2018年12月03日

映画『オデッセイ』火星の冒険生活はカウントダウン?/感想・あらすじ・解説・科学的正確性

ライフ・オン・マース?

原題 THE MARTIAN
製作国 アメリカ
製作年 2015
上映時間 142分
監督 リドリー・スコット
脚本 ドリュー・ゴダード
原作 アンディ・ウィアー


評価:★★★★  4.0点



この映画には素直に感動しました。
監督のリドリー・スコットの絵作りの上手さと、主演のマット・デイモンの等身大の人物像が、物語の説得力を上げてると思いました。
そんな、見る者を飽きさせない火星世界を舞台に表現されたのは、開拓者精神、冒険者の魂だったと感じました。
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映画『オデッセイ』ストーリー

アメリカNASAの有人火星探査ミッション“アレス3”によって、人類は3度目の火星滞在を果たした。しかし、順調に思われたミッションも、18日目に突然発生した火星上の嵐によって、任務中断を余儀なくされる。ところが、クルーの1人、マーク・ワトニー(マット・デイモン)は、基地から遠く作業中だったため、取り残されてしまう。指揮官のメリッサ・ルイス船長(ジェシカ・チャステイン)は、発見できないワトニー探索で時間を費やすと、残り5人のクルーの命も危険にさらすと離陸を決断した。ルイス船長と5人のクルーは地球へ帰り、NASAのサンダース長官(ジェフ・ダニエルズ)は記者会見で、ワトニーの死を発表した。しかし、遠く火星でただ一人、ワトニーはまだ生きていた。探査車を修理し砂漠から“ハブ”と呼ばれる基地に辿り着いた。だが現実は、残された食料や水はわずかで、生存の可能性は限りなく低く、次の探査ミッションの予定は4年後だ。わずかな可能性を求めて、植物学者兼メカニカル・エンジニアのワトニーは、科学知識を総動員し酸素・水や電気を確保し、さらに備蓄されていた『生のジャガイモ』を発見し、自らの糞尿を肥料に増やすことに成功する。さらにワトニーは、火星に残されていた無人探査機の通信機能を使い、NASAに自らの生存を伝える事に成功する。NASAはワトニーの生存と、その救出計画を全世界に公表した。
一躍「時の人」となったワトニーのため、中国のロケットも動員されるなど世界的な救助活動が繰り広げられた。そして、ワトニー生存の事実を知った宇宙船ヘルメス号の火星で共に働いた5人は、再び火星へと戻る軌道へと舵を切った・・・・

映画『オデッセイ』予告

映画『オデッセイ』出演者

マーク・ワトニー(マット・デイモン)/メリッサ・ルイス(ジェシカ・チャステイン)/リック・マルティネス(マイケル・ペーニャ)/ベス・ヨハンセン(ケイト・マーラ)/クリス・ベック(セバスチャン・スタン)/アレックス・フォーゲル(アクセル・ヘニー)/テディ・サンダース(ジェフ・ダニエルズ)/ミッチ・ヘンダーソン(ショーン・ビーン)/アニー・モントローズ(クリステン・ウィグ)/ビンセント・カプーア(キウェテル・イジョフォー)/ミンディ・パーク(マッケンジー・デイヴィス)/ブレンダン・ハッチ(ジョナサン・アリス)/ブルース・ン(ベネディクト・ウォン)/リッチ・パーネル(ドナルド・グローヴァー)/ティム・グライムス(ニック・モハメッド)/マイク・ワトキンス(エンゾ・シレンティ)/チュー・タオ(チェン・シュー)/グオ・ミン(エディ・コー)
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映画『オデッセイ』感想


この映画では、火星でのサバイバルがリアリティを持って語られます。

監督のリドリー・スコットも宇宙を描きながら、従来のエイリアンやブレードランナーの未来感覚に満ちたものではなく、現実的な未来風景としてビジュアル・イメージ構築しているのも、この映画の物語のテーマとよくマッチしていると感じました。

主演のマット・ディモンも、火星で一人で生き抜くタフな姿を、壮絶な減量をしつつも、ナチュラルに、等身大に演じて説得力があります。

この映画を見て感じたのは、この火星の生活が今や現実の世界として視野に入っているのだという事実に、まず驚かされます。

そんなリアリティを基にしたこの映画は、基本的にSF映画というよりも、近未来のシュミレーションドラマとして強い力を持っていると感じました。
つまりこの映画の立ち位置は、夢としてのSF世界ではなく、現実的な宇宙開発の物語だと考えるべきでしょう。


そう考えたとき、この主人公を通して私が受けた感動の本質とは、「冒険」という言葉で表されるものだろうと思いました。

つまりは危険を冒すことを冒険というのであれば、人類の歴史上で無数に繰り広げられきた未開の地に挑む行為と同様、宇宙開発自体が危険で危ない行為である事は間違いがないだろうと思います。
それでは、なぜ人はその危険を冒すのでしょうか。
例えば、人がエベレストの頂上に至る必要も、月に立つ理由も、根本的にはありません。

では、なぜ落命の危険を冒して、多大な経費をかけてでも、そこに至るのでしょう。
正直、合理的に考えれば「危険と利益」の収支バランスが、マイナスだと考えざるを得ません。

それでもなぜ・・・・・・

個人的に思うのは、いろいろな理由はあるとは思いますが、人が未踏の場所に立つということが、そのまま人類の可能性を広げる事につながるからではないでしょうか。

つまりは、それまで人が生きれなかった場所で生存できるという事実が、過酷な自然に対する人類の勝利を示すものです。

さらに遡れば、その勝利とは、即ち人類という生物種の祖先が海から陸地に上がり拡大してきたという、この「宇宙にたいする地球の生命としての勝利」だといえるのではないでしょうか。

もちろん科学的にツジツマが合わないところとか、非現実的な描写もあるとは思います。
また、女性にとって冒険物語というのは「馬鹿な男の子の遊び」のようなもので、いまひとつ乗り切れないという事もあるかとは思います。

しかしそんな欠点を越えて、なお、この映画は「命」が持つ無限の可能性を謳った、生命讃歌として人々の心を打つとおもうのです。

え〜っと、そう書いていていてなんですが一つだけナンクセを・・・・・・

映画の中でデビッド・ボウイの『スターマン』が流れます。

しかし、ここはデビッド・ボウイであれば『ライフ・オン・マース(火星の生活)』にして欲しかったという・・・・・・
デビッド・ボウイの『ライフ・オン・マース』


またボウイには『スペースオディティ』という名曲もあります。
デビッド・ボウイのオフィシャルビデオより「スペースオディティ」

もっとも、この曲は「オディティ=変わり者」で「オデッセイ=長い冒険」という意味ではなかったという・・・・・

どうでもいいですね。

・・・・・・どうでもいいついでに。

この映画の原題は『THE MARTIAN =火星人』ですが、日本題の『オデッセイ』は「オデュッセイア =長い冒険の物語(ホメロス作ギリシアの叙事詩)」から取られています。

しかし、実はこの映画の前に宇宙を舞台にしたオデッセイという名前を持つ傑作映画があったのです。
原題『2001 a space odyssey(2001年宇宙のオデッセイ)』といい、日本題は『2001年宇宙の旅』という、そのスタンリー・キューブリック監督のSF映画史上に燦然と輝く傑作を意識した名前だと、勝手に想像しているのですが・・・・・・
関連レビュー:SF映画の金字塔
『2001年宇宙の旅』
天才キューブリックのSF映画
超難解映画の未来世界

そう思って、この2本を比較してみると、『2001年宇宙の旅』における宇宙はあくまで想像上の遠い世界でした。
しかし、この映画『オデッセイ』にとっての宇宙は日常の延長として存在しているように思えます。
そんな宇宙を巡る新旧の映画表現から、宇宙も身近になったものだと感慨深いものがあります・・・・・・

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映画『オデッセイ』解説


この映画は、人が生き延びるという目的に向かって苦闘するリアリティーに、満ちていると感じます。
実はこの作品を見ながら、私はレオナルド・ディカプリオのアカデミー受賞作『レヴェナント』の壮絶なサバイバルを思い出していました。
関連レビュー:デカプリオの執念
『レヴェナント:蘇えりし者』
実在した開拓時代の伝説ヒュー・グラス
アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督

『レヴェナント』の「リアリティー=迫真力」が、ディカプリオの体当たりの演技によって生み出されたとすれば、この映画のリアリティーは、科学的な事実の正確性によって表現されていると思います。
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実のところ、原作を執筆したアンディ・ウィアーも科学的正確性を重視したと言います。

さらに映画ではNASAが宇宙と宇宙旅行の側面、特に火星での状況を最も正確に描写するために協力しており、またNASAの惑星科学部門の責任者であるジェームズ・グリーンを雇ったと言います。
もちろん、火星表面の軽い気圧では "激しい嵐"は、バーコードはげを露わにする程度の風だという、著者アンディ・ウィアーも認める不正確な事実もあるには違いありませんが、それでも丹念に積み重ねられた科学的な正確性がこの映画の現実感を支えているのは間違いないでしょう。

それは、同じ時期に製作されたもう一つの宇宙を舞台とした映画、『ゼロ・グラビティー』がNASAの協力を得られなかった事と好対照です。
そんな違いもあって『ゼロ・グラビティー』に比べても、こちらの映画の方が科学的な正確性が上だと言われています。
関連レビュー:宇宙を舞台にしたアカデミー受賞作
『ゼロ・グラビティー』
アルフォンソ・キュアロン監督のオスカー7冠受賞作
サンドラ・ブロック主演、宇宙空間での孤独な戦い

この映画が現実的な宇宙開発を科学的に正確に描いている証拠を上げれば、世界では火星移住計画が動き出しているのです。
火星の植民(かせいのしょくみん)とは、宇宙移民構想の1つであり、ヒトが火星へと移住し、火星の環境の中で生活基盤を形成することである。かねてより火星への植民が可能かどうかは、デタラメな憶測からまじめな研究まで、多くの話題を集めてきた。(wikipediaより)

○スペースX社の共同設立者およびCEOイーロン・マスク「わたしは火星への移住が実現可能な目標になってほしい。わたしたちが生きているうちに、火星に到達することを望む人が誰でも火星に行けるようにする方法は、存在するはずだ」すでに、火星に行く希望者を募り、数千万円と言われる、火星旅行の費用にも関わらず。すでに何千人もが火星への片道チケットに申し込んでいる。

