2018年01月16日

映画『家族ゲーム』(1983年)森田芳光の難解を読み解く/解説・ネタバレ・あらすじ・感想

映像の独立性

英語題 The Family Game
製作国 日本
製作年 1983
上映時間 106分
監督 森田芳光
脚本 森田芳光
原作 本間洋平


評価:★★★★★  5.0点



この映画は、通常の映画と違う文法でできていると感じる。
普通の映画は、ドラマの説明を「言葉」に還元し、そのストーリーを「状況説明画像」と「セリフ」に頼って、語っている。
本来この方法論は、小説など言語をベースにしたメディアを映像的に置換したものだ。
しかしこの映画は、可能な限りそれらの「言語的説明」を排し、そのテーマや劇の骨格を、映像的なシークエンスに埋め込む。
その潔癖な語り口は、森田芳光という映画作家の、映像に対する信頼の表れのように思えてならない。

以下のストーリーには結末までの内容が記されています。
ご注意ください。

映画『家族ゲーム』ストーリー


中学三年の沼田茂之(宮川一朗太)は高校受験を控えており、父の孝助(伊丹十三)、母の千賀子(沼田千賀子)、兄の慎一(沼田慎一)たち家族も含め、落ち着かない。茂之は成績が悪く、何人も家庭教師をつけてみたが、茂之の態度ですぐに辞めてしまう。しかし、三流大学を3年留年している、吉本(松田優作)という新たな家庭教師が、植物図鑑を持ち、海沿いの沼田家に船でやって来た。父・孝助は吉本に「成績により特別金を払う」と持ちかける。その日から吉本は、いやがる茂之を時には殴りつけながら、勉強を教え、時には喧嘩の手ほどきもした。
茂之の成績は少しずつ上がり始める。
茂之は学校で幼馴染みで同級生の土屋にいじめられていた。しかし訓練の甲斐あって、ある日の放課後に土屋を返り討ちにした。そして、茂之の成績は上がり、ついに兄と同じ西武高校の合格ラインを越えた。しかし、茂之はレベルを落とした志望校を学校に届けていた。理由を言わない茂之に、両親は困惑しつつも、ついに怒り志望校変更を吉本に頼んだ。吉本は茂之の学校に乗り込み、強引に志望校を変更させた。戻った吉本は、西武高校に行きたくない理由を、兄・慎一に訊ねた。慎一は、西武高校は土屋の志望校でもあり、小学生の時、茂之が授業中に脱糞したことを土屋が知っているため行きたくないのだと語った。それを聞いた吉本と、語った慎一は大笑いする。
結局、茂之は西武高校にみごと合格し、土屋は私立高校に行った。吉本の役目は終わり、家族の横一列の祝いの席が設けられた。父孝助は食べながら吉本に、最近ヤル気がない慎一の家庭教師の依頼する。しかし、吉本は断わり、いつしか食べ物をまき散らし、大混乱を引き起こした。そして怒りつめよる孝助を殴り気絶させる。そして、沼田家の残り3人も気絶させた。
時は過ぎ、ある春の午後、上空ではヘリコプターが飛び回っており、その騒音の中、茂之、慎一、千賀子の3人は昼寝をしている。
ヘリコプターの音は大きさをまし、それは沼田家の死んだような3人の上に覆いかぶさる・・・・・・

映画『家族ゲーム』予告


映画『家族ゲーム』出演者

松田優作(吉本勝)/伊丹十三(沼田孝助)/由紀さおり(沼田千賀子)/宮川一朗太(沼田茂之)/辻田順一(沼田慎一)/松金よね子(茂之の担任)/岡本かおり(美栄子の姉)/鶴田忍(慎一の担任)/戸川純(近所の主婦)/白川和子(美栄子の母)/佐々木志郎(美栄子の父)/伊藤克信(茂之の国語教師)/加藤善博(茂之の体育教師)/土井浩一郎(土屋裕)/植村拓也(三井順)/前川麻子(田上由利子)/渡辺知美(樹村雅美)/松野真由子(浜本道子)/中森いづみ(菊地保子)/佐藤真弓(山下美栄子)/小川隆宏(芝田友幸)/清水健太郎(若い教師)/阿木燿子(吉本の恋人)
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映画『家族ゲーム』感想



上にあらすじを書いては見たものの、我ながらこの文章はこの映画の何物も伝えてない。
なぜならこの映画の本質は、ストーリーではなく、映像の間やモンタージュの中にこそ潜んでいると思えるからだ。
この映画を傑作だと個人的に信じているのは、そんな映像の独立性を可能な限り追求しようとした、森田芳光の映像作家の矜持が鮮明に表されていると感じるからだ。

この非言語的方法論は、映像情報というものが言葉ほど限定力・説明力を持たないがゆえに、常に見る者の感性に委ねなければならない点で困難な挑戦であるにしても、この映画では間違いなく成功していると感じる。

それは、例えば松田優作の他者との距離感であったり、食事をするときの音であったり、言葉の発せられる大きさと画像の大きさの不均衡だったりする。
そこで生み出された世界は、リアルでありながら、まるで非現実な光景である。

ここにある平凡な日常でありながら異世界であるということこそ、現代における「家族」の異常を画像として埋め込んだ証拠だったろう。

つまりはこの映画を見た観客が、不協和や不整合や非日常を受け取り、この映像の集積に対して混乱を生じるという事実こそが、この作品の語る「ゲームとしての家族」の姿の異様さを、観客に伝え得たという証拠だった。
そして、その成功の鍵となったのは、松田優作という演技の空間把握力に長けた役者が、森田の共犯者として映像の独立表現に多大な貢献を成したからに違いない。


個人的な印象でいえば、この映像シークエンスを言語性に優越させるという方法論を取った日本の巨匠が、小津安二郎ではなかったか。
関連レビュー:小津安二郎の代表作
『晩春』
父と娘の永遠の契り
日本映画の世界的傑作

小津という偏執的な作家は言語的な物語を矮小化し、映像的独立性を高めつづけ、ついには小津だけに分かる映像文脈の積み重ねによって、映画映像の抽象化という世界に踏み込んだと解釈している。

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そして小津安二郎が描いた、純粋映像としての間やテンポは、言葉以上に日本の家族制度に対する『絶対的な信頼と美』をスクリーンに投影していたと個人的には思う。(左:笠智衆、右:小津安二郎)


そのために笠智衆という、記号的俳優を必要としたのは、森田にとっての松田優作と同じ事であったろう。

しかし、森田と松田の2人が作り出した映像の不安定さ居心地の悪さは、小津と笠智衆が生んだ心地よい安心と較べ、あきれるほどに遠くかけ離れている。
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(左:松田優作、右:森田芳光)
そして、この二人が生んだ、この映画にある不穏さや不協和音の果てに、現代文明は滅ぶのだろうという予兆を、その最後に禍々しく響かせて不吉だ。

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映画『家族ゲーム』解説

戦後日本の憂鬱


この映画の公開当時、1983年の日本経済は高度成長期を過ぎ、バブル時代に向かっていた。
その一億総中流社会という均質で豊かな社会に日本人は住みながら、どこか不安で落ち着かなかった。
なぜなら、戦後一貫して日本人が信じてきた「豊かであれば幸福である」という思い込みが欺瞞だと気付いたのがこの時期だったと、個人的には思えるからだ。

関連レビュー:戦後日本の理想的家族
『私は二歳』
市川崑監督の描く高度成長期の日本
戦後日本の夢見た幸福


なぜなら経済力の進展は、それまで日本人のアイディンティティであった、小津的「日本的大家族」を日本人に捨てさせた。
それは夫婦二人で生活が営める経済力があるならば、「日本的大家族」の古い因循と固陋の形に、敢えて嵌ろうと望まないという「核家族」への移行で照明されているだろう。
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つまり日本人は、従来の「日本的大家族」と「地縁」に基づく自らの存在証明を放棄し、「核家族」という名の自由と個の権利を求めたのだ。

しかし、結果的に日本人にとって小津的「日本的大家族=帰属集団」の喪失は、かくも日本人のメンタリティを不安定に、焦燥させ、不安にさせ、苦悩せしめるのだと、証明されたように思う。
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なぜなら、核家族の自由や権利は、旧来の家族制度にあった安心をもたらさなかった。
戦後日本が築きあげた世界一に肉薄する経済力をもってしても、日本人を幸福にする新たな価値を購うことは出来なかった。

その上で日本人は問わざるを得ない。
「個人の自由や権利が、金銭的余裕が幸福を生まない」としたら、何が日本人を幸福にするのかと。

その正解のない「幸福絶対条件」を追求した果てに、ついに精神的に破綻し「バブル崩壊」を生じせしめたのではないか。
いずれにせよ、映画に時代が憑依する事があるとすれば、間違いなく、この映画は当時の不安を映り込ませ、その未来のバブルの崩壊を予兆していると信じる。

監督森田芳光が持つ感性の、震える触手のような明敏さを思わずにはいられない。
ただ森田にしてみれば残念な事に、松田優作という希代の俳優の早世により、映像作家として十分その才能を映像に置き換え得なかったように思える。

もし松田優作が、森田の映画『模倣犯』の主役を演じていたなら、あの映画の意味はまるで違うものになったいただろうと思うと、残念でならない。

この『家族ゲーム』と『それから』で示された、森田と松田の共犯関係がその途上で断絶せざるを得なかったのは、間違いなく日本映画界の損失だったに違いない。

しかし今となっては、この2本を残してくれただけでも、この物故した二人の天才に映画ファンとして感謝をすべきだろう。

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森田芳光監督作品

関連レビュー:大ヒット不倫映画
『失楽園』
渡辺淳一原作の同名小説を映画化
役所広司、黒木瞳の大胆な性愛描写
関連レビュー:時代劇の新ビジネスモデル
『武士の家計簿』
加賀藩・経理侍の実話歴史映画
平凡な武士階級の家族の記録

戦後日本の家族を描いた映画

関連レビュー:園子温監督作品
『紀子の食卓』
「自殺サークル」の姉妹作品
平成の家族の行方
関連レビュー:是枝裕和監督作品
『歩いても、歩いても』
是枝監督の日常の中の日本家族
日本的映像表現の必然


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2017年11月27日

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』叙情性と被虐性/ネタバレ・感想・解説・意味

映画『リップ・ヴァン・ウインクルの花嫁』(感想・解説 編)



製作国 日本
製作年 2016
上映時間 180分
監督 岩井俊二
脚本 岩井俊二


評価:★★★☆  3.5点



この日本映画は叙情性に富んだ、美しいリリシズムに満ちた、岩井俊二監督らしい映画のように感じます。
この映画は、そんな美しいビジュアルの中に、現実と仮想空間、現代女性の苦悩など、一片の苦味を持った物語だと感じます・・・・・・

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映画『リップヴァンウインクルの花嫁』予告

映画『リップヴァンウインクルの花嫁』出演者

皆川 七海(黒木華)/安室 行舛(綾野剛)/里中 真白(Cocco)/鶴岡 カヤ子(原日出子)/鶴岡 鉄也(地曵豪)/高嶋 優人(和田聰宏)/滑(佐生有語)/皆川 博徳(金田明夫)/皆川 晴海(毬谷友子)/恒吉 冴子(夏目ナナ)/里中 珠代(りりィ)
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映画『リップヴァンウインクルの花嫁』感想



この映画を見て、なぜか昭和の巨匠・溝口健二監督を思い出した。
溝口 健二(みぞぐち けんじ、1898年5月16日 - 1956年8月24日)は、日本の映画監督。
rip_Mizoguchi_1.jpg女性映画の巨匠と呼ばれ、一貫して虐げられた女性の姿を冷徹なリアリズムで描いている。サイレント期は下町情緒を下敷きとした作品で声価を高め、戦中・戦後は芸道ものや文芸映画でも独自の境地を作り出した。完璧主義ゆえの妥協を許さない演出と、長回しの手法を用いた撮影が特徴的である。黒澤明、小津安二郎、成瀬巳喜男らと共に国際的に高い評価を受けた監督であり、ヴェネツィア国際映画祭では作品が3年連続で受賞している。また、ジャン=リュック・ゴダールを始めヌーベルバーグの若い映画作家を中心に、国内外の映画人に影響を与えた。代表作に『祇園の姉妹』『西鶴一代女』『雨月物語』など。(wikipediaより)

この溝口監督は、カメラものぞかず、演出もせず、黙って役者に演じさせ、延々とダメ出しをし続け、1日でも2日でもOKを出さなかったと言う。

その溝口映画で主演をつとめた、田中絹代という大女優は、あまりの事に耐えかねて「どう演じればいいんですか」と問い質した所、「それはあなたの考えることです。」と突き放されたという。

そんな演出方法はともかくとして、その溝口映画で描かれた女達の姿と、この『リップ・ヴァン・ウインクルの花嫁』の黒木華演じる主人公の姿が、個人的にはオーバーラップして感じられてならない。

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溝口映画の女達は『西鶴一代女』にしても『近松物語』『お遊さま』にしても、女達がそれはもう・・・・イジメられる。

これでもかとばかりに、過酷な運命の中でもみくちゃにされ、のた打ち回り、精神的・肉体的に傷付けられる。
そしてまた、その映画の数々を見ていると、その痛めつけられている女性達の耐える姿に、「美」を見出す自分がいるのを認めざるを得ない。

むしろ個人的には、昭和までの「日本女性達の美の本質」は「被虐性に耐える姿=マゾヒズム」にこそあったのだと、強く刷り込まれて他の見方ができなくなっているほどだ。
その「被虐性」は、日本の家制度や男尊女卑の、旧弊な社会制度から生まれた必然としてあったと思われ、さすがに近年の社会制度の変革を受けて、日本女性の「被虐の美」自体が喪われたものと思われた。


しかし、この岩井作品において、その日本女性の美を再び見た思いがした。
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実際、岩井俊二監督は溝口監督同様、女性を描いて卓越したリリシズムを生む作家だと思う。

しかし、従来の岩井映画に描かれた女性たちは、透明感と開放感をまとった、純粋な少女達がその主役であったように感じる。
そんな、ある種の潔癖さを、この『リップ・ヴァン・ウインクルの花嫁』の黒木華は、極端に言えば裏切っていると思った。

rip-hana.jpg黒木華の個性は、透明感と言うよりは底知れなさ、開放感と言うよりは胸に秘めるという、どこか古風な情感を漂わせている。
それはまさしく、旧来の日本女性が何千年と持ち続けた属性であり、むしろその耐え忍ぶ姿こそ「日本女性の美」だったと、再び言わせていただきたい。

そんな資質を持ったこの女優を、岩井俊二監督は溝口ばりに、これでもかとばかりに苦難を与え続ける。
馬鹿にされ、騙され、嫌われ、裏切られ、そしてようやく信頼できる伴侶を得たかと思えば、殺されかけ、先立たれる。
近年まれにみる「被虐の嵐」を、たおやかに黒木華が受け止め「マゾヒスティックな美しさ」に昇華していると思う。

そして、この「被虐美」という表現を自らのモノにした岩井俊二監督は、今作品によって「女性を描く作家」として、その幅を広げたように思えてならない。

なぜなら、時代が変わろうとも、生きるとは耐える事であり、忍ぶ事である時、人生を長く生きる者達が必然的に持たざるを得ない、「被虐性」を表現する術を手に入れる事を意味していると思われるからだ。

たとえば、この映画の最後に登場した、真白の母を演じたりりィを主役に据えてでも、女性の「被虐美」を核として表現可能であるに違いない。

りりィさんは肺がんを患い、2016年11月11日64歳で死去されました。
謹んでお悔やみ申し上げます。
りりィ(Lily、1952年2月17日 - 2016年11月11日)は、日本のシンガーソングライター・女優。本名、鎌田 小恵子(かまた さえこ)。rip-lily.jpg福岡県出身。アルファーエージェンシー所属。音楽のほか女優としても活躍し、ドラマ・映画・CMに多数出演した。遺作は映画『彼らが本気で編むときは』、最後の公開作品は『追憶』。いずれも2017年公開。長男は、ロックバンド・FUZZY CONTROLのJUON。DREAMS COME TRUEの吉田美和は義娘にあたる。(wikipediaより)

<私は泣いています>


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映画『リップヴァンウインクルの花嫁』解説

仮想と現実


上で述べた日本女性に対する「イジメ=被虐」は、封建制を色濃く残した昭和と違い、平成日本を舞台にした場合には、社会的な制度として生じた現象としては描きがたいだろう。
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それゆえ、この映画では通信技術の革新によって生じた、ヴァーチャル世界(インターネット・SNS)と、アナログ世界(現実世界の対人関係)の対立として、その「被虐」は姿を現す。

つまりはSNS上での仮想空間の関係性が、現実の人間として姿を見せた時の歪みが、主人公にとっての「被虐体験」だった。
主人公の七海は、SNSで彼氏を見つけ、結婚を決意し、SNSで結婚式の体裁を繕うために参列者を調達した。
更に、SNSで知り合った便利屋によって、罠にはめられ、離婚に追い込まれる。
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SNSで結婚を買った花嫁を象徴するのがこの写真。
和装の婚礼衣装につきものの「角隠し」が眼も耳も包み、現実を覆い隠している。


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上の一例を取ってみても、主人公が言うように「ネットで買い物をするように、結婚という現実を買った」のである。

そこには、人間同士が直接顔を突き合わせる、痛みや苦しみを生じない合理性を持つ反面、明らかに現実世界の経験値を減らすことにつながるだろう。
この主人公が取った「現実との関係性」とは、現実からいかに離れ、関わらないかに主題があったように思える。

それは言い換えれば「現実との無関係性の増大」を目的として、インターネットやSNSが機能している現代社会を表しているようにも思える。
そして、現代社会で生きて行く上で、かつてのように全てを人と向き合い経由する必要性が減退しているという事実を前に、この主人公は現実からの逃避を試みる。
しかしその試みは、現実と関わらなければ成立しない「結婚制度」において、最もリアリステイックな役割を担う姑の反撃により破綻する。

そして現実の結婚に傷ついた彼女の前には、「実生活=金」という現実が立ち塞がる。
主人公に希薄な生活力を補うのは、安室と名乗る「便利屋」だ。

彼の役割は、インターネットに集まる現実忌避者を待ち構え、自らの餌食とする「ネット上を巣とする蜘蛛」のような捕食者だ。
その捕食者に、命まで奪われようとした主人公は、「現実適応力=世間智」の低さからその事実に気づかず、更にこの映画の後も彼にからめ捕られていくだろう。
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しかし、この安室はネット社会の「現実忌避者」に対しては、命を奪おうとも平気な顔を見せながら、現実と格闘し戦い抜いた者には涙を見せる。

この映画で現実と裸一貫で格闘した者とは、Cocco演じる里中真白という登場人物だ。
彼女は、家庭環境に恵まれず、AV女優を生業とし、悲運に倒れる。
それはまるで、家庭の貧困ゆえに身売りしたかのような、昭和レトロの雰囲気が漂う。
そんな彼女の現実との格闘を、もう一人の現実の格闘者・安室が犯罪スレスレの危うさを承知しつつも、助けるのは当然の選択だったろう。

つまるところこの主人公は、ネット上で「現実忌避者=現実逃亡者」を夢みながら、現実に破れ傷つく。
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しかし、現実に傷ついたとしても、そこには「現実の愛」という「実体=リアルな体験」が里中真白との間で間違いなく生まれたのだ。

それはあたかも、半分現実に身をさらしたように、現実世界の標準的な愛の形から見ればマイノリティーな「レズ」の形だった。
そして、愛する者を喪った時、現実に強く関与している安室と真白の母が、裸体を晒して泣き乱れる。
しかし主人公は、裸になることを拒否し、泣き笑いの表情を浮かべるだけであるのは、今だ現実に全身を没入させ得ないがゆえの必然であったと思える。


その現実世界と仮想世界の中間地点に主人公がいることの象徴が、真白から貰った、幻の結婚指輪だったろう。
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しかし真白との体験とは、幻の「おとぎ話の世界」から抜け出して、過酷な現実を生きることを予め運命づけられた、無垢な少女の未来を暗示させ一種の「あわれ」を、併せ持っていないだろうか。

そんな主人公が、インターネットで家庭教師をしている、引きこもりの少女と現実で接点を持とうとする。
その描写は、この主人公が現実を生きた事の果実を、次の「現実忌避者」に渡そうとする姿のように見える。

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映画『リップヴァンウインクルの花嫁』感想

タイトル意味

この映画の題名、『リップ・ヴァン・ウインクルの花嫁』とはどういう意味だろうか。
そもそも、リップ・ヴァン・ウインクルとはアメリカのおとぎ話で、その内容は「浦島太郎」と同じく、森で遊ぶ内に酒を飲み寝入って起きてみたら、世界は20年もたっていたという内容だという。Rip_リップ.jpg
そんなリップ・ヴァン・ウインクルは、アメリカ英語では「時代遅れの人」「眠ってばかりいる人」を意味する慣用句として使われているという。


スクリーンショット 2017-11-21 15.16.46.pngそう考えれば、このタイトルは「リップ・ヴァン・ウインクル="時代遅れの人"の花嫁」と解釈もできるだろう。
では、その「時代遅れの人」とは誰だろう?

劇中語られるのは、真白のSNSのアカウント名が「リップ・ヴァン・ウインクル」だという事だ。
そして、主人公七海は真白の花嫁になる。

つまりは、真白という体を張って現実と格闘した「リップ・ヴァン・ウインクル=時代遅れの人」。
その真白を愛し、嫁いだ「花嫁=七海」を意味していると思える。

そして「時代遅れの存在=現実を生きる者」と関わって「仮想空間を生きて来た者=七海」がどう変容したかがこの映画で語られているのだろう・・・・・・

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映画『リップヴァンウインクルの花嫁』評価


今までクダクダしく、仮想と現実のはざまで苦闘する、女性主人公という目線で語って来た。
更には、SNSの危険性を若い女性に知らしめる内容にも見えはする。rip-kor.jpg
しかし、我ながらこの映画を、単純に、現実に身を晒した主人公の、成長物語と括ることが正しいとは思えないし、ましてやSNSの警鐘を鳴らす作品というのは陳腐に過ぎるだろう。

なぜなら、この主人公のあくまでも、染まらない、受け身の打たれ強さが、作品中で輝きを放ち、その光を持って見る者を魅了すべく、映画が全力で努めているように感じられるからだ。
むしろその「打たれ強さ=被虐性の美」を、引き立て、際立たせるために、現代女性の被虐設定を求めた結果、ネット世界を利用しただけにすぎないと思える。

この映画は、平成の「女性映画の巨匠=岩井俊二」が黒木華という女優を前にし、その魅力を全て抽出しようと努力した結果として、生まれたものだと信じている。

つまりはこの映画の主要テーマは、「女優・黒木華の被虐美」にあると断言したい。
その「美」を輝かせるため、全ての映画要素が全霊を込めて奉仕している、そんなフェミニズムに溢れる作品だ。

そう思った時に、仮想と現実という設定が、その「美」より強く前に出ているようにも感じられ、映画のイメージの軸を混乱させたようにも思えた。

それゆえこの評価とした。

関連レビュー:岩井俊二監督作品
『四月物語』
東京で1人暮らしを始めた娘の4月
松たか子主演の叙情的作品


関連レビュー:岩井俊二監督作品
『リリイ・シュシュのすべて』
15歳のリアル。
市原隼人、蒼井優主演




posted by ヒラヒ・S at 17:11| Comment(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』再現ストーリー/あらすじ・ネタバレ・ラスト・結末

リップヴァンウィンクルの花嫁(ストーリー・あらすじ編)



製作国 日本
製作年 2016
上映時間 180分
監督 岩井俊二
脚本 岩井俊二


評価:★★★☆  3.5点



この日本映画は岩井俊二監督の、リリシズムに、一片の苦味を足した物語のように感じます。
インターネット空間でつながった関係が、現実空間で痛みと変わる、そんなヒロインを黒木華が透明感を持って演じています・・・・・・

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映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』あらすじ



皆川 七海(黒木華)は、都会の街角でインターネットサイトで知り合った相手・鶴岡 鉄也(地曵豪)と、初めての待ち合わせをしていた。
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そして、出会った二人は、恋人同士になった。

七海はSNSに書き込む。
ワンクリックで買い物をするように、あっさり手に入った彼氏で、彼からしても簡単な女なのだろうと。

七海は正式採用を目指して中学校の臨時教師をし、コンビニや、ネットで授業をするバイトもしていた。
ある日学校で、生徒たちが七海の声が小さいと、マイクで授業をして欲しいと言った。
本当にマイクで授業をした七海は、それがきっかけで臨時教師をクビになった。

そんな七海は、彼との結納の日を迎える。
鶴岡 鉄也の母・カヤ子(原日出子)と七海の父・皆川 博徳(金田明夫)と母・晴海(毬谷友子)も顔を揃えた。
無事に両家の挨拶もすんだが、実は七海の両親はすでに離婚していることは秘密にしていた。
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七海は結婚を機に教師を止め、結婚し主婦になる道を選んだ。
しかしネット授業の登校拒否の女生徒だけは七海に教えて欲しいと、ネットを介しての授業を続けることになった。

rip-ayano.jpg結婚式では、七海側の親族友人が少なく、披露宴の席が釣り合わない。
そこで七海はSNSで聞いた「なんでも屋」の安室に、結婚式の代理出席サービスを依頼する。

何とか式は終わり、2人の新婚生活が始まった。
しかし部屋の掃除中、女物のピアスを見つけた七海は、夫の浮気を疑い「なんでも屋」の安室に会い調査を依頼する。


そんなある日、自分の彼女と夫鶴岡が浮気しているという男性が、部屋に押しかけてくる。rip-uwaki.png
その日は帰ったものの、その男からホテルに呼び出された七海は、浮気の腹いせに肉体関係を求められた。

七海はホテルのバスルームに入ると、携帯から安室に助けを求めた。
七海がシャワーを浴びると時間稼ぎをする中、安室がホテルにやって来た。
だが、安室と男は共謀して七海をワナにはめたのだった。
そうとは知らない七海は、安室に助けられたと信じ、感謝した。

そんな時、夫・鶴岡家の実家に法事で行った。
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そこで七海は、両親の離婚、式の代理出席、更にはホテルで男と会っているカメラ映像まで持ち出され、義理の母から厳しく問い詰められる。

そして七海は抗弁するものの、夫の浮気の証拠もいつの間にか消えており、自らの潔白を証明できず、離婚を言い渡された。
翌日、七海は東京の結婚生活を送る新居から追い出された。
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ひとまずホテルに投宿した七海は、そのホテルでルームメイクのパートの職を得た。
rip-hara.pngそこに安室が訪ねて来て、夫の浮気調査報告を受けたが、七海はもう離婚したと話した。
それを聞いた安室は、鶴岡の母が仕組んだ「別れさせ屋」の仕事に違いないと言った。
夫鶴岡の調査で、マザコンで、母と豪華な食事をし、七海不在時に部屋を訪れていた事実を知らされる。

そんな安室から、七海は結婚式の代理出席のバイトを紹介された。
そこで、女優だという里中真白と出会い、2人は意気投合し酒を飲み、カラオケを歌った。
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また安室がやって来て、七海が「住込みメイド」として豪邸を毎日掃除をするだけで、月100万貰えるというバイトを紹介する。
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七海は有り得ないと警戒するが、安室は依頼主の意向だから何も問題ないと説得し、七海も承諾した。

屋敷の広間は、パーティーが終わった後の乱雑な状態で、部屋の上階にはオーナーの趣味の有毒生物がいた。
部屋を掃除し有毒生物の世話を、メイド服を着て日々家事をこなす七海。
そこに里中真白も加わって、2人は姉妹のようにお揃いのメイド服を着て、共に邸の家事をして、夜は同じベッドで寝た。
時には自転車で買い物をし、花火を2人楽しんだ。
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そんな真白は、女優の仕事だと言って外出することが多かった。

rip-sick.pngしかしある朝、真白に電話がかかって来たが、出ることもできないほどの熱で苦しんでいた。
その電話の相手は恒吉冴子(夏目ナナ)という女性で、駆け付けた彼女と真白を車に乗せ病院に連れて行こうとするが、仕事に行くと何度も言う真白は撮影現場で車を降りた。

七海は恒吉から、真白がAV女優で、あの屋敷も撮影に使って気に入った彼女が借りているのだと、初めて聞かされた。

安室に真相を訪ねると、真白が七海の雇い主で、友達がほしかったのだと明かした。
その夜、仕事を終え真白を迎えて、七海は「この仕事を止める。お金を大事にして、体を気遣って。」と真白に語りかける。
そして真白に、安い部屋を借りて2人で暮らそうと提案した・・・・・・・

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映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』予告

映画『リップヴァンウインクルの花嫁』出演者

皆川 七海(黒木華)/安室 行舛(綾野剛)/里中 真白(Cocco)/鶴岡 カヤ子(原日出子)/鶴岡 鉄也(地曵豪)/高嶋 優人(和田聰宏)/滑(佐生有語)/皆川 博徳(金田明夫)/皆川 晴海(毬谷友子)/恒吉 冴子(夏目ナナ)/里中 珠代(りりィ)
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以降の文章には

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』ネタバレ

があります。ご注意ください。


2人は町に出てアパートを捜し、部屋を決めた。
そして、見かけたブライダルショップでウェディングドレスを試着して、2人とも購入した。
Rip-dress.png

そして、そのまま記念写真を撮影できると聞き、2人で並んで写真に収まる。
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更にはチャペルに入り、眼に見えない指輪の交換をする。

2人はウェディングドレスのまま邸に帰り、心ゆくまでパーティーを楽しんだ。
そして、ベッドに入り言葉を交わした。
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真白は「世界に優しさが満ちている」「なぜそれをお金を払って買えないの」かと七海に語りかけた。
「お金で買わなければ耐えられない」と言った。
そして七海に口づけをして、真白は「一緒に死んでくれる」とたずねた。
七海は「それでいい」と答えた。
そして、何度も「愛している」と言い交しながら眠りについた。


翌朝、安室が葬儀屋と共に、邸の前に来た。
Rip-sucide.png真白の安室に対する真の依頼とは、共に死んでくれる相手を見つけ、2人の葬儀を終える事だった。
しかし、真白は有毒生物イモガイを握りしめ自殺していたが、七海は生きていた。

2人が死んでいるものと信じていた安室は、七海が動いたので、驚き、狼狽した。
安室は、真白から自殺のメッセージが入り、急ぎ駆け付けたとその場を取り繕った。
七海は真白の死が信じられず、何度も何度も呼びかけた。

真白の葬儀が執り行われ、彼女が末期癌に侵されていて、余命わずかだったと仕事仲間から語られた。
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真白の遺骨は引き取り手がなく、七海と安室は真白の母のもとへ向かう。

rip-riri.jpg真白の母は2人にコップ酒を勧め、自らも流し込んだ。
安室は葬儀の諸費用の清算を、事務的に進めていく。
真白の母は、彼女はもう自分の娘ではない、縁を切ったと言う。

そして飲むほどに乱れだし、こんな顔に産んだ覚えはない、AV譲という仕事をどうやったらできるのかと愚痴り出した。
そして、自ら服を脱ぎ、裸になり泣きながら「恥ずかしい」「恥ずかしい」と口にした。Rip-naked.png

見ていた安室も泣きながら、服を脱ぎだし「本当だ。恥ずかしい」と言いながら、酒をがぶ飲みした。
Rip-lagh-cry.png


七海は裸で泣きながら飲む2人の様子を見ながらに、自らも泣き笑いをしながら酒を飲んだ。


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映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』ラスト



一人暮らしを始めた七海は、インターネットの授業をした。
引きこもりの教え子は、東京に行ってみたいと口にした。
七海は来たら案内してあげると返す。
そんな時、安室が訪ねてきて、粗大ゴミだが使える家具を選べと言う。
そして最後の給料を七海に渡した。

安室を見送った七海は、光の溢れる部屋の中一人座り、そしてベランダへ出た。

真白が見えない指輪を嵌めてくれた薬指を見つめた。
rip-Las.png

そこには都会が広がっていた・・・・・・・・


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posted by ヒラヒ・S at 17:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする