2018年01月12日

ヘイズコードと映画『陽のあたる場所』を巡る古典作品の評価/解説・映画史

古典作品とヘイズ・コード



原題 A Place in the Sun
製作国 アメリカ
製作年 1951年
上映時間 2時間 2分
監督 ジョージ・スティーヴンス
脚色 マイケル・ウィルソン、ハリー・ブラウン
原作 『アメリカの悲劇』セオドア・ドライザー


評価:★★★☆   3.5点



上の1951年の古い映画『陽のあたる場所』は、テーマと脚本、映画表現が相まって、高い完成度を見せていると思います。
しかし、今現在この映画を見て、今一つ強い力を感じられない事に、映画表現の完成度と娯楽性の関係を考えざるを得ません・・・・・
さらには古典作品の表現の必然と、その作品価値を求める際に、当時の時代性とその諸条件を考えるべきだと思います。film1-blk-ue.jpg
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映画『陽のあたる場所』のテーマと完成度



この映画は原作小説の題名が『アメリカの悲劇』と言うように、その語るテーマとはアメリカ社会の根元にある「アメリカ的原罪=欲望と宗教的モラルの相克」を描いたものだと、個人的には解釈しています。
このテーマはアメリカの小説や文学で度々語られているテーマであり、このテーマを描いた映画も多数発表されています。
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ここでは、1994年のスタイリッシュでクールなアクション映画『パルプ・フィクション』を比較対象として取り上げたいと思います。
この映画も、そのラストで語られたのは、実は「金=欲望と、神のモラルに揺れる姿」だと個人的には感じたからです。
関連レビュー:タランティーノの傑作
『パルプ・フィクション』

個性的な登場人物が織りなすストーリー
アカデミー脚本賞・カンヌ・パルムドール受賞作品

映画の表現技術のレベルを、その作品テーマを発揮させるために、すべての要素(脚本、配役、美術、撮影、演出)を最適化することを基準とすれば、この映画『陽のあたる場所』は間違いなく高いレベルで最適化され、『パルプ・フィクション』よりも洗練されていると個人的には感じます。

・・・・・・・・しかし、この映画の個人的な評価は、上にも書いた通り「★3.5=標準よりやや良い」というものです。

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古典作品と評価



上で申し上げたように、この映画は高い完成度を持った作品だと感じます。
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しかしそれでも、スゴイとか、面白いとか、傑作だとか、そんな激賞の言葉は、自分の心に問いかけてみても出てきませんでした。

映画技術の高さの割には、心を打つものが少ないのです。
例えば、上であげた『パルプ・フィクション』に対しては、もろ手をあげて傑作だと叫ぶことに、何の躊躇もないのにです。
この印象の違いはなんでしょうか?

テーマは同質。
キャストだって、この映画の配役は完璧と行って良いでしょう。
必要な情報を的確に伝えるという意味の、映画表現技術で言えば、この映画の方が『パルプ・フィクション』より優れているとも感じます。

繰り返しになりますが、この映画は間違いなく高いレベルで最適化され、洗練されていると言わざるを得ない映画なのです。
しかし、それでも人の心を打てないという事態が生じるのだという事実に、個人的に衝撃を受け混乱しています。


そして、なぜこの作品が感動を与えないかと、考えつつ何度か見るうちに、自分が退屈しアクビをかみ殺していることに気がつきました。


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そして分かったのです『パルプフィクション』にあって、この映画に無いもの・・・・・・・・・・

それは刺激の量です。

何せこの『陽のあたる場所』は、殺人事件が1つで、その犯人である主人公は、殺す気はなかったのに殺してしまったという体たらくです。
いかにテーマと合致したドラマだといえども、もっと刺激的な事件が描かれれば、ドラマとして強くもなっただろうし、興味も湧いただろうと思うのです。
それは、同じテーマ性をもつ『パルプフィクション』の欲望を垂れ流すかのような、刺激まみれの世界と較べれば一目瞭然です。

結局、人は一度受けてしまった強い刺激を基準値として、更に強い刺激を求める、欲張りな生き物なのでしょう。

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そう考えれば、この映画のテーマ「アメリカ的原罪=欲望と宗教的モラルの相克」という物語表現のデザインは、1946年の『素晴らしき哉人生』の時代から始まって、『パルプフィクション』の強い刺激へとシフトしてきたことが分かります。

つまりは、映画という表現ジャンルは、視覚表現だということもあり、強い映像的刺激を創造することが、そのまま表現力の強さに直結する構造を持っているように思います。
それゆえ、刺激が強ければ強いほど、商業的にも成功し、芸術的評価も高くなる傾向があると言えるでしょう。

そう考えた時に、この『陽のあたる場所』という映画は、1951年当時には刺激を描きがたい規制「ヘイズコード=ヘイズ法」を、ハリウッド映画界が持っていた点を考慮しなければならないと思えます。
かつての、TVが無い時代の映画とは、「娯楽の王様」として、家族みんなが安心して鑑賞できる「キリスト教的なモラル」を求められるコンテンツであり、過激な表現や反社会的な内容は描けなかったのです・・・・・・・・

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ヘイズコード解説



ヘイズコードとは1922年に設立された、アメリカ映画製作配給業者協会(MPPDA)が定めた自主検閲制度です。
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当時のハリウッドは1921年に起こった、人気俳優ファッティ・アーバックルが、パーティーで女優を強姦殺人したとの容疑に問われた事件(ファッティ・アーバックル事件)のような、スキャンダルに揺れていました。
この事件は最終的に無罪となったものの、ハリウッド映画界の腐敗ぶりが知れ渡ったのです。(右:故殺事件に無罪判決)

同時にハリウッド映画界は、合衆国政府や地方政府が映画を検閲するという危機感から、自主的に規制に乗り出したほうが得策だと考えます。

ここには当時ユダヤ人達が支配していたハリウッド映画界の、商業的利益を守ろうとする意思が働いていたようにも感じます。
当ブログ関連レビュー:ユダヤ人のハリウッド支配
『紳士協定』
ユダヤ差別を描いた映画
第20回アカデミー作品賞受賞

そんな時代にあってアメリカ映画製作配給業者協会(MPPDA)が設立されました。
MPPDAは検閲権を映画産業として管轄する組織として、初代議長に元郵政長官ウィル・H・ヘイズを迎え、ダニエル・ロードとマーティン・クィグリーの2人のカトリック関係者の意見を受け、1930年に「ヘイズ・コード=映画製作倫理規定」を作製しました。

しかし、30年当初は形ばかりで無視され、露骨な性描写の映画が平気で流通していたようです。
そんな形ばかりの規制に対して、カトリック教会内で1933年設立させたカトリック品位教団(Catholic Legion of Decency)が圧力を加えます。彼らが、映画を「品位(decency)」に基づいて格付けすることになり、その厳格な審査で1934年にはヘイズ・コードは義務として厳格に運用されることになりました。
ヘイズ・コードの条項

以下の項目は、いかなる方法においてもアメリカ映画製作配給業者協会の会員が映画を制作する際に用いてはいけない要素である。

1.冒涜的な言葉("hell," "damn," "Gawd,"など)をいかなるつづりであっても題名・もしくはセリフに使うこと
2.好色もしくは挑発的なヌード(シルエットのみも含む)または作品内のほかの登場人物による好色なアピール
3.薬物の違法取引
4.性的倒錯
5.白人奴隷を扱った取引
6.異人種間混交(特に白人と黒人が性的関係を結ぶこと)
7.性衛生学(英語版)および性病ネタ
8.出産シーン(シルエットのみの場合も含む)
9.子どもの性器露出シーン
10.聖職者を笑いものにすること
11.人種・国家・宗教に対する悪意を持った攻撃


また、いかなる方法においても、以下の要素を用いるときは、下品で挑発的な要素を減らし、その作品の良いところを伸ばすためにも、細心の注意を払うようにすること

1.旗
2.国際関係(他国の宗教・歴史・習慣・著名人・一般人を悪く描かぬように気を付けること)
3.放火行為
4.火器の使用
5.窃盗、強盗、金庫破り、鉱山・列車および建造物の爆破など(あまりにも描写が細かいと、障がい者に影響を与えるおそれがあるため)
6.残酷なシーンなど、観客に恐怖を与える場面
7.殺人の手口の描写(方法問わず)
8.密輸の手口の描写
9.警察による拷問(英語版)の手法
10.絞首刑・電気椅子による処刑シーン
11.犯罪者への同情
12.公人・公共物に対する姿勢
13.教唆
14.動物及び児童虐待
15.動物や人間に対して焼き鏝を押し付ける
16.女性を商品として扱うこと
17.強姦(未遂も含む)
18.初夜
19.男女が同じベッドに入ること
20.少女による意図的な誘惑
21.結婚の習慣
22.手術シーン
23.薬物の使用
24.法の執行もしくはそれに携わる者を扱うこと(タイトルのみも含む)
25.過激もしくは好色なキス(特に一方が犯罪者である場合は要注意)
(wikipediaより)

1934年以降から、メジャー・スタジオの映画は、すべて映画製作倫理規定の承認印が必要とされ、遵守しない場合には罰金が科せられるようになります。

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古典作品とヘイズコード



そのヘイズコードの規制は上記で書いたとおり多岐に渡り、例えばこの映画『陽のあたる場所』の中でも「堕胎」という言葉も、その行為も表現が許されませんでした。
また、残酷なシーンなど、観客に恐怖を与える場面も描く事を禁止されており、それゆえの殺人シーンの迫力のなさにつながっているように思います。
さらには、反キリスト教的な行動も取り得ないということで、主人公の優柔不断さにつながっているように思います。

逆に言えば、当時の「ヘイズコード」という基準の中で、上に上げた映画の『パルプ・フィクション』は、どれほど罰金を払っても、全く許されない映画でしょう。
つまり現在の映画が、当時の基準から見れば、どれほど反社会的なコンテンツになったのかという証左でもあるでしょう。

そしてまた、このジョージ・スティーヴンスという監督は『シェーン』や『ジャイアンツ』という映画を見ても、端正な品格を感じさせる作家であり、当時の規制の強い時代にあっては最もフィットした映画監督だったとも感じます。
ジョージ・スティーヴンス(George Stevens、1904年12月8日 - 1975年3月8日)は、アメリカ合衆国の映画監督、映画プロデューサー、脚本家、撮影監督。place-georgesteaven.jpg
アカデミー賞受賞者。戦前はジャンルを問わない商業映画で活躍したが、戦後は主にアメリカの家庭を舞台にした重厚なドラマを撮り続けた。アメリカの家庭劇を中心に描いたことから、ドメスティック・リアリズムの巨匠と称された。映画作りに関しては常に完璧主義者で、その作風は一つ一つのシーンやショットに画面の美しさと伏線的な効果を求めた為に、納得するまで何度もテイクを重ねることになり、ある時にはワン・シーンを撮るのに数ヶ月かかることがあったという。(wikipedia より)

そんな厳格な良識を求められた時代の映画として、刺激とモラルの絶妙のバランスを保持した作品が、『陽のあたる場所』だと個人的には思えます。
その当時の規制の中での最高のパフォーマンスを発揮し、時代が欲した作品を生み出す存在だからこその、アカデミー賞・監督賞受賞だったのでしょう。

この映画を見て、古典作品の評価はその時代背景を考慮しなければ、片手落ちになると思ったのでした。

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映画『陽のあたる場所』個人的評価


しかし、そんな時代性や作品完成度を考慮しても、それでもなお個人的評価は★3.5です。
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これは「標準よりやや良い」という評価なのですが、印象として面白いと感じられなかったという点が大きいのです。

そして、またその個人的な印象が、サスペンス映画としての刺激の少なさにあることも認識しています。
つまり私は、映画的な完成度よりも、強い刺激を求める類の人間なのだと、この映画で思い知ったのでした。

しかし、弁明をさせていただければ、この1951年とはすでに「ヘイズ・コード」に対する反旗が翻っていた時期でした。
例えばヒッチコックの『汚名』は1946年。

この中では、「キスは3秒以内」というヘイズコードを逆手にとって、3秒以内に言葉を交わすことで、延々と口付けを重ね何と2分30秒のキスシーンを描いたのです。
そして、それはハリウッド史上に残るロマンチックなラブシーンとなっています。
関連レビュー:ヘイズコードと史上最高のキスシーン
『汚名』
アルフレッド・ヒッチコック監督作品
マクガフィンというサスペンスの鍵

また反へイズコードの代表格は、ドイツから亡命したビリー・ワイルダーが有名です。
『お熱いのがお好き』(1959)がヘイズ・コードを実質的に死に追いやったのは有名な話ですが、1944年の『深夜の告白』で、すでに不倫を扱いヘイズ・コードに兆戦しています。

そして、実はヘイズ・コードに果敢に挑んだ作家が、結果的には後世に映画作家として名を残しているようにも思います。

しかし、ジョージ・スティーヴンスの名誉のためにいえば、かれは当時の状況・環境の中でパーフェクトの仕事をしたのだろうと思います。
Film-katinko.jpg求められるモラル内で、当時の世間が求める作品を、完璧に作り上げた力は賞賛すべきでしょう。
しかしヘイズコードを含め、その環境に完璧に「適応」しすぎたのだろうとも思います。

それは、ジュラ紀に最強を誇った恐竜が、環境変化に対応しきれず地球から去っていった姿にも重なります。

ヘイズ・コードという環境下で、完璧で品格のある作品を生み出した彼は、ヘイズ・コードが力を喪った1960年以後のモラルを喪失していく映画界にあって、自らの矜持を保持したまま去っていったように思います。

老兵は死なず、ただ消え去るのみというべきでしょうか・・・・・・
しかしこの老兵は「ジャイアント=巨人」であったことは銘記したいと思います。

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ヘイズ・コードとジョージ・スティーヴンス・Jr



更に蛇足を言いますが、ヘイズ・コードはリンドン・B・ジョンソン大統領の肝いりで1966年改正され、アメリカ映画協会(MPAA)とアメリカ映画輸出協会(MPEA)による、現代の格付け諮問レイティング・システムに取って代わられました。

そしてこの翌年、1967年ジョンソン大統領は、もう一つの映画関連団体を設立しました。
それがアメリカ映画協会(AFI)であり、その設立理事に任命されたのがジョージ・スティーヴンスの息子、ジョージ・スティーヴンス・Jrでした。
そして、彼は13年間にわたってアメリカ映画協会の理事であり続け、正直この前のキャリアが米国情報機関(United Information Agency)の作品監督だったという、相当政治色の強い人物でした。

もちろんジョージ・スティーヴンスの『陽のあたる場所』とヘイズ・コードの関係と、息子の話はまた別の話だと思いますが・・・・・・・・・・・・・・・・・・



posted by ヒラヒ・S at 18:52| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

映画『陽のあたる場所』アメリカ社会の光と闇/感想・解説・作品完成度の評価

映画『陽のあたる場所』(感想・解説 編)



原題 A Place in the Sun
製作国 アメリカ
製作年 1951年
上映時間0分
監督 ジョージ・スティーヴンス
脚色 マイケル・ウィルソン、ハリー・ブラウン
原作 『アメリカの悲劇』セオドア・ドライザー


評価:★★★☆   3.5点



この1951年の映画は古い映画ながら、テーマと脚本、映画表現が相まって、高い完成度を見せていると思います。
アメリカの光と影を描いて、第24回アカデミー賞で監督賞を初め数々の賞を獲得したのも納得の作品です。
ジョージ・スティーヴンス監督の実力が、遺憾なく発揮された完成度の高い作品だと思います・・・・・

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映画『陽のあたる場所』予告


映画『陽のあたる場所』出演者

ジョージ・イーストマン(モンゴメリー・クリフト)/アンジェラ・ヴィッカース(エリザベス・テイラー)/アリス・トリップ(シェリー・ウィンタース)/ハンナ・イーストマン(アン・リヴィア)/フランク・マーロウ判事(レイモンド・バー)/チャールズ・イーストマン(ハーバート・ヘイス)/ルイーズ・イーストマン(キャスリン・ギブニー)/アール・イーストマン(キーフ・ブラッセル)

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映画『陽のあたる場所』感想



この映画の原作の題名が『アメリカの悲劇』と言うように、アメリカ社会の根元にある、一種の飢餓感が象徴的に描かれた作品だと思います。
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そもそもアメリカを目指し移住してきた、アメリカ人達のモチベーションは、1に故国での貧困でした。

生まれた地で生活が成り立たないから、いちかばちか移民を決意したのです。
この映画の主人公は、そんな貧困からの脱出に向かって、あがく姿が象徴的です。
そしてまた、もう1つのモチベーションがキリスト教的な純粋性です。

それは、祖国における宗教的弾圧や宗教腐敗に、忌避感を抱いた宗教的に敬虔な人々が、アメリカを目指したのでした。
そう思えば、この主人公も成功に対する焼けるような渇望と同時に、罪を犯さないというキリスト教的モラルの狭間で揺れ動き続けている様子が哀れでもあります。

実を言えば、そんなアメリカ社会のアンビバレンツな成立基盤は、アメリカの小説や文学で度々語られているテーマであるように思います。


古くは、F・スコット・フィッツジェラルドの1925年の小説『華麗なるギャッツビー』に、野心を持って生きる主人公の悲劇を見出します。
関連レビュー:アメリカの光と影を体現した男
『華麗なるギャッツビー』

F・スコット・フィッツジェラルドの金字塔
ロバート・レッドフォード出演作品

また映画では、1946年の『素晴らしき哉人生』が、実にアメリカ社会を如実に表した作品だと、個人的には思えるのです。
関連レビュー:大恐慌時代の良きアメリカ人
『素晴らしき哉人生』

フランク・キャプラ監督のヒューマンドラマの傑作
ジェームス・スチュワート主演のクリスマス映画の定番

この貧しさゆえに富を求めざるを得ない哀しみを描いた作品は、小説家トールマン・カポーティによって『ティファニーで朝食を』という題名で1958年に発表され、更に1961年に映画化されました。
関連レビュー:アメリカ社会の欲望
『ティファニーで朝食を』

ニューヨークの貧しい少女のおとぎ話
妖精オードリー・ヘップバーンの代表作

そして、時代は下り2007年公開された映画『ゼア・ウイル・ビー・ブラッド』は、まさに神と金銭的成功のせめぎ合いが描かれ、迫力のある作品です。
関連レビュー:アメリカに流れる血
『ゼア・ウイル・ビー・ブラッド』

ポール・トーマス・アンダーソンの傑作
ダニエル・デイ=ルイスのアカデミー賞受賞作

また、スタイリッシュでクールなアクション映画『パルプ・フィクション』だって、そのラストで語られたのは、実は「金=欲望」を満たそうとする力と、神の言葉に揺れる姿が描かれていると感じました。
関連レビュー:タランティーノの傑作
『パルプ・フィクション』

個性的な登場人物が織りなすストーリー
アカデミー脚本賞・カンヌ・パルムドール受賞作品


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映画『陽のあたる場所』解説

映画の完成度


この映画は1931年にジョセフ・フォン・スタンバーグ監督によって映画化されたセオドア・ドライサーの小説『アメリカの悲劇』の再映画化です。
上で述べた、アメリカ社会の原罪とでもいうべきテーマを、当時の巨匠ジョージ・スティーヴンスが監督し、映画完成度としてはほぼ完璧だと個人的には思います。

たとえば脚本も、「野心=現状に不満」を持った青年と、上流階級の華やかさ、そして「貧しい娘=自らの現実」と関わる姿が、過不足なく表現されています。
特に、成功と引き換えに神に背かなければならない、主人公の状況が実にドラマチックに、繊細に描かれていて感心します。
主人公が「ヒロイン=成功」と「母=神」に板挟みになるシーン。

【意訳】母:ベッテル伝道所です。/ジョージ:やあママ。/母:ジョージ、神の御恵みを、坊や。どうしたの病気?/ジョージ:違うよママ。病気じゃない。/母:家に帰りたいという電話じゃないのかい?/ジョージ:聞いてママ。昇進したんだ。うん。今なら毎月送金できる。/母:誕生日おめでとうジョージ。今日はお前の誕生日だろ、だから私は祈ってたんだよ。お前がすぐに帰ってこれますようにって。そして父さんと同じ仕事(伝道)をしてくれるようにって。父さんはどこに消えたんだか。お前の部屋は、お前が出て行った時のままだよジョージ。/ジョージ:ああ…俺は、俺はここでとても上手くやってるんだよ、ママ。ここでも幸せなんだ、ママ。/母:そこに誰と居るんだい、ジョージ?/ヒロイン:私です、お母さん。/母:それは誰?/ジョージ:ただの・・・・ただの女の子だよ、ママ。違うよ、ママ。違う−ママ、今彼女と会ったばかりさ。うんママ。そうするよママ。/母:いい子にしているんだよ。/ジョージ:約束するよ。/母:さよなら、ジョージ。/ジョージ:さよならママ。/ヒロイン:いい子にしてるって約束したの?(以下省略)

上のようにテーマを的確に表した、ドラマチックなシーンに満ちていて、映画表現の教科書として使いたいぐらいです。

また主要な3人の配役も見事です。
主人公のモンゴメリー・クリフトの、善良でありながら「野望と良心」との間で逡巡する演技も見事だと思います。
モンゴメリー・クリフト(Edward Montgomery Clift, 1920年10月17日 - 1966年7月23日)は、アメリカ合衆国・ネブラスカ州オマハ出身の俳優。
place-hitch2.gif1948年、ジョン・ウェイン主演の『赤い河』で映画デビュー。同年の『山河遥かなり』でアカデミー賞にノミネート。その後『陽のあたる場所』、『地上より永遠に』でもノミネート、二枚目俳優として活躍するも、映画スタジオと長期契約を結ばず、『波止場』、『エデンの東』、『サンセット大通り』、『真昼の決闘』など、出演を断った作品も多い。
私生活ではアルコールとドラッグの問題を抱え、更に1956年に交通事故に遭い、整形手術をし顔の筋肉が一部動かなくなる。それでも、1959年にはテネシー・ウィリアムズの戯曲の映画化『去年の夏 突然に』、1961年には『荒馬と女』に出演。1961年の『ニュールンベルグ裁判』でアカデミー助演男優賞にノミネートされるも、1966年に心臓発作で死去した。


また実力派シェリー・ウィンタースが演じた、貧相な現実世界における「ささやかな幸福」が、しかし自分にとっての全人生を賭けるべき対象なのだという迫力も胸を打ちます。
シェリー・ウィンタース(Shelley Winters, 1920年8月18日 - 2006年1月14日)は、アメリカ合衆国の女優。ウィンターズとも。
place-shery.jpg幼い時に家族とブルックリンに移る。ハリウッド・スタジオ・クラブで演劇を学んだ後、ブロードウェイの舞台に立つ。当時は同じ劇団に在籍していたマリリン・モンローと部屋をシェアしていたという。1943年に映画デビュー。彼女は数多くの映画に出演し、『アンネの日記』(1959)と『いつか見た青い空』(1965)でアカデミー賞を受賞し、『陽のあたる場所』(1951)と『ポセイドン・アドベンチャー』(1972)でノミネートされた。他に、『二重生活』(1947年)、『狩人の夜』(1955)、『ロリータ』(1962)、『アルフィー』(1966)、『ピートとドラゴン』(1977)など50年以上のキャリアの中で多数。
ウィンターズは2006年1月14日にビバリーヒルズのリハビリテーションセンターで心不全で85歳で死亡した。

しかし何より、エリザベス・テイラーのイノセントでノーブルな美しさが、まさに太陽のように輝いているのが、この映画の光と影を生み出していると感じます。
この「主人公の成功」がとてつもない光芒を放つものなのだと、理屈ではなく実感として観客は思い知ります。
エリザベス・テイラー(Dame Elizabeth Rosemond Taylor, DBE、1932年2月27日 - 2011年3月23日[1])は、イギリス出身の女優。
place-eliza.jpg少女時代からメトロ・ゴールドウィン・メイヤー (MGM) で子役として映画出演しており、成人後には「ハリウッド黄金時代」(en:Hollywood's Golden Age) を代表する大女優の一人となった。世界的にもっとも有名な女優の一人であり、優れた演技力、美貌、豪奢な私生活、そして珍しいスミレ色の瞳で知られていた。AFIが選定した映画スターベスト100の女優部門では第7位にランクされている。テイラーは長い闘病生活の末、2011年3月に鬱血性心不全のために79歳で死去した。 (wikipediaより)

エリザベス・テイラーは後年には、『クレオパトラ』のように大御所のオーラで周囲を威圧する威厳を見せました。
しかし、この映画では19歳の純粋に可憐な娘の輝きが、この映画のまばゆい光と、その影の源泉として力を発揮していると思います。

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そんなこんなで、映画技術の完成度を、「その作品の持つテーマを発揮させるために、すべての要素(脚本、配役、美術、撮影、演出)を最適化すること」だと規定すれば、この映画は間違いなく高いレベルで最適化され、洗練されていると言わざるを得ないと思うのです。

そういう意味で、本当にこの映画の完成度は、大変高い所にあると感じました。

しかしながら、個人的に評価は★3.5としました・・・・・・・
その理由は、現代のサスペンス映画を見慣れた眼からすると、刺激が少ないという個人的な印象からです。

ただし、その刺激の少なさも時代背景というものを考慮すべきかと思い、古典作品の評価というものの難しさを思いました。


posted by ヒラヒ・S at 17:06| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

映画『陽のあたる場所』完全再現ストーリー/あらすじ・ネタバレ・ラスト・結末

映画『陽のあたる場所』(あらすじ・ネタバレ 編)



原題 A Place in the Sun
製作国 アメリカ
製作年 1951年
上映時間 2時間 2分
監督 ジョージ・スティーヴンス
脚色 マイケル・ウィルソン、ハリー・ブラウン
原作 『アメリカの悲劇』セオドア・ドライザー


評価:★★★☆   3.5点



この映画は1951年のモノクロの古い映画ながら、野心を持った貧しい若者の苦悩を描いて秀逸だと思います。
若き日のエリザベス・テーラーの圧倒的な美しさと、モンゴメリー・クリフトの繊細な演技が、名匠ジョージ・スティーヴンス監督の演出によって、鮮烈に描かれています。
この映画は、第24回アカデミー賞で、監督賞を初め6つの賞を獲得した作品です。

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映画『陽のあたる場所』あらすじ



place-hitch3.gifハイウェイでヒッチハイクをする青年は、ジョージ・イーストマン(モンゴメリー・クリフト)だった。
ようやく一台のトラックを見つけ、ウォーソーの町のイーストマンという水着製造会社にたどり着いた。
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貧しい母子家庭に育ち、ホテルでボーイをしていたが、伯父のチャールズ・イーストマン(ハーバート・ヘイス)と出会い、そのコネで彼が社長を務める工場に職を得たのだ。

着いたその晩に、伯父の屋敷に招かれた。
伯父チャールズの家では、チャールズが野心を持った良い青年だとジョージを褒めていたが、彼の息子アール(キーフ・ブラッセル)や娘、そして妻はその扱いに困惑していた。
そこでチャールズ一家とディナーに出かける、アンジェラ・ヴィカース(エリザベス・テイラー)という社交界の花形に会って、ジョージは魅了された。
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彼等は、ディナーに出かけ、ジョージは1人残された。

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翌日ジョージは、イーストマンの会社に出社すると、アールから工場の作業員として単純労働の仕事を与えられた。

その作業に苦痛を感じながら、夜になるとジョージは工場の生産性を上げるための提案書を書いた。
そして、チャールズの屋敷の前まで行ってみるものの入れず、夜の町をさまよい映画館に入った。
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その映画館で、同じ工場で働くアリス・トリップ(シェリー・ウィンタース)と隣合わせになった。

そして二人はお互いの貧しい境遇を語り、身よりのないアリスとジョージは付き合うようになった。
そして逢瀬を重ねるうちに、二人は男女の中になった。

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そんなある日、工場を視察した社長のチャールズは、ジョージが工場で働いているのを発見し、息子のアールが仕組んだことだと知った。

チャールズはジョージに言葉をかけ、昇進を約束し、翌月の15日のパーティーに招待した。
それを傍らで聞いていたアリスは、社長が去った後、15日がジョージの誕生日で、誕生パーティーを考えていたと言う。
ジョージはすぐにパーティを抜け出し、アリスと共に過ごすと約束した。

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社長屋敷のパーティーで、ジョージはアンジェラと再会した。
所在なく1人ビリヤードをするジョージに興味を惹かれ、彼女は彼に声をかけた。

ジョージも最初に見かけた時からアンジェラに魅せられていたため、最初はぎこちなかったものの言葉を交わすうちに親しくなる。
そして2人は共に踊り、パーティーが終わっても踊り続けた。

place-barthday.jpgそしてジョージは、夜が更けてからアリスの下宿を訪ねた。
アリスは遅刻を責め、ついには泣き出した。
なだめるジョージに対して、彼女は妊娠を心配していると告げた。
ジョージは、とりあえず医者を探そうと言った。

place-love too.gifアリスの事で落ち込んでいたジョージを、アンジェラがパーティーに誘った。
そしてその夜、ジョージは「愛している。君を見た最初の瞬間から。僕は、もしかしたら、見る前から君が好きだった」と告白する。
それに応えて、アンジェラもまた「愛してる」と答えた。
(上:私も愛している。それは何だか怖いけど、でも素晴らしい感覚だわ)
そして、夏にアンジェラの別荘で共に過ごそうと約束し、キスを交わした。

place-doc.pngジョージはアリスに堕胎をすすめ、産婦人科に連れて行った。
しかし、医者は堕胎を引き受けてくれなかった。

その帰りの車中で、こうなったからは結婚してほしいと、アリスはジョージに求めた。

8月になり、アンジェラはジョージを別荘に連れて行った。
Place-news.pngその別荘の湖で2人水遊びや、ボートに乗って楽しむ。
ますます愛を深めた2人は、アンジェラの両親とも合い、2人の間柄はしられるところとなった。
そんな上流階級の避暑地での様子が、新聞に掲載され、アリスはアンジェラとジョージの姿を発見する。

そしてアリスは、パーティの最中のジョーを呼び出した。place-holiday.jpg
アリスは明日結婚しようと迫り、受け入れなければ新聞に全部話して、自分は自殺すると脅した。
ジョージは翌日、結婚するため裁判所にアリスと共に向かったが、その日は「労働者の日」で、裁判所も休日だった。
ジョージはアリスに、1日遅れても変わりはない、今日は近くの湖で楽しもうと誘った。
ボートを漕ぐジョージは、湖の奥深くでアリスを殺害しようと、オールを動かし続けた・・・・・・・
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(下部にネタバレとラストが有ります)
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映画『陽のあたる場所』予告


映画『陽のあたる場所』出演者

ジョージ・イーストマン(モンゴメリー・クリフト)/アンジェラ・ヴィッカース(エリザベス・テイラー)/アリス・トリップ(シェリー・ウィンタース)/ハンナ・イーストマン(アン・リヴィア)/フランク・マーロウ判事(レイモンド・バー)/チャールズ・イーストマン(ハーバート・ヘイス)/ルイーズ・イーストマン(キャスリン・ギブニー)/アール・イーストマン(キーフ・ブラッセル)
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以下の文章には

映画『陽のあたる場所』ネタバレ

がありますご注意ください。


湖では陽が落ちて、ジョージの眼が暗く光る。
place-lake2.png額に大粒の汗が浮かぶ。
そんなジョージの様子に、アリスが具合が悪いのかと尋ね、休むように言った。
更に彼女は、輝く星を見て、私の願いは今夜叶うと微笑んだ。
そして、別の街に引っ越して2人暮らそうと語りかける。


そんなアリスに、ジョージは「止めろ」と怒鳴った。
アリスは哀しみに満ちた顔で、ジョージに問いかける。
「ジョージの願いは、私が消える事なのか?私が死ぬ事か?」と。

アリスはジョージのそばに行こうと、ボートの上に立ち上がった時、ボートはバランスを崩し転覆し、アリスとジョージを湖に投げ出した。
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なんとかジョージは岸に泳ぎついたものの、アリスは溺死した。

そして、アンジェラの家に戻ったジョージは、彼女に逃げようと言った。
place-dad.jpgしかし「駆け落ち」の事だと思ったアンジェラは、親は結婚を許してくれると彼をなだめた。
目撃者の証言から、事件の捜査が進展し、逮捕は目前に迫る。
そうとは知らず、ジョージは結婚を危ぶむ彼女の父親と話し、母親エイサが宗教の伝道活動をしており、貧しい家庭環境にあり、教育も受けられなかったと正直に話した。
その真摯な告白に、父親も結婚に前向きな意向を見せた。

place-court.pngしかしその日、ジョージは逮捕され、その事件はアンジェラとその家族、伯父のチャールズ・イーストマンも知るところとなった。
裁判にかけられたジョージは、殺害する気を無くし、彼女の死は事故だったと主張した。

しかし陪審員は彼を有罪として、死刑が宣告された。

刑務所で死刑が迫る中、司祭と母が彼を訪ね語り合う。
司祭は、もし、アリスを助けられるのに、アンジェラの事を考え助けなかったのだとしたら、それは殺人だと言い、ジョージも認めざるを得なかった。

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映画『陽のあたる場所』ラスト


刑執行の直前、ジョージを訪ねたアンジェラは彼に永遠の愛を誓い別れを告げる。

【意訳】アンジェラ:会いに来たわ。あなたの事をたくさん考えていたわ、ジョージ。いつだって。学校で勉強している時も、勉強が手につかなかった。愛しているわ、ジョージ。それを知ってもらいたかったの。(看守)あの・・・私・・・私・・・これ以上何も言えない。/ジョージ:以前に分からなかった事が、今ならわかる。僕は多くの事で罪を負っている・・・・・皆が言っていることの多くのことで。/アンジェラ:それでも・・・あなたを愛し続けるわ・・・私が生きてる限り。/ジョージ:僕が去るまで愛しておくれ。そして忘れて。(キス)/アンジェラ:さよならジョージ。一番幸せだった、いつも過ごしていた時のように、さよならと言いましょう。/司祭の声:私の父の家にはたくさんの住まいがある。私は行って、あなた方のために場所を用意しよう。そして私はあなたを私自身として迎え入れよう(聖書の言葉が流れ続ける)/刑務所長:時間だ。来たまえ。/受刑者:あばよ小僧。/受刑者:神の恵みを。/受刑者:ここよりましな世界を見つけな。/受刑者:じゃあなジョージ。また会おう。(The End)

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壮大な西部の男たちの戦いを描く。


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posted by ヒラヒ・S at 17:21| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする