評価:★★★★★ 5.0点
人は苦しい時に夢を見る。
苦しさを忘れるための夢であれば、飛びっきり華麗で、有り得ないほど崇高な姿をした、天国を示す事が理想であろう・・・・・・
1960〜70年代、松竹映画の「社長シリーズ」や「若大将シリーズ」の担った役割とは、そんな天国を映画館にもたらそうとした映画だったろう。
しかし、それはマッチ売りの少女の「マッチ」のようにすぐ消える「ともしび」に過ぎ無かった。
なぜなら、その具体的な目的を持った「天国」は観客がその天国を我が物にできたと感じた瞬間、色あせたありきたりな現実と化してしまう。
もう少し丁寧に言えば「理想や夢を語った映画」は、人々の「欲望を集約する装置」として機能し、全ての人々が目指す目標として掲げられた故に、人々がそれを現実化するために努力する推進力となり得た。
例えば、映画が語った「恋愛結婚」は今や当然のことだし、豊かな生活という「理想や夢」も、少なくとも日本においては、バブル以前には満たされていた。
そしてそんな「理想や夢」は満たされてしまえば、人々の欲望とはなり得ない。
つまり映画は「理想や夢」という欲望を語ることで、結果的に「理想や夢」喪失させるという自己矛盾に陥ってしまい、すでに大衆の共通目標とすべき欲望が見いだせないという現代においては、すでにその機能を停止してしまったとすら思える。
それでは映画は、もう、人々の望みを、夢を、理想を描き得ないのであろうか?
私はそうとは思わない。
人は苦しい時に夢を見る。
しかし寝れないほどの痛みを受けた時、人は覚醒してその苦痛と向き合わねばならない。
それは遠い「天国」よりも、まず現実の痛みを止めるという直截な処方であり、人間存在の生の苦悩からの解放という切実な欲求である。
この「現実からの救済」もまた苦しい生活、人生において、必然的に求められる強い希求として存在し、その欲求を叶える為の映画が存在する。
それらの映画は、あくまで現実を写す事をその表現の基本とし、夢や理想をことさら掲げはしない。
そんな「夢や希望がない物語」であればこそ、人々の欲望を集約し映像化する「欲望装置」としての、また新たな機能を持ちえると思うのである。
例えばこの「仁義なき戦い」シリーズ。
この映画は、過酷な現実と向き合って、正面からの激しい肉弾戦を描き、結果ではなく、正義でもなく、利益でもなく、ただ戦い続ける事の不可避の現実を描いて、男たちの魂を揺さぶりはしまいか。
ここで描かれる戦いは、仁義という虚飾を排しているが故に、端的に人々の個々の事情の累積した澱=オリをかき分け続けて、自分の命を維持する事が「生きる」という事の真実だと、その激しい暴力描写によって直截に脳髄へ刷り込まれる。
この映画は、最も原初的な弱肉強食の世界を描くことによって激しい苦痛にのたうつ男達の姿によって、観客が現実世界で受けざるを得ない傷の痛みに対する耐性を与えはしまいか。
理も非もなく、戦い続けざるを得ない男達の血なまぐさい現実を見るうちに、いつしかこの哀れな男たちの人生に慈しみと愛情を感じるであろう。
そしてついには、この狂おしい闘争・格闘の果てに何が待っているかは分からないけれども、この戦いを闘う事こそ「崇高」な行為のだと不思議と納得する己を見出すに違いない。
なぜなら太古の昔より、人はただ「命を維持」するために善悪理非もなく、戦い続けてきたのだ。
その「闘争」にこそ敬意と畏敬を持てない者は、真に生きてると呼べはしまい。
明らかにこの映画にはその「敬虔」さがあり、その「闘争のメッセージ」が見る者に伝わる時、人は自らの苦痛と向き合い戦い続ける覚悟を手にするであろう。
つまりこの映画シリーズは、困難に満ちた「現実世界の闘争」を「崇高な行為」として描き得た事で、大多数の庶民・大衆が日々向き合い、営んでいる、生活こそ「崇高」であると証明し得た。
そのことこそは名もなき生活人達が心の底から欲している答、「自らの人生に対する肯定」に他ならず、その答えを提示する事こそ「欲望装置としての映画」が必要とされる理由であろう。
関連レビュー「ハワイの若大将」:http://hirahi1.seesaa.net/article/429866422.html
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