原題 SICARIO 製作国 アメリカ 製作年 2015年 監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ 脚本 テイラー・シェリダン |
評価:★★★☆ 3.5点
メキシコ国境で繰り広げられる、麻薬組織との攻防はドキュメンタリータッチの、迫真力のあるものだ。
これはフランス系カナダ人監督の、どこかアメリカ愛国主義的な視点とは違う描き方によって、さらに臨場感が高まっていると思う。
また血なまぐさい戦闘と、荒涼とした荒野を描きながら、その映像の美しさは賞賛に値すると感じた。

映画『ボーダーライン』ストーリー |
アリゾナ州チャンドラーでFBI捜査官2人の命を奪った誘拐事件の現場に、捜査官ケイト・メイサー(エミリー・ブラント)もいた。彼女は上司の推薦により国防総省の特別捜査官マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)率いる捜査チームに加わり、事件の主犯とされる麻薬組織ソノラカルテルの親玉マニュエル・ディアス(ベルナルド・サラシーノ)を追うことを決める。
メキシコ国境の街エルパソに到着したケイトは、マットのチームに居る謎のコロンビア人、アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)と会う。3人はデルタフォースと共にメキシコのシウダー・フアレス市に入り麻薬組織の幹部ギレルモ(エドガー・アレオラ)を地元警察から引き取り、再び合衆国内に戻ろうとする。しかし組織は道路を封鎖し、激しく銃弾をまき散らした。辛くも襲撃者を撃退し帰還したものの、ケイトは作戦の違法性を糾弾した。しかし、アレハンドロは幹部のギレルモからディアスの居住地を聞き出すため、平気で拷問をした。
マットの部隊はディアスの口座を特定し凍結する。ケイトは不正資金を元にディアスの逮捕状を取れるとマットに主張するが、彼の真の狙いはディアスではなく、彼を従える麻薬王ファウスト・アラルコン(フリオ・セサール・セディージョ)だった。
ケイトは超法規的捜査について悩むが、FBIの上官からは捜査要請が政府上層部から下され、合法・非合法は問わないと告げられる。そんなケイトを囮に使ってアレハンドロとマットは、彼女に近づいた汚職警官テッドを捕え他の汚職警官の情報を聞き出す。ケイトは自分を囮にしていたことに怒る。
作戦はディアスの密輸トンネルを急襲し、麻薬王ファウストの所在を明らかにする段階に来た。更にマットはCIA所属で、国内活動を単独で実行できないため、FBI捜査官のケイトが必要だったと明かす。怒りながらも、この捜査の正体を見届けるため彼女も参加する。
マットの部隊は、密輸団を制圧した。アレハンドロはディアスの手先、メキシコ州警察のシルヴィオを捕まえると、制止するケイトに発砲し立ち去った。ケイトは防弾チョッキによって一命を取り留めたが、アメリカに戻るとマットに詰め寄り、アレハンドロが何者か問い質した。
怒りを露わにした彼女に、マットはアレハンドロの正体を打ち明けた・・・・・・・・・・・・
映画『ボーダーライン』予告 |
映画『ボーダーライン』出演者 |
ケイト・メイサー(エミリー・ブラント)/アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)/マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)/デイヴ・ジェニングス(ヴィクター・ガーバー)/テッド (ジョン・バーンサル)/レジー・ウェイン(ダニエル・カルーヤ)/スティーヴ・フォーシング(ジェフリー・ドノヴァン)/ラファエル(ラオール・トゥルヒージョ)/ファウスト・アラルコン(フリオ・セサール・セディージョ)/フィル・クーパーズ(ハンク・ロジャーソン)/マニュエル・ディアス(ベルナルド・サラシーノ)/シルヴィオ(マキシミリアーノ・ヘルナンデス)/バーネット(ケヴィン・ウィギンズ)/ギレルモ(エドガー・アレオラ)
スポンサーリンク

映画『ボーダーライン』感想 |
この映画のメッセージ自体は、登場する主要人物3人が、明瞭に伝えていると感じた。

一人はエミリー・ブラント演じる、FBIの女性捜査官。
この人物が表すのは、良識的なアメリカ人の姿だろう。いわばアメリカの良心とでも言うべき存在だ。
もう一人は、ジョシュ・ブローリン演じるCIAの捜査官。
彼は、非合法なことでも目的のためなら躊躇しない人物。
これは、メキシコ国境や、南米で起こる反米的な運動に対して、アメリカに明らかにある、自国の権益を守るためには何でもやるという勢力を表していただろう。
そして最後が、ベニチオ・デル・トロ演じるCIA捜査に協力するコロンビア人。
彼は自らの目的を果たすため、この捜査に加わっている。
そして、原題「シカリオ=スペイン語のヒットマン」を考えれば
この映画の真の主役とは、このコロンビア人だったろう。
そして、物語はメキシコ国境を挟む、麻薬組織の闘いを描いているが、基本的に押さえなければならないのは、この異様さだ。
メキシコ領内で、アメリカ政府機関が平気で銃を振り回し、メキシコ警察官で会っても射殺する。
通常であれば、これだけで戦争になるはずだ。
つまりこの映画の背景には、アメリカという国がいかに南米諸国を自らの支配化に置き、いかに自由気ままに振舞っているかという事実が隠されていると感じる。
歴史的に言えば1823年のモンロー主義(アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉)にまで遡るアメリカ合衆国の基本政策なのだ。
アメリカはヨーロッパ諸国の植民地に干渉しない変わりに、ヨーロッパ諸国は南北アメリカ大陸へ干渉をするなというものであり、単純に言って、アメリカ大陸はアメリカ合衆国が支配するという外交原則を表明したものだ。

そして、実際ラテンアメリカ諸国に対してはセオドア=ローズヴェルト大統領の棍棒政策ではないが『大きな棍棒を携え、穏やかに話す』という基本姿勢のもと、パナマ運河を支配したり、南米諸国に反米政権を作らせないために内政干渉をしたりと、あの手この手で合衆国の勢力圏下に置き、今現在も支配をし続けているのが現状である。
その明らかな例証こそ、ハリウッド・アクション映画の舞台としてラテンアメリカ諸国の政府軍やゲリラと戦う映画が、山ほど作られている事実で明白だろう。
その映画を見て歓声を上げているアメリカ人を想像したとき、例えばインディアンを悪者にした映画がもう作れないという現実と比べ、ラテン諸国に対する実効支配力を放棄すべきだという反省が、そこには無い。
結局、アメリカの政治的・経済的な支配により、メキシコをはじめとした南米諸国は、貧しく、犯罪が絶えず、内戦が絶えないのというのは歴史的事実なのだ。
例えばこの映画では、コロンビアの麻薬組織の利益をCIAが吸い上げていると描かれている。
これは、決して絵空事ではない。

スポンサーリンク

映画『ボーダーライン』解説アメリカ合衆国のラテンアメリカ支配 |
○ 1954年グアテマラでは親米政権が倒れたため、PBSuccess作戦を開始し、米国の戦闘機が首都グアテマラ市を爆撃した。数百人の農民リーダーが処刑され、その侵略は20万人が殺されるまで終わらなかったという。
○ 1959年ハイチでは米国傀儡フランソワ・デュバリエに対して市民が立ち上がった。CIAが介入し、デュバリエは軍隊を創設し圧政を強めた。彼と後継者クロード・デュバリエによって、10万人以上の人が虐殺された。
○ 1964年ブラジルに反米的な政権が誕生すると、CIAは軍部に働きかけクーデターにより、政権を奪取させた。その後19年続いた軍部独裁体制の下、数千人が拷問にかけられ、数百人が処刑されたとされる。
○ 1969年ウルグアイはラテン・アメリカに広がっていた60年代の革命運動の最中にあった。CIAは、特別代理人ダン・ミトリオネを派遣し、治安部隊に拷問と残虐な訓練を施した。そして権力の座にジュアン・マリア・ボーダベリ軍事独裁政権を据えた。その政権は12年間にわたり続き、数百人を殺害し、数千人以上の人々を拷問したという。
○ 1967年のボリビア。その天然資源は、米国の重要な財産だった。数10年の間、米国の多国籍企業は、チリ、ボリビアとペルーの広い地域に住む人々を奴隷的な労働条件下で使役した。彼らが反乱蜂起しチェ・ゲバラがその加勢に加わると、1969年チェ・ゲバラをCIAが殺害し、軍事政府を確立した。しかし、ファン・ホセ・トーレス将軍が反米的改革を実行したため、CIAはユゴ・バンゼル将軍にクーデターを起こさせ独裁制を敷かせ、反対派リーダーの拷問と数百人の政治指導者を処刑する命令を出し、約8,000人のリーダーを刑務所に送った。
○ 1973年チリでは反米的な時の政府サルバドール・アジェンデ大統領を悪魔化する中傷するキャンペーンを始めた。彼らは強制的に貧困を作り出し民衆の不満を生み、拷問と投獄、拉致、暗殺によって反米勢力を一掃した。そして、アジェンデに対するクーデターをアウグスト・ピオチェット将軍が、CIAの支援を得て完遂した。ピノチェットは、17年間支配し、8万人を投獄し、3万人を拷問し、3,200人を殺したという。
○ 1974年アルゼンチンのファン・ペロン大統領が死ぬと、妻エバ・ペロンが対立の激化した権力を引き継いだ。CIAは1976年ジョージ・ラファエル・ビデラ将軍を政権の座に据える。ビデラ政権は強い抑圧、弾圧を進め、周辺の軍事政権と協調しペロン支持者や左翼を弾圧。虐殺、大規模な人権侵害、失踪、誘拐、その他悪質な犯罪にあふれた時代を生んだ。
○ エルサルバドルの国民は、米国の介入の下で1931年から1981年まで50年続いた独裁下で、4万人以上が虐殺された。当時のエルサルバドルは、CIAと結んだ犯罪組織の13家族によって支配され、更にCIAは軍隊に訓練を施した。CIAは、イエズス会の大僧正オスカル・アルヌフォ・ロメロが大衆を教化しようとしたため、1980年ロメロ殺害に及んだ。
○ 1983年のパナマ。CIAはパナマ運河の管理権を守るため、反米的なオマール・トリホス大統領を爆殺し、マニュエル・ノリエガの独裁体制を擁立する。彼はCIAの麻薬密売人として30年間仕えてきた。しかしノリエガと米政府の間に対立が深まると、1989年12月にパナマ進攻を行い、ノリエガをマイアミの刑務所に拘束した。侵略軍は3,500人の死者と、2万人以上の住む場を奪った。
○ 1990年のペルー選挙では、アルベルト・フジモリの大統領当選を演出したのが、特別顧問のウラジミル・モンテシノスだと言われる。彼は1970年代からCIAと深い関係を持っており、フジモリ政権の影の支配者だった。フジモリは、彼を国家情報局の長官に任命し、その下に生まれた自警団組織は、左翼とマルクス主義者を弾圧した。更にフジモリ政権は、議会を解散し、最高裁判所のメンバー全員を収監した。
これを過去の話だと思ってはならない。
2002年4月11日にもCIAの支援を受けた軍部によるクーデターが、ベネズエラで起こった。
ラテンアメリカはアメリカ合衆国の支配を、今も受け続けているのだ・・・・・・・・

スポンサーリンク

映画『ボーダーライン』評価 |
上で見たように、歴史的な米国による中南米諸国への支配が、時にはあからさまに、時には密やかに成されてきた。

米国により訓練された軍人による軍事的、政治的支配。
IMF・世銀のグローバリズム政策の強要による経済的支配。
そんな米国の支配に対して、2010年以降ラテン・アメリカの貧困層・労働者層、アンデスの先住民族層によって、次から次へと反米・左派政権が誕生した。
この映画は、ラテン・アメリカを舞台にした凡百のハリウッド製娯楽アクション作品に較べれば、アメリカの罪に対して無自覚ではない。
このコロンビア人のCIA協力者が背負った不幸も、麻薬組織に対して闘いを挑む事も、つまるところアメリカが巻いた不幸なのだという事がこの映画の原題に籠められていると思う。
シカリオとは スペイン語で『殺し屋』を意味するという。
本来、殺し屋とは誰かに依頼されて人を殺す職業だとすれば、このコロンビア人のクライアントが誰かは明らかだ。
彼は合衆国政府の求めに応じてによって、南米の同胞を殺すのであり、それは結局南米の混乱を作っているのがアメリカに他ならないという構図の明確な表現だったろう。
それゆえ最後は、このコロンビア人がアメリカの良心を代表するエミリー・ブラントに対して、自らの要求を突きつけるのだ。
それは、アメリカ国民に対し、ラテン・アメリカの窮状を理解しろという魂の叫びだったと思える。
そのラテンの魂を表して、ベニチオ・デル・トロの演技が迫力を持つ。
結局、この映画はそんなラテン・アメリカ対アメリカの対立構造を軸にした物語だと思うが、そのメッセージが今一つ不明瞭なのは、アクション・シーンの過剰さや、アメリカの観客を意識した「アメリカ悪」の描写の不徹底によるものだと感じる。
さらに日本では、上の対立関係が不明瞭だと判断した映画会社の商業戦略によるのだろうが、「悪のボーダーライン」というキャッチコピーによって、さらに日本の観客に混乱を生じさせたのではないかと思える。
いずれにせよ映画的な迫力は十分ながら、アメリカ政府を糾弾する姿勢の不徹底さに対し、評価を下げた。
関連レビュー:アメリカの罪を語らない映画 『プラトーン』 オリバー・ストーンの自伝的物語 ベトナム戦争の敗北の真実 |

スポンサーリンク

映画続編『ボーダーライン・ソルジャーズデイ』 |
○この作品は、緊迫感のあるアクションとして評価も高く、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリンのキャストもそのままに、続編が撮られた。日本では2018年11月16日(金)ロードショー公開された。

スポンサーリンク

以下の文章には 映画『ボーダーライン』ネタバレがあります。 |
アレハンドロとは、メキシコ系麻薬カルテルに妻と娘を惨殺されたメキシコの元検事で、個人的な復讐のためにコロンビア麻薬カルテルの暗殺者となったのだ。
そしてCIAは、メキシコ系麻薬組織によって奪われたCIA利権を、コロンビア麻薬カルテルの支配下に奪還しようとして、メキシコ組織に精通したアレハンドロを作戦に参加させたのだ。
ケイトはマットの計画の全貌を公表するつもりだと言い放ったが、マットは彼女に「それは大きな過ちだ」と警告する。
一方のアレハンドロは、メキシコ麻薬組織のボス・ファウストの家にたどり着く。そのファウストこそ、アレハンドロの妻子を殺害した張本人だった。アレハンドロは息子たちは見逃すように頼むファウストの言葉を無視し、息子2人とファウストの妻を射殺する。
そして、ファウストも射殺し復讐を果たした。
映画『ボーダーライン』結末・ラスト |
ケイトのアパートに、銃を持ったアレハンドロが姿を現し、作戦が適法だとする書類にサインをしろと脅した。
【意訳】アレハンドロ:座れ。君は怖がっている小さな子供のように見える。君は、奴らが俺から奪った娘を思い起こさせる。俺はこの1枚の書類に、君のサインが必要だ。それは、我々が行った全ての行動が規則に従っていたとする、基本的な証言だ。/ケイト:サインはできない。/アレハンドロ:サインしろ。大丈夫だ。/ケイト:サインはできない。/アレハンドロ:ちくしょう!君は自殺を遂げる事になるぞ、ケイト。さあ、サインしろ。(ケイトがサインする)/アレハンドロ:君は小さな町に引っ越したほうが良い。法と秩序がまだある所に。君はここでは生きて行けない。君は狼ではない。そして、ここは今や狼たちの国だ。
拒否するケイトから無理やりサインを取ると、アレハンドロは立ち去った。
ケイトは窓からアレハンドロを銃で狙う。
アレハンドロはそんなケイトを見つめる。
しかし、彼女は結局撃つことができず、立ち去る彼を見送った。
アレハンドロに殺害された、メキシコ州警察のシルヴィオ署長の息子は、サッカーの試合中だった。
銃声がどこからか聞こえ、人々が不安そうに周囲を見渡す。
しかし試合は、しばらくすると再開された。
【関連する記事】
- 映画『ピアノレッスン』美しく哀しい女性映画!再現ストーリー/詳しいあらすじ解説・..
- 映画『我等の生涯の最良の年』考察!本作の隠された主張とは?/復員兵ワイラー監督と..
- 映画『我等の生涯の最良の年』戦勝国米国のリアリズム!感想・解説/ワイラー監督の戦..
- 映画『シェーン』 1953年西部劇の古典は実話だった!/感想・解説・考察・スティ..
- オスカー受賞『我等の生涯の最良の年』1946年のアメリカ帰還兵のリアル!再現スト..
- 古典映画『チップス先生さようなら』(1939年)戦争に歪めれた教師物語とは?/感..
- 古典映画『チップス先生さようなら』1939年のハリーポッター!?再現ストーリー解..