2017年12月08日

映画『ペーパームーン』親子共演の現実とオニール家の崩壊/感想・解説・評価・トリビア

映画『ペーパームーン』(感想・解説 編)

原題 Paper moon
製作国 アメリカ
製作年 1973年
上映時間 103分
監督 ピーター・ボグダノヴィッチ
脚本 アルヴィン・サージェント
原作 ジョー・デイヴィッド・ブラウン


評価:★★★   3.0点



この「大恐慌時代」を背景にした映画は、白黒の画面といい、詐欺をして金を稼ぐ所といい、チャップリンの名作『キッド』を思い出しました。
また、大人が子供を致し方なく連れて歩く、『グロリア』や『レオン』なども思い出させます。
いずれにしても評論家、一般ユーザーの双方から、高い評価を受けている作品です。
・・・・・・しかし、個人的印象としては、残念ながらいま一つ乗り切れませんでした。

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映画『ペーパームーン』予告


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映画『ペーパームーン』出演者

モーゼ・プレイ(ライアン・オニール)/アディ・ロギンス(テータム・オニール)/トリクシー・デライト(マデリーン・カーン)/ハーディン保安官(ジョン・ヒラーマン)/ジェス・ハーディン(島香裕)/イモジン(P・J・ジョンソン)/フロイド(バートン・ギリアム)/オリー(ジェシー・リー・フルトン)/牧師(ジェームズ・N・ハレル)/牧師の妻(リラ・ウォーターズ)/ロバートソン(ノーブル・ウィリンガム)/駅長(ジャック・ソーンダース)/ウェイトレス(ジョディ・ウィルバー)/パール・モーガン(リズ・ロス)/法執行官(エド・リード)/リボン店の店員(ドロシー・プライス)/エドナ(ドロシー・フォースター)
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映画『ペーパームーン』感想


ライアン・オニール演じる主人公と、一人の女の子(テータム・オニール=ライアン・オニールの実の娘)のロードゴーイングムービーです。

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その道中で繰り広げられる、騒動と二人の間に生まれる情愛を描いています。


しかし、う〜ん、なぜだろ〜なんだろ〜この食い足りないカンジ。

たとえばチャップリンの『キッド』だと、とってもウエットな、ハートウォーミングな物語なワケです。

別に『キッド』を引き合いに出さなくても、『レオン』でも『グロリア』でも、さらにはブラジルの『セントラル・ステーション』だって、子供と大人が旅をしていく物語となれば、たいてい大人が邪魔に思いつつも、最後には子供に愛情を示し、お互いにかけがえのない存在になっていくというのが物語の原型です。


そこには、真の親子の関係でなくとも、人としての情愛が描かれているからこそ「人情」話になると思うのです。
それは大げさに言えば、人の「性善」を語る物語としてあるのではないでしょうか。
しかし、この映画はその相互の感情の交流の表現が細やかではないというか、ぶっきらぼうな印象を個人的には受けてしまったのです。
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本来であれば、徐々に親密になる描写が必要だと思うのですが、ほんとに少ないどころか、あえて描いてないような気さえします・・・・・・

物語中では、この主人公とこの娘が実の親子かどうか、不明確なまま物語は進みます。
娘の方は父親であって欲しいと願っていて、主人公は父親である事を認めまいとして強く冷たく当たります。

それゆえこの二人が本当に仲良くなっているのかと、心配になってしまいます。

お互いそっぽを向いていても、求め合っているという実感を、映画から私は受け取れませんでした。
そのお互いに相手を必要としているのだという、描写の少なさゆえに人情話としての説得力が落ちたように、個人的には感じたのです。


そこで作品中に、この二人の間に生まれたはずの愛情が、十分に表現されなかったワケをイロイロ考えてみたのですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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たぶんこの説得力の無さは、本当の親子で共演したせいではないかと邪推しています。

それは本当の親子であるがゆえに、本当の親子だとは思いたくない役を演じるときに、ドラマとして必要とされる以上に「冷たい」演技がなされてしまったためではないかと思ったのです・・・・・・・

それとも観客としても、本当は親子という情報を含んで見たとすれば、この醒めた描き方がちょうどいい目分量となるのでしょうか・・・・・
個人的には実の親子だという映画外の情報を含んで、この作品を見る事はしないので、正直良く判断できません・・・・・・
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後年のインタビューでは「アイ・ラブ・ユー」と脚本に書いてあっても、恥ずかしくて言えなくて、言ったものの最終的にカットされたとテータムは言っています。

そんな風に映画に現実世界が影響をしているのだとすれば、勿体ない気がします。
いずれにしても個人的にはやはりもうチョット、泣かせが入ったほうが説得力があるような気がするなぁという・・・

でも、どのレビューサイトを見ても高い評価の作品ですので、ぜひ見てください。
私のレビューが的外れである事を、祈って止みません。

関連レビュー:疑似母子の傑作ロードムービー
『グロリア』
ジョン・カサベテス監督の任侠映画
映画『レオン』の原典

関連レビュー:疑似父娘の暗殺者
『レオン』
リュック・ベンソン監督のアクション映画
ジャン・レノとナタリー・ポートマン出演




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映画『ペーパームーン』解説

映画『ペーパームーン』のトリビア


アディーのタバコの正体!


この映画内で、当時9歳のテータムオニール扮するアディーが、しょっちゅうタバコを吸うシーンが出てきて、心配になります。
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しかしテータム・オニールが吸っていたタバコは、ニコチンを含まない無害の物だったそうです。
父親のライアンはニューヨーク・タイムスに答えて、テータムがタバコ依存に決してならないだろうと語っています。
なぜなら、そのタバコはレタスを原料にしていて、彼女に吐き気を催させるものだったからです。

ボグダノビッチ監督とオーソン・ウェルズ


ボグダノビッチ監督を調べてみると、本当に映画を愛しているのだと、頭が下がる思いがします。
年間400本見たとか、生涯7000本の映画を見たとかいうのは序の口で、役者としてメソッド演技の教祖的な教師ステラ・アドラー女史に師事し演技を学び役者としてTVドラマに出ています。
更に映画評論家として名をなし、伝説の監督ジョン・フォードやハワード・ホークス、ジョン・ヒューストンにインタビューし、本を出版しています。
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(左から:ジョン・ヒューストン、オーソン・ウェルズ、ピーター・ボグダノビッチ)

更に伝説の俳優オーソン・ウェルズの伝記「オーソン・ウェルズ―その半生を語る」を著し、以来友人としての関係を保ち続け、この映画『ペーパームーン』にも貴重なアドバイスを受けたようです。
たとえば、映画の題名を『ペーパームーン』にしたのはオーソン・ウェルズが良いタイトルだと褒めたからだといいますし、また白黒撮影の際の忠告を聞き、赤いフィルターを使い高コントラストの映像にしたといいます。
そんな先輩を大事にするボグダノビッチは「偉大な先輩から聞いた知恵を、映画の形で還元できない自分」に罪悪感を感じていると語っています。
そんなボグダノビッチ監督に、一本でも多く映画を撮るチャンスが生まれればいいなと、願っています。

関連レビュー:オーソン・ウェルズの出演作品
映画『第三の男』
戦後のウィーンを舞台にしたクライム・サスペンス
ヨーロッパの空白を埋める第三の男


テータム・オニールの助演女優賞



この映画のテータムオニールが獲得した、10歳でのアカデミー賞のタイトルは、2017年現在でも破られていない、アカデミー賞最年少記録です。
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さらに、もう一つ、助演女優賞獲得者の映画内出演時間の最長記録でもあります。
何と、1時間40分の映画で、1時間6分58秒に渡り出ています。

演技経験も無かった彼女が、タバコで気持ち悪くなっても、出ずっぱりで頑張った甲斐あってのアカデミー賞受賞でしたが・・・・・・・・・・
しかし、テータムの2005年出版の自伝『ペーパーライフ』によれば、この時の衝撃的な事件を書いています。

なんと父ライアン・オニールは自分がノミネートされていないのに怒って、テータムをパンチしたというのです。
ナンテ・・・・・可哀そうなテータム・・・・・・
さらにその本では、幼少期からの虐待や父の薬物依存や、自らもヘロイン中毒に陥った事実が赤裸々に語られています。

父ライアンと娘テータム、オニール家の確執



テータムの2005年の自伝『ペーパーライフ』以後、その家族の確執が世間に知られるようになりました。
そしてアメリカのTV番組の企画で、2011年6月から8月にかけて関係修復のドキュメンタリーショーに二人は出演し、確執を解消しようと努めています。
2011年6月〜8月『Ryan and Tatum:O'Neals』
【大意】2週間前に父と出会って、何が起こるか分からなかったとテータム。セラピストが目標を聞き、ライアンは家族が一つになる事と答え、テータムは真実の、もっと正直な関係を求めると言う。司会者は何があったかと尋ね、テータムは父に長い間多くを言われて、大きな影響があり、ドラッグに走った。父には悪いけどと語る。ライアンは事実だと認めて、過去に我々親子の間に問題があったと語る。テータムはその過去を父が認めるのは大変な努力が必要なはずだと言う。それでも父と一緒に暮らした家のことを考えれば、狂いそうになり、悪い記憶しかないと口にする。ライアンは、テータムが悪い所ばかり見て、良かった時のことを忘れてる。悪い時ばかりじゃないと語る。テータムは母が苦しんで、いい人生ではなかった事が悲しい、母にとって良い娘でなかったことも悲しいと言う。ライアンは彼女が幸福だったこともあると言いテータムが彼女を幸福にしたと言い、私達の家族が良かった時の事を話したいと言う。私は仕事が忙しく、混乱したことも有るが、愛を持っていたと語る。テータムが、どこに行っていたのかと反論し、ライアンは責任を全て自分のせいにするのはテータムにとって良くないと語る。責任は完全に認めるが、過去のことだ、終わった、もう起こってしまったと言う。司会者が休みを挟みましょうと告げる。

このTV番組によって、二人の関係は修復されたのでしょうか?
ライアンは言います・・・・・「この番組のせいで、二人の距離は更に開いた」と・・・・・・
しかし、関係修復の努力は今も続けているとも語っています・・・・・・・

いつの日か、この二人が出る映画「リアルムーン」を見る日が来ると信じています・・・・・・・

ペーパームーン写真



「ペーパー・ムーン」は、写真の背景としてアメリカで1900年代初頭に流行し始め、その古い写真は、ありし日のノスタルジーを見る者に感じさせます。
この「ペーパー・ムーン」が、どのようにして広まったかは不明瞭ですが、1903年にライト兄弟が飛行機で飛び、1910年にはハレー彗星の通過もあり、そんな出来事が天空に輝く月への関心を高めたという説もあります。
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実際の「ペーパー・ムーン」のポートレイトを見てみても、月と彗星が両方映っていることから、この時期の宇宙に対する人々の興味が反映されているのかもしれません。
この映画でも見られるように「ペーパー・ムーン」写真は、町のフェスティバルやアーケード、カーニバル、見本市などの、簡単な写真ブースで撮影することがよくありました。

そんな、手軽な「ペーパー・ムーン」ポートレイトには、庶民の気取らない歴史的な風俗が記録されているように思います。
下:『イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン』アビー・ガードナーのPV

写真は「ペーパー・ムーン」ポートレイト


名曲『イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン』



この上のミュージックビデオにある「ペーパームーン」の写真を歌った曲です。
1933年にハロルド・アーレンが作曲した流行歌です。
ノスタルジックでスィートで、今もジャズのスタンダードとして演奏し続けられています。
この曲が1933年の「大恐慌」の時期に歌われたというのも、信じれば救われる的な歌詞を考えれば深いものがあるようにも・・・・・
この映画で描かれた時代に流行った歌として、劇中歌となっています。

この歌の名演集をご紹介
この歌といえばこの人
ナット・キング・コール


その娘のナタリー・コールも引き継いでいます。


しかし、女性シンガーで言えばこの人。

エラ・フィッツジェラルドの貫禄の歌


日本代表で由紀さおり


最後は映画に敬意を示して、サウンドトラックから
Paul Whiteman & his Orchestra
(3分25秒ぐらいからNG集があります)

It’s Only A Paper Moon
Say, it's only a paper moon(いわば、それはただの紙の月)
Sailing over a cardboard sea(ダンボールの海を航海する)
But it wouldn't be make-believe(でも、それは信じていないから)
If you believed in me(もしあなたが私を信じてくれれば)
Yes, it's only a canvas sky(ええ、それはただのカンバスの空)
Hanging over a muslin tree(ぶら下がったモスリンの木)
But it wouldn't be make-believe(でも、それは信じていないから)
If you believed in me(もしあなたが私を信じてくれれば)
Without your love(あなたの愛がなければ)
It's a honky tonk parade(それは調子はずれなパレード)
Without your love(あなたの愛がなければ)
It's a melody played in a penny arcade(それは安遊園地のメロディー)






posted by ヒラヒ・S at 17:26| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

映画『ペーパームーン』父と娘の珍道中・完全再現ストーリー/感想・ネタバレ・あらすじ・ラスト

映画『ペーパームーン』(ストーリー・あらすじ 編)

原題 Paper moon
製作国 アメリカ
製作年 1973年
上映時間 103分
監督 ピーター・ボグダノヴィッチ
脚本 アルヴィン・サージェント
原作 ジョー・デイヴィッド・ブラウン


評価:★★★   3.0点



白黒の画面といい、詐欺を働きながら金を稼いだりする所といい、チャップリンの名作コメディー「キッド」を思い出しました。
子供を連れた「ロード・ゴーイング・ムービー」として評論家、一般ユーザーの双方から、大変評価の高い作品です。

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映画『ペーパームーン』ストーリー・あらすじ



葬儀が営まれているところに、モーゼ(ライアン・オニール)はやって来た。
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彼と昔深い中にあった女性が、自動車事故で死んだのだ。

そこには、アディ(テイタム・オニール)という9つの娘がいた。
モーゼ(ライアン・オニール)は、牧師夫婦からアディの唯一の身寄り、ミズーリの叔母の家に届けるように頼まれた。

モーゼは同じ方向に旅立つと言ってしまった手前、いたしかたなく引き受けた。
まずモーゼは最初に、交通事故を起こした加害者側から、示談金200ドルを脅すように取り、その金で新車に買い替えた。
そして、アディに切符を買って、汽車でミズリーに向かえと言った。
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しかし、アディはモーゼが手にした200ドルは、私のお金だと主張する。

そして、その金を寄越さなければ汽車に乗らないと主張した。
アディーはモーゼが実の父だと疑っていたのだ。
モーゼは、身に覚えが無いと、父親であることを否定する。
Moon-.jpgすると、アディーは「父親でなければ200ドルを返せ、返さないなら警察に訴える」と脅す。
モーゼは、200ドルで車を買ってしまった手前、アディーを車にのせミズリーに向かい走り出した。



そんなモーゼの商売は、聖書を詐欺まがいの手で売りつける事だった。
やがて、それを見ていたアディも、片棒を担ぐようになり、非凡な詐欺の才能を見せる。
<詐欺の手口>

そして、ニセモノの父娘コンビの詐欺は、相手の警戒心を緩ませ、稼ぎも順調に増えて行った。
2人の間で喧嘩は絶えないが、それでも少しづつ心が通い合うようになった。

そんな2人がカーニバルへ寄り、アディは「ペーパー・ムーン=紙の月」に座って記念写真を撮る。
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モーゼに一緒に撮ろうと言ったのだが、彼は女性ストリッパーのミス・トリクシー・デライト(マデリーン・カーン)に夢中で、取り合わなかった。
そして、彼女と彼女の付き人イモジンという黒人少女が、旅の道連れになった。
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最初は我慢していたものの、ついに抑えきれなくなったアディは、トリクシーと一緒なら旅はしないと、ストライキをしてまで抵抗した。
そしてアディーは、ある日泊まったモーテルで、トリクシーが別の男と浮気するように画策した。
その現場を見たモーゼは、トリクシーと別れて、また2人きりの旅に戻った。

トリクーシ―と旅している間、ほとんど稼がなかったモーゼは、酒の密造屋を相手に詐欺行為を働く事を計画した。
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作戦は上手く行き、密造屋を出しぬき620ドルを巻き上げたかに思えたが、その騙した相手の弟が保安官で逮捕される。
保安官事務所で、さんざん殴られ、厳しい尋問を受けているモーゼを、アディーの機転で逃げ出すことができた。
moon-hit.jpg2人は途中車を乗り換えたりして、どうにかミズリー州にたどり着いた。
しかし、そこには保安官たちが待ち構えており、有り金全てを奪われてしまう。
傷つき落ち込むモーゼに、アディーはまた二人で聖書を売ろうと語りかける。

しかし、モーゼはある決心を固めていた・・・・・・・・・・

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映画『ペーパームーン』予告


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映画『ペーパームーン』出演者

モーゼ・プレイ(ライアン・オニール)/アディ・ロギンス(テータム・オニール)/トリクシー・デライト(マデリーン・カーン)/ハーディン保安官(ジョン・ヒラーマン)/ジェス・ハーディン( 島香裕)/イモジン(P・J・ジョンソン)/フロイド(バートン・ギリアム)/オリー(ジェシー・リー・フルトン)/牧師(ジェームズ・N・ハレル)/牧師の妻(リラ・ウォーターズ)/ロバートソン(ノーブル・ウィリンガム)/駅長(ジャック・ソーンダース)/ウェイトレス(ジョディ・ウィルバー)/パール・モーガン(リズ・ロス)/法執行官(エド・リード)/リボン店の店員(ドロシー・プライス)/エドナ(ドロシー・フォースター)
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映画『ペーパームーン』受賞歴

1974年開催・第46回アカデミー賞:助演女優賞テータム・オニール(史上最年少受賞)

プレゼンターはチャールズ・ブロンソンとその妻ジル・アイルランドで候補者を紹介
【意訳】私は私の監督ピーター・ボグダノビッチと私の父に全ての感謝を捧げます。ありがとう。
【祖父チャールズ・オニール・意訳】この子の祖父から感謝を、この子の父親からも感謝を、そしてもちろんテータムも感謝してます。
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以下の文章には

映画『ペーパームーン』ネタバレ

があります。

(あらすじから)
全ての金を奪われたモーゼ。
moon-house.jpg彼はアディを、ミズリーの叔母の家に届けることにした。
叔母の家は、小ぎれいで、アディの夢だったピアノもあった。
優しい叔母や叔父が、アディを暖かく迎えてくれる。

モーゼは1人、車に乗り込み煙草に火をつけた。
moon-photo.jpg放心したように煙草をふかすモーゼ。
その手には、フェスティバルで撮った「ペーパームーン」の写真。

そこには、アディーからモーゼへと記されていた。

煙草も吸い終わり、車を発進しようとしたモーゼ。
その眼が、バックミラーに吸い寄せられた。
白い道を走るアディーが徐々に大きくなってくる。

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映画『ペーパームーン』ラスト・シーン


車から降りたモーゼが、アディーを待ち構える。
moon-las.gifモーゼは帽子を叩きつけて怒った。
アディーは「モーゼ!まだ200ドル貸したままよ。」と返す。
その時、無人のトラックが動き出した。

それを見た2人は、慌てて車を追いかけた。
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2人が乗った車の前には、白い道がどこまでも続いていた。
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posted by ヒラヒ・S at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

映画『グランドホテル』(1932年)脚本の革新・オールスター映画の元祖/感想・解説・スターの肖像

映画『グランドホテル』(感想・解説 編)



原題 Grand Hotel
製作国 アメリカ
製作年 1932
上映時間 112分
監督 エドモンド・グールディング
原作 ヴィッキ・バウム
原作戯曲 ウィリアム・A・ドレイク


評価:★★★☆   3.5点



この映画は当時の主役級スター5名集めた、オールスター作品の史上初の映画です。公開時はその贅沢さで空前のセンセーションを惹き起こしたと言います。
そんな豪華スターを過不足なく描くために採られた脚本が、並列に人々の物語を描く群像劇の様式でした。映画では始めて使われたこの脚本スタイルは「グランド・ホテル様式」と呼ばれ、映画史上に新たな広がりを与える一本になりました。

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映画『グランドホテル』予告

映画『グランドホテル』出演者

グルシンスカヤ(グレタ・ガルボ)/ガイゲルン男爵(ジョン・バリモア)/フレムヒェン:速記者/(ジョーン・クロフォード)/プライジング(ウォーレス・ビアリー)/クリンゲライン(ライオネル・バリモア)/オッテンクラーク博士(ルイス・ストーン)/センフ:給仕長(ジーン・ハーショルト)/ポーター(レオ・ホワイト)/シュゼット(ラファエラ・オッティアノ)
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映画『グランドホテル』受賞歴

1932年開催・第5回アカデミー賞:最優秀作品賞
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映画『グランドホテル』感想



この映画は、すでに歴史的評価も定まった古典作品と言って良い一本です。
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この作品が、未来永劫語り継がれるであろう資格を持つのは、それまで映画に無かった二つの要素を新たに生み出したからです。

その一つ目は、世界初のオールスタームービー(豪華スター共演)である点。
さらに、オールスタームービーを描くために、必然的に求められた脚本の新たなスタイルの発明がありました。

それが、この映画の脚本「グランドホテル方式」です。

この、同時並行で様々な人々の人生を描くという、今なら普通に見られる「群像劇」の映画劇の元祖が、この作品だという事です。

この映画では、舞台劇がベースにあるため一幕物の芝居のように、ホテルから大きく外にカメラは動きませんが、この映画の脚本を原型として、その後どれほど多様に花開いていったかを考えるのも、楽しいかとも思います。

参考までに、当ブログで紹介した映画から、群像劇をあげれば・・・・・・・・・・・

関連レビュー:4か国に渡る数奇な運命を描く
『愛と哀しみのボレロ』

20世紀を貫く人々の交響曲
クロード・ルルーシュ監督

関連レビュー:タランティーノの傑作
『パルプ・フィクション』

個性的な登場人物が織りなすストーリー
アカデミー脚本賞・カンヌ・パルムドール受賞作品

関連レビュー:多人種が日々衝突する米国
『クラッシュ』

人種対立の悲劇と希望
2005年度アカデミー作品賞、脚本賞、編集賞

関連レビュー:コミニューケーションを問う映画
『バベル』

ブラッド・ピット、役所孝司、菊池凜子他
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督

他にも、日本の三谷幸喜監督『有頂天ホテル』、ウェス・アンダーソン『グランド・ブダペスト・ホテル』などは、この古典を一捻りした作品です。
最近では日本の『エイプリル・フールズ』も、この形式の脚本としては良くできていると思いました。

また、オールスター・ムービーという目線で見れば、1960年公開の『オーシャンと十一人の仲間』から始まる『オーシャンズシリーズ』や、『エクスペンダブルズ』、更には『アベンジャーズ』だって、この映画が元祖だと言えるでしょう。

そんな歴史的な1本という事で、映画史に興味がある方ならご覧になる価値はあるかと思います。

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映画『グランドホテル』解説

オールスタームービー(豪華俳優共演映画)の誕生


最初のオールスター映画のアイデアは、MGMスタジオの製作部長によって考えられたといいます。
当時の常識は、1人か2人の大スターを使って映画を撮るのが、最も生産コストが下げられ、利益を最大化にできるという考え方でした。
しかし、『グランドホテル』は当時の常識を打ち破り、MGMスタジオのトップ級のスター5人を登場させ、結果的にスタジオ史上で最も収益をあげた映画の1つになりました。

この映画がどれほどセンセーショナルだったかは、ハリウッドのチャイニーズシアターのプレミア上映に数千人もの野次馬が集まったことでもうかがいしれます・・・・・・

【大意】チャイニーズシアターで映画産業初の驚くべき出演者がキャステイングされた、注目の「グランドホテル」のワールド・プレミアが開催され、ライトアップされた沿道には数千もの人々が、大スターを見にアメリカ中から集まった。シアターの前には、映画と同じグランドホテルのフロントが作られ、スターがチェックインする(1:27秒まで)


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映画『グランドホテル』解説

5人の大スター紹介


グレタ・ガルボ


Grand-ballet.pngグレタ・ガルボ(Greta Garbo、1905年9月18日 - 1990年4月15日)は、スウェーデン生まれのハリウッド映画女優。本名はグレータ・ルヴィーサ・グスタフソン(Greta Lovisa Gustafsson)で、ハリウッドのサイレント映画期ならびにトーキー映画初期の伝説的スターである。3度のアカデミー主演女優賞へのノミネート経験があり、1954年に「輝かしく忘れがたい演技」に対してアカデミー名誉賞が贈られている。また、1935年の『アンナ・カレニナ』と1936年の『椿姫』で、ニューヨーク映画批評家協会賞 主演女優賞を受賞している。(wikipediaより)

サイレント時代からの伝説の大女優で、トーキー映画の初期にも活躍しましたが、1941年にガルボはまだ35歳で引退をします。
その理由はいろいろ言われるものの、個人的に思うのは、言葉にスウェーデン訛りがあってトーキーだと役が限られてくるという事もあったのではないでしょうか・・・・・・・
そんな、訛りと役者の関係は、時代が下ってシュワルツネッガーも同様の問題で、苦しんでいます。
関連レビュー:シュワちゃんと訛りの関係
『ターミネーター』

低予算で作られた傑作映画
ジェームズ・キャメロンの出世作

この映画でもグレタ・ガルボがロシア人バレリーナを演じたのは、そんな訛りの問題があったと思います。


ジョン・バリモア


grand-Jhon-barrymore.jpgジョン・バリモア(John Barrymore、本名:John Sidney Blyth、1882年2月15日 - 1942年5月29日)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア出身の俳優。サイレント期から活躍した映画スターの一人であり、兄のライオネル・バリモア、姉のエセル・バリモアと共に「バリモア三兄弟」として名を馳せた。ドリュー・バリモアの祖父にあたる。

この映画のプライジングを演じたライオネル・バリモアの弟さんだそうです。
二枚目俳優として有名だったようですが、14歳の時からアルコール依存に近く、4度の結婚もすべて失敗し、後年には自己破産をし、晩年は貧しい生活を余儀なくされ、60歳で亡くなったそうです。


ライオネル・バリモア


Grand-Lionel.pngライオネル・バリモア(Lionel Barrymore、1878年4月28日 - 1954年11月15日)は、アメリカ合衆国の映画俳優、舞台俳優。
イングランド人俳優モーリス・バリモア(Maurice Barrymore、本名 Herbert Arthur Chamberlayne Blythe)と米国の女優ジョージアナ・ドリュー(Georgiana Drew)夫妻の長男として生まれる。本名ライオネル・プライス。妹エセル・バリモア、弟ジョン・バリモアも高名な俳優である。『自由の魂』(1931年)では大酒飲みで、常識にとらわれない心を持った刑事弁護士を演じてアカデミー男優賞を得た。(wikipediaより)

ライオネル・バリモアも、1931年にアカデミー賞・男優賞を『自由の塊』で受賞した名優で、サイレント時代から数々の映画に出演しました。
この映画では実直な中年男を演じていますが、実は悪役でも強い個性を発揮します。
有名な役では、アメリカ映画協会(AFI)が選んだ「ヒーローと悪役ベスト100」で悪役の6位に入った、『素晴らしき哉、人生』の悪辣な銀行家ポッターの役があります。

関連レビュー:アメリカの良心を描く古典映画
『素晴らしき哉、人生』

アメリカのクリスマスの国民的映画
フランク・キャプラ監督、ジェームス・スチュワート主演



ジョーン・クロフォード


grand-flem.pngジョーン・クロフォード(英: Joan Crawford、1904年頃3月23日 - 1977年5月10日)はアメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ出身の女優。映画、舞台、テレビで活躍した。
1925年に映画製作会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー (MGM)と映画出演の契約を結び、クロフォードの本格的な女優人生が始まっている。徐々に自身を売り込むことに成功し始め、1920年代の終わりには流行の最先端をいくフラッパーを代表する女優として世界的に有名になった。1930年代になると、クロフォードの人気は当時のMGMの看板スターであるノーマ・シアラーやグレタ・ガルボと並び賞されるようになった。(wikipediaより)

この人も大スターですが、いろいろと話題に事欠かない人で・・・・・・・
一番有名なのは、ハリウッドを代表するもう一人のレジェンド、大女優のベティ・デービスとの確執でしょうか。
関連レビュー:凄まじい確執バトル
『何がジェーンに起こったか?』

ベティ・デービスとジョーン・クロフォードの闘い
泥沼のビッチ対決を徹底解説!

しかし、この映画でも、グレタ・ガルボと一悶着あったようです。
そもそもグレタ・ガルボは、MGMのトップ女優として君臨しつつも、ジョーン・クロフォードが人気を獲得し始めたため、強い対抗心があったようです。
たとえば映画の中で、グレタ・ガルボとジョーン・クロフォードが同一シーンに出て来ないのは、お互いに牽制しあったためだといいます。
そんな二人の角突き合いのエピソードを1つ。
ジョーン・クロフォードは、この映画で大先輩グレタ・ガルボにたびたび話しかけようとし、会うたびに"こんにちはガルボさん"と、広間ですれ違うだけでも挨拶を欠かさなかったそうです。
しかし、ガルボは決して返事を返さず、それでクロフォードも諦め何も言わなくなったのでした。
そうしたところ、静かに横を通り過ぎたクロフォードを呼び止め、ガルボは"何か私に言うことがあるんじゃなくて?"と尋ねたといいます。

こわ〜〜〜〜〜〜〜
そんなことも含みつつの、この映画でした。


ウォーレス・ビアリー


Wallace Beery 2.gifウォーレス・ビアリー(Wallace Beery, 1885年4月1日 - 1949年4月15日)は、アメリカ合衆国ミズーリ州カンザスシティ出身の俳優である。
1913年から映画にも出演するようになる。1916年には女優のグロリア・スワンソンと結婚するが、ビアリーの飲酒等が問題となり3年後に離婚している。
トーキーの時代に入ってからはメトロ・ゴールドウィン・メイヤーと契約し、1930年の『ビッグ・ハウス』ではアカデミー賞にノミネートされ、翌年の『チャンプ』でアカデミー主演男優賞を受賞するなど、個性派俳優として成功した。1934年の『奇傑パンチョ』でヴェネツィア国際映画祭主演男優賞を受賞。
1949年(昭和24年)4月15日、死去した。満64歳没。(wikipediaより)

この人も1932年当時、最高額の出演料を記録したほどの大スターでした。
36年のキャリアの中で、約250本の映画に出演しています。
しかしこの人も、相当クセの強い人のようで・・・・・
最初の妻の女優グロリア・スワンソン自叙伝によると、ビアリーは結婚式の夜に彼女をレイプし、彼女が妊娠していた時にだまして堕胎薬をのみこませ、中絶をさせたといいます。
更に、俳優ミッキー・ルーニーの自伝には、スタジオのボスであるルイスB.マイヤーが、ビアリーについて「セットの物を盗んだり、彼が多くのトラブルを生んでいる」と、スタッフに文句を言われ「あいつはクソッタレだが、俺たちのクソッタレだ」と言ったと書かれ、金を生むビリーに文句は言えなかったと書かれています。


こうしてみるとサイレント時代、ハリウッド黄金期の銀幕のスター達は、とてつもないお金を稼いでいたはずですが、あまり幸福な人生ではないような・・・・・・・・・・

成功というのは難しいものだと、つくづく思わずにいられません。




posted by ヒラヒ・S at 16:31| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする