評価:★★★★ 4.0点
この映画は歳を取れば取るほど沁みてくる一本だと思います。
映像の魔術師フェリー二監督としては、珍しい人情話となっていると感じました。
こじんまりとまとまった印象ですが、その小品としての風情もまた愛らしい味わいが・・・・・・
巨匠フェリーニが描くノスタルジックなこの映画には、何かイタリア映画に共通する土の匂いを思わせる郷愁があるように思います。
映画『ジンジャーとフレッド』ストーリー
クリスマスで賑わう大都市ローマ。アメリア・ボネッティ(ジュリエッタ・マシーナ)は、駅に一人降り立った。かつて人気だったタップダンス・コンビ“ジンジャーとフレッド”として、TVの特別番組「さて、皆さん」の出演依頼を受けたのだ。“ジンジャーとフレッド”は1940年代に人気を博していたが、1950年代後半には引退していた。
番組出演者を乗せたバスに乗り込むと、フリークスやオカマ、ボディービルダーなどと同乗しホテルに入ったが、相棒のフレッド役のピッポ(マルチェロ・マストロヤンニ)の姿が見えない。しかし、ホテルでベッドに入るころ隣室にピッポがいることを知った。ピッポは、髪も白くなり、しわも増え、30年という歳月を感じさせたが、話すうちに心は通じ合った。翌日、二人はバスに乗せられると、いよいよテレビ局へと向かった。スタジオの舞台では目まぐるしく動き回るスタッフの準備が進み、いかがわしい出演者たちが舞台裏で待機していた。二人は昔の仲間トト(トト・ミニョネ)にも出会った。本番前に二人は、人目を避けリハーサルを行なった。しかしピッポは強気な言葉にも関わらず、いざ踊ってみると、息が切れ、目まいを覚えた。本番への不安がつのるピッポとアメリア。しかし、ついに司会者が二人を紹介し、“ジンジャーとフレッド”のタップが拍手に迎えられて始まった・・・・・・・
映画『ジンジャーとフレッド』予告
(原題Ginger et Fred/製作国イタリア・フランス・西ドイツ/製作年1985年/上映時間 2時間 7分/監督 フェデリコ・フェリーニ/脚本フェデリコ・フェリーニ、トニーノ・グエッラ、トゥリオ・ピネリ)
映画『ジンジャーとフレッド』出演者
アメリア(ジュリエッタ・マシーナ)/ピッポ(マルチェロ・マストロヤンニ)/司会者(フランコ・ファブリッツィ)/トト(トト・ミニョネ)
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映画『ジンジャーとフレッド』感想 |
主人公の二人の芸人は若いときに、ハリウッド・ミュージカルスターのジンジヤー・ロジャースとフレッド・アステアの、イタリアでモノマネをしてスターだったという設定です。
その二人が、30年ぶりにTVショーで踊るという企画を持ち込まれ、再開し出演する事になります。
もうこの設定だけで、なんとなく泣けてきちゃいます。
この二人の若い日と、今の様子を見て、30年の間にお互いイロイロな事が起こったかと思うと、大変だったろうな、会えて良かったな、などと一人かってに頷いたりして・・・・・・・
考えてみれば、ジンジャーとフレッドのモノマネをするというのだから、ハリウッド黄金期の1940年代に彼らは踊っていたのでしょう。
【本家のジンジャー・ロジャースとフレッド・アステア】
その輝くばかりのハリウッドのミュージカルをイタリアで見て、世界を想って踊っていた二人の若い時を思うと、その時の未来とは輝くばかりの世界として考えられていたように思います。
1945年に戦争が終わり、人々に暗い時代からの開放を実感させたのは、ハリウッドの輝くばかりの映画だったと当時の人々は言います。
その時代、地球上の人類は、みんなハリウッドに恋していたのです。
関連レビュー:ハリウッド・ミュージカルの傑作 『雨に歌えば』 サイレントからトーキーへの過渡期を描く ミュージカルの大スター「ジーン・ケリー」の代表作 |
そんな「映画=アメリカ」と認識している世代だと、フェリーニ自身が告白しています。
<第65回アカデミー賞・フェリーニの栄誉賞授賞式風景>
プレゼンターのマルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンがフェリーニを呼び込む。
【意訳】フェリーニ:どうぞ、座って、快適にしてください。
もしここで、少し居心地が悪いと感じるのは、それは私一人だけです。(プレゼンター・ソフィア・ローレンはフェリーニのストーリーテラーとしての功績を認めて彼に名誉賞を送ると読み上げ、オスカーを渡す。そしてキスを求める)
フェリーニ:長い、長い感謝を言うためにドミンゴ(プラシド:オペラ歌手)の声を持ちたいです。なんと言うべきか、私は本当に期待していなかったです、でも、ちょっとは(笑い声)・・・待って。でも、私は25年前には思っていなかったんです。いずれにしても、期待以上です。私は田舎の国の出身で、映画とアメリカが同一と思える世代に属します。そして、今、親愛なるアメリカの方々とここにいて、自宅にいるように感じます。
この状況ですので、寛大に、全ての人に感謝するのは容易です。まず第一に、当然、私と働いたすべての人々に感謝したいです。私は、誰でも候補者に指名できるわけではありません。どうぞ家内でもある女優の名前を挙げさせてください。
ありがとう、最愛のジュリエッタ。お願いだ、泣くのは止めて。
この映画の『ジンジャーとフレッド』が若く美しく輝いていた時を想像し、30年後の姿を見るとき、そこに現れた衰えや疲労は、大げさに言えば人類に共通の戦後の歩みを体現したものだとも思えます。
30年前に感じた輝く未来は、30年を経たとき疲れた老年者として姿を現します。そして出会った二人に生じる不協和音は、明るい未来を現実にできなった現代世界を象徴しているようにも思えるのです。
しかし、そんな衰え疲れた二人であってもまだ踊れるのだと、この映画は語っています。
どんなに混乱しても、どんなに不幸な時代を経ても、生きていればまだ踊れると語っています。
醜くても、無様でも、手に手を取って、励ましあって、ステップを踏み続ければ、踊れるのだと語っています。
そんなフェリーニのエールだと・・・・そう思えます。
けっきょく、ジンジャーとフレッドのハリウッド映画の描いた、「自由と自由主義」というアメリカの理想は、その後「東西冷戦」や「ベトナム戦争」を経てその光が色あせていきます。
むしろ、その理想的な未来はTV的な混乱と猥雑の中で、下卑た欲望に取って代わられたように思えます。
しかしそれでも、その夢を共有した人類は、その未来に向かってまだ踊り続けてもいいのではないかという、そんな呼び掛けを、この二人の姿に託したのだと信じたいのです。
それは、今までフェリーニが取ってきた、エログロ耽美の作品からまるで違う映画となっている事からも、この巨匠が、この作品にだけは違うメッセージを込めているように感じます。
関連レビュー:映像の魔術師フェリーニ 『カサノバ』 フェデリコ・フェリーニの濃厚映画 ドナルド・サザーランド主演の希代のイロゴト師 |
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映画『ジンジャーとフレッド』解説フェデリコ・フェリーニ |
フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini, 1920年1月20日 - 1993年10月31日)はイタリア・リミニ生まれの映画監督、脚本家。「映像の魔術師」の異名を持つ。
ラジオドラマの原稿執筆などを経てロベルト・ロッセリーニ監督の映画『無防備都市』のシナリオに協力。同作品はイタリア・ネオレアリズモ映画を世界に知らしめた記念碑的作品である。
『寄席の脚光』(1950年)でアルベルト・ラットゥアーダとの共同監督にて監督デビュー。1952年の『白い酋長』で単独監督。この作品で音楽監督として起用されたニーノ・ロータは、『オーケストラリハーサル』に至るまでのすべてのフェリーニ作品で音楽を手がけることになる。三作目となる『青春群像』(1953年)では故郷の街とそこで生きているどうしようもない青年達の姿を描いてヒットを飛ばし、ネオレアリズモの若き後継者として注目された。ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。続く『道』(1954年)では甘美なテーマ曲と物語の叙情性とヒューマニズムから世界的なヒット作となり、フェリーニの国際的な名声が確立する。(wikipediaより)
【監督作品】
寄席の脚光(1950年)/白い酋長(1952年)/青春群像 (ヴェネツィア国際映画祭 サン・マルコ銀獅子賞を受賞、1953)/結婚相談所(オムニバス映画「巷の恋」より、1953年)/道 (ヴェネツィア国際映画祭 サン・マルコ銀獅子賞、アカデミー賞外国語映画賞を受賞、1954)/崖(1955)/カビリアの夜 (アカデミー賞外国語映画賞、カンヌ国際映画祭女優賞などを受賞、1957)/甘い生活(カンヌ国際映画祭パルム・ドール、NY批評家協会賞外国映画賞を受賞、1959)/ボッカチオ'70第2話「アントニオ博士の誘惑」(1962年)/8 1/2(アカデミー賞外国語映画賞、NY批評家協会賞外国映画賞を受賞、1963)/魂のジュリエッタ(ゴールデン・グローブ外国映画賞、NY批評家協会賞外国映画賞を受賞、1964)/悪魔の首飾り(オムニバス映画「世にも怪奇な物語」より、1968年)/サテリコン(1969年)/フェリーニの道化師(1970年)/フェリーニのローマ(1972)/フェリーニのアマルコルド(アカデミー賞外国語映画賞、NY批評家協会賞作品賞を受賞、1973年)/カサノバ(1976年)/オーケストラ・リハーサル(1979年)/女の都(1980年)/そして船は行く(1983年)/ジンジャーとフレッド(1985年)/インテルビスタ(モスクワ映画祭グランプリ受賞、1987年)/ボイス・オブ・ムーン(1990年)
映画『ジンジャーとフレッド』ラストの感想 |
映画によって育てられ、映画によって生活し、死ぬまで映画と格闘し続けたこの監督が、そのルーツとしてのハリウッド映画を回顧する、このノスタルジーと、過去に対する悔恨と、現代世界の逡巡を描いたように思えます。
しかしそれでもこの映画で、フェリーニは未来に向けて足跡を残さなければならないと、ハリウッドの描いた夢や理想を再び掲げるのだと、観客に告げているように感じました。
そんな、黄金期ハリウッド映画への憧れを描いた映画。
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