2017年12月23日

オスカー映画『アーティスト』このサイレント表現はレイプか?/感想・解説・批判

映画『アーティスト』(感想・解説 編)

原題 The Artist
製作国 フランス
製作年 2011
上映時間 100分
監督 ミシェル・アザナヴィシウス
脚本 ミシェル・アザナヴィシウス



評価:★★  2.0点



ある「様式=スタイル」というものは、その様式によって必然的に導き出される、表現の限界を生じざるを得ない。
例えば絵画という様式は、2次元表現から自由であり得ないし、小説であれば言葉をその表現の基礎とせねばならない。
そしてこの作品は、「サイレント映画」という、現代では捨て去られた表現様式に則って作成された。

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映画『アーティスト』予告

映画『アーティスト』出演者

ジョージ・ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)/ペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)/ジャック(アギー)/アル・ジマー(ジョン・グッドマン)/クリフトン(ジェームズ・クロムウェル)/コンスタンス(ミッシー・パイル)/ドリス(ペネロープ・アン・ミラー)/執事(マルコム・マクダウェル)/ノーマ(ビッツィー・トゥロック)/ペピーのメイド(ベス・グラント)/ペピーお抱え運転手(エド・ローター)/見物人(ジェン・リリー)/警察官(ジョエル・マーレイ)/フラッパー・スターレット(ジュエル・シェパード)/競売人(ベイジル・ホフマン)/キャスティング助手(ベン・カーランド)/質屋(ケン・デイヴィシャン)

映画『アーティスト』受賞歴

第84回アカデミー賞:作品賞、監督賞、主演男優賞、作曲賞、衣裳デザイン賞、5部門受賞
第65回英国アカデミー賞:作品賞、監督賞、主演男優賞、オリジナル脚本賞、撮影賞、衣裳デザイン賞、作曲賞、7部門受賞
第69回ゴールデングローブ賞:作品賞、主演男優賞、作曲賞の3部門受賞
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映画『アーティスト』感想



この「サイレント映画」というスタイルは、基本的に言葉を持たないがゆえに、現在のトーキー(音声入り映画)に較べ情報量が制限され、物語の説明が困難だ。
また、役者の演技はパントマイム的に誇張した演技とならざるを得なく、細かな心理描写が困難だったため、定型の物語を語ることになりがちでもある。

しかし、その情報量の少ない中でも、何とか表現力を高めたいと努力した結果、映画にとって命とも言うべき「モンタージュ技法」が発展する事となったと思える。
関連レビュー:近代映画を作ったサイレント映画
『戦艦ポチョムキン』
モンタージュを作ったサイレント映画
エイゼンシュタイン監督の映画史上に輝く古典

そもそも、映像と映像の「つなぎ」や「切り替え」といった「モンタージュ技法」とは、ストーリーと情感を映像のみで、如何に効率よく、確実に、迫力を持って伝えるかの試行錯誤の結果としてあった。
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したがって、ヒッチコックやチャップリンが「映画の全てはサイレントにある」と言うのは、モンタージュの技術がそこで確立されたという意味で解すべきであろう。(上:チャップリン/下:ヒッチコック)


そしてまた、ヒッチコックやチャップリンの映画を見るとき、たとえトーキーであってもサイレント映画の表現技術が効果的に使われているように感じる。
それは、例えば目線だったり、場面の俯瞰から人物に切り替えて位置関係を整理したり、そして何よりも役者の沈黙で多くを語りえる演出力に感動する。

<ヒッチコック『サイコ』シャワーシーン>

音量をオフにしても、迫力のある映像力に圧倒されるのは、サイレントの習練ゆえだと感じる。


そのサイレント表現には、例えば盲目の人が視覚以外の感覚が鋭敏になるというような、言葉がないが故の映像の強さが感じられる。
それは画家が、色という要素を捨て去った形で、デッサンを繰り返すことにより、形と線の揺ぎ無い姿を習得するのと似ているとも思う。

そんな映像的基礎力というべきものの高さを、この映画「アーティスト」にも期待した。
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結果から言えば、個人的には消化不良に感じた。

ここから先は、この映画の悪口とならざるを得ないので、この映画を貶されることに耐えられない方は、この先を、お読みにならない方がよろしいかとも思います。

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映画『アーティスト』解説・批判



この映画は確かにチャレンジ精神にとんだ作品だと思うし、作り手としての苦労も十分伝わってくる。
しかし映画として面白いかといえば、面白くない。
なぜ面白くないのかの確認に、何度も見るうちになぜかハラが立って来た。

女優キム・ノバクが、この映画の音楽の使い方を「レイプ」だと言ったというが、その言葉こそがこの映画の本質を言い表しているように思う。

キム・ノヴァクの『アーティスト』批判

キム・ノヴァクは自身が出演したヒッチコックの『めまい』の劇中曲"Scene d'amour"の『アーティスト』内での使用に関し以下のように批判した。
「これはレイプにほかなりません。私の身体、少なくとも女優としての身体が、『アーティスト』という映画によって暴行された気持ちです」
art-kim-novak.jpg「注目を集めるために、有名な作品の一部を乱用し、その作品が意図する以上に、新しい作品でより多くの喝采を浴びようとすることは、この業界に身を置く芸術家としてモラルに反することです。観客の感情を盛り上げるために『めまい』の愛のテーマを、『アーティスト』のクライマックスに使用したことは間違いありません。“死人に口なし”でヒッチコック監督や(主演男優の)ジェームズ・スチュアートは何も言えませんが、私が代わりに言います。恥を知りなさい!」(Variety誌より)

私は全面的に、キム・ノヴァクを支持したい気持ちで一杯だ。
たとえば物語は、ハリウッド・ミュージカルの傑作『雨に唄えば』を彷彿とさせる。
関連レビュー:ミュージカルの傑作
『雨に歌えば』
サイレントからトーキーへの過渡期を描く
ミュージカルの大スター「ジーン・ケリー」の代表作


しかしそれは、キム・ノヴァクではないが、かつての名作にストーリーの伝達を「肩代わり」させようという意図にも思える。
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本当にここぞというシーンに、かつての映画の断片が現れる。
問題はその引用に愛を感じられないのだ。

いうなれば過去の作品イメージは、この映画『アーティスト』の情報伝達力の不足を補うために、用いられる。

まるで子供が自分の力不足を、親に頼って補ってもらうようなものだ。
立派な大人であれば、年老いた親のために立派な家を建ててやるのが正しい態度ではないか。
本来、過去をリスペクトするとは、いにしえの業績を称え、更にその過去に新しい価値を見出すことであるはずだ。

そんな過去の映画達に対する愛情があるのであれば、ここまで自らの「アーティスト」という映画のために、宝石のような名作のイメージを奴隷的に使役するはずはない。

残念ながらこの作品は「エゴイスティック」な製作者の欲望に支配されているように思える。
そして、実は近年若い映画作家に、この映画同様の「エゴイスティック」な作品が増えていると感じる。
関連レビュー:現代のマニエリスム映画
『グランド・ブタペスト・ホテル』
オールスター出演のノスタルジームービー
監督ウェス・アンダーソンの技巧的作品

この映画が持つ月並みなストーリーに、ご都合主義のハッピーエンド。
この監督は、この映画を何のために撮ったのだろうと、問わずにいられない。
少なくともこのストーリーやテーマを伝えたいがために、この映画があるのでないことは明らかだ。
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とすれば、残る理由は一つ「サイレント映画」という技法を「もてあそび」たかったのであろう。
それは、サイレント映画としての技術が優れているかといえば、過去の映画の残滓をかき集めたようなこの映画に「サイレントの名作」との評価は与えられない。
がんばって誉めても「サイレント映画のパロディには見える」というところか。

そもそも冒頭でも書いたとおり、ある「表現スタイル」は必然的に不自由さと禁忌を、表現者に強いる。
良心的な表現者であれば、根源的には、その頭の中にあるイメージを、時空間に囚われずダイレクトに、見る者の脳に直接送り込むことこそ理想であるはずだ。
しかし、メディアのテクノロジーがそこまで達していないがゆえに、現状ある表現メディアを選択せざるを得ない。
これはサイレントの時代の表現者も、同様であったはずだ。
表現したい内容があって、しかしサイレント映画しか存在しない。
それゆえ、サイレント映画の表現を可能な限り追求・拡大せざるを得なかった。
その表現と様式との厳しい格闘の果てに、映画の技法が構築されていったのである。

やはりこう整理してみれば、この映画は表現者として人々に訴えるべき何物も持たず、また「サイレント」の技法を追求・拡大して現代的な表現として再構築したわけでもない。

ただ己の「エゴイスティック」な「サイレント映画の玩弄」を観客に見せ付けただけだと感じる。

やはりこれは、映画に対する恣意的な「レイプ」である。



posted by ヒラヒ・S at 18:10| Comment(2) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月18日

オスカー5冠!映画『アーティスト』完全再現ストーリー/ネタバレ・あらすじ・ラスト

映画『アーティスト』(あらすじ・ストーリー 編)

原題 The Artist
製作国 フランス
製作年 2011
上映時間 100分
監督 ミシェル・アザナヴィシウス
脚本 ミシェル・アザナヴィシウス



評価:★★  2.0点



この映画は、2011年に撮られたフランス映画ながら、全編白黒サイレント映画(セリフが聞こえない)という挑戦的な作品です。
そんな挑戦は、アカデミー賞で五冠に輝くなど、数々の栄冠に輝きました。
ストーリーも、セリフなしで観客に判るように、シンプルでどこか懐かしい物語展開となっています・・・・・

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映画『アーティスト』予告

映画『アーティスト』出演者

ジョージ・ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)/ペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)/ジャック(アギー)/アル・ジマー(ジョン・グッドマン)/クリフトン(ジェームズ・クロムウェル)/コンスタンス(ミッシー・パイル)/ドリス(ペネロープ・アン・ミラー)/執事(マルコム・マクダウェル)/ノーマ(ビッツィー・トゥロック)/ペピーのメイド(ベス・グラント)/ペピーお抱え運転手(エド・ローター)/見物人(ジェン・リリー)/警察官(ジョエル・マーレイ)/フラッパー・スターレット(ジュエル・シェパード)/競売人(ベイジル・ホフマン)/キャスティング助手(ベン・カーランド)/質屋(ケン・デイヴィシャン)

映画『アーティスト』受賞歴

第84回アカデミー賞:作品賞、監督賞、主演男優賞、作曲賞、衣裳デザイン賞、5部門受賞
第65回英国アカデミー賞:作品賞、監督賞、主演男優賞、オリジナル脚本賞、撮影賞、衣裳デザイン賞、作曲賞、7部門受賞
第69回ゴールデングローブ賞:作品賞、主演男優賞、作曲賞の3部門受賞
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映画『アーティスト』あらすじ



1927年、サイレント映画全盛のハリウッド。
銀幕の大スター、ジョージ・ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)は、共演した愛犬とともに新作の舞台挨拶で喝采を受けていた。
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ジョージを見ようと映画館前は熱狂する観客で大混乱となり、そんな中ジョージとぶつかった若い女性ファンがいた。artist-kiss.png
彼女は、カメラの前でポーズを求められ、ついに彼の頬にキスをした。
その瞬間は、翌日の新聞のトップを飾り、それを見たジョージの妻は怒りを露わにした。

artist-coat.jpg彼女の名前はペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)といい、自らも未来のスターを目指す新人女優だった。
映画会社キノグラフで彼女は、オーディションを受けた結果、ジョージ主演作のエキストラ役を獲得した。
ペピーは憧れのジョージの楽屋に忍び込み、彼の衣装で一人芝居を始める。

それを見つけたジョージは怒りもせず、ペピーをじっと見つめると“女優は、目立つ特徴が必要”だと、唇の上にほくろを描く。artist-point.png
そんな、ペピーはエキストラから、セリフのある役、名前付きの役、そしてヒロインを務めるまでになった。


そして、時はトーキーの時代に移り変わろうとしていた。
artist-goodmann.png1929年、ジョージはトーキー映画が登場したにも関わらず、“サイレント映画こそ芸術”と主張し、トーキーへの出演を受け入れなかった。
そして、ついにキノグラフ社の社長(ジョン・グッドマン)と決別する。

しかしジョージが情熱を注いだ、監督と主演を兼ねたサイレント映画は、ペピー主演の「つけぼくろ」(Beauty Spot)と公開が重なってしまう。
また、ジョージは家庭生活も破綻しており、妻が彼の元を去る。

artist-rest.pngトーキー映画の新たなスター、ペピーは映画公開の前日に、レストランでインタビューに答える。
ジヨージが後ろの席に居るのを知らず、ペピーは「古い役者に飽きて、私の声を聞きにくる」と語り、それを聞いたジョージは怒り「助けてやったのに」とペピーに文句を言った。

さらに、その日ジョージは世界恐慌によって株が暴落し、映画が失敗に終われば破産する運命だった。

そしてついに、公開日8月25日を迎えたがジョージのサイレント映画は客もまばらだった。
一方の、ペピーの主演映画は満員の大盛況だった。

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ペピーはレストランの失礼を詫びに行くが、失意のジョージは追い返してしまう。

その後ジョージは酒浸りとなり、執事クリフトン(ジェームズ・クロムウェル)の給料も払えず、やむなく彼を解雇し、家財道具など全てをオークションで売り払った。
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そんなジョージを心配し、密かにペピーは見守っていた。

artist-fire.pngペピーの人気が高まる一方、自暴自棄となって酒に溺れるジョージは、ついに自分の出演した映画フィルムに火を放った。
フィルムはあっという間に炎と化して、部屋に燃え広がった・・・・・・・・・



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以下の文章には

映画『アーティスト』ネタバレ

があります


煙にまかれ、焼け死ぬところを寸前で救ったのは愛犬ジャックだった。
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一命を取り留めたジョージが、火事の中でも抱きしめていたフィルムとは、ペピーがエキストラとして出演したジョージの主演作品だった。
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そのジョージの火事は新聞紙上を飾り、それを目にしたペピーは急いで病院に駆けつける。(右:サイレントスター火事を生き延びる)

ペピーはジョージを引き取って自宅で療養させることにする。
そして、キノグラフ社の社長にジョージとの共演を申し出る。
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社長は反対するが、それを押し切って、ジョージと共演することを認めさせ、今はペピーに雇われているクリフトンに脚本を届けさせた。


artist-suprise.pngジョージは、クリフトンがぺピーに雇われていることに驚き、更にオークションで売った物を、ペピーが買い取っていたことも知る。
ペピーが自分を憐れんでいると思ったジョージは、プライドを傷付けられペピーの屋敷を跡にした。


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ジョージは自宅に戻り、拳銃で自殺をしようとする。
銃を口にくわえ引き金にかかった指に力が入る。

“BANG!”と音が響く。

しかし、それはペピーの運転する車がジョージの自宅前の木に衝突した音だった。
ペピーはジョージの部屋に駆け込んだ。
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そしてペピーは、ただジョージを助けたかっただけだと、涙ながらに訴える。
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そんなジョージは彼女を抱きしめた。
お互い気持ちを確かめ合った二人。


そして、ペピーはジョージを俳優として映画界に復帰させるアイデアがあると言った。

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映画『アーティスト』ラスト



キノグラフ社の社長の前でペアダンスを披露するジョージとペピー。
社長は感激し、2人の出演でミュージカル映画の撮影が始まった。
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関連レビュー:現代のサイレント映画
『ブランカニエベス』
スペインのサイレント映画
パブロ・ベルヘル監督のノスタルジー世界



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posted by ヒラヒ・S at 17:11| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

古典映画『グランドホテル』(1932年)運命の交差点/ネタバレ解説・大恐慌の時代・評価

映画『グランドホテル』(感想・解説 編)



原題 Grand Hotel
製作国 アメリカ
製作年 1932
上映時間 112分
監督 エドモンド・グールディング
原作 ヴィッキ・バウム
原作戯曲 ウィリアム・A・ドレイク


評価:★★★☆   3.5点



この映画は史上初のオールスター作品です。
そんな豪華スターを配しながら、その語られる物語には「暗い影」が見え隠れします。
その理由はやはり、当時1932年に世界を覆っていた「大恐慌」のせいではないかと思うのです・・・・・・

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映画『グランドホテル』予告

映画『グランドホテル』出演者

グルシンスカヤ(グレタ・ガルボ)/ガイゲルン男爵(ジョン・バリモア)/フレムヒェン:速記者/(ジョーン・クロフォード)/プライジング(ウォーレス・ビアリー)/クリンゲライン(ライオネル・バリモア)/オッテンクラーク博士(ルイス・ストーン)/センフ:給仕長(ジーン・ハーショルト)/ポーター(レオ・ホワイト)/シュゼット(ラファエラ・オッティアノ)
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映画『グランドホテル』解説

ストーリー検証


この映画を子細に見てみれば、驚くほどお金にまつわる、暗い物語だと驚きます。
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まずは、この映画のメインキャストの1人、ガイゲルン男爵はギャンブルを元にした借金4,000マルクのために、泥棒に身を落としています。

また、会社経営者プライジングは、倒産の危険を抱え合併により活路を見出そうとします。
そして、プライジングの会社に長年勤務してきたクリンゲラインは、その命が残り少ないと知らされ、全財産を最後に使い果たそうとします。

さらに、速記者のフレムヒェンはお金のために、プライジングの愛人になろうとします。
唯一お金の心配がない、バレリーナのグルシンスカヤも、かつての人気に陰りが見え、更にはようやく掴んだ愛する人も、お金のいざこざで失ってしまうのです。


よくも、まあ、ここまで暗いシチュエーションを語ったものだと感心しますが、それはたぶん当時の社会情勢からいって、明るい人生を描くことに無理があったからだと思うのです。

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なぜなら、この映画の公開年度1932年とは、世界を巻き込んだ経済史上の大事件『大恐慌』の真っ只中で、人々が餓え苦しんでいた時期でした・・・・・・・・・
(右プラカード:市民になりたい。放浪労働者は嫌だ。)

この映画は華やかなオールスター作品でありながら、『大恐慌』の痛みが映し込まれていると、思えてなりません。

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それを最も端的に表しているのが会社経営者プライジングです。

彼は「大恐慌」でいうところの資本家で、庶民から見れば「敵視」される存在であり、この映画での彼の運命を見ていると「貧しい人々を搾取」したがゆえに、罰を受けているように見えもします・・・・・・・・

大衆芸術としての映画、特にハリウッド映画は、常に庶民の欲求を充足する形で成立しているように思えます。
これもそんな1本ではないでしょうか。

関連レビュー:『大恐慌』時代の大衆の夢
『ある夜の出来事』

フランク・キャプラ監督のラブコメディー映画の元祖
大恐慌時代の金持ちお嬢様と失業者の恋


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映画『グランドホテル』解説

大恐慌


大恐慌とは、アメリカ合衆国ニューヨークのウォールストリートの株式市場で端を発した、株価の大暴落による経済的大混乱を差します。
世界大恐慌。 1929〜33年の間、世界中の資本主義諸国を襲った史上最大規模の恐慌。 1929年10月24日、ウォール街の株式市場の暴落(暗黒の木曜日)、10月29日(悲劇の火曜日)の大暴落に端を発し、全資本主義諸国に波及した。 米国の株価は80%以上下落、工業生産は1/3以上低落、失業者数1200万人、失業率25%。
<大恐慌時代のアメリカ>

この世界的規模で混乱を引き起こし、第二次世界大戦の原因だともいわれる経済的な損失が、人々の運命をどう変えたのかが数々の映画で語られています。

大恐慌を描いた映画


『素晴らしき哉、人生!』(1946年) 当ブログレビューあり
『アニー』 (1982年)
『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(1976年)
『シンデレラマン』(2005年)
『晩餐八時』(1933年)
『北国の帝王』(1973年) 当ブログレビューあり
『怒りの葡萄』(1940年)
『グリーンマイル』(1999年) 当ブログレビューあり
『ストリートファイター』(1975年)
『黄昏に燃えて』 (1987年)
『ナティ物語』(1985年)
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1946年/1981年)
『わが街 セントルイス』(1993年)
『ペーパームーン』 (1973年) 当ブログレビューあり
『モダン・タイムス』(1936年)
『オー・ブラザー!』(2000年)
『廿日鼠と人間』(1939年/1992年)
『プレイス・イン・ザ・ハート』(1984年)
『カイロの紫のバラ』(1985年)
『シービスケット』(2003年) 当ブログレビューあり
『サリヴァンの旅』(1941年)
『ひとりぼっちの青春』(1969年)
『ボウイ&キーチ』(1974年)
『アラバマ物語』(1962年)
『タバコ・ロード』 (1941年)
『天国の約束』(1995年)  当ブログレビューあり
『蒼い記憶』(1995年)
『恋人たちのパレード』(2011年)
『カメレオンマン』(1983年)
『俺たちに明日はない』(1967年)

まだまだいっぱいありそうですが、思いつくままに挙げてみました・・・・・・

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映画『グランドホテル』評価

この作品は、映画史上に「オールスター・ムービー」と「群像劇」の2つの革新をもたらしました。
それゆえ映画技術に新たな形式を刻んだパイオニアとして、未来永劫語り継がれる作品であることは間違いありません。

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しかし、1932年からもう一世紀も経とうかという今、この作品を見て楽しいかと問われれば・・・・・

私個人としては、古さを感じざるを得ませんでした。
カメラが据えっぱなしで臨場感がないとか、カット割りのリズムが悠長だとか、今の映画技術を知った眼からは刺激が少なく見えます。

安定した重厚な表現といえば聞こえは良いですが、そこにはサイレント時代の表現が、まだ重きをなしているように見えます。
象徴的なのがグレタ・ガルボで、ここぞとばかりに歌舞伎のように、得意な見栄をきります。
しかし、考えてみれば、この映画が今私の心に響かないのは、この映画がオールスタームービーとして作られながら、私個人がこの出演者にそのスター性を感じられなかったというのが一番大きいのかもしれません。

この映画で一つ発見したのは、スターという存在も、実は時代を反映した存在で、その旬の時を過ぎてしまえば後世にまでその力を波及し得ないのでは無いかということでした。

そう考えると、この『グランドホテル』の生んだ、「オールスタームービーという様式」は永遠の命を持っても、「オールスタームービー」の効力はスターのオーラの減衰と共に消えていく定めなのでしょうか・・・・・


posted by ヒラヒ・S at 17:55| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする