2019年02月11日

フェリーニ監督/映画『青春群像』映画史上初?ダメ青春物語の誕生/あらすじ・感想・解説・ネタバレ・ラスト・評価

映画『青春群像』のユニークさ

原題 I Vitelloni
英語題 THE YOUNG AND THE PASSIONATE
製作国 イタリア,フランス
製作年 1953
上映時間 106分
監督 フェデリコ・フェリーニ
脚色 フェデリコ・フェリーニ、エンニオ・フライアーノ
原案 フェデリコ・フェリーニ、エンニオ・フライアーノ、トゥリオ・ピネリ



評価:★★★☆  3.5点



この映画は、今見れば微妙な作品と言わざるを得ないとは思います。
しかし、イタリアの巨匠フェリーニ作品であるという以上に、この作品以前になかった「ドラマの1典型」を映画史上で初めて生んだという点で、歴史的な価値があるのではないでしょうか。

そして、この映画のだらしない享楽的な青春群像が生まれた背景には、イタリア「ネオ・リアリズモ」とフェリーニ監督のラテン的享楽主義があったればこそと感じます。

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<目次>
映画『青春群像』ストーリー
映画『青春群像』感想
映画『青春群像』解説/「青春映画」の歴史
映画『青春群像』解説/「ネオリアリズモとラテン的快楽」
映画『青春群像』評価
映画『青春群像』ネタバレ・結末

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映画『青春群像』ストーリー

イタリアの田舎町に住む20代の若者5人が、ビーチで行われる美人コンテストを見物している。
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最年長の色男ファウスト(フランコ・ファブリッツィ)、仲間で一番若いインテリのモラルド(フランコ・インテルレンギ)、姉の収入に頼っているアルベルト(アルベルト・ソルディ)、文学を志すレオポルド(レオポルド・トリエステ)、歌のうまいリカルド(リカルド・フェリーニ)五人の暇な彼らは集まってはぶらぶらする友人同士だった。
コンテストはモラルドの妹サンドラ(レオノーラ・ルッフォ)の優勝で幕を閉じたが、サンドラは体調を崩し倒れ込んだ。vettel_con.jpg
実はファウストがサンドラを妊娠させていたのだ。彼はサンドラとの結婚から逃れられなくなった。サンドラの親は無職の彼を、コネを使い骨董店につとめさせた。しかし、店の主人の妻を誘惑し、妻と映画館に入ってすら隣の娘を挑発する浮気症だった。
一方一家の稼ぎを姉の収入に頼り、小遣いをもらって遊び呆けていたアルベルト。しかし、謝肉祭の翌朝、姉は彼と老母を残し男とかけおちした。サンドラの兄モラルドも、旅に出ることを夢見る。さらに仲間のレオポルドは、劇作家になることを夢見て街にやってきた老俳優にその戯曲を高く評価されたが、最後には怖気づいてチャンスから逃げてしまった。歌のうまいリカルド(リカルド・フェリーニ)は、そんな四人といっしょに、カフェーで時間をつぶしたり、海辺を理由もなく歩き廻り、みんなで車に乗り込み肉体労働者をバカにして遊んだり、無駄に日々を送っている。
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そんな中ついに店主に浮気がばれ、仕事を馘になったファウストは、はらいせにモラルドと二人で天使の像を店から盗み出した。それを教会に売ろうとしたが、信用されず相手にされない。そして、その像を農民の小屋に捨てるしまつだった。
そんな彼に妻サンドラは絶望し、生まれたばかりの赤ん坊を連れて、とうとうに家を出てしまった。
モラルドは妻が自殺をするのではないかと、必死に行方を追う・・・・・・・

映画『青春群像』予告


映画『青春群像』出演者

モラルド(フランコ・インテルレンギ)/アルベルト(アルベルト・ソルディ)/ファウスト(フランコ・ファブリーツィ)/
レオポルド(レオポルド・トリエステ)/リッカルド(リッカルド・フェリーニ)/サンドラ:モラルドの妹(レオノーラ・ルッフォ)/ファウストの父(ジャン・ブロシャール)/オルガ:アルベルトの姉(クロード・ファレール)/骨董店主(カルロ・ロマーノ)/骨董店主妻(シニョーラ・ジュリア)/モラルドの父(エンリコ・ヴィアリージオ)/モラルドの母(パオラ・ボルボーニ)/映画館の娘(アルレット・ソバージ)
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映画『青春群像』感想



正直言えば、この映画を最初に見たとき、凡作だと思いました。
そして、今見返してみても面白いとは感じません。

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現代の刺激に満ちたカメラワークや、刺激的な表現に慣れた眼からすると、この1953年公開の映画表現はいかにも古臭く、テンポも軽快とは言えず、ストーリーも散漫に感じました。

ぶっちゃけ、現代の映画に慣れた観客にとっては、この映画を娯楽として楽しむことは困難だと、個人的には感じます。
しかし映画には娯楽性の他にも、映画史的な評価という観点もあります。
そこで考えるべきは「公開当時の手法・技術・ドラマ」のスタイルに、どれほど革新的な要素を付与したかという点かと思います。

正直言えば、この映画のフェリーニはその後のフェリーニ作品にある映像的な濃厚さ、黒魔術的なヴィジュアルの力は感じません。
さらに言えば、この当時イタリア映画界の主流であった、社会の不正を問う「イタリア・リアリズム=ネオ・リアリズモ」からも、そのドラマは遠くかけ離れています。

しかし、ここには『青春物語』としての、史上初の表現があり、古典として残すべき画期的な作品だと思います。
以下、なぜこの作品が『青春物語の古典』なのか説明させて頂きます。
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映画『青春群像』解説

「青春映画」の歴史


じつを言えば「青春映画」というジャンルを、若者を主人公にした、若者主体のドラマだと見た時、真に「青春映画」と呼べるのは、映画スターとして20代の若者が誕生するまで待たなければなりません。

その最初の「若者スター」が第二次世界大戦が終わってから5年を経た1950年デビューのマーロン・ブランドでした。
関連レビュー:ヤングアイドルの登場と戦後
映画『太陽がいっぱい』
ルネ・クレール監督の名作
何も持たない若者の戦い

しかし、マーロン・ブランドという当時の若者が表現したのは、大人社会への怒りだったと思え、それは「青春物語=若者主体の物語」というよりは、「社会的ドラマ」としての比重が大きいように感じます。

そういう意味では、真に「若者の主張」を主要なテーマとする映画は、1955年ジェームス・ディーンの『理由なき反抗』であり、それこそ世界初の「青春映画」の第一号だと信じています。
関連レビュー:ジェームス・ディーン『理由なき反抗』
ジェームス・ディーンの世界初の青春映画
メソッド演技の輝き

しかし、このフェリーニの映画『青春群像』は何と1953年の映画なのでした。

う〜ん困った。

しかし『理由なき反抗』は、ジェームス・ディーンという「青春スター」を初めて生み出し、若者達の憧れとなったという点で「正統的青春映画」として、史上初の称号を与えるのにより相応しいのではないかと、言い訳してみたりします・・・・・・

言い訳はともかく・・・・・・

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実を言えば、この映画『青春群像』の「青春」は『理由なき反抗』に較べ、見事にグズグズのダメダメです。

若いから、人生経験ないし、仕事ないし、働きたくないし、何もできないし、でも子供は生まれちゃうしみたいな、ホントに人生に夢も希望もない野郎どもの、どうしようもないダメっぷりを語った映画なのです。
しかし、考えてみれば若い世代の大多数は、人生の目的など持ち合わせていず、行き当たりばったり、将来の事なんて知らんもんネ〜、楽しきゃいいもんネ〜、辛いことしたくないもんネ〜なのではないでしょうか?

そういう意味では、この映画こそ青春の現実に近い物語ではないでしょうか?
そこで私は、この映画を青春のリアリズムを語った『青春リアリズモ』と命名したいと思います。

こうこじつければ、この映画はネオ・レアリズモの手法を持つのだと個人的には感じられてなりません。

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映画『青春群像』解説

「ネオ・リアリズモ」とラテン的享楽主義



それは、1953年当時のイタリア映画界が持つ「ネオ・リアリズモ」が、イタリア社会の現実を鋭く突く作品群であるのと同様、イタリアの若者の現実を「ネオ・リアリズモ」で描き出せば、必然的にこの映画になるという事ではなかったでしょうか。

つまり、イタリア人の持つラテン気質を持った若者、できる限り仕事をせず遊んだり、女の子を追っかけたいという姿を、そのまま描き出せばこの映画『青春群像』になるという・・・・・
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この映画が、フェリーニ監督の実体験を踏まえた作品だということも考えれば、イタリアの『 I Vitelloni=(映画原題:牡牛)』達の享楽ぶりが思い知れます。
しかし、この映画のリアリズムに映し出された「ダメ人間」を見ているうちに、このいい加減なヤローどもに、なぜかシンパシーを感じる自分がいます。

そして見終わった後には、「ダメ人間」にも人生があり、それはそれで「等しく愛おしむべき人生」なのだという感慨を、見る者に感じさせた点で画期的だと思うのです。
この映画以前には、偉大な人間、社会的に有益な主張が、映画の題材として描かれていました。

ただそれは、一般人から見れば、ややもすれば現実離れをした立派過ぎる「神」や「崇高な理想」として、姿を見せていたように思います。

しかしこの映画によって、「ダメ人間のダメっぷり」を描くことにも価値があるという、映画史上初の発見をもたらしたように思います。

そういう意味で、この映画は『ダメ青春映画』の元祖であると同時に、『ダメ人間映画』の元祖でもあると、個人的には信じています。

関連レビュー:日本のダメなヤツ映画『仁義なき戦い』
深作欣司監督の実録暴力団抗争劇
闘うことを通して庶民の人生にエールを送る


そして、映画としてその「ダメなヤツラ」をえがき得たのは、「ネオ・リアリズモ」の応用と、フェリーニ監督自身の享楽的な嗜好ゆえではないかと、個人的には想像しています。

関連レビュー:アメリカのダメなヤツ映画
『パルプ・フィクション』

個性的な登場人物が織りなすストーリー
アカデミー脚本賞・カンヌ・パルムドール受賞作品


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映画『青春群像』評価


今まで書いてきたように、この映画には「ダメ人間=弱きもの=敗者」を初めて描いた作品として、古典として残されるべき価値があると思います。

そんな、映画史的価値としては☆5つが当然かと思います。

しかし、映画作品として見た時、個人的にはおもしろくはなかったし、感動しませんでした。

それゆえ、個人的印象批評としては☆2つという所でした。

じつを言えば、晩年のフェリーニ作品の数々を見ている眼からすると、この映画には「映像の魔術師」と呼ばれた鮮烈なビジュアルも、濃厚な享楽を重ね塗りするようなドラマも見出せず、ただユニークな題材だけが印象に残るだけの作品だと感じてしまいました。
関連レビュー:魔術師フェリーニの真骨頂
『カサノバ』
フェデリコ・フェリーニの濃厚映画
ドナルド・サザーランド主演の希代のイロゴト師

関連レビュー:芸術家フェリーニの肖像
『魂のジュリエッタ』
フェデリコ・フェリーニの芸術性の高さを証明する作品
魔術師フェリーニのビジュアルセンス

その事は、未来から過去を裁断するようなもので、フェアな見方ではないかもしれません。

しかし最近感じるのは映画の感動や娯楽性とは、新しい刺激やユニークな表現の量によるところが大きいという事実です。

そんな「新たな表現」が映画の価値判断として大きいのだとすれば、「古典」とよばれる作品は映画史の中で常にお手本とされ模倣される存在であるため、その表現は「使い古される運命」にあると言わざるを得ません。

つまり「古典作品」とはその作品が「典型的」であればあるほど、後世の鑑賞者から見れば魅力を減ぜざるを得ないということかと考えたりします。

そんなことでフェリーニの古典作品としての価値は認めるものの、映画として面白く感じなかったという個人的な印象を元に、冒頭の評価となりました。

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以下の文章には

映画『青春群像』ネタバレ

があります。
(あらすじから)
ファウストのいい加減な生活に愛想を尽かし、妻が出て行ってしまった。
さすがにファウストも妻と子の身を案じ、4人の仲間の助けを受け、彼女の行方を必死に探した。
そして、ついにファウストの生家にいるサンドラを発見する。
ファウストは彼の父にひどく叱られ、ベルトで何度も叩かれるが、妻サンドラと向き合うと抱き合い涙を流した。

映画『青春群像』結末・ラスト

一番若いモラルドは、ひとり深夜の町を歩いていると、まだ暗い町を仕事にいそぐ駅の小間使いの少年グイードと出会う。
そして、彼は町をはなれ、一人旅立つことを決心した。
【意訳】少年:出て行くの?/モラルド:グイード。うん、出て行くんだ。/少年:どこに行くの?/モラルド:判らない。でも旅立つ。/駅員:全員乗車。点検終了。/モラルド:グイード。うん、出て行くんだ。/少年:どうして出て行くの?/モラルド:分からない。でも行かなきゃいけないんだ。/少年:ここが嫌いになったの?さよならモラルドさよなら。/モラルド:さよならグイード。

ファウスト夫婦や、レオポルドや、リカルドや、アルベルトたちの、ベッドでのまどろみをあとに、モラルドの汽車は走りさっていった。




posted by ヒラヒ・S at 17:18| Comment(0) | イタリア映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

名作映画『ニューシネマパラダイス』ラスト・キスシーンの映画タイトル/解説・ネタバレ・映画紹介

映画『ニューシネマパラダイス』(ラストシーン映画タイトル 編)



原題 Nuovo Cinema Paradiso
英語題 Cinema Paradiso
製作国 イタリア、フランス
製作年 1989
上映時間 123分
監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽 エンニオ・モリコーネ

評価:★★★★★  5.0点



この映画への想いに満ちた映画は、イタリアの監督ジュゼッペ・トルナトーレの手による、映画へのラブレターのような作品です。
監督自身が生まれ育ったイタリアのシチリア島を舞台にした、このノスタルジックな物語は、映画を通して世界を知った少年の思いが溢れんばかりに表現され、胸が熱くなります。
そんな「映画の愛」が象徴されているのがラスト・シーンで、永遠に語り継がれる「映画遺産」として、このシーンは後世に残されるでしょう。
そこで、及ばずながら、そのラストシーンの映画のタイトルを、可能な限り追求したいと思います。
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映画『ニューシネマパラダイス』予告


映画『ニュー・シネマ・パラダイス』出演者

サルヴァトーレ・ディ・ヴィータ(少年期サルヴァトーレ・カシオ/青年期マルコ・レオナルド/中年期ジャック・ペラン/アルフレード(フィリップ・ノワレ)/エレナ(若年期アニェーゼ・ナーノ/中年期ブリジット・フォッセー:ディレクターズカット版)/マリア(中年期アントネラ・アッティーリ/壮年期プペラ・マッジオ/神父(レオポルド・トリエステ)/スパッカフィーコ:パラダイス座支配人(エンツォ・カナヴェイル)/イグナチオ:劇場の案内人(レオ・グロッタ)/アンナおばさん(イサ・ダニエリ)/広場の男(ニコラ・ディ・ピント)


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映画『ニューシネマパラダイス』解説


この『ニューシネマパラダイス』には、作品中にキラ星のごとく映画の断片がオマージュとしてちりばめられています。
そんな劇中の映画タイトルを知りたくて、既に「作品中の映画タイトル」を記事としています。
関連レビュー:作品中の映画タイトルの紹介
映画『ニューシネマパラダイス』
ジュゼッペ・トルナトーレ監督の語る映画の快楽
映画黄金期へのノスタルジー

そして、この映画のハイライト、映画ファンなら涙を禁じ得ないこのラストシーン。
映画『ニューシネマパラダイス』ラスト・シーン
このシーンの作品タイトルをご紹介します。
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ラスト・シーンの映画タイトル


以下の画像、作品タイトルは海外サイト「AMC FILMSITE」様より引用させていただきました。
その上で、タイトル名を日本語タイトルとしております。
感謝し謹んでお礼を申し上げます。
FireShot Capture_moto - The Censored Kisses.png
正直言って、生まれる前の映画ばかりで、古典を勉強している積りの私でも、知らない映画がいっぱいです・・・・・
そんな中でも、すでにレビューを書いた作品が含まれているのに、かすかな「誇り」を感じました。
関連レビュー:大恐慌時代の良きアメリカ人
『素晴らしき哉、人生!』

フランク・キャプラ監督のヒューマンドラマの傑作
ジェームス・スチュワート主演のクリスマス映画の定番
関連レビュー:グランドホテル様式脚本の元祖
『グランドホテル』

グレタ・ガルボ、ジョーン・クロフォード共演
史上初のオールスター映画



posted by ヒラヒ・S at 17:23| Comment(0) | イタリア映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月04日

映画『ニューシネマパラダイス』映画の中に出てくる映画タイトル/解説・ネタバレ・映画紹介

映画『ニューシネマパラダイス』(劇中映画解説 編)



原題 Nuovo Cinema Paradiso
英語題 Cinema Paradiso
製作国 イタリア フランス
製作年 1989
上映時間 123分
監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽 エンニオ・モリコーネ

評価:★★★★★ 5.0点


この映画はイタリアの監督ジュゼッペ・トルナトーレが生んだ、間違いなく映画史に残る名作だと思います。
イタリアのシチリアを舞台にして繰り広げられる、ノスタルジックで甘美な物語です。
この作品には、映画こそ全世界だった時代の「黄金期の映画」の断片が、そこかしこに数多く埋め込まています。
とても全ては分かりませんが、可能な限りその映画作品タイトルを、探求したいと思います。
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映画『ニューシネマパラダイス』予告


映画『ニュー・シネマ・パラダイス』出演者

サルヴァトーレ・ディ・ヴィータ(少年期サルヴァトーレ・カシオ/青年期マルコ・レオナルド/中年期ジャック・ペラン/アルフレード(フィリップ・ノワレ)/エレナ(若年期アニェーゼ・ナーノ/中年期ブリジット・フォッセー:ディレクターズカット版)/マリア(中年期アントネラ・アッティーリ/壮年期プペラ・マッジオ/神父(レオポルド・トリエステ)/スパッカフィーコ:パラダイス座支配人(エンツォ・カナヴェイル)/イグナチオ:劇場の案内人(レオ・グロッタ)/アンナおばさん(イサ・ダニエリ)/広場の男(ニコラ・ディ・ピント)
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映画『ニュー・シネマ・パラダイス』解説

劇中挿入される映画紹介


この映画には、1930年代以降の映画がそこかしこに埋め込まれ、その映画の題名を可能な限り追求してみました・・・・・・・イタリア映画が多く分からない作品もありますが、参考までご紹介させて頂きます。
○9分:
映画館内ポスター『駅馬車』(1939)cinema-09.png
監督ジョン・フォード
出演ジョン・ウェイン
イタリア語の 「Ombre Rosse」題名が読める
○10分:
検閲される映画『どん底』 (1936) cinema-verso.png
監督ジャン・ルノアール
出演ジャン・ギャバン

○13分:
cinema-casa.png映写室のポスター『カサブランカ』(1942)
監督マイケル・クルーズ
出演ハンフリー・ボガード
イングリッドバーグマン
映写室のポスター「ローレル&ハーディー」
○19分:
cinema-019.pngトトが見た映画予告『駅馬車』(1939)
監督ジョン・フォード
出演ジョン・ウェイン

○21分
cinema-22.pngトトが見た映画『揺れる大地』(1948)
監督ルキノ・ヴィスコンティ
出演シチリアの島民

○22分
Cinema-chap-Nockout.jpgトトが見た映画『ノックアウト』(1914)
監督チャールズ・アヴェリー
出演ロスコー・アーバックル、チャールズ・チャップリン

○30分
cinema-30.pngトトが見た映画『ポー川の水車屋』(1949)
以下のクレジットからの類推
プロデューサー:カルロ・ポンティー
監督:アルベルト・ラットゥアーダ
音楽:イルデブランド・ピツェッティ

○31分
cinema-31.png映写室ポスター
@『チャップリンのカルメン』(1915)

監督・脚本チャーリー・チャップリン
出演 チャーリー・チャップリン
A『底抜け極楽大騒動』(1938)
監督ジョン・G・ブリーストーン
出演ローレル&ハーディ
B『望郷』(1937)
監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ
出演ジャン・ギャバン、ミレーユ・バラン
C不明
○34分
映写室ブロマイド
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@「バスター・キートン」
A「クラーク・ゲーブルとジョーン・フォンティーン」
B「エリッヒ・フォン・シュトロハイムとグレタ・ガルボ」

○34分
映写室トイレポスター『血と砂』(1941)cinema-34-2.png
監督ルーベン・マムーリアン
出演タイロン・パワー、リタ・ヘイワース
ポスターにイタリア公開名「Sangue e arena」

○36分
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ポスター:左『The Black Arrow』(1948)
監督ゴードン・ダグラス/出演ルイス・ヘイワード
ポスター:右『アリババと40人の盗賊』(1944)
監督アーサー・ルービン/出演マリア・モンテス、ジョン・ホール
○37分
外看板ポスター『The Black Arrow』(1948)cinema-37.png
監督:ゴードン・ダグラス
出演:ルイス・ヘイワード

○41分
上映中の映画『無法者の掟』(1948)Cinema-41.jpg
監督:ピエトロ・ジェルミ
出演:マッシモ・ジロッティ、シャルル・ヴァネル

○41分
検閲中の映画『苦い米』(1949)cinema41.png
監督: ジュゼッペ・デ・サンティス
出演:シルヴァーナ・マンガーノ、ラフ・ヴァローネ
○42分
上映中の映画cinema-42.png
『ジキル博士とハイド氏』(1941)

監督:ルーベン・マムーリアン
出演:フレドリック・マーチ、ミリアム・ホプキンス
○43分
ブロマイド「リタ・ヘイワース」cinema-43.png
○44分
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ポスター@『玩具の国』(1934)

監督:チャーリー・ロジャース
出演:スタン・ローレル、オリヴァー・ハーディー

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ポスターA『ギルダ』(1946)

監督:チャールズ・ヴィダー
出演:リタ・ヘイワース
○上映中の映画:ニュース映画
○45分
ポスター『風と共に去りぬ』(1939)cinema-45.png
監督:ヴィクター・フレミング
出演:ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル
○46分
上映映画『ヴィッジュの消防士たち』(1949)cinema-47.png
監督:マリオ・マットーリ
出演:トト
○46分
館内ポスター上下とも『風と共に去りぬ』cinema-46.png
○58分
映画上映 『アンナ』 (1952)cinema-58.png
監督:アルベルト・ラットゥアーダ
出演:シルヴァーナ・マンガーノ、ヴィットリオ・ガスマン

○1時間02分
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上映映画@『L’oro di Napoli』(1954)
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
出演:ソフィア・ローレン、トト
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上映映画A『素直な悪女』(1956)
監督:ロバート・ロッセン
出演:ブリジット・バルドー
○1時間03分
壁のブロマイドcinemaH034.png
@クラーク・ゲーブル
A『つばさ』(1927)のチャールズ・ロジャース?
Bマリリン・モンロー
Cアニタ・エクバーグ?
Dマリリン・モンロー
○1時間04分
cinma_1h04.png上映映画@ (不明)
 ギャング映画のようだが分かりませんでした・・・・

○1時間04分
cinema_1h04_29.png上映映画A『青春群像』(1953)
監督:フェデリコ・フェリーニ

○1時間13分
cinema_0103.png映画ポスター、『チェーン(Catene)』(1949)
監督:ラファエッロ・マタラッツォ
出演:アメデオ・ナザリ、イヴォンヌ・サンソン
○1時間16分
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館内上映『チェーン(Catene)』(1949)
映画ポスター『ビリーザキッド』(1941)
監督:デヴィッド・ミラー、フランク・ボーゼイギ/出演:ロバート・テイラー

○1時間16分
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エドモンオブライエンとラオル・ウオルシュという名前から・・・・・
館内ポスター、『白熱』(1949)
監督:ラオル・ウオルシュ
出演:ジェームス・キャグニー、エドモンド・オブライエン
○1時間29分
cinema_1h29.png屋外上映映画 『サンフレディアーノの娘たち (Le ragazze di San Frediano)』(1954年)
監督:ヴァレリオ・ズルリーニ
出演:アントニオ・シファリエッロ、ロッサナ・ポデスタ

○1時間31分
cinema_1h30.png屋外上映映画 『ユリシーズ』(1954年)
監督:マリオ・カメリーニ
出演:カーク・ダグラス、シルヴァーナ・マンガーノ


○1時間44分
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アルフレード邸の写真@映画『無防備都市』(1945) 
A映画『つばさ』?(1927)
Bクラーク・ゲ−ブル
C〜F分かりませんでした。

○1時間50分
cinema_1h50.png取り壊し前の映画館ポスター
『TRASGRESSIONI EROTICHE』
(1984年ポルノ映画)


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映画『ニュー・シネマ・パラダイス』解説

監督ジュゼッペ・トルナトーレのバック・ボーン


今更ながらこの作品が持つ、過去の映画に対する思いの深さ、強さが、劇中に入れられた数多くのオマージュによって証明されていると感じた。
それは、この映画を撮った監督ジュゼッペ・トルナトーレの、映画に対する愛情が洪水になって溢れ出たかのような膨大な量の作品群に圧倒される。
しかし実は、この監督は1956年生まれなのだ。
cinema_editer.jpgジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore、1956年5月27日 - )は、イタリア・シチリア島のバゲリーア出身の映画監督。自身で脚本も手がけることもある。
16歳の頃から舞台にかかわるようになる。イタリア屈指の名監督であり、『ニュー・シネマ・パラダイス』や『海の上のピアニスト』は世界的に高い評価を得ている。また、自身が大の映画好きで、イタリア古典映画の復興活動などを精力的に行っている。(wikipediaより)


上で紹介した劇中作品を見れば、1984年製作のポルノ映画を除けば、最も製作年代が新しいものでも1956年の『素直な悪女』であり、それはこの監督の生まれた年なのである。
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つまり、この監督はこれらの映画に関して、長じてから後追いで見たことになる。その情熱と勉強熱心さに頭が下がる。

そんな映画を愛する監督が映画を語ったからこそ、この映画のエモーショナルな感動が生まれ、同時にノスタルジックな情感が醸成されたのだと思える。
それは残念ながら、映画の黄金期が既に過ぎ去って、この映画の製作年1989年当時には古びたメディア、老衰しつつあるコンテンツであることを、トルナトーレ監督自身が認めざるを得なかったがゆえに生まれた、懐古的センチメンタリズムだったろう。

さらに言えば、この劇中に登場する映画のイタリア作品の多さに驚くのだが、そんなイタリア映画に対する愛もその古き良き時代を偲ぶ心をより強くしていただろう。
実際、1989年当時のイタリア映画界は、一世を風靡したネオレアリズモ運動のロベルト・ロッセリーニ監督は 1977年に、巨匠ルキノ・ヴィスコンティも1976年には没し、名匠フェデリコ・フェリーニが一人気を吐いていたものの、しかしイタリア映画産業自体の製作本数の減少は、日本映画にも共通する危機を迎えていたのである。

そんなことを踏まえれば、先に挙げた『素直な悪女』の1956年当時が、全世界的に言っても映画産業のピークであり、それ以後はTVに押され衰退していったという事実が、この映画を愛する者からすれば悲哀を帯びたノスタルジックな色調となり、反映されていただろう。

そしてそんな映画の危機に対して、この作品のラストで語られたのは、トルナトーレ監督自身が受けた過去の映画作品からの溢れんばかりの愛を、映像作家として映画に返すのだという決意の表れだったと信じる・・・・
関連レビュー:ラストシーンの映画タイトルの紹介
映画『ニューシネマパラダイス』
ジュゼッペ・トルナトーレ監督の語る至高のラスト
映画黄金期へのラブレター



posted by ヒラヒ・S at 09:09| Comment(0) | イタリア映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする