうか。
但し体調を整えて挑戦する事をお勧めする。

まかり間違えば『耽美の海』で溺れ死んでしまうよ。


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posted by ヒラヒ at 20:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!・・・アダルト系( 一一)観たことは無いですわ〜松田優作さんですね。パス!←言うことがない・・・
Posted by ともちん at 2016年06月25日 21:22
>ともちんさん

アダルト系ではないです!誤解です!
ま〜コレはダメもとで書きたかったから書いた記事ですので、呼んでいただいただけでありがたいですm(__)m
Posted by ヒラヒ・S at 2016年06月25日 21:27
これは知らない作品ですね!
5.0と言う評価!凄い!
確かに、ともちんさんの言う様に一見・・あっち系(笑)
Posted by いごっそ612 at 2016年06月26日 03:56
>いごっそ612さん
アダルトではない!と思ったが、自信がなくなってきた・・・・(^^;
ごり押し映画ですが、消えていくのが勿体無いということで・・・「ハテぶ」いつもありがとうございます。私のほうはちょっと役に立っているので有り難いです。m(__)m
Posted by ヒラヒ・S at 2016年06月26日 10:32
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