2016年06月20日

コーエン兄弟の傑作『ノーカントリー』難解映画テーマを解析/感想・解説・タイトル意味

『ノーカントリー』感想・解説 編

原題 No Country for Old men
製作国 アメリカ
製作年 2007
上映時間 122分
監督・脚本 ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン
原作 コーマック・マッカーシー


評価:★★★★  4.0点


断言するが、この映画は解らないのが、当たり前だ。
そもそも、通常の娯楽映画のように、全てを明快に言葉と劇に置き換える事をしていないし、さりとて欧州映画のように、哲学概念を実直に映画に置き換えるほど純粋でもない。
この映画の独特の語り口は、一見ハリウッド的な道具建と事件や犯罪を使いながら、ハリウッドらしくない非娯楽性で、見る者を混乱に陥れるミスマッチングこそが本質だと感じる。

『ノーカントリー』予告




『ノーカントリー』感想・解説



この映画が示すのは、商業性と作家性の際どい綱渡りであり、その両者のせめぎあいによって緊張感とスリルを生んでいると思う。
コーエン兄弟.jpg
しかし、明らかにコーエン兄弟は、アメリカという映画メジャーのど真ん中で、作家性を主張した作品を作れる権利を手にできたのは、その商業性によって基礎的な集客力を保持し得たがゆえだったろう。

その刺激に満ちたモチーフに集まった観客に対し、この監督独特の映画的メッセージを開示する。
特にこの作品の緊迫感に大きな効果を上げているのが、ロデリック・ジェインズ(Roderick Jaynes)という変名でコーエン兄弟が行う、映画の編集作業にあると思う。
養鶏業者車強奪シーン
【大意】養鶏業者にシガーは、バッテリーが上がったと助けてもらい、近くに空港はあるかと尋ねる。養鶏業者はエルパソ空港があるがダラスまで車で行った方がいいと答えた時、シガーが言う。
シガー:鶏を囲いから出してくれるか?/養鶏業者:何を言ってるんだ?(荷台を洗う)

この唐突な場面転換に、次を予期させない不安定さが生じる。

nocoun-pos2.jpg
さらに、たとえば、この作品におけるテーマが、保安官が銃を持たずに済んでいた古き良き時代から、金でも、恨みでもなく、ただの理不尽な気まぐれな殺人者、不条理な犯罪を産み出してしまった、現代アメリカ社会の不条理を問うものであると、まとめる事もできる。


そんなテーマ性を際立たせるために、この作品は表面上のストーリーやテーマを語る言葉で以上に、映像の場面場面から生み出される、見るものを戸惑わせるノイズのような情報にこそ、この映画の真実があると思う。

この作品の持つ力は、その映像を静止したときの強さ(静寂、歪み、役者の表情、構図、安定、アンバランス)を基礎力として持っているだろう。

その静止画の集積としての映像シークエンスを、コーエン独特の編集力でつなげることで、観客に恐ろしいほどの衝撃を生じせしめる。
麻薬組織ボス襲撃シーン

【意訳】シガー:誰だ/会計士:私?/シガー:そう。/会計士:誰でもない。会計士なんだ。/シガー:奴は受信機をメキシコ人に与えた。/会計士:彼が・・・・・彼はもっと大勢に探させたいと感じたようだ・・・・/シガー:愚かだ。お前は正しい人間を選んでるのに。/会計士:そうだね。君はボクを撃つ?/シガー:状況次第だ。君は俺を見たかな?

上の例で分かるように、それは、突発的で不安定な間を挟んでの殺人場面であるとか、長い役者のクローズアップの後の場面転換などによって、あざといぐらい観客の意識を予期しない方向に引きずる。

Film.jpg
それゆえ観客は監督の思うままに誘導され、事件を追ううちに、先の見えない事件の行方に不安を感ぜざるを得なくなる。

この次の瞬間に何が起こるかと言う不安こそ、現代を生きる我々の真実であるはずだ。

こうしてコーエン監督は、観客に対して「先を予期させない=予定調和を許さない」事によって、映画の中の世界を観客の現実とシンクロさせる。

この映像の先が読めないユニーク性があるが故に、この映画は観客に対して、常に映画内を現実として生きることを強いるのである。
そしてそれは、ファーゴにも通じる、この映画作家の際立った特徴でもあると思われる。


Nocun-pos.jpgつまりは、ここで語られた唐突な裂け目や、意味の不明な独白、脈絡がなく発生する事件などによって観客が戸惑うことで直面する、ロシアン・ルーレットのような不合理な死を、己の現実として受け取らざるを得なくなる。

現代人が直面するアメリカの現実、ひいては全ての人類が経験するであろう「理由無き犯罪」を、実体験として感応させるためには、コーエンの映画の持つ「不条理」な力を漲らせた表現こそが、最も相応しい伝達方法だと感じる。


そしてこの「不条理=偶然という名の不幸」は、等しく全ての者に降りかかるのだと、この映画終盤のシガーを見れば思わざるを得ない。

と・・・・取り合えず書いてはみたものの、もちろんこの映画は「現実」が解らないと同様に、解らない。

逆に言えば明快な「ドラマ」が示すのは、「現実」から取り出した「虚構」ではないかと疑うべきだろう。


『ノーカントリー』タイトル意味



この題名は、ウィリアム・B・イェイツの詩「ビザンチウムヘの船出」から採った題名だ。
ビザンチウムヘの船出
この国は老人が住むためのものではない
若者はその片手を誰かと絡め 
死にゆく命ながら-鳥等も木の枝で歌を歌う
鮭の滝、鯖の海
魚も獣も鳥類も夏の間中
いたるところ生と死を生成する。
官能の調べに心を奪われ
不老の知恵を心に止めず。(以下略)

この詩が意味するのは、若さが持つ欲望と生命力が支配する国では、老人の求める知恵と徳の美は現出されない。それゆえ、ビザンチウム(理想の王国)へと旅立つのだという詩であるらしい。
Film2.jpg
この詩の意味と、トミー・リー・ジョーンズ演じる保安官トムの冒頭の言葉「理解できないことに遭遇した時。魂が危険にさらされたら、彼は言うべきだ、“OK、この世界の一部になると”」というモノローグを考えるとこの映画のメッセージの一端が見えてくるだろう。

解釈するに、若さの持つ力と欲望の強さに支配された世界では、老人は自らの魂を保持出来ない。
なぜなら、老いた者達のルールとは謙譲と相互扶助により支えられるからだ。
つまりは、無慈悲な暴力世界とは「老いた者=弱き者」にとっては、条理を越えた法則で成立しているだろう。
その世界とは、「老いた者=弱き者」には予測できない不可解な現象が発生し、その象徴こそサイコパス・シーガーだったろう。

そして古代の人類が、予測不可能な運命を神の御業として受け入れたのと同様、「現代の弱者=被害者」は「理解不能な犯罪」が生じた時、ある種の絶対的な事象として人々を支配するだろう。
それゆえ、現代では不可知な犯罪、不合理な暴力があるという運命を、ただ絶対的な運命として「弱者」は受け入れざるを得ないのだという詠嘆であるように思える。




『ノーカントリー』受賞歴



ワシントンDC映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、アンサンブル演技賞
ニューヨーク映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
ニューヨーク映画批評家オンライン賞:助演男優賞
ボストン映画批評家協会賞:作品賞、助演男優賞
シカゴ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞)
サンフランシスコ映画批評家協会賞:監督賞
サテライト賞:作品賞(ドラマ部門)、監督賞
サウスイースタン映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞
ダラス・フォートワース映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
オースティン映画批評家協会賞:助演男優賞、脚色賞
サンディエゴ映画批評家協会賞:作品賞、助演男優賞、撮影賞、アンサンブル演技賞
フェニックス映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、アンサンブル演技賞、撮影賞、脚色賞
トロント映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
ラスヴェガス映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
フロリダ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、撮影賞
ユタ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
セントルイス映画批評家協会賞:作品賞、監督賞
デトロイト映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
オクラホマ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
2008年
ヒューストン映画批評家協会賞:作品賞、助演男優賞、名誉テキサス人賞
カンザスシティ映画批評家協会賞:助演男優賞、脚色賞
放送映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
オンライン映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞、撮影賞、編集賞
USCスクリプター賞:脚色賞
ゴールデングローブ賞:助演男優賞、脚本賞
セントラルオハイオ映画批評家賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞
アイオワ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
全米監督協会賞:監督賞
ノーステキサス映画批評家賞:監督賞、助演男優賞、撮影賞
全米映画俳優組合賞:助演男優賞、アンサンブル演技賞
アメリカ製作者組合賞:長編映画賞
ロンドン映画批評家協会賞:作品賞、英国助演女優賞
オンライン映画&テレビジョン協会賞:助演男優賞、アンサンブル演技賞、脚色賞、編集賞
アメリカ脚本家組合賞:脚色賞
英国アカデミー賞:監督賞、助演男優賞、編集賞
米国アカデミー賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞

2008年度のキネマ旬報外国語映画ベスト・テン第1位(wikipediaより)




コーエン兄弟監督作品レビュー:赤ちゃん泥棒


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posted by ヒラヒ・S at 22:02| Comment(4) | TrackBack(1) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!( ̄▽ ̄;)・・・ええ💦そないな映画でしたんか。何も考えずに観ましたがな〜これコピーして私のに足せば🎵うそぴょん!
ファーゴが好きですね。コーエンさんたち初めて見ました!
Posted by ともちん at 2016年06月20日 22:27
>ともちんさん

ともちんのブログを見たら、私の名が!!9時半に酔っ払って帰ってきて、急いで書いちゃいました(xx)
足していただいても構いませんが、発信力のあるブログでしょうから、そっちこっちから文句が出ても、責任もちませんm(__)m

ファーゴは悪人が間抜けで面白いですよね。この監督も、ユーモアーが入ったほうが、口当たりはいい気がしますが・・・
Posted by ヒラヒ・S at 2016年06月20日 23:01
なるほどね〜昔この映画を観て・・
くっそつまらん(; ・`д・´) と思いましたが
この記事実てなるほどな〜と
コーエン監督の狙いみたいな物わかりました。
でも苦手〜(^^;
Posted by いごっそ612 at 2016年06月21日 06:39
>いごっそ612さん

これは、コーエン作品の中でも地味で、ワケワカラン系ですよね〜
逆に、コーエン脚本を使った『ブリッジオブスパイ』のあの明快さ加減は、スピルバーグがすごいのか、脚本自体は単純なのかか・・・・・
Posted by ヒラヒ・S at 2016年06月21日 09:24
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