2018年01月02日

傑作『ル・バル』現代のサイレント映画の必然/あらすじ・ネタバレ・感想・解説

サイレント映画の必然性



原題 Le Bal 
製作国 フランス イタリア アルジェリア
製作年 1983年
上映時間 1時間 52分
監督 エットーレ・スコラ
脚本 ルッジェーロ・マッカリ、ジャン・クロード・パンシュナ、フリオ・スカルペッリ、エットーレ・スコラ


評価:★★★★★  5.0点



この映画『ル・バル』を取り上げたのは、実は『アーティスト』という映画を見たからです。
その世評が高い映画を見て、しかし私は心の中から湧き上がる怒りを禁じえなかったのです。
怒りの理由は、レビューを見ていただくのが一番早いのですが、要約すれば「サイレント映画」という技法を、ただ玩具のように弄ぶがの如き製作態度が、映画という文化に対する裏切りとしか思えなかったからです。
関連レビュー:現代のサイレント映画
『アーティスト』
オスカー受賞の現代サイレント映画
この映画はレイプか?

そんな怒りを静めるために、登場していただくのがこの『ル・バル』です。
イタリアの名匠エットーレ・スコラがその実力を遺憾なく発揮した、傑作だと個人的には信じています。

映画『ル・バル』ストーリー


1983年。パリのダンスホール。
土曜日の夜、静かなそのホールに、灯りがともされる。
そして、ドレスアップした男女が一人また一人と入って来る。
そして、彼らは無言のうちに踊り出す。
時は遡り1936年、このホールで踊っているのは、労働者や縫製工場で働く娘たちだった。
第二次世界大戦中の1940年。ナチス占領下の42年。44年にはパリ解放。45年終戦後は、アメリカのジャズの音がホールに流れる。50年代にはラテン・リズムが響く。
60年代、ロカビリー音楽の強烈なビートがホールを満たす。
60年代後半、若者たちはビートルズのメロディに乗って踊った。
そして83年、その夜のホールの灯が消える。

映画『ル・バル』予告


映画『ル・バル』出演者

ジュヌヴィエーヴ・レイ=パンシュナ/マルティーヌ・ショーヴァン/レジ・ブーケ/エティエンヌ・ギシャール(他:役名不明)

映画『ル・バル』受賞歴

第34回ベルリン国際映画祭(1984年):銀熊賞(最優秀監督賞)エットレ・スコーラ
第9回 セザール賞(1984年) 監督賞


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映画『ル・バル』感想


この監督エットレ・スコーラは、あまり日本では評価されていないようで、DVDですら探そうと思っても見つけるのが大変です。
しかし、ビスコンティ、フェリーニと並んでイタリアの三大巨匠と言いたいぐらいに、個人的には大好きな監督なんです。
本当に人情話の名人で、芸術家というよりは大衆作家としての力量が優れた人なので、逆に日本では評価されにくいのかとも思いますが・・・・・・・
エットーレ・スコラ(Ettore Scola、1931年5月10日 - 2016年1月19日)は、イタリアの映画監督・脚本家。lebal-scola.jpg
1950年代前半、20歳で脚本家としてデビュー、監督デビュー以前に40本以上もの脚本を量産。1964年、『もしお許し願えれば女について話しましょう』で映画監督としてデビューした。
1976年の『醜い奴、汚い奴、悪い奴』で第29回カンヌ国際映画祭監督賞を受賞、1980年の『テラス』で第33回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞、1984年の『ル・バル』で第34回ベルリン国際映画祭銀熊賞 (監督賞)を受賞した。2016年1月19日、ローマ市内の病院で死去。84歳没(wikipediaより)
<監督作品>
『もしお許し願えれば女について話しましょう』1964)/『ジェラシー』(1970)/『あんなに愛しあったのに』(1974)/『醜い奴、汚い奴、悪い奴』(1976)/『特別な一日』(1977)/『テラス』(1980)/『パッション・ダモーレ』(1981)/『ヴァレンヌの夜』(1982)/『ル・バル』(1984)/『マカロニ』(1985)/『ラ・ファミリア』(1987)/『スプレンドール』(1989)/『BARに灯ともる頃』(1989)/『星降る夜のリストランテ』(1998)/『ローマの人々』(2003)/『フェデリコという不思議な存在』(2013)他


本当に上手い監督で、どの映画も泣けて笑えて、イタリアの山田洋二といったら判り易いでしょうか?
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そんな実力派監督が撮ったこの映画が、なぜ『アーティスト』の引き合いに出されたかというと、この『ル・バル』という映画がセリフが一切ないサイレント映画だからです。

パリのダンス・ホールを舞台に、台詞を一切排し流行の音楽とダンス・スタイルの変転だけで、戦前からの時の流れと人々の人生を描いた映画作品です。
もともとは、本作品にも出演しているJ=C・パンシュナの劇団、フランスの「テアトル・デュ・カンパニョール」の舞台の映画化で、そのオリジナル・キャストがそのまま出演もしているそうです。


そんな舞台を忠実に映画に写したような、この『ル・バル』は第二次世界大戦をはさんだ、戦前と戦後の時代の世相と人生を描きます。

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その舞台となるのが「バル=ダンスホール兼酒場」です。

カメラはこの酒場から外に出ません。
そして、この酒場を訪れる人々の描写によってドラマが生じます。
しかし、この人たちは一言も喋りません。
流れる音楽の旋律が高まり、見詰め合う男と女の視線が交錯するとき、若者たちの人生が生まれるのだと教えてくれます。

そして、若い男女が人生を生きる姿が、ダンスとなって熱いパッションとともに繰り広げられます。
そんな、個々の愛おしい人生が、大きな時代のうねり=運命によって、蹂躙され、踏みつけられ、寸断される様子が「バル」から一歩も出ずに、一言の言葉もなく、完璧に表現されます。


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映画『ル・バル』解説

テーマと表現様式の合致


実を言えば、この映画を見てスコラ監督に心酔してしまったのです。
それは、「サイレント映画」で「一場もの舞台」という、非映画的な規制を自らに課して「あざとさ」や「無理」が微塵も感じられない。
例えば、ヒッチコックですら『ロープ』という実験作では、どこかムリヤリな感じがしたものですが、見ていてそんな不自然さを感じないのです。

Film.jpgなぜ、こんな無理な「スタイル=様式」を選択しても、不自然に思わないのかよ〜く考えてみました。
そこで気がついたのは、この映画で取られた「スタイル」は、この作品の語るテーマの必然として、あったのではないかという事です。

つまりこの作品は、半世紀にもわたる時代の流れ、その時代を生きた人たちの軌跡ををどう表現しようかと考えたときに、必然的に「酒場という閉ざされた場」と「台詞なし」が必要だったと思うのです。

この無言で繰り広げられる、踊ったり、泣いたり、愛し合ったり、傷つけあったり、喜んだり、悲しんだりという人々の姿。
そんな人生の騒動を見ていると、いつかこの「バル」という舞台で発生する全てのことが、本当に愛おしく感じられてきます。
それは言葉が介在しないがゆえに、生物、ひいては生命が有るということの本質が、抽出されてくるのではないかと思うのです。

また同時にこの無言劇は、大きな運命の前では一個人の言葉や訴えが無力で、ただ黙って耐えるしかないのだという、人生における忍従を悲しくも痛切に、教えてくれるように思います。

ここにはフランス映画『愛と哀しみのボレロ』で描かれた、最後のバレエと同様、人生が凝縮したようなダンスで見る者の心を打ちます。
関連レビュー:4か国に渡る数奇な運命を描く
『愛と哀しみのボレロ』

20世紀を貫く人々の交響曲
クロード・ルルーシュ監督


そんな「踊ること=生きること」には、言葉=「知性、社会、ルールなど人工的な知見」を超えた、運命や力が働くものだと訴えていると思えるのです。bal-pos3.jpg
私は、この映画の中に、全人類が近代に受けた過酷な災禍に、黙って耐え、命を燃やした、そんな姿を見たようで感動したのです・・・・・・
この「人智を超えた運命」を映像として伝えるために、言葉の不在と、「バル」という小宇宙の存在が、必然として求められたでしょう。

そう考えれば、つまりは、「物語」が必然的に要求する様式であれば、観客は不自然さを感じないのだと、この映画の「非映画的な様式=不自然なスタイル」が証明しているに違いありません。

今更ながら映画「アーティスト」に戻りますが、その映画は「サイレント映画という様式」である物語的必然性があるでしょうか?
結局「アーティスト」は、その映画によって何を表現したいのか、観客に何を届けたいかのかという、根本的な姿勢から間違っているのだろうと言わざるを得ません。

そんなわけで、「アーティスト」で各映画賞を総なめにできるぐらい高い評価を受けられるなら、この映画はノーベル賞を与えるべきだと思うわけです。

しかし、この作品、レンタルビデオやさんでも、インターネット通販だって手に入らないなんてあんまりです。
この監督は本当にかわいそうで、例えば『マカロニ』なんていう作品も、本当に傑作なのに中古ですら手に入るかどうか・・・・・

そんなスコラ監督復権キャンペーンの一環でもあります。

All Movies Need Love!!

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最近の「サイレント=セリフなし」作品のおススメを2本


関連レビュー:現代のサイレント映画
『ブランカニエベス』
スペインのサイレント映画
パブロ・ベルヘル監督のノスタルジー世界
関連レビュー:現代のサイレント映画
『ザ・トライブ』
ウクライナのサイレント映画
健常者に不可知の聾唖者の世界


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映画『ル・バル』解説

劇中のダンス音楽紹介

<1930年代>
『ミュゼットのワルツ』
第二次世界大戦前、パリのバルで演奏されたダンスミュージック。
イタリア人のアコーディオンと、オーベルニュ人たちのキャブレット(別名ミュゼット:一種のバグパイプ)が特徴的なワルツで、この曲でパリジャン達が踊っていた。


『マリウ愛の言葉』
1932年のイタリア映画「Gli Uomini...che Mascalzoni!」(殿方は嘘つき!)の主題歌


<1940年代>
『リリー・マルレーン』
1938年に作曲され、第二次世界大戦中に流行したドイツの歌謡曲。
女優マレーネ・ディートリッヒの歌唱が有名。


『パリの花』
ナチスドイツからパリが解放された時の喜びの歌。この動画はモーリス・シュバリエの歌。

『イン・ザ・ムード』
ヨーロッパに進駐したアメリカ軍によって広まった、ビッグバンドジャズ。グレンミラーオーケストラの演奏で。


<1950年代>
1950年代後半にはラテン音楽がダンス・ミュージックとして流行しました。
『Amour, Castagnettes Et Tango(愛とカスタネットのタンゴ)』
この動画は映画『ルバル』から。


『ブラジル』
サンバの名曲も。下の演奏はギターの名手ジャンゴ・ラインハルト


<1960年代>
若者達のダンスはロックンロールに席巻されます。
『トゥティ・フルッティ』(リトル・リチャード)

『オンリー・ユー』(プラターズ)

『ミッシェル』(ビートルズ)


<1980年代>
『T'es OK』(オタワン)



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2017年12月28日

衝撃映画『ザ・トライブ』聾唖者たちの住む世界/感想・解説・意味

映画『ザ・トライブ』(感想・解説 編)

原題 ПЛЕМЯ(英語題 THE TRIBE)
製作国 ウクライナ
製作年 2014
上映時間 132分
レイティング R-18
監督 ミロスラヴ・スラボシュピツキー
脚本 ミロスラヴ・スラボシュピツキー


評価:★★★★  4.0点




この映画を見て、全編セリフなし、字幕なしでドラマを語ろうとする、その試みに興奮を覚えました。
それは聾唖者が主人公であるため、必然的に生まれた表現だったでしょうが、正直にいえば、この映画を見初めて30分位で感じたのは、ストレスでした。
その手話で交わされる言葉の意味を知りたいと、もどかしく感じたのです。
しかし、2回目を見た時、この映画の真意を知ったように思い、傑作だと考えるようになりました・・・・・・

映画『ザ・トライブ』予告


映画『ザ・トライブ』出演者

グレゴリー・フェセンコ(セルゲイ) /ヤナ・ノヴィコァヴァ(アナ)/ロザ・バビィ/オレクサンダー・ドジャデヴィチ/ヤロスラヴ・ビレツキー/イワン・ ティシコ/オレクサンダー・オサドッチイ/オレクサンダー・ シデリニコフ/サシャ・ルサコフ/デニス・グルバ/ダニア・ブコビイ/レニア・ピサネンコ/オレクサンダー・パニヴァン/キリル・コシク/マリナ・パニヴァン/タティアナ・ラドチェンコ/リュドミラ・ルデンコ
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映画『ザ・トライブ』感想



冒頭でも書いたように、この映画は全編手話で表現され、健常者にはその物語の細部を知ることはできない。
大まかなストーリーの流れはうかがい知れるものの、目の前でしばしば手話が繰り広げられているのを見れば、正直その手話で何が語られているのか知りたいと思う。
<転校シーン>このシーンでも手話が盛んに交わされる。

しかし手話とは、言語同様国ごとに違うらしく、たぶんウクライナの聾唖者にしかこの映画の言語的な翻訳は不可能だろう。

この映画の不親切な表現は、言葉を用いないという実験的な映画の製作だけを目的とした、監督個人の趣味的嗜好の結果として誕生したのかとも疑った。
それであれば、アカデミー賞を取った『アーティスト』同様、サイレント映画を現代で表現するというような、作り手側の個人的趣味・嗜好のために選ばれたのかとも疑った。
関連レビュー:現代のサイレント映画!
『アーティスト』
アカデミー賞受賞作品
サイレント映画を今撮る意味とは?

しかし、2度目の視聴をして行く中で、どうもサイレント映画の再現などという、ペダンチックな、甘っちょろい、技巧的お遊びではないと確信した。

むしろ、この映画はこれでなければならなかった。
この映画が語る内容を表現するためには、この手話の意味をあえて翻訳せず、放置する事が必要だった。

そう理解した時、表現様式と物語のテーマの「完璧な整合性」を、この映画に見出す思いだった。

以下にその個人的な見解について、説明を述べさせて頂きたい。

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映画『ザ・トライブ』解説



何度も言うようだが、この映画を最初に見た時は、正直モドカシク、イライラした。
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なぜなら、思いのほか手話の会話部分も頻繁に多く挿入されており、そこには本来理解することが可能な言語が交わされていると解っているからだ。

それはあたかも、翻訳不能な異国の言葉に取り囲まれた、異邦人のような気分だったからだ。
そう思った時、そんな感覚に既視感を覚えた。

昔見た映画が思い起こされたからだ。
映画『ロストイントランスレーション』だ。
たぶん、日本人以外の人々が日本で感じる孤独感・疎外感とは、この映画を見ている健常者が手話に感じるコミュニケーション断絶の状況に、近いのではないかと感じた。

関連レビュー:日本という孤独
『ロストイントランスレーション』
アカデミー賞脚本賞受賞作品
日本を舞台にした、異邦人達のアイディンティ・クライシス

そこに言葉があるはずなのに、理解できないという絶望感だ。

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そんな健常者で手話を解さない人間にとって見れば、正直なところ、この聾唖学校の生徒たちの暴力や反社会的な行動の理由が解らない。

そして再び、手話が解ればその理由が解明できるのではないかと、もどかしく感じるのだ。

そこで、はたと気がついた。

この映画の目的は、それではないかと。

つまりは、目の前の聾唖者の無軌道な暴力を生んだ理由を、知らせないこと。
この若者達が何を愛し、何を求めているのか、健常者に解るように明瞭に語らないこと。

何も知らない健常者は、理解不能なまま、この映画のラストの衝撃に直面する。

そして、思うはずだ。
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彼らがなぜそうしたのか、その理由を知りたいと。
彼らが、何を求め、何を愛し、そしてなぜかくも自暴自棄なのか。
しかし、この映画はその答えを理解できる形で、敢えて提供しない。

そして健常者は、そのモドカシサの中で思い知る。
健常者が理解できない聾唖者の世界が間違いなく存在し、しかも、その世界は健常者の世界と重複してそこにあるという事実に。

共に社会を共有しながら、健常者と呼ばれる人々は、その世界を何も理解できないという事実。
そして健常者が、聾唖者という存在に対し本当に無関心であることが、この映画の手話を読み取れないという事実によって、健常者一人一人に突きつけられる。

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そして、この映画を見た時に感じるフラストレーションの正体とは、健常者が聾唖者という存在に無関心である事によって、生じているのだと観客は思い知るのだ。

そして、そのフラストレーションの正体「障碍者に対する無関心」という事実が意味するのは、健常者がこの映画を見て感じる「対話の不成立」の何千倍、何万倍ものフラストレーションを、「障碍者=聾唖者」達が感じているという事実だったろう。
そう思う時、この映画のタイトル『ザ・トライブ』=「部族」とは、現代社会に共存しながら、健常者とは決して交わらない、独自の習俗を保持した「種族」として生きざるを得ない、彼等を言い表して見事だと思う。


そんな、社会から無視され、不可知の、不可触の存在として、遠ざけられた、彼らの苦悩が爆発したのがこの映画の最後であったように感じられてならない。

この映画は、そんな「聾唖者」達のフラストレーションやストレスから生じる怒りを、健常者に理解できない「言語=手話」を繰り広げることで、実体験として健常者に教えるための映画だったと信じる。

そんな、健常者が持つ「障碍者に対する無関心」が、障碍者にとっていかに苦痛を生むかを証明するために、この映画の「理解できない言語=手話」が果たした役割は大きいと、改めて強調したい。

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障碍者を描いた映画

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ブラッド・ピット、役所孝司、菊池凜子他
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督




posted by ヒラヒ・S at 18:05| Comment(0) | ウクライナ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

映画『ザ・トライブ』聾唖者の世界・完全再現ストーリー/あらすじ・ネタバレ・ラスト

映画『ザ・トライブ』(あらすじ・ラスト 編)

原題 ПЛЕМЯ(英語題 THE TRIBE)
製作国 ウクライナ
製作年 2014
上映時間 132分
レイティング R-18
監督 ミロスラヴ・スラボシュピツキー
脚本 ミロスラヴ・スラボシュピツキー


評価:★★★★  4.0点



この映画は、全編が手話で、しかも字幕なしの実験的な映画です。
しかし同時に、健常者から見れば理解できない言葉と習慣を持つ、独特の「トライブ=部族」が聾唖者なのだと知りました。
この映画の衝撃のラストを見たとき、その手話で交わされている言葉の意味を、本当に知りたいと思い始めた自分がいます・・・・・・


映画『ザ・トライブ』予告



映画『ザ・トライブ』出演者

グレゴリー・フェセンコ(セルゲイ) /ヤナ・ノヴィコァヴァ(アナ)/ロザ・バビィ/オレクサンダー・ドジャデヴィチ/ヤロスラヴ・ビレツキー/イワン・ ティシコ/オレクサンダー・オサドッチイ/オレクサンダー・ シデリニコフ/サシャ・ルサコフ/デニス・グルバ/ダニア・ブコビイ/レニア・ピサネンコ/オレクサンダー・パニヴァン/キリル・コシク/マリナ・パニヴァン/タティアナ・ラドチェンコ/リュドミラ・ルデンコ
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映画『ザ・トライブ』あらすじ



聾唖者セルゲイ(グレゴリー・フェセンコ)は、聾唖の寄宿学校に入学した。
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しかし、その学校は強盗や売春などの犯罪行為を行う生徒達の一群、“族(=トライブ)”により仕切られていた。セルゲイも初日から、手荒い洗礼を受ける。
そしてある日、リーダーとその仲間が見守る中、1対3の決闘を強要された。
決闘シーン

そこでセルゲイは、敗れるものの健闘し、自分に力があることを証明した。

その日から組織の一員として、セルゲイも、恐喝や凶悪な暴力行為に加担していくうち、次第に仲間に認められていく。
族(=トライブ)の収入源には、リーダーの愛人アナ(ヤナ・ノヴィコヴァ)ともう一人の女学生にさせている売春行為もあった。
聾唖学校の教師まで関わって、トラック運転手相手に売春をさせ、利益を得ていた。
夜毎にリーダーの愛人アナ達2人と、駐車場で客との交渉役を勤めていた生徒が、耳が聞こえないせいでトラックに轢かれて死亡する。
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後任を探すリーダーの前で手を挙げたのは、セルゲイだった。
そして毎晩の送迎を繰り返すうち、アナに恋してしまう。
やがてセルゲイは、犯罪で得た金をアナに貢ぎ、肉体関係を持つようになる。
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しかしアナは妊娠し、とあるアパートの一室で堕胎をした。

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そんなアナは、同室の女とウクライナから脱出し、イタリアに行くことを夢見ていた。
それに応え、リーダーは二人にパスポートを取得させた。

しかしアナに執着するセルゲイは、アナを振り向かせるための金を求めて、ついに事件を起こす。

(下にネタバレがあります)

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映画『ザ・トライブ』受賞歴


アート・フィルム・フェスト:トレンチン市長賞/アメリカ映画協会祭:ビジオビジョナリー特別審査委員賞/カンヌ映画祭:ネスプレッソ大賞、フランス4 Visionary Award/コーク映画祭:フェスティバルオブフェスティバルアワード/クレステットビュッテ映画祭:長編映画優秀新人賞/デンバー映画祭:ベスト外国映画賞/ヨーロッパ映画アカデミー:Prix​​ FIPRESCI/ファンタスティックフェスト:次世代優秀監督賞/フランダース国際映画祭ゲント:記者賞/キノソク国際映画祭:最優秀監督/リストパッド映画祭グランプリ、シルバーアワード/ロンドン映画祭:サザーランド賞、若手ジュリー賞/マナキ兄弟映画祭:ゴールデンカメラ300/ミラノ映画祭:ベストフィーチャー映画賞/ミルウォーキー国際映画祭:ヘルツフェルドコンクール賞/モトーヴン映画祭:プロペラ/国家審査委員会賞2015年:外国語映画トップ5/オンライン映画批評家協会:最高の米国外作品/パリッチ映画祭:最優秀賞グランプリ/RECタラゴナ国際映画祭:オペラプリマ賞/サンパウロ国際映画祭 :ベスト脚本/シッチェス映画祭:実験賞/タルコフスキー国際映画祭:グランプリ/トビリシ映画祭:優秀作品のゴールデン・プロメテウス/テサロニキ国際映画祭:ベストディレクター/TOFIFEST国際映画祭:ゴールデンエンジェル/イェレヴァン国際映画祭:ゴールデンアプリコット、FIPRESCI審査員賞/ワルシャワ映画祭:コンテスト1-2賞
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以下の文章には

映画『ザ・トライブ』ネタバレ

があります。


(あらすじから)
売春の元締めである木工教師の部屋を急襲したセルゲイは、教師を激しく殴りつけ、その教師は動かなくなった。
その部屋を隅から隅まであさり、金を奪った。
セルゲイはその金をアナに差し出し、話し合うが彼女が激しく拒絶したためレイプのようにして抱いた。
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そんなある日、リーダーはアナともう一人の女子生徒に、パスポートを手渡した。
2人は、それをお互いに見せあいながら、喜んでいた。
それを見たセルゲイは、アナのパスポートを横から奪うと、破いてしまう。
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それを見たリーダー達4人によって、セルゲイはリンチに遭った。
手洗い場で、顔を何度も水に漬けられ、最後は頭を瓶で殴られ、シンクの水が赤く染まる。
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映画『ザ・トライブ』ラスト・シーン


夜、外は雪が降りしきっていた。
その校庭を踏みしめ、セルゲイは寮の中に入る。
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彼はリーダーの部屋に行き、重いサイドテーブルを持ち上げ、その頭に叩きつけた。
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一度、二度、三度。
リーダーの頭から血が流れ、彼は死を迎える。
セルゲイは同じ動作を他の三人にもした。
そしてドアを閉め去って行った。
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posted by ヒラヒ・S at 17:12| Comment(0) | ウクライナ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする