原題 Just a Gigolo 製作国 西ドイツ 製作年 1978年 上映時間 100分 監督 デイヴィッド・ヘミングス 脚本 ジョシュア・シンクレア |
デヴィッド・ボウイ評価:★★★★★ 5.0点
映画評価:★★ 2.0点
2017年1月10日、デヴィッド・ボウイが、地球上から姿を消した。
もう、動いている、息をしている、鼓動を打つ、生命体としての彼はいない。
彼は真のアーティストであり、世界一のペテン師であり、最低の娼婦であり、至高の美だった。
そんな万華鏡のような彼の、最も美しい姿を永遠にとどめた映画こそ、この作品であると信じている・・・・・・
<目次> |
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』簡単あらすじ |
ポール(デイヴィッド・ボウイ)は第一次大戦で負傷し、子豚を抱えて故郷ベルリンに帰って来る。ヒットラーのナチスの力が、敗戦後で混乱するドイツを、覆い出した。母ミュッティ(マリア・シェル)や伯母ヒンダ(ヒルデ・ウェイスナー)が日々働くなか、ポールは所在無く日々を過ごす。幼なじみのシリー(シドニー・ローム)は、場末の踊子からハリウッドの人気女優となった。以前の連隊長ヘルマン・クラフト(デイヴィッド・ヘミングス)は、ポールを自分の政治結社に誘う。しかしポールはベルリンの街をさまよううち、ホスト・クラブ“エデン”の経営者セマリング少佐(M・ディートリッヒ)に出会い、スカウトされ、金持ちの中年女ヘルガ(キム・ノヴァク)のジゴロになった。一方の、シリーはハリウッドから帰国すると年老いた貴族(クルト・ユルゲンス)の妻に迎えられ、ポールとシリーは再び出合った―
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』予告 |
映画『ジャスト・ア・ジゴロ』出演者 |
ポール(デイヴィッド・ボウイ)/シリー(シドニー・ローム)/母ミュッティ(マリア・シェル)/伯母ヒンダ(ヒルデ・ウェイスナー)/ヘルマン・クラフト(デイヴィッド・ヘミングス)/ヘルガ(キム・ノヴァク)/セマリング少佐(マレーネ・ディートリッヒ)/老貴族(クルト・ユルゲンス)
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映画『ジャスト・ア・ジゴロ』感想 |
だから彼から、眼を逸らせなかった。
彼は、ロック・スターとして人々の前に、姿を現した。
しかしその表現は、たとえ歌を歌っているときでも、そもそも演技をしていたと感じる。
けっきょく彼自身にとって表現すべきモノがあり、どれは歌だろうと、演技だろうと、同じ事なのだろう
ここには、そんな俳優としてのボウイがいる。
彼の出演作でいえば、最もそのキャラクターに近いのが『地球に落ちてきた男』だったろう。
この映画はエイリアンとしてのデヴィッド・ボウイを描いた、ニコラス・ローグ監督のシュールなSF映像詩とも言うべき作品で、チープさはあるものの、その「異世界」感覚は一見の価値があると思う。
それ以外にも、デヴィッド・リンチ『ツイン・ピークス』や ロック・ミュージカル『ビギナーズ』、 ジム・ヘンソン監督の『ラビリンス/魔王の迷宮』大島渚『戦場のメリークリスマス』、 マーティン・スコセッシ監督の『最後の誘惑』 などが、著名な出演作品として知られているだろう。
しかし、デヴィッド・ボウイの映画として、たぶんこの作品『ジャスト・ア・ジゴロ』に言及される事はまず無いう。
この映画は、俳優でもあった デイヴィッド・ヘミングスが監督を務め、ドイツはベルリンの第一次世界大戦の終わりから第二次世界大戦の混乱期に、ボウイ演ずる主人公がジゴロとして生きる姿を描いたものだ。
例えば上のように「あらすじ」を要約してみた所で、この映画にとってストーリーは有って無いようなもので、ベルリンの世紀末の雰囲気と、イギリス的なアイロニーやシニカルな笑いを楽しむ映画だと思う。
さらにブッチャケ正直に言えば、映画としての出来は星2つでもサービスしすぎという気がする。
しかし、私がこの映画を見る目的は、デヴィッド・ボウイただ一点だ。
さきにいろいろボウイの出演映画を上げ連ねたが、デヴィッド・ボウイが最も輝いている映画としては、この作品にトドメをさす。
確かに『地球に落ちてきた男』は魅力的だ、しかし映画世界が確立されすぎて、あまりにも「宇宙人ボウイ」のイメージに乗っかりすぎている。
しかしこの『ジャスト・ア・ジゴロ』は人間デヴィッド・ボウイとして、軍服、タキシード、スーツなど、絢爛豪華なコスチューム・プレーを繰り広げ、さらに魅力的なのは、人間ボウイが日常の等身大に近い姿で動いているのが映画全編を通して見られることなのだ。
やはり、この作品以外の、俳優ボウイとして役になりきっている彼は、映画の中のパーツでしかないと感じる。
それは、映画としての完成度として、彼の出た『戦場のメリークリスマス』の方がずっと完成度が高い。
関連レビュー:俳優ボウイの証明 映画『戦場のメリークリスマス』 第二次世界大戦の東西文明の相克 大島渚監督、デヴィッド・ボウイ, 坂本龍一, ビートたけし出演 |
しかし、そこにいるデヴィッド・ボウイは、他の役者でも充分代替が可能だ。
つまり、この映画以外のデヴィッド・ボウイは映画に奉仕する存在として、使役されている。
しかしこの『ジャスト・ア・ジゴロ』は、デヴィッド・ボウイに映画が奉仕してる。デヴィッド・ボウイのために映画がひれ伏しているのだと言いたい。
なにせ、映画界の伝説マレーネ・ディトリッヒすら、背景程度の盛り上げ役なのだ―
<マレーネ・ディトリッヒの歌う『ジャスト・ア・ジゴロ』>
あ!今、気が着いたが、これはアイドルのプロモーションビデオと同じ撮り方ではないか。
いってみれば、アイドルがいろいろ服着て、食事したり、町をブラついて見たりという、アイドルの魅力を唯一の表現目的とする、映像と同じ作りではないか。
だから、この映画のボウイはファンにとってベスト作品なのである。
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映画『ジャスト・ア・ジゴロ』解説・考察 |
デヴィッド・ボウイの名誉の為に言っておくが、デヴィッド・ボウイは男とか女とかにはこだわらない博愛主義者だ。
若くして、アンジーという女性と結婚していたが、ある日そのアンジーが帰ってくると、ベッドにボウイともう一人の男がいた。
その男とはザ・ローリング・ストーンズのボーカル「ミック・ジャガー」だったという。
更に奇奇怪怪なのはストーンズ・ナンバーとして珠玉の名曲、「アンジー」とはこのボウイの妻に対する愛を謳ったものなのである。
つまりこの人達は、ナンデモアリナノダ・・・・
さすがに芸術家、細かいモラルにコダワらないのである。
つまりこの監督もデヴィッド・ボウイ愛ゆえに、デヴィッド・ボウイが最も映えるシチュエーションで、気が済むまで着せ替え遊びをしたのかもしれない。
決して冗談ではない。
イタリアの巨匠ルキノ・ビスコンティーの映画などは、自分の好きな「お稚児さん」のために、撮ったと言っても過言ではない。
関連レビュー:巨匠の愛する男達 『地獄に堕ちた勇者ども』 名匠ルキノ・ヴィスコンティ監督のドイツ三部作 ナチスが覇権を握り出したドイツの男爵家の運命 |
また、オードリー・ヘップバーンの代表作として挙げられる『ティファニーで朝食を』などは、実は原作者のトールマン・カポティーがマリリン・モンロー演じさせたかった作品だったりする。
アメリカ映画:1961年 『ティファニーで朝食を』 オードリー・ヘップバーンを代表する名作 実はマリリン・モンローの演じる役だった!? |
そんな、個人的な偏愛が込められた作品は、しばしば妖しい光を放つものだ―
いずれにしても、そう考えればこの映画が、デビッド・ボウイのための映画として成立している理由も判りやすい・・・・・
ま〜そんなこんなで、確かにこの映画はデヴィッド・ボウイ以外見るべきものもない凡作だといわざるを得ない。
しかし、たとえ、ダレが、何と言おうと、私はこのアイドル映画を愛する。
最も美しい『アイドル』ボウイがこの映画で永遠に息づいているからだ。
ま〜ど〜でもイインですけど、この映画のほかの出演者を書いときましょうか。
キム・ノヴァク、マリア・シェル、クルト・ユルゲンス、マルレーネ・ディートリッヒ、デイヴィッド・ヘミングスという何気にスゴイ人たちでしたが、たぶんちょっとしか出ていないと思う、あんまり覚えてないから。
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有難うございました。坂本龍一の化粧が凄かったですね。あの「戦メリ」のボウイはあまり妖しくないとカンジました。ともちんtop計画も実現間近ですね。
私まで10位以内に入っている・・・・・・・夢のようでフ(///∇///)