2018年07月21日

2018年07月20日




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2018年07月20日

映画『50回目のファースト・キス』感動のラブ・ストーリー/あらすじ・ネタバレ・ラスト・結末

映画『50回目のファースト・キス』(ストーリー・あらすじ 編)

原題 50 First Dates
製作国 アメリカ
製作年 2004
上映時間 99分
監督 ピーター・シーガル
脚本 ジョージ・ウィング

評価:★★★☆    3.5点



良い恋愛映画です。
このハリウッド映画のヒロイン、ルーシーは事故で記憶が一日しか持たないという「記憶障害」の難病を患っています。
恋人のヘンリーは、翌日には自分を忘れてしまうルーシーに、千本ノックのごとく、毎日のようにアプローチし続ける姿が感動的です。
そんな過酷な運命に打ち勝って2人が恋を成就させ得るか、観客はついつい感情移入してしまう映画です。

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映画『50回目のファースト・キス』ストーリー


ハワイの水族館に勤める獣医、ヘンリー・ロス(アダム・サンドラー)は、1夜限りのアヴァンチュールを楽しんで来たプレーボーイ。
しかし、ある日地元のカフェブランチでで朝食をとるルーシー(ドリュー・バリモア)に出会い一目惚れする。
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ヘンリーは早速声を掛け、互いに好印象を持ち翌日の再会を約束した。

しかし翌日同じ店に行ったヘンリーのことを、ルーシーはまったく覚えていず、ついには「付きまとうなら警察を呼ぶ」とまで言い出す。
混乱するヘンリーに、カフェの女主人スー(エイミー・ヒル)がルーシーの病気について教えた。
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1年前にルーシーは交通事故で脳に障害を受け、短期記憶を保持できない状態のまま生きてきたのだ。一晩寝ると前日起きたことは忘れてしまうルーシーを、その家族、父親のマーリン(ブレイク・クラーク)と弟のダグ(ショーン・アスティン)が必死にごまかし、事故がフラッシュバックしないよう彼女を守ってきた。
<事故前日に偽装するルーシーの父と弟>

そんな家族の努力のおかげで、彼女はそうとは知らず永遠に同じ一日を生きていた。
そんな事情からルーシーを心配する家族は、ヘンリーとの交際に大反対だった。しかしルーシーに真剣に恋したヘンリーは、「ルーシーを傷つけない」と誓い、日々ルーシーとの初対面を繰り返す。毎日の恋のアプローチは、上手く心が通じ合ったり、フラれたり、その日次第で繰り返えされた。
進展しない恋にもヘンリーはへこたれず、ルーシーの笑顔を見るため日々恋の出会いを繰り返した。
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しかしある日、目覚めればヘンリーのことは忘れてしまっているはずなのに、彼と話した日は楽しそうに歌いながら絵を描くルーシーがいた。
さらに、ふとしたことからルーシーは自分の病気を知ってしまい、家族は主治医のDr.キーツ(ダン・エイクロイド)の元に連れて行った。
キーツから「記憶障害は一生治癒しない」と宣告されショックを受けたルーシーだが、翌朝には忘れてしまうのだった。

しかしある日、ヘンリーは恋を進める方法を思いついた。
それは、ルーシーの病気とヘンリーとの交際を記録したビデオを作り、それを彼女の一日の初めに見せるのだ。
ビデオで知る病気の衝撃にルーシーは打ちのめされるが、ヘンリーの愛の言葉に触れ、日々、彼女はヘンリーと恋に落ちた。一日も欠かすことなく出会い、ファースト・キスを重ねていく。
そしてついに2人は結ばれた。
しかし、その翌朝にはルーシーが事態を理解できずに大騒ぎとなった。

【意訳】ヘンリー:僕と結婚してくれる?/ルーシー:もちろん。/ヘンリー:ありがとう。僕のことを忘れないで。/ルーシー:分かった。/(翌朝)ルーシー叫ぶ/ヘンリー:ちょっと、待って、ルーシー、ルーシー、ルーシー!ちょっと! 理解しがたいのは分かるけど・・・・でも僕たちは知り合いなんだ。このところずっと。ちょっと、ルーシー!ルーシー!もし騙しているなら、どうやって僕が知ったと思う?君は美術教師で、毎週土曜日フキラウ(地引網)に行っている!そして君は、ワッフルで家を作って、ユリのカサブランカ品種が好きだ!/ルーシー:ストーカー!/違う!ちょっとでも僕のこと覚えていないの!

そんな騒がしくも幸福な日々が、毎日繰り返された。
しかし、ルーシーは自分の病気のせいで、ヘンリーがセイウチ研究にアラスカに行く夢を断念したことを、偶然にも知ってしまう。
彼女は、愛する人の将来を思い、ヘンリーに別れを告げる・・・・・・

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映画『50回目のファースト・キス』予告

映画『50回目のファースト・キス』出演者

ヘンリー・ロス(アダム・サンドラー)/ルーシー・ホイットモア(ドリュー・バリモア)/マーリン・ホイットモア(ブレイク・クラーク)/ダグ・ホイットモア(ショーン・アスティン)/ウーラ(ロブ・シュナイダー)/スー(エイミー・ヒル)/ニック(ポマイカイ・ブラウン)/キーツ医師(ダン・エイクロイド)

映画『50回目のファースト・キス』日本版リメイク予告

ラブストーリーの新デザインを持つこの作品は、日本映画として2018年リメイク公開されました。


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以降の文章には
映画『50回目のファースト・キス』ネタバレ

があります。
悲しみにくれるヘンリーは、アラスカでのセイウチ研究に旅立つことを決心し、ヨットで出航のための準備を進めた。そこへルーシーの家族が現れ、彼女の本心はヘンリーを愛しているのだと告げる。
いったんは海に出たヘンリーだったが、再びハワイに戻ると、ルーシーが治療を兼ねて美術講師をしている病院へと向かう。
ヘンリーがルーシーのアトリエに入ると、部屋中にヘンリーの肖像画が飾られていた。
ルーシーは、毎晩夢に見る男の顔を描いているのだと話す。
彼女はヘンリーを忘れていなかったのだ。
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その絵を見たヘンリーは、再びルーシーへ愛を告げ結婚を申し込んだ。
そして二人は、何十回目かのファーストキスを交わした。

映画『50回目のファースト・キス』ラストシーン

ある朝、ルーシーが目覚めるとビデオがある。
そこには、ヘンリーとの結婚式と娘の出産シーンが記録されていた。

【意訳】ビデオタイトル:ルーシーへ/ビデオ:おはようルーシー(事故や過去のヘンリーとの関係が語られ、結婚式風景へ)汝は、ホナリーで、この女性を正当な妻として娶り、この日から2人が生きてる限り、力いっぱい愛するか?/ヘンリー:はい。/牧師役友人:ほんと?10〜15年たてば彼女自身も多分違って来て、セックスがいやになるぞ。/ヘンリー:何てバカなんだ。奥さんがそこに居るぞ。/牧師役友人:ちょっとした冗談だ。私は、夫と妻となったことを今宣言する。マズルトフ(ユダヤ語オメデトウ)/ビデオ・ヘンリー声:外はとっても寒いから、君はジャケットを着て、僕と朝食をとる準備をして。愛してるよ。(カーテンを開けると、氷山の浮かぶ大海原に驚く)/ヘンリー:やーやー!おはようロス夫人。君の娘と会いたいだろう?お母さんに挨拶して。/娘:おはようママ。/ヘンリー:いいぞ。おはよう。/ルーシー:何てこと/ヘンリー:こっちは、おじいちゃん。/ルーシー:どうもお義父さん。
ヨットの上で、今日も家族の新しい一日が始まる。




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2018年07月15日

中国映画『初恋の来た道』初恋をする自由/あらすじ・感想・解説・近代と恋愛・出演者・受賞歴

近代の通った道

原題 我的父親母親
英語題 The Road Home
製作国 中国
製作年 1999年
上映時間 124分
監督 チャン・イーモウ
脚本・原作 パオ・シー

評価:★★★★    4.0点



この1999年公開の中国映画『初恋の来た道』は、女優チャン・ツィーの瑞々しい魅力に満ちている。
この少女が映画内で初恋に落ちたのは、劇中のカレンダーから1950年頃である事が分かる。
中国の1950年代とは、日本軍を駆逐して中国共産党が毛沢東の指導の下、中国を導いていた時代である。
それは中国にとって長い冬の時代を抜けて、ようやく春を迎えた時期でもある。
そんな若々しい時代の心の動きを「初恋」に仮託し、その華やいだ景色を「チャン・ツィー」に象徴したように思える。

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映画『初恋の来た道』ストーリー

都会で暮らすユーシェンは、父親の訃報を聞き、遥々母のいる小さな農村へと帰郷した。父はこの村の小学校を40年以上、一人で支えた教師だったが、校舎の建て替えの陳情のために町に出かけた際に、心臓病で急死したのだ。
父の遺体を町からトラクターで運ぶという村長たち。だが、母のチャオディは、伝統通りに葬列を組み、棺を村まで担いで戻ると言い張った。葬列を組もうにも、村の若者は出稼ぎに出て人手が足りない。困り果てたユーシェンは、母と父の、若かりし日の出逢いを追想する。
母のチャオディが18歳の頃に、この村に初めて小学校が建つことになった。町から来た教師は、20歳の青年チャンユーだった。一目ぼれしたチャオディは、自分の数少ない服を、急いで赤から華やかなピンクに着かえた。古い時代のこの村では自由恋愛は稀で、アピールの方法もなかったのだ。
総出で校舎の建築を始めるチャンユーと村の男たち。女たちの役目は家で昼食を作り、持ち寄ることだった。チャンユーが食べるとは限らないのに、心を込めた料理を作業現場に運ぶチャオディ。学もなく、素朴な彼女に出来ることは、水汲みやキノコ採りの際にすれ違うことぐらいだった。
実はチャンユーも、村に着いた時に見た、赤い服のチャオディが目に焼き付いていた。だが、チャンユーは文化大革命の混乱に巻き込まれ、町へ連れ戻されることになった。チャオディに、赤い服に似合うヘアピンを贈り、村を去るチャンユー。
高熱があるのに、チャンユーを探しに町へ行こうとして倒れるチャオディ。二日間、眠り続けたチャオディが目覚めたとき、小学校から授業をするチャンユーの声が聞こえて来た。チャオディの病気を伝え聞いたチャンユーは、連れ戻されるのを覚悟で、許可も受けずに町から戻って来たのだ。
追想から覚めたユーシェンは、町から続く道が持つ母にとっての意味に気づき、村長に無理を言って葬列を組んだ。息子や教え子たちと共に、夫の遺体を村へ連れ帰るチャオディ。都会に戻る前にユーシェンは、建て替えの決まった古い校舎で一度だけ授業を開くのだった。(wikipediaより)

映画『初恋の来た道』予告


映画『初恋の来た道』出演者

チャオディ(チャン・ツィイー)/ルオ・チャンユー(チョン・ハオ)/ルオ・ユーシェン(スン・ホンレイ)/娣(チャオ・ユエリン)

映画『初恋の来た道』受賞歴

第50回ベルリン国際映画祭:銀熊賞 (審査員グランプリ)受賞

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映画『初恋の来た道』感想・解説


実際、世界史的に言っても1950年代というのは二度にわたる世界的戦争を経て、新たな世界体制が確立していく時代であった。
road_pos2.jpgこの世界を巻き込んだ大戦は、多大な犠牲を払いはしたが、結局「旧世界」の社会・経済・法律・政治などが「新世界」の秩序に生まれ変わる為に、必然的に持たざるを得ない衝突のようにも思えるのだ。
それゆえ衝突が終息したのち、世界は新たな息吹を勝ち得たのだ。

たとえば、この映画の中でも語られるように自由恋愛というものが、1950年頃には希有な事件であった。
そしてこれは、ただ中国だけのことではなく、日本や他のアジア各国においても、欧州においても、程度の差こそあれ最も「恋愛結婚」の比率が高かったアメリカでさえ、基本的には自由恋愛というよりは制度として「結婚」があったと見るべきであろう。

結局のところ、人類史の長きにわたって「結婚」とは社会を構築するための「制度」としてあった。
結婚して親となって一人前と言われたのは、「結婚」という「家族の単位」を構築していかなければ、社会が成立し得なかったためである。
例えば、かつて子だくさんだったのは基本的には、子供というのが労働力として重要だったからにすぎない。
つまり、結婚とその結果としての「家族=社会構成員」の増加が、社会的な生産力を増大させたのである。

こう整理して来れば「結婚」とは「権利」であるより「義務」としてあったと了解されるはずである。
関連レビュー:結婚制度の見た夢
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その「義務としての結婚」が「権利としての結婚」にと移行していくには、上記の「生産性と結婚制度」の間の連環が断たれ、個人が自由意思において「結婚」を選択できる社会とならねばならない。

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実際上、その制度的な破壊は「恋愛」の力や「自由」に向かう意思など、崇高な精神に基づく力というよりは、単純に一つの要因によっていたと思える。

その要因とは、生産性の向上=「経済力」である。
つまり生産性が高くなれば、少人数でも社会を構成する事が可能となり、必然的に「結婚」という制度によって社会の維持を成さなくとも良い。
こうして、生産力の増大が社会制度としての「結婚」を変革せしめたのである。

そして、この1950年代こそ戦争により破壊された世界を再建するために、地球規模で経済活動が活性化された時期だったのである。

そして、経済の進展が間違いなく人々の自由を拡大し得た。
関連レビュー:50年代の社会変化
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そういう意味でこの映画は、人類全体が獲得した「経済力」が、人々に「自由」と「愛」をもたらしたという喜びの姿を鮮烈に捉えている。
なんて事を・・・・・・・
共産中国が生み出したこの映画を見たならば、共産主義の元祖「マルクス」だったら言うでしょうか。

しかし思えば、今はいろいろ揉め事もあるけれども、全世界ミンナで破壊から少しずつ幸福に向かって歩いてきたんだな〜と・・・・・・

そう考えると地球人類を愛おしく感じたりしました。



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