2016年03月15日

ウェディング・バンケット

東洋の叡智



評価:★★★★   4.0点

この映画には、結婚とはとか、同性愛とはとか、家族とはというように、様々な問題が埋め込まれています。
しかしつまるところ、それは「家族」という言葉で集約されるでしょう。

カップルという関係、夫婦という関係、親と子供という関係、家族の中にも様々な関係があって、それぞれ親愛と緊張を持っています。
家族といえども言えない秘密があり、親といえども子どものプライバシーは尊重しなければならない。
そんな絶対に逃れようのない運命共同体としての家族に対し、実に東洋的な問題解決の方法を提示して、心が温かくなります。

たとえば、西洋的な個人の独立性を尊重して、生まれた瞬間から一人で寝起きするような家族であれば、もう少し家族に対して距離を置く事も可能かとも思うのです。

しかし、東洋的な親子の従属関係、関係の密接さを思えば、たとえば「愛している」と毎日言う事は逆に脅迫的にも聞こえます。
そんな「東洋的家族」にとって、愛情とは遠くでただ心配して見守るということだったりします。

お互い相手の事を考えればこそ、あえて何もいわない・・・・・・
嘘や間違いであっても、家族が巧くいくなら受け入れる・・・・・

そんな濃密で、細やかな感性というのは東洋人にとっては共通する感性なのだと、この映画を見て感じました。

余計な話かもしれませんが、この曖昧を許容する感覚というのは、やはり西洋の合理主義から行くと許しがたい部分も有るようです。
問題が起これば、原因と結果を追求し、その分析に基づきその解決を図るというのが西洋文化的な理論でしょう。
しかし、人生の問題とはカンタンに解決できるものではないし、継続的な関係を構築すべき家族となれば、なおさら慎重にお互いの気持ちを思いやるということは、なかなか繊細な問題処理の方法だと東洋人の私としては思います。

そんな東洋的な思考を、軽快に明るく、面白くてやがてホノボノという描き方で、暖かく描いてくれます。
小品ながら、脚本といい、演出といい、秀逸な一作だと思います。

こんなに細やかに人間関係の機微を描ける理由が、この監督には有るのではないかと勝手に想像しています。
多分この監督は「ブロークバック・マウンテン」や、この映画を見ても感じるのですが、ゲイなのではないでしょうか・・・・・さもなければ、自身の中国系というマイノリティーゆえに、弱者の気持ちが判るということかもしれません。

いずれにしても、人は苦悩の分だけ優しくなれるといいますが、それゆえ細やかで、繊細な心理描写が可能になったように思うのです。

憶測はともかくとして、こんな東洋的な感性を明るく軽快に表現したこの作品は、「ブロークバック・マウンテン」「グリーン・デスティニー」「ライフ・オブ・パイ」を後に撮るこの監督アン・リーにとって、どこか若々しい純粋な思いが表現されていると感じられます。
この監督は商業監督として着実に成功を収めていますが、その原点としてこんなにも繊細な人間観察と、その機微を語れる技術を持っているのだと気付きました。

蛇足ながらこの映画は、小津安二郎監督が撮ったらぴったりの「ファミリードラマ」じゃないでしょうか。


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ラベル:アン・リー
posted by ヒラヒ・S at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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