○オランダの起業家、バス・ランスドルプ。2025年に火星移住を目指すのが「マーズ・ワン」計画を発表した。“火星への片道切符”とすることで、コスト削減と既存のロケット利用を可能とすると言う。この計画には、非人道的だと反対の声を上げる人々もいる。しかし、呼びかけに応募した志願者は、世界中から20万人に上った。

すでに、そんな宇宙空間への人間の進出が現実の範疇に入っていると、この映画は教えてくれます。
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そんな現実を踏まえて、ここに描かれた主人公のドラマが意味するのは「冒険」という言葉で言い表すべきかと思います。

この「冒険」という概念は、日本人のような農耕民族には今ひとつ伝わりにくい要素があるように感じます。
なぜなら定住型の農耕民族と、新たな土地を探求せざるを得ない狩猟民族とでは、冒険に対する価値が違うように思えるのです。

やはり、狩猟民族としての西洋文明ゆえの伝統が、この映画には息づいているように感じます。
また、その冒険の伝統が「アメリカ合衆国」のフロンティアを求める心に通じ、この映画の物語の基盤を成しているのではないでしょうか。

この「冒険」に関しては以下に書かせて頂いてますので、ご興味のある方はご覧ください・・・・・・
当ブログ関連レビュー:西洋文明と冒険
『世界最速のインディアン』
伝説のバイク世界記録保持者の実話
狩猟民族と冒険者の魂

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以下の文章には

映画『オデッセイ』ネタバレ

があります。
ワトニーは、ヘルメス号が来る日に合わせて移動し、火星からの唯一の離脱手段、将来の火星計画用にすでに準備してあったMAV (Mars Ascent Vehicle=火星離脱機) に乗り込む。NASA本部からの指示に従い、MAVは大幅に軽量化を施され、先端部は捨てられ麻布で代用された。しかし離陸中、麻布が剥がれ空気抵抗でヘルメス号から大きくそれて行く。ワトニーはMAVを捨て、宇宙服だけを頼りにヘルメス号目指し、宇宙空間を泳ぎだした。世界中が息を凝らして見つめる中、救出作業が続けられる。

ヘルメス号のクルーたちはワトニーとの距離を縮めるため、自らの危険も顧みずアプローチし、ついにワトニーを捕まえた。
そして地球へと船首を向ける。

映画『オデッセイ』結末

地球に戻ったワトニーは、宇宙飛行士の志願者の前で火星での体験を語り、志願者の意思の強さを確かめ鼓舞した。
【意訳】ワトニー:死ぬと考えるかって?ああ、もちろん。そして、宇宙で君たちに起きるかもしれない事だから、知っておくべきだろう。宇宙は協力的ではないし、ある意味、全てが君たちを陥れようとする。全てを悪化させ、そして君たちに”これだ。これが俺の最後だ”と言わせようとする。そこで、君たちが死を受け入れるか、または仕事をするのか。それが全てだ。まず始めるんだ。数学だ。問題を1つ解決したら次の問題に取り組む、そうして解決していけば帰れるんだ。分かったかな、質問は?

火星探査”アレス5”計画のロケット発射のカウントダウンが始まる。
ワトニー救出から5年たった今、”アレス3”のクルーは全員その様子を見守っていた。




posted by ヒラヒ・S at 17:31| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月27日

映画『ボーダーライン』ラテンの殺し屋/あらすじ・感想・解説・ネタバレ・ラスト意味・アメリカ合衆国のヒスパニック支配

ラテン・ヒットマンの標的

原題 SICARIO
製作国 アメリカ
製作年 2015年
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本 テイラー・シェリダン


評価:★★★☆    3.5点



メキシコ国境で繰り広げられる、麻薬組織との攻防はドキュメンタリータッチの、迫真力のあるものだ。
これはフランス系カナダ人監督の、どこかアメリカ愛国主義的な視点とは違う描き方によって、さらに臨場感が高まっていると思う。
また血なまぐさい戦闘と、荒涼とした荒野を描きながら、その映像の美しさは賞賛に値すると感じた。

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映画『ボーダーライン』ストーリー

アリゾナ州チャンドラーでFBI捜査官2人の命を奪った誘拐事件の現場に、捜査官ケイト・メイサー(エミリー・ブラント)もいた。彼女は上司の推薦により国防総省の特別捜査官マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)率いる捜査チームに加わり、事件の主犯とされる麻薬組織ソノラカルテルの親玉マニュエル・ディアス(ベルナルド・サラシーノ)を追うことを決める。

メキシコ国境の街エルパソに到着したケイトは、マットのチームに居る謎のコロンビア人、アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)と会う。3人はデルタフォースと共にメキシコのシウダー・フアレス市に入り麻薬組織の幹部ギレルモ(エドガー・アレオラ)を地元警察から引き取り、再び合衆国内に戻ろうとする。しかし組織は道路を封鎖し、激しく銃弾をまき散らした。辛くも襲撃者を撃退し帰還したものの、ケイトは作戦の違法性を糾弾した。しかし、アレハンドロは幹部のギレルモからディアスの居住地を聞き出すため、平気で拷問をした。

マットの部隊はディアスの口座を特定し凍結する。ケイトは不正資金を元にディアスの逮捕状を取れるとマットに主張するが、彼の真の狙いはディアスではなく、彼を従える麻薬王ファウスト・アラルコン(フリオ・セサール・セディージョ)だった。

ケイトは超法規的捜査について悩むが、FBIの上官からは捜査要請が政府上層部から下され、合法・非合法は問わないと告げられる。そんなケイトを囮に使ってアレハンドロとマットは、彼女に近づいた汚職警官テッドを捕え他の汚職警官の情報を聞き出す。ケイトは自分を囮にしていたことに怒る。

作戦はディアスの密輸トンネルを急襲し、麻薬王ファウストの所在を明らかにする段階に来た。更にマットはCIA所属で、国内活動を単独で実行できないため、FBI捜査官のケイトが必要だったと明かす。怒りながらも、この捜査の正体を見届けるため彼女も参加する。
マットの部隊は、密輸団を制圧した。アレハンドロはディアスの手先、メキシコ州警察のシルヴィオを捕まえると、制止するケイトに発砲し立ち去った。ケイトは防弾チョッキによって一命を取り留めたが、アメリカに戻るとマットに詰め寄り、アレハンドロが何者か問い質した。
怒りを露わにした彼女に、マットはアレハンドロの正体を打ち明けた・・・・・・・・・・・・

映画『ボーダーライン』予告

映画『ボーダーライン』出演者

ケイト・メイサー(エミリー・ブラント)/アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)/マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)/デイヴ・ジェニングス(ヴィクター・ガーバー)/テッド (ジョン・バーンサル)/レジー・ウェイン(ダニエル・カルーヤ)/スティーヴ・フォーシング(ジェフリー・ドノヴァン)/ラファエル(ラオール・トゥルヒージョ)/ファウスト・アラルコン(フリオ・セサール・セディージョ)/フィル・クーパーズ(ハンク・ロジャーソン)/マニュエル・ディアス(ベルナルド・サラシーノ)/シルヴィオ(マキシミリアーノ・ヘルナンデス)/バーネット(ケヴィン・ウィギンズ)/ギレルモ(エドガー・アレオラ)

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映画『ボーダーライン』感想



この映画のメッセージ自体は、登場する主要人物3人が、明瞭に伝えていると感じた。sicario_3.jpg
一人はエミリー・ブラント演じる、FBIの女性捜査官。
この人物が表すのは、良識的なアメリカ人の姿だろう。いわばアメリカの良心とでも言うべき存在だ。

もう一人は、ジョシュ・ブローリン演じるCIAの捜査官。
彼は、非合法なことでも目的のためなら躊躇しない人物。
これは、メキシコ国境や、南米で起こる反米的な運動に対して、アメリカに明らかにある、自国の権益を守るためには何でもやるという勢力を表していただろう。

そして最後が、ベニチオ・デル・トロ演じるCIA捜査に協力するコロンビア人。
彼は自らの目的を果たすため、この捜査に加わっている。
そして、原題「シカリオ=スペイン語のヒットマン」を考えれば
この映画の真の主役とは、このコロンビア人だったろう。

そして、物語はメキシコ国境を挟む、麻薬組織の闘いを描いているが、基本的に押さえなければならないのは、この異様さだ。


メキシコ領内で、アメリカ政府機関が平気で銃を振り回し、メキシコ警察官で会っても射殺する。
通常であれば、これだけで戦争になるはずだ。
つまりこの映画の背景には、アメリカという国がいかに南米諸国を自らの支配化に置き、いかに自由気ままに振舞っているかという事実が隠されていると感じる。

歴史的に言えば1823年のモンロー主義(アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉)にまで遡るアメリカ合衆国の基本政策なのだ。
アメリカはヨーロッパ諸国の植民地に干渉しない変わりに、ヨーロッパ諸国は南北アメリカ大陸へ干渉をするなというものであり、単純に言って、アメリカ大陸はアメリカ合衆国が支配するという外交原則を表明したものだ。

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そして、実際ラテンアメリカ諸国に対してはセオドア=ローズヴェルト大統領の棍棒政策ではないが『大きな棍棒を携え、穏やかに話す』という基本姿勢のもと、パナマ運河を支配したり、南米諸国に反米政権を作らせないために内政干渉をしたりと、あの手この手で合衆国の勢力圏下に置き、今現在も支配をし続けているのが現状である。

その明らかな例証こそ、ハリウッド・アクション映画の舞台としてラテンアメリカ諸国の政府軍やゲリラと戦う映画が、山ほど作られている事実で明白だろう。
その映画を見て歓声を上げているアメリカ人を想像したとき、例えばインディアンを悪者にした映画がもう作れないという現実と比べ、ラテン諸国に対する実効支配力を放棄すべきだという反省が、そこには無い。

結局、アメリカの政治的・経済的な支配により、メキシコをはじめとした南米諸国は、貧しく、犯罪が絶えず、内戦が絶えないのというのは歴史的事実なのだ。

例えばこの映画では、コロンビアの麻薬組織の利益をCIAが吸い上げていると描かれている。
これは、決して絵空事ではない。

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映画『ボーダーライン』解説

アメリカ合衆国のラテンアメリカ支配


○ 1954年グアテマラでは親米政権が倒れたため、PBSuccess作戦を開始し、米国の戦闘機が首都グアテマラ市を爆撃した。数百人の農民リーダーが処刑され、その侵略は20万人が殺されるまで終わらなかったという。

○ 1959年ハイチでは米国傀儡フランソワ・デュバリエに対して市民が立ち上がった。CIAが介入し、デュバリエは軍隊を創設し圧政を強めた。彼と後継者クロード・デュバリエによって、10万人以上の人が虐殺された。

○ 1964年ブラジルに反米的な政権が誕生すると、CIAは軍部に働きかけクーデターにより、政権を奪取させた。その後19年続いた軍部独裁体制の下、数千人が拷問にかけられ、数百人が処刑されたとされる。

○ 1969年ウルグアイはラテン・アメリカに広がっていた60年代の革命運動の最中にあった。CIAは、特別代理人ダン・ミトリオネを派遣し、治安部隊に拷問と残虐な訓練を施した。そして権力の座にジュアン・マリア・ボーダベリ軍事独裁政権を据えた。その政権は12年間にわたり続き、数百人を殺害し、数千人以上の人々を拷問したという。

○ 1967年のボリビア。その天然資源は、米国の重要な財産だった。数10年の間、米国の多国籍企業は、チリ、ボリビアとペルーの広い地域に住む人々を奴隷的な労働条件下で使役した。彼らが反乱蜂起しチェ・ゲバラがその加勢に加わると、1969年チェ・ゲバラをCIAが殺害し、軍事政府を確立した。しかし、ファン・ホセ・トーレス将軍が反米的改革を実行したため、CIAはユゴ・バンゼル将軍にクーデターを起こさせ独裁制を敷かせ、反対派リーダーの拷問と数百人の政治指導者を処刑する命令を出し、約8,000人のリーダーを刑務所に送った。

○ 1973年チリでは反米的な時の政府サルバドール・アジェンデ大統領を悪魔化する中傷するキャンペーンを始めた。彼らは強制的に貧困を作り出し民衆の不満を生み、拷問と投獄、拉致、暗殺によって反米勢力を一掃した。そして、アジェンデに対するクーデターをアウグスト・ピオチェット将軍が、CIAの支援を得て完遂した。ピノチェットは、17年間支配し、8万人を投獄し、3万人を拷問し、3,200人を殺したという。

○ 1974年アルゼンチンのファン・ペロン大統領が死ぬと、妻エバ・ペロンが対立の激化した権力を引き継いだ。CIAは1976年ジョージ・ラファエル・ビデラ将軍を政権の座に据える。ビデラ政権は強い抑圧、弾圧を進め、周辺の軍事政権と協調しペロン支持者や左翼を弾圧。虐殺、大規模な人権侵害、失踪、誘拐、その他悪質な犯罪にあふれた時代を生んだ。

○ エルサルバドルの国民は、米国の介入の下で1931年から1981年まで50年続いた独裁下で、4万人以上が虐殺された。当時のエルサルバドルは、CIAと結んだ犯罪組織の13家族によって支配され、更にCIAは軍隊に訓練を施した。CIAは、イエズス会の大僧正オスカル・アルヌフォ・ロメロが大衆を教化しようとしたため、1980年ロメロ殺害に及んだ。

○ 1983年のパナマ。CIAはパナマ運河の管理権を守るため、反米的なオマール・トリホス大統領を爆殺し、マニュエル・ノリエガの独裁体制を擁立する。彼はCIAの麻薬密売人として30年間仕えてきた。しかしノリエガと米政府の間に対立が深まると、1989年12月にパナマ進攻を行い、ノリエガをマイアミの刑務所に拘束した。侵略軍は3,500人の死者と、2万人以上の住む場を奪った。

○ 1990年のペルー選挙では、アルベルト・フジモリの大統領当選を演出したのが、特別顧問のウラジミル・モンテシノスだと言われる。彼は1970年代からCIAと深い関係を持っており、フジモリ政権の影の支配者だった。フジモリは、彼を国家情報局の長官に任命し、その下に生まれた自警団組織は、左翼とマルクス主義者を弾圧した。更にフジモリ政権は、議会を解散し、最高裁判所のメンバー全員を収監した。

これを過去の話だと思ってはならない。

2002年4月11日にもCIAの支援を受けた軍部によるクーデターが、ベネズエラで起こった。

ラテンアメリカはアメリカ合衆国の支配を、今も受け続けているのだ・・・・・・・・

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映画『ボーダーライン』評価



上で見たように、歴史的な米国による中南米諸国への支配が、時にはあからさまに、時には密やかに成されてきた。
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米国により訓練された軍人による軍事的、政治的支配。

IMF・世銀のグローバリズム政策の強要による経済的支配。
そんな米国の支配に対して、2010年以降ラテン・アメリカの貧困層・労働者層、アンデスの先住民族層によって、次から次へと反米・左派政権が誕生した。

この映画は、ラテン・アメリカを舞台にした凡百のハリウッド製娯楽アクション作品に較べれば、アメリカの罪に対して無自覚ではない
このコロンビア人のCIA協力者が背負った不幸も、麻薬組織に対して闘いを挑む事も、つまるところアメリカが巻いた不幸なのだという事がこの映画の原題に籠められていると思う。

シカリオとは スペイン語で『殺し屋』を意味するという。
本来、殺し屋とは誰かに依頼されて人を殺す職業だとすれば、このコロンビア人のクライアントが誰かは明らかだ。
彼は合衆国政府の求めに応じてによって、南米の同胞を殺すのであり、それは結局南米の混乱を作っているのがアメリカに他ならないという構図の明確な表現だったろう。


それゆえ最後は、このコロンビア人がアメリカの良心を代表するエミリー・ブラントに対して、自らの要求を突きつけるのだ。
それは、アメリカ国民に対し、ラテン・アメリカの窮状を理解しろという魂の叫びだったと思える。
そのラテンの魂を表して、ベニチオ・デル・トロの演技が迫力を持つ。


結局、この映画はそんなラテン・アメリカ対アメリカの対立構造を軸にした物語だと思うが、そのメッセージが今一つ不明瞭なのは、アクション・シーンの過剰さや、アメリカの観客を意識した「アメリカ悪」の描写の不徹底によるものだと感じる。

さらに日本では、上の対立関係が不明瞭だと判断した映画会社の商業戦略によるのだろうが、「悪のボーダーライン」というキャッチコピーによって、さらに日本の観客に混乱を生じさせたのではないかと思える。

いずれにせよ映画的な迫力は十分ながら、アメリカ政府を糾弾する姿勢の不徹底さに対し、評価を下げた。
関連レビュー:アメリカの罪を語らない映画
『プラトーン』
オリバー・ストーンの自伝的物語
ベトナム戦争の敗北の真実


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映画続編『ボーダーライン・ソルジャーズデイ』

○この作品は、緊迫感のあるアクションとして評価も高く、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリンのキャストもそのままに、続編が撮られた。

日本では2018年11月16日(金)ロードショー公開された。

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以下の文章には

映画『ボーダーライン』ネタバレ

があります。
アレハンドロとは、メキシコ系麻薬カルテルに妻と娘を惨殺されたメキシコの元検事で、個人的な復讐のためにコロンビア麻薬カルテルの暗殺者となったのだ。
そしてCIAは、メキシコ系麻薬組織によって奪われたCIA利権を、コロンビア麻薬カルテルの支配下に奪還しようとして、メキシコ組織に精通したアレハンドロを作戦に参加させたのだ。
ケイトはマットの計画の全貌を公表するつもりだと言い放ったが、マットは彼女に「それは大きな過ちだ」と警告する。

一方のアレハンドロは、メキシコ麻薬組織のボス・ファウストの家にたどり着く。そのファウストこそ、アレハンドロの妻子を殺害した張本人だった。アレハンドロは息子たちは見逃すように頼むファウストの言葉を無視し、息子2人とファウストの妻を射殺する。
そして、ファウストも射殺し復讐を果たした。

映画『ボーダーライン』結末・ラスト

ケイトのアパートに、銃を持ったアレハンドロが姿を現し、作戦が適法だとする書類にサインをしろと脅した。

【意訳】アレハンドロ:座れ。君は怖がっている小さな子供のように見える。君は、奴らが俺から奪った娘を思い起こさせる。俺はこの1枚の書類に、君のサインが必要だ。それは、我々が行った全ての行動が規則に従っていたとする、基本的な証言だ。/ケイト:サインはできない。/アレハンドロ:サインしろ。大丈夫だ。/ケイト:サインはできない。/アレハンドロ:ちくしょう!君は自殺を遂げる事になるぞ、ケイト。さあ、サインしろ。(ケイトがサインする)/アレハンドロ:君は小さな町に引っ越したほうが良い。法と秩序がまだある所に。君はここでは生きて行けない。君は狼ではない。そして、ここは今や狼たちの国だ。

拒否するケイトから無理やりサインを取ると、アレハンドロは立ち去った。
ケイトは窓からアレハンドロを銃で狙う。
アレハンドロはそんなケイトを見つめる。
しかし、彼女は結局撃つことができず、立ち去る彼を見送った。

アレハンドロに殺害された、メキシコ州警察のシルヴィオ署長の息子は、サッカーの試合中だった。
銃声がどこからか聞こえ、人々が不安そうに周囲を見渡す。
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しかし試合は、しばらくすると再開された。





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2018年11月20日

英BBCが『100本の偉大なアメリカ映画』を発表!世界の評論家が選んだベスト・ハリウッド映画

イギリスBBCが『100本の偉大なアメリカ映画』を100本選出!!!

BBCは定期的に映画に対する深い洞察と敬意に満ちた記事を載せてくれて、一映画ファンとして心打たれるものがあります。
関連レビュー:BBCのベスト映画企画
英BBC『21世紀最高の映画ベスト100』
21世紀に生まれた映画のベストを決定!!!
しかし2000年の映画が選出!これ20世紀でしょ?

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今回は、ハリウッドなどアメリカ製映画のベスト100の発表と言うことで、映画の歴史を担って来たハリウッド製作品がリストに並んでいます。

まずはBBCの、当プロジェクトを総括した文章を以下に紹介します。
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『100本の偉大なアメリカ映画』
BBC文化部(カルチャー)は、これまでに作られた最高のアメリカ映画を決定するために世界中の映画批評家に投票を依頼しました。結果は驚くべきことでした―『風と共に去りぬ』は97番目に登場します。

2015年7月20日

アメリカの映画は、ずっと素晴らしいの輸出品の一つでした。トーマス・エジソンの1980年中ごろの革新以来、米国はハリウッドの大衆的な娯楽作品から、独立系の前衛的な映画まで、常に映画発展に強大な役割を果たしてきました。米国に多大の影響を受けてきた、その世界的に最も人気のある芸術作品という認識に基づき、BBCカルチャーは、62人の国際映画批評家を対象に、偉大な100本のアメリカ映画を決定しました。

これは全世界の映画制作に影響を与えた1国民の映画の伝統であるため、我々はアメリカ映画に関して世界的な視点を得ることも重要だと思いました。
私たちが投票依頼をしたのは世界中で居住し働く、ヨーロッパや南米、オーストラリア、インド、中東に至る、もちろんアメリカも含む批評家達です。他の出版社や団体が行ってきたこれまでの映画調査では、アメリカの映画のみに限定していなかったり、あるいは批評の意見に関わりなく、米国の映画産業の貢献者による投票でした。私たちが依頼した批評家の何人かは、新聞や雑誌、または放送局や書籍による映画評論家です。
しかし、なにをアメリカの映画として定義すべきでしょうか?このアンケートの目的に従えば、それは米国資本から資金提供を受けたあらゆる映画です。それらの映画の監督は、米国生まれである必要はありません。実際、リストの32本の映画は、他国で生まれた映画制作者によって監督されました。
参加した各評論家は10本の映画リストを上げます。1位の映画に選ばれたら10点、それ以外は順位毎に1点を減らされます。全ポイントが加算され、最終的なリストが作成されました。批評家は、エモーショナルな層で感じる、彼らの感覚で10の映画のリストを提出することが奨励されました。これが結果です。

以上、大幅に意訳してます。原文はこちら⇒「The 100 greatest american-films」

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英BBC『100本の偉大なアメリカ映画』リスト



という事で、いよいよベスト100をご紹介!
当ブログで記事にした映画にはリンクが貼ってありますので、良かったらお読みください。

○映画リストに合わせてBGMに『ライムライト / テリーのテーマ 』はいかが?

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100.地獄の英雄(ビリー・ワイルダー、1951年)
99.それでも夜は明ける(スティーブ・マックイーン、2013年)
98.天国の門(マイケル・チミノ、1980年)
97. 風と共に去りぬ(ヴィクター・フレミング、1939年)
96.ダークナイト(クリストファー・ノーラン、2008年)
95.我輩はカモである(レオ・マッケリー、1933年)
94 25時(スパイク・リー、2002年)
93.ミーン・ストリート(マーティン・スコセッシ、1973年)
92.狩人の夜(チャールズ・ロートン、1955年)
91. E.T.(スティーブン・スピルバーグ、1982年)
90.地獄の黙示録(フランシス・フォード・コッポラ、1979年)
89.孤独な場所で(ニコラス・レイ、1950年)
88.ウエスト・サイド物語(ロバート・ワイズとジェローム・ロビンズ、1961年)
87.エターナル・サンシャイン(ミシェル・ゴンドリー、2004年)
86.ライオンキング(ロジャー・アレーズ 、ロブ・ミンコフ、1994年)
85.ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(ジョージ・A・ロメロ、1968年)
84.脱出(ジョン・ブアマン、1972年)
83.赤ちゃん教育(ハワード・ホークス、1938年)
82.レイダース/失われたアーク《聖櫃》(スティーブン・スピルバーグ、1981年)
81.テルマ&ルイーズ(リドリー・スコット、1991年)
80.若草の頃(ヴィンセント・ミネリ、1944年)
79.ツリー・オブ・ライフ(テレンス・マリック、2011年)
78シンドラーのリスト(スティーブン・スピルバーグ、1993年)
77.駅馬車(ジョン・フォード、1939)
76.スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲(アーヴィン・カーシュナー、1980年)
75.未知との遭遇(スティーブン・スピルバーグ、1977年)
74.フォレスト・ガンプ/一期一会(ロバート・ゼメキス、 1994年)
73.ネットワーク(シドニー・ルメット、1976年)
72.上海ジェスチャー(ジョセフ・フォン・スタンバーグ、1941年)
71.恋はデジャ・ブ(ハロルド・ライミス、1993年)
70.バンドワゴン(ヴィンセント・ミネリ、1953年)
69.コヤニスカッツィ/平衡を失った世界(ゴッドフリー・レッジョ、1982年)
68.汚名(アルフレッド・ヒッチコック、1946年)
67.モダン・タイムス(チャーリー・チャップリン、1936年)
66.赤い河(ハワード・ホークス、1948年)
65.ライトスタッフ(フィリップ・カウフマン、1983年)
64.大砂塵(ニコラス・レイ、1954年)
63.ラヴ・ストリームス(ジョン・カサヴェテス、 1984年)
62.シャイニング(スタンリー・キューブリック、1980年)
61.アイズワイドシャット(スタンリー・キューブリック、1999年)
60.ブルーベルベット(デヴィッド・リンチ、1986年)
59.カッコーの巣の上で(ミロス・フォアマン、1975年)
58.桃色の店(エルンスト・ルビッチ、1940年)
57.ウディ・アレンの重罪と軽罪(ウディ・アレン、1989年)
56.バック・トゥ・ザ・フューチャー(ロバート・ゼメキス、1985年)
55.卒業(マイク・ニコルズ、1967年)
54.サンセット大通り(ビリー・ワイルダー、1950年)
53.グレイ・ガーデンズ(メイスルズ兄弟、1975年)
52.ワイルドバンチ(サム・ペキンパー、1969年)
51.黒い罠(オーソン・ウェルズ、1958年)
50.ヒズ・ガール・フライデー(ハワード・ホークス、1940年)
49天国の日々(テレンス・マリック、1978年)
48. 陽のあたる場所(ジョージ・スティーヴンス、1951年)
47.マーニー(アルフレッド・ヒッチコック、1964年)
46.素晴らしき哉、人生!(フランク・キャプラ、1946年)
45.リバティ・バランスを射った男(ジョン・フォード、1962年)
44.キートンの探偵学入門(バスター・キートン、1924年)
43. 忘れじの面影(マックス・オフュルス、1948年)
42. 博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか(スタンリー・キューブリック、1964年)
41.リオ・ブラボー(ハワード・ホークス、1959年)
40.午後のメッシュ(マヤ・デレンとアレクサンド・ハミッド、1943年)
39.國民の創生(D.W.グリフィス、1915年)
38.ジョーズ(スティーブン・スピルバーグ、1975年)
37.悲しみは空の彼方に(ダグラス・サーク、1959年)
36.スター・ウォーズ(ジョージ・ルーカス、1977年)
35.深夜の告白(ビリー・ワイルダー、1944 年)
34. オズの魔法使い(ビクター・フレミング、1939年)
33.カンバセーション…盗聴(フランシスフォード・コッポラ、1974年)
32.レディ・イブ(プレストン・シュタージュ、1941年)
31.こわれゆく女(ジョン・カサヴェテス、1974年)
30. お熱いのがお好き(ビリー・ワイルダー、1959年)
29.レイジング・ブル(マーティン・スコセッシ、1980年)
28.パルプ・フィクション(クエンティン・タランティーノ、1994年)
27.バリー・リンドン(スタンリー・キューブリック、1975年)
26. Killer of Sheep(チャールズ・バーネット、1978年、日本未公開)
25.ドゥ・ザ・ライト・シング(スパイク・リー、1989年)
24.アパートの鍵貸します(ビリー・ワイルダー、1960年)
23.アニー・ホール(ウディ・アレン、1977年)
22.グリード(エリッヒ・フォン・シュトロハイム、1924年)
21.マルホランド・ドライブ(デヴィッド・リンチ、2001年)
20.グッドフェローズ(マーティン・スコセッシ、 1990年)
19.タクシードライバー(マーティンスコセッシ、1976年)
18.街の灯(チャーリーチャップリン、1931年)
17.黄金狂時代(チャーリーチャップリン、1925年)
16.ギャンブラー(ロバートアルトマン、1971年)
15.我等の生涯の最良の年(ウィリアム・ワイラー、1946年)
14.ナッシュビル(ロバート・アルトマン、1975年)
13.北北西に進路を取れ(アルフレッド・ヒッチコック、1959年)
12.チャイナタウン(ローマ・ポランスキー、1974年)
11.偉大なるアンバーソン家の人々(オーソン・ウェルズ、1942年)
10.ゴッドファーザー・パートII(フランシス・フォード・コッポラ、1974年)
9.カサブランカ(マイケル・カーティス、1942年)
8.サイコ(アルフレッド・ヒッチコック、1960年)
7.雨に唄えば(スタンリー・ドーネンとジーン・ケリー、1952年)
6.サンライズ(F・W・ムルナウ、1927年)
5. 捜索者(ジョン・フォード、1956年)
4.2001年宇宙の旅(スタンリー・キューブリック、1968年)
3.めまい(アルフレッド・ヒッチコック、1958年)
2.ゴッドファーザー(フランシス・フォード・コッポラ、1972年)
1.市民ケーン(オーソン・ウェルズ、1941年)


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英BBC『100本の偉大なアメリカ映画』リストの感想


このリストを見ると、1位に輝いた『市民ケーン』を始め「古典作品」が並んでいる印象があります。

このリスト作成に参加した評論家の仕事とは、いろいろな側面があるにせよ、ある映画の価値を「歴史=映画史」的な文脈で位置づける事だとすれば、古典とは往々にして映画史上に新たな「意匠=デザイン」を加えた作品であるため、必然的に選ばれる率が高くなるのでしょう。

そういう意味では、このリストにある作品は、現代映画の礎になった作品群だと感じます。

ここにある映画を見ておくと、現代で新たに封切られる映画の「祖先=オリジン」も、このリストの中のある作品だったと発見する喜びが生まれるかもしれません。

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栄光のアカデミー賞:作品賞・監督賞・男優賞・女優賞
授賞式の動画と作品解説のリンクがあります。
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posted by ヒラヒ・S at 16:36| Comment(0) | 映画情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする