2021年05月17日

古典解説『サンライズ』サイレント映画とトーキー映画のはざま/感想・考察・映画カメラの変化・ネタバレなし簡単あらすじ

映画『サンライズ』感想・解説 編

原題 Sunrise
製作年 1927年
製作国 アメリカ
監督 F・W・ムルナウ
脚色 カール・マイヤー
原作 ヘルマン・ズーデルマン
撮影 チャールズ・ロシャー、カール・ストラッス


評価:★★★★  4.0



1927年に製作された、ドイツ人監督による、モノクロ・サイレントのハリウッド映画です。

ハリウッド映画界から請われて、海を渡ったF・W・ムルナウが遠慮なく制作費を注ぎ込んで撮ったこの映画は、当時最先端だったドイツ表現主義の顔を見せています。

この映画は、モノクロ・サイレントの作品ながら、2020年代でもまだ高い評価を受け続けています。
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<目次>
映画『サンライズ』簡単あらすじ
映画『サンライズ』予告・出演者
映画『サンライズ』解説/世界初のトーキー映画
映画『サンライズ』考察/サイレント映画の残照
映画『サンライズ』感想

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映画『サンライズ』簡潔あらすじ


テロップ「この映画は男とその妻の物語、特定の場所は無く、あらゆる所の物語。どこでも、いつでも、聞くことが出来る。」
夏、都会から汽船に乗り、湖畔の農村に来た都会の女と、恋に落ちた男。彼は、女にそそのかされ妻を殺し農園を売って、都会で暮らすことを夢見た。そして、妻を遊びに行くと連れ出し、都会に向かうボートの上、妻を湖に落とそうと試みるが、果たせなかった。悲嘆にくれる妻に、何度も謝り、心からの悔悟を見せた夫に、妻も赦しを与え、夫婦はかつてのような無邪気な笑いを取り戻した。その日、一日街で遊んで、お互いの愛を取り戻した夫婦は、湖をボートで戻る。しかし、その帰路、突然の嵐に見舞われボートは転覆し、男が気がついた時には妻の姿はなかった―
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映画『サンライズ』予告

映画『サンライズ』出演者

男(ジョージ・オブライエン)/妻(ジャネット・ゲイナー)/街の女(マーガレット・リビングストン)/メイド(ボジル・ロージング)/写真家(J.ファレル・マクドナルド)/理髪師(ラルフ・ジッパー)/マニキュアガール(ジェーン・ウィントン)/邪魔な紳士(アーサー・ヒュースマン)/義務的な紳士(エディ・ボーランド)
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映画『サンライズ』解説

初トーキー映画?

この映画はフォックス社のムービートーンというトーキーシステム(映像と音声の同期システム)の、長編第一作とされています。
ムービートーンの仕組みは、フィルム撮影の時に画像を焼き付けると同時に、音の記録もフィルムに刻む形で同期性を担保したもの。その同調性を確実にするため、サイレント時代のカメラは一秒間16コマを手回しで撮影していたが、一秒間24コマの安定した撮影スピードが無ければ音が歪みトーキーとして成立しなかった。フォックス社はこのムービートンの特許を使い、世界各地のニュースや事物をムービートーン・ニュースと名づけ1928年から1963年にかけてニュース映画として配信した。
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<ムービートーンによるニュース・1929年の日本>
実は世界初のトーキー作品として歴史に残る『ジャズシンガー』は1927年10月6日公開ですが、この映画は1927年9月23日公開であり、本来世界初のトーキー作品の名誉はこの『サンライズ』であるべきでしょう。

ただし『ジャズ・シンガー』は、当時人気の歌手アル・ジョンスンが主演で歌声が入り、人がしゃべるという点で人気となり、効果音とBGMのみを録音した『サンライズ』がかすんでしまったようです。

話は変わりますが、当時のトーキーのカメラは、マイクが付く関係でカメラの回転音を防音するため大きく重くなり、サイレント映画時代のカメラより、自由度が低くなったのです。

更に言えば、トーキー化によって、撮影が不自由になった例としては、雑音や環境音を遮断するために、ロケ撮影が困難になり遮音の約束されたスタジオ内で製作せざるを得なくなります。

例えば、車の運転シーンをスタジオ内で撮り、ロケ撮影部分を車窓と合成する手法に、それらの時代の名残を見ることができます。
<1976年ヒッチコック『ファミリープロット』のシーン>


また、トーキーは上で説明した通り、コマ送りのスピードが一秒24コマに固定されていますが、それまでのサイレント映画は14コマで、その上、手で回して撮影していたため、スピードに緩急をつけることが可能でした。

それらの、特性を有効に活用したのがサイレント時代の「ドタバタ喜劇(スラップスティック・コメディー)」です。
例えば、チャップリンの生み出した「放浪紳士チャーリー」は、その面白さを14コマのゼンマイ仕掛けのような動きや、早まわしなどの自由さによって作り出していました。
<チャップリン『サーカス』より>


そして、24コマの安定的速度でカメラが回る時代となった時、チャップリンは彼の築き上げた「チャーリー」というキャラクターのスクリーン上の動きに満足いかず、捨てざるを得なかったのです・・・・・・
関連レビュー:チャーリーの引退宣言!
『モダン・タイムス』
チャップリンの資本主義批判!?
放浪紳士チャーリーの最後の登場作品
上で述べた通りこの映画『サンライズ』は、フォックス社のトーキー(ムービートーン)導入期の作品です。
それゆえトーキーカメラの特性から、映像的に不自由度が増したのかと想像したのですが、実は真逆のカメラの機動性を見せて、現在でも高く評価されているのです。

その矛盾を下で考察してみたいと思います。
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映画『サンライズ』考察

サイレント・カメラの機動性

この映画は、トーキー作品として作られていますので、本来上で見たようにカメラ撮影は不自由であるべきです。

しかし、当時も今も、カメラの機動性を最大限活かした、サイレント時代最高のカメラワークと批評家から評価されています。
当時革新的な映画撮影(カメラマンCharles RosherとKarl Strussによる)は、特にトラッキングショット(カメラが被写体を追跡する)で賞賛を受けています。

その矛盾を探るべく調べて見ました。

すると、当時手回しだったカメラを、カメラマンのカール・ストラウスがモーター付きのカメラにしたことで可能になったとの情報があります。

『サンライズ』のDVD付録で撮影監督ジョン・ベイリー(『普通の人々』『恋はデジャ・ヴ』『恋愛小説家』を撮影)の語る所によればカール・シュトラスが天井から吊るされたドリーに乗って、モーターで動くベル・ハウエルで撮影したと語っています。

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ベル・ハウエルはサイレント時代の代表的撮影カメラです。

つまり、この映画の滑るようなトラッキングショットは、やはりムービートーン用のカメラでは無理で、カメラを使い分けたのだと思われます。

更に調べて見ると、アメリカ映画カメラマン協会(American Cinematographer)の雑誌で、カメラマンのネストール・アルメンドロス(『天国の日々』、『クレイマー・クレイマー』の撮影監督)が語る説明がありました。

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【意訳】「この映画は並外れた作品です。カメラの動きと特殊効果は、当時としては信じられないほど完璧です。」「プレーヤーの頭上に吊り下げられたカメラドリーを発明しました。どうやら、彼らはレストランのシーンのように、(床ではなく)天井のレールに線路を置いたようです。サンライズを初めて見たときはクレーン台車を使っていたと思っていたのですが、昔の映画雑誌の記事を読んでみると、実はスタジオの天井の線路に吊るされたカメラだとわかりました。」
「サンライズのカメラの機動性。サイレント映画は、1925年から1929年まで、音が出る前の最後の数年間に作られたこの映画や他の映画でピークに達しました。サイレント映画は非常に洗練されていました。特にカメラの動きの分野では、それら自体が完璧でした。カメラは当時非常に自由でした、そしてこの映画はその最も良い例の1つです。」
「トーキーになると、カメラの機械音を消すため音を遮断するケースを必要とし、重く大きくなり、カメラは固定され、その技術は融通の効かない、スタジオ向けになりました。」(記事より抜粋:原文⇒ https://theasc.com/magazine/june03/sub/page2.html)

やはり、サイレント時代のカメラでなければ、この映画の自由なカメラワークは困難です。sunrise_fox-movietone-camera.png
カール・シュトラスがモーター付きのサイレント用カメラを持ち込んだというのも、毎秒24コマの安定したコマ送りであれば、アフレコで音を追加できたのではないでしょうか。ムービートーン(同時録音)用カメラ(写真)の代用としてサイレント用カメラを使えたのではないかと想像しています。

実をいえば、この『サンライズ』を製作したフォックス社は、1927年に『第七天国』という第一回アカデミー賞の作品賞に輝いた作品も作っています。

そして、その映画でも.後からオーケストラの音を入れたと言いますから、後から音を入れることも可能だったのではないでしょうか?
アメリカ映画:1927年
『第七天国 』
ボーイミーツガールの恋愛天国!!
『ラ・ラ・ランド』監督もラストを参考にした古典!

いずれにしても、その自由に動き回るカメラは、明らかに映像表現の説明力を増すことに通じていると感じます。

それは、この時代のサイレント映画に共通する特徴でもあり、例えば1927年の『つばさ』を見ても、自由な映像表現を見せています。
関連レビュー:サイレント時代のカメラの自由
『つばさ 』
第1回アカデミー作品賞!第一次世界大戦のパイロット達の闘い!
戦争映画の古典!サイレント映画最高のアクションシーン!!

更にこの映画で使われた、オーバーラップする映像シーンも、その説得力と、物語の象徴性に寄与しています。

その象徴性とファンタジックなトーンは、強制遠近法の大胆な使用によってももたらされています。
その効果は、通常のサイズの人々とセットが前景にあり、背景に小さなセットの都市を配したショットで顕著です。

このセットを歪ませる映像表現は、ドイツ表現主義の古典『カリガリ博士』でも見ることが出来ますが、この映画の変形はセットのミニチュア感を感じさせ、どこか詩的なメルヘンチックな味わいを生んでいます。
関連レビュー:ドイツ映画の象徴性
映画『カリガリ博士』
ホラー映画の歴史に名を刻む古典
ドイツ表現主義の代表作

それは、カメラの動線誘導の効果と相まって、この映画の象徴性を高めることに寄与しているでしょう。
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映画『サンライズ』感想

「サイレント=無名性」の無限性

この映画の童話的「おとぎ話」的なストーリーは、具体性を敢えて捨て去ることで、普遍性と象徴性を生むことに成功していると思います。

この具体性、個別性を捨てる事とは、実はサイレント映画の伝統的な手法であり、例えばチャップリンのサイレント映画などでも最低限の名前しか付与していません。

そこにあるのは、言葉の説明を省くという、現実的な目的があったと思います。
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しかし、その結果、名前を持たず、喋らないない、サイレント映画の登場人物は、全ての人々の象徴と成り、あらゆる人々の感情移入を可能とするように見えます。

それは、おとぎ話の登場人物、おじいさん、おばあさんなどの「無名性」に通じるものでもあります。
そのサイレントの、無名性と象徴性を、この『サンライズ』ほど明示的に、意識的に活用した例を他には知りません。
これは、「トーキー=言葉」が、名前を生み、名前が「個の確立」「独自性の成立」を規定する物語とはまるで異なる世界です。

たぶん、監督のムルナウは、トーキーがもたらす「個の成立」に敢えて逆行したのだと信じています。
それでなければ、サイレント映画の無名性を更に高める役名を使い、冒頭に「無名の地の無名の夫婦」とことさら示し、おとぎ話的ストーリーの中で、幻想的なセットを作り、物語を語る必然性がありません。

そんな敢えて無名性を選んだ理由を考えてみましょう。
物に名前が付けられたとき、そこに限定された意味が生じるという説が有ります。

そういう認識論からすれば、物に名前を付与しない事は、即ちその物が無限の可能性を持ち、存在し続ける事を可能にするのだと言えるでしょう。
この映画の言葉の無さも同様です。

この『サンライズ』の無名性、ドラマとしてのシンプルさは、意味を限定することなく、人々の想像力、観客の感性に、その作品の解釈を委ねます。

それゆえ、見る者の心の中に呼応する主題が、無意識の中から知らず知らずのうちに選択され、見た人間の数だけ『サンライズ』という、新たな物語が生まれる事になるでしょう。

そういう点で、この映画は見た人が自らの心と対話し、映画と共に物語を作る作品であり、そこに生まれた意味とは自分だけの小宇宙だと言えるでしょう。

そんな事で、これから先は、私が思い浮かんだこの映画の解釈を書かせて頂きます・・・・・・
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個人的に思い浮かんだのは、実は近代とは「個別性=個の成立」が基礎に成立しているという論です。

個を成立することによって、人々を生来の共同体から切り離す事で、産業革命後の工業化の人的資源として動員可能になったというのです。
つまり「名前の付与=個の確立=近代」という図式になる時、この映画が語るのは「近代」がもたらす人間存在に対する歪みであったと思えます。

この映画の「無名の村」の「無名の夫婦」とは前近代の、原初的共同体で平和な営みを持っています。
そこに現れた「都会の女」とは、そのまま「近代資本主義」の象徴でしょう。
彼女は「女房を殺し=原初共同体を断ち切り」、「農場を売って=資本を持って」「都会に行こう=工業社会に参画しよう」と囁きます。
そして、夫もその言葉に乗せられ妻を殺そうとしますが、悔悟し妻とのよりを戻します。

それは人の幸福は生まれ育った共同体の中で生きることだと語っているように思えます。
こう解釈してくれば、この映画は1927年当時、近代化による資本家と労働者の軋轢が高まる中唱えられた、マルクス・エンゲルスの「共産主義」的論調を持ったものだと考えられます。

それは、当時における危険思想であり、例えばチャップリンは大恐慌当時の1932年「モダンタイムス」で、近代工業社会の批判を試みていますが、その結果第二次世界大戦後になってアメリカを追放になったほどです。
そんな危険な主張を秘めたこの映画は、実はドイツ系監督がハリウッドに持ち込んだ『フィルム・ノワール』の原初的姿とも思えます。

個人的にハリウッドの1950年代の『フィルム・ノワール』は、ドイツ系監督の亡国の悲しみが形になったものだと思ったりしたのですが、この映画を見ると近代が人間を押しつぶすストレスがその根源にあるのかとも考えるようになりました。
いずれにしても、これは私の強引な解釈で、公開当時の批評にも、今目にする批評にも社会主義的近代批判だと指摘した文章は眼にしませんでした。

こんな風に、ある作品に言葉をつけ、解釈し、名前を付ける時には、いつもその作品の持つ豊饒さを損なってしまうのではないかと、我が身を振り返るのですが・・・・・

この作品は、特に「無限の可能性」を持つだけに、自らの至らなさを痛感します。

「沈黙(サイレント)は金」という諺を、噛み締めつつ終わらせていただきます。



posted by ヒラヒ・S at 00:00| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月16日

編I/映画感想『ロッキー』/解説・ネタバレ・ラスト映画評価

原題 ROCKY
製作国 アメリカ
製作年 1976年
上映時間 119分
監督 ジョン・G・アヴィルドセン
脚本 シルヴェスター・スタローン


評価:★★★☆  3.5



1976年公開のロッキーは、低予算で製作されながら、世界的なヒットとなり、脚本を書き主演を努めたシルヴェスター・スタローンは一躍スターダムに名を連ねました。

人生の敗者だった主人公が、チャンスを得て果敢に挑戦し、勝利を目指す姿はシンプルながら力強く、無駄のないストーリーとなっていると感じます。

このアメリカンドリームの映画は、発表時オスカーを獲得し、今も高い評価を得ています。
ここではこのアメリカンドリームの映画が、どう評価されてきたかをご紹介いたします
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<目次>
映画『ロッキー』詳しいあらすじ
映画『ロッキー』予告・出演者
映画『ロッキー』解説・アカデミー賞事件
映画『ロッキー』ネタバレ
映画『ロッキー』結末

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映画『ロッキー』あらすじ


場末のボクシング会場、フィラデルフィアの小さなジムでボクシングをするロッキーは、クリンチを多用しブーイングを浴びながらも、強烈なパンチで勝利を収め、僅かなファイトマネーを手にした。
家に帰ると、2匹の亀と金魚に話しかける。
ロッキーは毎日ペットショップに通い、友人ポーリー()の内気な妹エイドリアン()と会話を交わす。彼女は、硬い表情でなかなか打ち解けないが、いつか交際する日をロッキーは夢見ている。
ロッキーは、地元の高利貸ガッオ()の取立てを請負い、生活費を稼いでいたが、借金を返さない男の指を折れと命令されても気の優しさから出来なかった。

しかしある日ジムに行ったロッキーは、ジムのロッカーに鍵が掛けられ、自分の荷物が放り出されているの気づいた。トレーナーのミッキー()に怒り詰め寄ると、ミッキーにお前はボクシングを辞めろと言われた。

その夜、ペットショップに顔を出し、軽口を叩くが相変わらずエイドリアンは、打ち解けず店を後にした。。
ロッキーは酒場に入るとエイドリアンの兄ポーリーに、彼女が冷たいと愚痴った。ポーリーはあいつは馬鹿だと言うと、お前も妹も30だ、生涯独身だと毒づいた。そして、ロッキーに高利貸のガッオを紹介してくれと頼んだが、ロッキーは首を縦に振らなかった。それでもポーリーは、翌日の感謝祭に訪ねて来て、妹を誘えと言った。

そんな時、最強の呼び声高い世界チャンピオン、アポロ・クリード()は大々的なタイトルマッチをフィラデルフィアで計画していた。しかし、対戦相手が負傷し試合に出られなくなり、挑戦者選びに苦慮していた。
アポロはフィラデルフィアの地元無名ボクサーを挑戦者に選び、アメリカンドリームを演出する事を思い着く。
アポロが対戦相手を探すため選手名鑑をめくり続ける。するとイタリアの種馬(イタリアン・スタリオン)というニックネームの響きを気に入ってアポロは、その選手ロッキーを選んだ。

ロッキーは、ポリーの家に行き、エイドリアンをデートに誘おうとしたが、兄ポリーから何も聞課されてなかったエイドリアンは部屋に逃げ込んでしまう。兄妹の間にケンカが始まり、ロッキーはいたたまれず帰ろうとするが、ポリーに促されて扉越しにロッキーは、エイドリアンに外で遊ぼうと誘う。諦めかけたとき、エイドリアンは外出の準備をして、能面のような顔で出て来た。

外に出た二人は、閉める直前のスケート場に入り二人だけの時間を持った。言葉を交わすうちに打ち解け、エイドリアンはロッキーの部屋まで来て、入るのを躊躇する。しつこく誘われ入ったエイドリアンだったが、やはり借りてきた猫のようで、ついに帰ろうとする。
ロッキーはそんなエイドリアンを引き止め、キスをした。エイドリアンもそれに応えて、二人はキスを重ねた。

翌日ロッキーがジムに行くと、トレナーのミッキーからアポロがスパーリングパートナーを探していると聞かされた。
ミッキーの嫌悪丸出しの態度に、ロッキーがなぜ冷たいんだと怒りをぶち撒けると、ミッキーは「才能があるのに無駄にして、高利貸の手先になってるからだ!」と怒鳴った。

ジムを後にしたロッキーは、プロモーターのジョージ・ヤーゲンス()と会うと、アポロの挑戦者として選ばれたと聞かされる。
最初は無理だと断ったロッキーだったが、ついに首を縦に振った。

TVの、ロッキーとアポロのタイトル戦試合の発表報道があった。
ロッキーがタイトルマッチをすると知ったトレーナーのミッキーがある晩訪ね、自分にトレーニングをさせてほしいと申し出る。
ロッキーは、今更そんな事を言うなと怒り、ミッキーを追い出した。しかしロッキーは立ち去るミッキーを追うと、彼のトレーニングを依頼した。

翌朝、生卵をいくつも流し込んだロッキーは、ロードワークに出たが、その終わりにはよろめく足でフラフラと階段を上る始末だった。
しかし、ジムでミッキーの課す練習に汗を流し、エイドリアンの兄ポーリー勤める精肉会社の倉庫で生肉をサンドバッグ代わり打つ。その姿はTV取材でも流れ、アポロ陣営も警戒をし始める。

ロッキーの成功にポーリーは嫉妬を感じ酒の量も増えていく。
ある晩ロッキーが「ポーリーは素人のくせに雇へとせがむ」とエイドリアンにボヤく所に、彼が帰ってきた。
それを聞いたポーリーは、エイドリアンにひどい言葉を投げつけ、バットを持ち暴れ出した。
耐えかねた、ポーリーは家を出てロッキーと同棲するようになった。

試合に向け、猛特訓を日々重ねるロッキーは、試合前にはスタミナも付き、息切れしていたロードワークも、余力を残し走りきるまでになる。
戦いの前夜、眠れないロッキーはフィラデルフィアの試合会場を訪れ、自分の気持ちと向き合う。
家に帰ったロッキーは、ベッドで明日の戦いへの不安を口にすると、エイドリアンは心配そうに寄り添う。
ロッキーは自分はゴロツキだったが、たとえ敗けても最終ラウンドまで戦い抜き、ただのゴロツキではないことを証明すると言った。

試合の日、エイドリアンは傷付くロッキーを見るのがつらいと、控室に残った。
アポロとロッキーが各コーナーに立ち、アナウンスが終わると、いよいよ試合のゴングが打ち鳴らされた。

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映画『ロッキー』予告

映画『ロッキー』出演者

ロッキー・バルボア(シルヴェスター・スタローン)/エイドリアン(タリア・シャイア)/ポーリー(バート・ヤング)/ミッキー(バージェス・メレディス)/アポロ・クリード(カール・ウェザース)/デューク(トニー・バートン)

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映画『ロッキー』感想


この映画は、予定調和に満ち、単純すぎ、製作費も少なく、そういっては何ですが映画表現の技術として、なかなか高い点をつけずらいのですが・・・・・

しかし、この映画は何度見ても胸が熱くなりますし、シルベスター・スターローンの個性を元にした演技も、無学で労働者階級の男の純朴さ直截さに感動します。

そこには、当時鳴かず飛ばずだったスターローンの野心が、そのまま映画全体に憑依したかのような印象があります。
その高い熱量を感じる描写力こそ、スポーツを描くための最も重要なファクターではないかとも感じます。
その運動熱量を、この映画のテーマ曲が更に高め、それは一直線に駆け上がる野心の行方を、泥臭く、無様に、よろめきながら、それでも手にする男の姿に素直に感動します。

この、観客が求める結末を、そのまま描き出し、しかも説得力を持たせ、あまつさえ感動すら与えるというの実は大変難しいように思います。
そこに必要なのは、本来上手い語り口を持った、例えばフランク・キャプラやビリー・ワイルダーのようなストーリーテーリングが必要となるようにも思います。

その点を、この映画は、映画技術ではなく、例えば甲子園球児のような、純粋さと、素直さ、闘志を持って表現したのです。
それゆえ魂の籠った作品に仕上がり、世界的なヒットにつながったのだろうと感じます。

そして、その表現は、停滞していたハリウッド映画界に風穴を空ける作品でもあったと思うのです。
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映画『ロッキー』解説

イタリア・ネオ・リアリズモ


アメリカ映画界は、1930〜40年代のハリウッド黄金期で全盛を極めますが、しかし第二次世界大戦後には徐々に陰りが見え始め、それにはTVの台頭と、ハリウッドメジャーの映画産業の寡占を、アメリカ連邦政府により禁止されたからでした。
そして1960年代に入ると、映画の製作規模は縮小し、映画会社自体がTV製作で収益を上げるような状態になりました、
その当時の映画は、独立系の小スタジオが少ない製作費で「アメリカンニューシネマ」と呼ばれる、新たな表現スタイルが世に出てきました。
しかしその映画は、かつての全世界を販路にした万人が喜ぶ作品ではなく、おもに20代をターゲットにした特定層に訴求する、刺激に満ちた内容でした。

そんな限られた対象に向けて、安く手軽に作られた、代表的な映画に、ロージャー・コーマンが仕掛けたプロティション(キワモノ)映画が有ります。
実を言えば、スターローンはロッキーの前にコーマンの映画でデビューしていたのです。

そんな60年代を経て、アメリカ映画界は70年代に入ると

ロッキーの死骸を殴るシーンと、彼のトレーニング計画の一部としてフィラデルフィア美術館の階段を駆け上がるロッキー-は、ジョー・フレージャーの実際の功績から取られています。
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映画『ロッキー』解説

映画の受賞歴・評価紹介


ロッキーは第49回アカデミー賞で10のオスカーノミネートを受け、3つを獲得しました:[59]
最優秀作品賞 ロバート・チャートフとアーウィン・ウィンクラー
最優秀監督賞 ジョン・G・アヴィルセン
最優秀編集賞

ロッキーは、アメリカ映画研究所の100年のリストのいくつかにも登場しています。

AFIの100年... 100本の映画(1998)–#78。[66]
AFIの100年... 100スリル(2001)–#52
AFIの100年... 100人の英雄と悪役(2003)ロッキーバルボア–#7ヒーロー。[67]
AFIの100年... 100曲(2004)「ロッキーのテーマ」–#58
AFIの100年... 100映画の引用(2005)「よ、エイドリアン!」–#80。[68]
AFIの100年... 100乾杯(2006)–#4。[69]
AFIの100年... 100本の映画(10周年記念版)(2007)–#57
AFIのトップ10(2008)–#2スポーツ映画

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以下の文章には

映画『ロッキー』ネタバレ

があります。
(あらすじから)
第一ラウンド、ロッキーのパンチがアポロを捕らえ、アポロがボクシング人生初のダウンを喫した。
しかし回を重ねて行くと、地力の差が出てロッキーはポイントを失い、何度もダウンを奪われる。
ダウンの度に、ロッキーは立ち上がり、両目は晴れミッキーは試合を止めようとするが、15ラウンド戦うことを目標にするロッキーは絶対止めるなと言った。
そんなロッキーを見る、地元フィラデルフィア観客は試合に興奮し、応援の声も熱を帯びる。
15ラウンド戦い続けた時にはロッキーだけではなく、対するアポロも顔を腫らしと肋骨を痛め、青息吐息だった。
試合終了のゴングが鳴り、試合は判定と成った。

映画『ロッキー』結末・ラスト


判定を待つ間、報道席のアナウンサーは興奮した口調で実況を続け、観客は熱狂は増し、場内は激しく揺れた。ロッキーはリング上でエイドリアンの名をを繰り返し呼んでいた。
判定はジャッジ2:1でアポロが勝者と宣言された。
しかし、リング上に駆け上ったエイドリアンとロッキーは激しく抱き合うと、試合の結果を確認するより、お互いの愛を確かめ合うことに夢中だった・・・・・












シルベスター・スタローンは、1975年3月24日にオハイオ州リッチフィールドのリッチフィールドコロシアムで行われたモハメドアリとチャックウェプナーのチャンピオンシップマッチを見た直後に、ロッキーの脚本を3日半で書きました
インスピレーションは、現実のボクサーの特性含まれている可能性がロッキー・マルシアノとジョー・フレイジャー、[9] [10]だけでなく、ロッキーグラツィアーノの自伝

ロッキーは、ハウスレコードであるシネマIIでの初日、5,488ドルの収益を上げました。[36]全国的にリリースされたとき、最初の広い週末に500万ドルの収益を上げ、8か月間一貫して良好に機能し[40]、最終的に北米の興行収入で1億1700万ドルに達しました。[41]インフレ調整後、この映画は2018年の価格で北米で5億ドル以上を稼ぎました。[42]海外のロッキーも好調で、世界の興行収入は2億2500万ドルで、1億700万ドルを稼いだ。[43] [44] 100万ドルの生産予算で、ロッキーは11,000パーセントを超える世界的な収益率で注目に値します。

Rockyは、リリース時に好評を博しました。シカゴ・サンタイムズのロジャー・エバートは、4つ星のうち4つを与え、スタローンは彼に「若いマーロン・ブランド」を思い出させたと述べました。[48] Box Office Magazineは、聴衆は「シルベスター・スライ・スタローンを新しいスターとして宣伝する」と主張した。フランク・リッチはこの映画を「ほぼ100%シュマルツ」と呼んで気に入ったが、当時の映画で流行していた皮肉よりも好んでいたが、彼はその陰謀を「ギミック」と脚本と呼んでいた。 「ヘビーハンド」。[51]リチャード・エダーを含むいくつかのレビュー の(およびCanbyの否定的なレビュー)は、この作品をフランク・キャプラの作品と比較しました。

しかし、この映画は批判を免れませんでした。ニューヨークタイムズのヴィンセントキャンビーは、それを「純粋な30年代は信じさせる」と呼び、スタローンの演技とアヴィルセンの監督の両方を却下し、後者を「決定的すぎるものはない」と呼んだ。
アンドリュー・サリスは、キャプラの比較は不誠実が見つかりました:「キャプラの映画は深いダウンのような映画よりも多くの絶望を投影ロッキーとしてロッキーの仕事にコメント、想定でき、かつ最も前のリング映画は戦いのシーンについて多くシニカルされている、」とヤミ金融は、映画が「感傷的なギャングの端でぐらつく」と言います。サリスはメレディスも見つけた」

ロッキーは第49回アカデミー賞で10のオスカーノミネートを受け、3つを獲得しました:[59]

賞 結果 候補者
最優秀作品賞 ロバート・チャートフとアーウィン・ウィンクラー
最優秀監督賞 ジョン・G・アヴィルセン
最優秀編集賞

ロッキーは、アメリカ映画研究所の100年のリストのいくつかにも登場しています。

AFIの100年... 100本の映画(1998)–#78。[66]
AFIの100年... 100スリル(2001)–#52
AFIの100年... 100情熱(2002)–ノミネート
AFIの100年... 100人の英雄と悪役(2003)
ロッキーバルボア–#7ヒーロー。[67]
AFIの100年... 100曲(2004)
「ロッキーのテーマ」–#58
AFIの100年... 100映画の引用(2005)
「よ、エイドリアン!」–#80。[68]
AFIの映画音楽100年(2005)–ノミネート
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2021年05月15日

映画『スタンド・バイ・ミー』少年が大人になる夏!再現ストーリー/詳しいあらすじ解説・ネタバレ・考察・ラスト

少年が開く扉

原題 Stand by Me
製作国 アメリカ
製作年 1986
上映時間 89分
監督 ロブ・ライナー
脚色 レイノルド・ギデオン、ブルース・A・エヴァンス
原作 スティーヴン・キング

評価:★★★★☆  4.5点

この映画は男なら誰もが通ってきた、少年の夏の日を見事に定着し見事だと思う。
ドラマは、成長の過程で生じる喪失と不安を丹念に、しかし鮮やかに描いており、自分の中の古い記憶が呼び起こされ胸が熱くなった。

このノスタルジックな物語は、人に普遍的な経験を見事に描いた秀作だと、ストーリーを追って見て改めて感じた。


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<目次>
映画『スタンド・バイ・ミー』詳しいあらすじ
映画『スタンド・バイ・ミー』予告・出演者
映画『スタンド・バイ・ミー』解説/映画評価
映画『スタンド・バイ・ミー』ネタバレ
映画『スタンド・バイ・ミー』結末

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映画『スタンド・バイ・ミー』詳しいあらすじ


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畑の中の車中で、作家ゴードン・ラチャンスは呆然としていた。
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座席の上の新聞には「弁護士クリストファー・チェンバーズ刺殺される」という記事があった。
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弁護士クリストファーは、ゴードンの幼なじみで、その脳裏には少年の夏の思い出が脳裏に蘇った。

時は1959年。当時12歳のゴーディ(ゴードンの愛称)は、オレゴン州の田舎町キャッスルロックの低所得者層の家庭に育った。
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近隣の住人も似たような環境であり、頭脳優秀ながら家庭に問題のある少年クリス(リヴァー・フェニックス)、精神的に異常を見せる父を持つ眼鏡のテディ(コリー・フェルドマン)、の3人は今日も樹上のログハウスでタムロって、タバコを口にしながら時を過ごしていた。
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そこに肥満児のバーン(ジェリー・オコンネル)が興奮した顔で、ログハウスにゃって来た。
自宅で兄ビリーと不良仲間のチャンプが、今、町を上げて行方を追っている、レイ・ブラワーという少年の死体を見たという話を盗み聞きしたのだ。
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場所はキャッスルロックから30kmほど離れた、チェンバレーという地の森の奥で列車に跳ねられ死体のまま野ざらしになっているという。ただ兄達は車を盗み、そこに行ったため犯行が露見するのを恐れ、黙っていることに決めた。
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バーンがゴーディたちに話すと、「死体を見つければ有名になる。英雄になれる」と言う動機から、死体探しの旅に4人で出かけると決めた。
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そして各自キャンプ道具を取りに家に帰った。
ゴーディは家で、4月に死んだ優秀な兄デニー(ジョン・キューザック)から貰った帽子を手に、兄を思い出す。
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兄はアメフト選手として期待され大学進学も目前だった。
彼の両親も、その死のショックからまだ抜け出せていなかった。
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父に、クリスは泥棒だから付き合うなと文句を言われながら、家を出た。

ゴーディがクリスと合流すると、クリスは銃を持ち出して来ていた。
弾が入ってないと思って、引き金を引くと発射され、驚いて走ってその場を後にした。
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町を歩く、ゴーディとクリスは町の不良の若者グループのリーダー、エース(キーファー・サザーランド)と出合う。
エースに兄から貰った帽子を取られ、ゴーディが取り返そうとする。
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脇からクリスがエースを罵る言葉を言うと、手ひどく痛めつけられ謝まれと強要された。
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集まった4人は、線路上を歩き出した。
途中、食料が無い事に気づき、皆の金を出し合って雑貨店で仕入れる事に決め、更に進む。
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汽車がやってきたのでゴーディたちは線路から離れるが、テディは肝試しだと近づく汽車を待ち構える。
クリスが引きずり下ろすと、テディとのケンカが始まる。
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クリスはやるなら帰り道にしろと言い、仲直りし先に進む。

同じ頃エース達、不良グループは車に乗り込んで、人の家のポストをバットで打つイタズラをしていた。
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ゴーディ達は水を補給するため、鉄くず商の敷地のフェンスを越えた。
そこには、子供達の恐怖の的である伝説の猛犬チョッパーがいるが、今の時間は姿がなかった。
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一休みしたあと、ゴーディは賭けに負け、雑貨屋に一人食料を買いに行く。
雑貨屋で主人(ブルース・カービー)から、兄のことを言われ、ゴーディは兄が自分の書いた物語を褒めてくれた時を思い出す。
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再びスクラップ置き場に戻ったゴーディは、3人が消えているのに戸惑い、周囲を探すと3人はフェンスの向こうにいた。
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後ろから、チョッパー行けと言う声が響き、犬の吠え声がした。
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ゴーディは後ろも見ずに、必死に走りフェンスを超えた。

逃げおおせて見てみると、チョッパーは小さな犬だったので、4人は笑いながら口々に犬を罵った。
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それを聞いたスクラップ置き場の主人は、チョッパーを馬鹿にするなと怒り出し、お前らを全員知っていると言うと、テディの父は狂ってると口にし、テディを怒らせた。
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その場を離れた4人だったが、旅に戻ってからもテディは、興奮し悔し涙を見せていた。
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深い森の中、線路を歩く、クリスとゴーディは二人会話を重ねる。小説家になれとクリスはゴーディに言う。
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父親が認めなくとも、俺がその才能を認める。だから、進学して才能を伸ばせと語る。

森を抜けると、線路は長い鉄橋につながった。
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4人は、汽車が来ないことを祈りつつ、鉄橋を渡り始めた。
しかし、ゴーディとバーンの歩みは遅く、まだ鉄橋の半ばだった。
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その時、遠くから、微かに汽笛の音が聞こえ、それはあっという間に迫って来た。
ゴーディとバーンは必死に走り、辛くも逃げ切った。

湖畔に出た4人を、夕闇が包み、野宿のために火を炊いた。
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雑貨店で買った、ハンバーガーを食べ、食後のタバコを吸い、ゴーディは皆に求められて、創作物語を始めた。
いつも馬鹿にされていた、太った少年が、大食いコンテストに参加し、大量に食べたものを逆流させ、復讐を果たす話だった。
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喋りつつ、寝に入ったもののコヨーテの声に起こされ、危険を感じた4人は交代で見張りに立つことにした。
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ゴーディは「お前が死ねば良かった」と言う父の夢を見て、飛び起きた。
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見張りに立っているクリスは心配し声をかけた。
ゴーディはクリスと言葉を交わし、彼に頭が良いのだから自分と進学組に入ろうと言った。
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コーディは、家が悪いから無理だと言い、ミルク代の盗みも俺のせいにされたと告白した。
彼は一度は盗んだものの、その金を教師へと返した。しかし、それは教師のスカートになり、自分は犯人のままだったと泣いた。
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翌朝3人が眠る中、クリスの前に小鹿が現れ去って行った。
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しかし彼はそれを誰にも言わなかった。

再び出発した4人は、森を突っ切り進む近道を選んだ。
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その頃、町の不良達は死体を見つけた二人が喋ったせいで、興奮して車で出発した。
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森の4人は、湿地帯に足を踏み入れ、さらにその前に沼が現れた。
浅いと思って踏み込むと、あっという間に首まで浸かった。
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ひとしきり沼の中でふざけ、陸に上がるとヒルが吸い付いているのに気付き、あわててむしり取った。
しかし、ゴーディは、その手を股間に入れ、そこから血まみれのヒルを引き出すと卒倒した。
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ゴーディは目覚めると、ヒルの事件に気を使い、クリスは帰ろうと提案し、揉めだした。
その時、虚脱状態だったゴーディが、決然として俺は行くと進み出した。
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車2台で死体へと向かう町の不良達は、チキンレースを始め、正面から来るトラックに突進し、トラックを横転させ、なおも突き進む。
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そして、4人はついに、無残な姿となった少年ブロワーを発見した。
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映画『スタンド・バイ・ミー』予告

映画『スタンド・バイ・ミー』出演者

ゴーディ・ラチャンス(少年期ウィル・ウィートン:成人リチャード・ドレイファス)/クリス・チェンバーズ(リヴァー・フェニックス)/テディ・ドチャンプ(コリー・フェルドマン)/バーン・テシオ(ジェリー・オコンネル)/エース・メリル(キーファー・サザーランド)/ビリー・テシオ(ケイシー・シーマツコ)/デニー・ラチャンス(ジョン・キューザック)/チャーリー・ホーガン(ゲイリー・ライリー)/アイボール・チェンバーズ(ブラッドリー・グレッグ)/ビンス・デジャルダン(ジェイソン・オリヴァー)/ゴーディの父(マーシャル・ベル)/ゴーディの母(フランシス・リー・マッケイン)/雑貨屋の主人(ブルース・カービー)/マイロ・プレスマン(ウィリアム・ブロンダー)/グランディ市長(スコット・ビーチ)/DJボブ・コーミア(マット・ウィリアムズ)
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映画『スタンド・バイ・ミー』解説

普遍的なテーマを持つ映画



この映画は、少年が少年期を脱する「特別な夏」を描いて、男であれば万国共通で、誰もが覚えがあるノスタルジーに満ちた物語だ。
こんな、人類共通の価値観や感情を呼び起こす映画は、この映画の他にも数々生み出されていて、それが的確に表現された時には、世代や国を超えて、永遠に人々の心に鮮烈なエモーションを呼び起こすだろう。

そんな普遍的な訴求力を持つ映画を、過去のレビューの中から紹介させて頂きます。

親子の情を笑いと共に語り心打つ『キッド』
アメリカ映画:2004年
映画『キッド』
チャップリンのサイレント喜劇の革命!!
喜劇と人情話の融合の生まれたわけとは?


永遠の愛を信じたい人々への贈り物『君に読む物語』
アメリカ映画:2004年
『きみに読む物語』
実話を元にした「恋の奇跡、愛の永遠」の物語
ニック・カサヴェテス監督によるライアン・ゴズリング出世作


家族を守る家長の闘いが感動を呼ぶ『ゴッドファーザー』
イタリア映画:1282年
映画『ゴッドファーザー』
イタリア・マフィアの闘いを描く古典的傑作!
イタリア系移民の苦闘と家長の行方とは?


未知の恐怖を描いて戦慄を呼ぶ『シャイニング』
アメリカ映画:1980年
映画『シャイニング』
映画史に残る、ホラー映画の名作!!
キューブリック監督とジャック・ニコルソンの狂気


男達の闘争本能、最強への憧れを体現した『燃えよドラゴン』
アメリカ・香港合作映画:1973年
映画『燃えよドラゴン』
ブルース・リー主演による、カンフー映画の傑作
アクション映画の歴史を変えた、古典的名作


映画を愛する者なら、全ての者が涙する『シネマ・ニュー・パラダイス』
イタリア映画:1989年
『ニューシネマパラダイス』
ジュゼッペ・トルナトーレ監督の語る映画の快楽
旧き映画のノスタルジー


親子間の断絶を静かに描いて「もののあわれ」を人々の心に呼び覚ます『東京物語』
日本映画:1953年
『東京物語』
世界的にも高く評価される小津監督の名作
日本的な世界観、美意識が映像として定着


女達に強いられた保守的価値観への抵抗が共感を呼ぶ『エマニエル夫人』
関連レビュー:性の解放宣言
映画『エマニエル夫人』
1974年のソフトポルノ解禁と性革命
女性の性解放を甘美な映像で綴った大ヒット作!


理不尽な仕打ちを甘受せざるを得ない者の「やりどころ」の無い怒りと悲しみを描く『自転車泥棒』
イタリア映画:1948年
『自転車泥棒』
イタリア・ネオ・リアリズモの代表作!
第二次大戦後の貧窮のイタリア社会描いた古典


戦争の不条理を生理的に訴える『ジョニーは戦場に行った』
アメリカ映画:1971年
映画『ジョニーは戦場に行った』
映画史に残る、「超絶鬱」反戦戦争!!
監督ドルトン・トランボの渾身のメッセージ

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以下の文章には

映画『スタンドバイミー』ネタバレ

があります。
(あらすじから)
少年の死体を見て、4人は厳粛な顔に成る。
担架で運ぼうと、バーンとテディが木を集めに行き、クリスとゴーディがそこには残った。
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ゴーディは、その死を見つめ、「なぜ兄さんが死んだんだ。俺が死ねば良かった」と泣き出し「父さんは俺が嫌いなんだ」と言葉が吹き出すように口から出た。

そんなゴーディを、クリスが慰めていると、そこにエース達不良グループが姿を見せた。
エースが脅して、デーブとテディーが逃げる中、死体を渡さないと頑張るクリス。
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するとエースは飛び出しナイフを出して、クリスに迫った。
【意訳】クリス:俺を殺してとって見ろ、エース。/エース:簡単だな。/(銃声)ゴーディー:お前に彼を渡さない。誰にも彼を渡さない。/エース:やめろ小僧。俺に銃をよこせ。足を撃つ前にな。お前には野ねずみも撃てやしねえ。/ゴーディー:動くな、エース。お前を殺す。神に誓って。/エース:やめろ、ラチャンス(ゴーディーの苗字)銃を渡せ。お前の兄貴も結局は聞き分けが良かったぞ。/ゴーディー:俺のデカイイチモツを舐めな。弱い者いじめのチンピラ。/エース:お前、どうするつもりだ?全員殺す気か?/ゴーディー:いいやエース、お前だけだ。/エース:この落とし前はつけるぞ。/クリス:そう思ってて、できないだろ。/エース:やるさ。(帰りかけて)俺達はこれを忘れねえぞ。お前等がどう思おうがな。大事だぞ、小僧。/クリス:誰がデカイもん持ってるって言ったんだ、ラチャンス。/ゴーディー:ここ4郡で一番のデカブツさ。/クリス:そうだな。
ゴーディーが銃を使いエースを追い払うと、逃げていたデーブとテディーが戻ってきた。
テディーが死体を運んでヒーローになろうと言うと、ゴーディはきっぱり「これでヒーローにはなれない。」と言いその場を去った。
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4人は来た道を再び戻る。
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死体は匿名電話でその場所を伝えた。

映画『スタンド・バイ・ミー』結末・ラスト


たった2日間だったが帰って来たゴーディーには、町が小さく見えた。
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デーブは結婚し4人の子供の親となり、材木場で働き、テディーは軍隊に入ろうとして入れず、犯罪を犯し牢を出てから町の近くで働いていると聞いた。
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クリスは別れ際「俺はこの町をでれないのか」と自問自答する。
ゴーディーは「お前は望むものになれるさ」と答えた。

現在、作家ゴーディーは思い出を打ち込んでいく。
クリスは町を出て苦学の末猛勉強して弁護士になる。
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”彼はレストランでケンカの仲裁に入って喉をナイフで刺された。ほぼ即死だった。クリスとは、ほぼ10年以上会っていなかったが、私は今永遠に彼を喪った。私は、12歳頃の友人のようなそんな友を、その後決して得られなかった。神様、誰一人いないのです。”

書き終えたゴーディは考え深げにその場にたたずむ。
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そして彼は、子供達とのキャンプのために車に乗り込んだ。
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posted by ヒラヒ・S at 17:00| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする